第121話 即席冒険者の作り方
「ふぅ。堪能~堪能~♪」
「やっと、終わった……」
押し倒されたボクは、ジャンヌに口付けで魔力を吸い取られてグッタリしていた。
魔力以外にも色々吸い取られた気分だ……生気とか。
「先に戻っています~♪」
「待って! 本題を忘れる所だった」
「??」
スキップしながら戻ろうとするジャンヌを引き止めると、抱き寄せ背中を撫でる。
勘違いしたジャンヌがまた口を近づけてくるが、背中に意識を集中させて魔力を流す。ジャンヌの背中に不思議と魔力を受け付けない何かを発見する。
「居た。ジャンヌのスキル、らぴゅせる、だっけ? 使ってみて」
「あれ? カナタにこのスキルの事話しましたか?」
「事情は後で話す、こちらも翼出すからよろしく」
「はぁ……【ラピュセル】!」
ジャンヌの背中から広がる二対の純白の翼。雰囲気は変わらず首を傾げたジャンヌがこちらを見ていた。
「気のせいか、少し小さいような?」
「全力じゃないので、全力で出した方が良いですか?」
「いや、多分そのままで大丈夫かな?」
こちらも背中に意識と魔力を集中させると、心の中でブリギッドの名前を呼ぶ。
背中に感じる暖かな感覚と懐かしい気配。何かに怯えているかの様にブリギッドの翼はかなり小さかった。
「多分聞こえてるよね? このまま言う。神を信じるならブリギッドは手に入らない。ボクにはもう一人分くらいなら収容する用意がある。ブリギッドと一緒になりたいのなら神を裏切れば良い」
「何言ってるんですか? あ、アレ? 力が抜ける……」
足元から崩れ落ちる様に意識を失ったジャンヌをそのまま抱き寄せると翼と翼を重ね合わせる。
「何処まで知っているのです?」
ジャンヌの口が動き、勝手に言葉を紡ぎ始めた。こちらの翼が震え始めて逃げようとしている。
「全て。そしてこのままだと、ブリギッドは神を裏切ったまま世界と一緒に消えてなくなる。お得意の時間停止や巻き戻しとか、神の力を使っても多分無理な感じにね?」
ジャンヌの翼が背中から離れて人の形を作る。姿形はジャンヌのままだが、全てを包み込んでくれそうな聖母の笑みを浮かべていた。
「時間は過ぎ去っていくもの……停止も巻き戻しも出来ませんよ?」
「はっ? いや、だってあの本に書いてあったし、口頭契約にもちゃんと――」
「――あんな物信じたんですか? 嘘八百、異世界行きとは口実。拉致の常套手段ですが……」
明かされる真実、今更聞きたくなかった話をジャンヌの口から聞かされる。つまり一度移動すれば元には戻れない? 聞きたくは無かった。
「OKOK、どうせもう関係無いし忘れる。ところで返事は早めが良いんだけど?」
「カナタ、貴方をこの場で如何にかしてブリギッドを奪還する方が、安全で確実だと思うのですが?」
「え? 冗談だよね?」
無言で近寄ってくるジャンヌ。広げられた両手が十字架の様に見えた。
「無理やり僕を放そうとしても無駄だね! カナタの精神と半分融合してるからどうにも出来ないよ!」
「いつのまに……」
翼から聞こえてくる声。ブリギッドがそれだけ言うと、背中の翼が外れて人の形を取り始めた。何故かボクの姿のままだが、中身はブリギッドと言う事なのだろう。
「どう……しましょうか?」
聖母の笑顔のまま首を傾げたジャンヌは、また無言で近づいてくる……次はブリギッドの方へ。
「ちょ、ちょっと、何でこっちに近づいてくるのさ! カナタはあっち!」
「あー、そうだった、忙しいんだった。後は二人で話し合ってください。それとこれはボクの所見なんですが……」
「「何?」」
同時にこちらを振り向くジャンヌとブリギッド。案外馬が合うんじゃないだろうか?
「ボクの中に入れば一緒になれると言いましたけど、多分もう二度とこんなチャンスは無いと思いますよ?」
「ちゃんす?」
「カナタ! 何を言うつもりだい!」
焦るブリギッドの顔を右手で押さえつけたジャンヌは、左手の人差し指を自分へと向けると次にブリギッドへと向ける。
「どんなに一緒に居たくても、好きでも、肉体と言う器がある以上一緒になれるには限界があります。ボクの中なら精神すら溶け合う事が可能みたいですよ? ねぇ、ブリギッド?」
「あー!! 失敗したー! カナタの精神と半分融合してるとか言うんじゃなかったー! カナタの裏切り者ー!」
「そうですか……じっくり考えるので暫く二人にして貰えます? あ、これ神の書いた計画書です。参考にどうぞ?」
ジャンヌに右手でヘッドロックされたまま叫び逃げ惑うブリギッド。ジャンヌは考える時間が欲しいと言いながらも、神を裏切ってブリギッドとナニかをするつもりの様だ。
手渡された計画書には、一度見たあの未来の道筋が描かれていた。
「字汚ったな……絵も下手だね」
「あの神は元人間らしいですよ? それでは小一時間ほど休憩するので終わったら直接そちらに入りますね?」
「あ、はい。お願いします」
「小一時間もナニする気なんだい! カナター! ジャンヌが何か狙っているよ! 助けてー!」
「ぐっどらっく!」
聖母の笑みを浮かべたまま舌なめずりし始めたジャンヌと、こちらに手を伸ばしながらも逃げようとするブリギッド。
これ以上巻き込まれるのも嫌なので、気絶したままのジャンヌの身体を回収するとそそくさと出て行く事にする。
「あ、防音結界MAXにしておきますね?」
「裏切り者ーー!!」
ブリギッドの悲鳴にも似た叫びを聞きながら、ボク達はシェルターを後にするのだった。
愛情を表現する方法は人によって千差万別、アレほどジャンヌに好かれているブリギッドが羨ましいくらいだ。
「なら変わってよー!」
「往生際の悪い――!」
翼として分離してもブリギッドの本体はボクの中に有るようなので、これ以上何も考えない方が良いだろう。
――∵――∴――∵――∴――∵――
朝食を終え円形闘技場から地下ダンジョンの広間へと移動した一行は、強者による理不尽な暴力に晒されていた。晒しているのがボクで晒されているのは新人達だったりするけどね。
「動けないとほざく奴は前に出ろ! 永遠に休ませてやる!」
「「「「「「サー!」」」」」」
汗水垂らしながらひたすらフロアの外回りを全力で走る新人達。エウアとアルバートは用事が出来たと姿を消し、ジークフリードは大剣の試し切りと称して隣の部屋に続く壁をバターのように易々と切り取っていた。
「おー! テンション上がってきたぜー!」
周りの目も気にせず大剣のを振るうジークフリード。切れ味に興奮した竜人の雄叫びが時々新人達に恐慌のステータス異常を与えている。
「ボクの前まで戻って来れた者から二十秒休憩だ! リトルエデン特製毒果実ジュースを飲むのも忘れるな!」
「「「「「「サー!」」」」」」
「声が小さいぞ馬鹿野郎ども! もう一周追加だ!」
「「「「「「サー!!」」」」」」
涙や鼻水は垂れ流しで、拭う余裕も無いといった感じに走る新人達だったが、口に手を当てて吐き出す事だけは我慢している。
「もし大事な食料を吐き出す奴が居てみろ……美味しい美味しい非時果の実を御馳走してやる! 覚えておけ野郎ども!」
「野郎じゃ無い人も居ますし……」
新人達を大声で一喝すると、隣で様子を見ていたルーアンが余計な茶々を入れる。
ここは見せしめが必要か、と思いルーアンを睨むとすでにその姿は無く。ルナに抱えられてフロアの中央に移動していた。
「生意気を言ったやつはこうなるから見ておくんやで! 悪い子はお尻ペンペンや!」
「ちょっと、待ってください! 何するんですか! 止め――」
現在ルーアンの着ている服は、黒い絹の様な少し光沢のある素材で作られた貫頭衣で、身体に吸い付くように張り付いており非常に芸術的な格好だった。一般的にはエロイと言うのかもしれないが、首元から鎖骨へのライン、膨らんだ胸の下に続くなだらかな谷、少しくびれた腰に少し肉を付けた方が良いと思われるお尻へと張り付く貫頭衣は、見る余裕の有る者が見ると非常に扇情的だと言わざる終えない。勿論長めのケープのような羽織を上から着ているので要所は隠れている。
「やめー! あっ! ちょっと、止め!」
「悪い子はペンペンやで!」
ケープを捲り上げると貫頭衣の上からお尻を叩き始めるルナ。いつもなら直接お尻を叩くはずのルナが、何故か戸惑いながらすぐに叩くのを止める。ルーアンに何か手渡ししている?
「その……穿いた方が良いと思うで? これ新品やから――」
「ち、違います! いつもはちゃんと――この格好だとドロワーズは線が出るので!」
「うちは分かってる、大丈夫やから。カナタの隣に戻っても良いで?」
「全然分かっていません!! それにカナタの隣じゃなく、女神ジャンヌの隣に居たんです!」
ルナが同情の目を向けると、顔全体を赤く染めたルーアンは怒りながら戻ってくる。
確かにボクの隣にはジャンヌの身体が意識が無い状態のまま座っている。間に無理やり入るように座ると意識の無いジャンヌを守るようにこちらを睨んできた。
「全力で走ってね、筋肉に限界が来た者は治療すると疲れも取るから、また走り続けてね~」
「「「「「「サー!!」」」」」」
全力で走って死に掛けて治療、これを一セットとして数セットも繰り返せば。筋肉が無理やり増えていくのが当人達にも分かったようで、今のところ目だった不平不満も出ていない。
朝食に取った食材が上手い具合に消化されて肉体に変換されている様なので、昼食も豪華にして体作りを優先しようか?
「リトルエデン特製毒果実ジュースを飲んで、体に異変が出た者は解毒を受けに来るように~」
「「「「「「サー!!」」」」」」
ルナに頼んで集めて貰った毒果実ジュースの材料は、致命的では無いレベルの毒果実で、上手い具合に毒耐性を得る事が出来る様に調整されていた。
「ふぅ、これは良い大剣だ。この様子だと短剣も期待出来そうだな~」
「あっ!」
「あっ? まさか……冗談だよな?」
尻尾フリフリで試し切りから戻ってきたジークフリードは大剣を鞘に収めて背中に背負う。
ここに来て一つ問題が発生した。短剣作ってなかった!
途端顔色を青くしたジークフリードは大きく唾を飲み込むと尻尾を力なく地面に垂らす。
「大丈夫だって! すぐ作るから、メンドイからここで作るけど見た事は内緒にしててね?」
「お、おう。改めて言われてみると、こんな大剣を小一時間で作り上げる秘術。フォルグレンが見たら泣いて土下座しただろうぜ……」
新人達は走るのに夢中でこちらを気にする余裕もなさそうだ。こちらを観察していた冒険者達の目くらいなら騙す事は出来そうだったので、土の壁を作り出し周囲を覆うと短剣の材料を用意する。
「ちょ、壁出すなら先に言えよな……中から見るとこれも凄いぜ? あいつが見たら尻尾振って喜ぶだろうな……」
「あいつ……? 中から見るのと外から見るのでこれって何か違いがあるんですか?」
「あぁ、この土の壁は地面の土を使って作っている分けじゃないな、中から見るまでは気が付かなかったが、精霊に魔力を渡し、無から土を作り出している。
多分これがバレたら魔法士や魔導士協会のやつらに捕まって、死ぬまで監禁されて実験の日々だぜ?」
「ご、ご冗談を?」
「いや……それよりも、アイツに見つかった方が厄介か……」
ニヤリと悪い笑みを浮かべるジークフリード。が、何かを思い出したのか不意に視線をそらすと小さく呟いていた。
「あ、分かった。そのアイツって言うのは厄介事の種ですね! 聞きたくないので言わないでください」
「賢明な判断だ。まぁ……王都は広い、東地区以外に行く時は貴族様に気をつけるんだな……」
手元に結界を張り、炭素の粉をスマホから取り出し入れて行く。短剣サイズなので量はそれほど多くなくて済む。
少し実験の為に、フォルグレンに貰った宝石の原石に混じっていた真赤なルビーを一つ取り出しておく。
「そういえば、ジークフリード=リンドヴルム。ジークフリードも貴族なんですか?」
「ブフォッ!?」
大きな欠伸をしていたジークフリードに問いかけると、息が違う所に入ったらしく盛大に噴出した。
「前言撤回だ。聞きたくないと言いながら、自分で聞いてくるとはな……」
「アッー!? 身内の話だったのか! リンドヴルム家の人には注意するよ!」
「はぁ……まぁ良い、正確にはリンドヴルム家と言うよりは、国だな――」
「ちょっと待った! それ以上言うなら短剣は作らない。まさかジークフリードが王子様的なポジションだったとか、優秀な兄弟が居るとか、本国での平穏な暮らしが嫌になって飛び出してきたとか、そんな話は聞きたくないよ!」
ジークフリードは笑顔で無言のグッドサインを出す。これ以上踏み込むと、その優秀な兄弟とやらが出てくるフラグが立ってしまう。
「さー! 忙しい! 短剣作るヨ!」
大剣と同じ行程で本体を作り、同じ方法で溝も付けていく。違うところは一つだけ。
真赤なルビーを結界に閉じ込めて魔力を注ぎながら圧縮してみる事にする。
「前メアリーが言っててちょっと試してみたくなったんだよね~」
「目が痛むほど、魔力が放出されてる気がするんだが……」
「竜人族は魔力を目で見れるの? 結構便利そうだね~」
一歩後ずさるジークフリード。何か目を押さえてると思えば、竜人族の目には魔力を見る機能がついているみたいだ。
「汗が出る? ここの気温が上がっている気がするんだが……」
「ふむふむ? 竜っぽいけど竜人族は汗もかくのか。てっきり変温動物的なアレかと思ってたよ?」
もう二歩後ずさったジークフリードは、口をパクパクさせながらこちらを指差していた。
「これ? ちょっと実験で魔力を込めた宝石でも作れないかな~っと?」
「何で疑問系なんだよ! こっち見なくて良い、前! 前! どう見てもヤバイ魔力量だ!」
「さっきも同じくらい魔力使ってた気がするんだけど……結界で押さえられてたのかな?」
また後ずさり壁に背が衝いたジークフリードは、額から脂汗をかきながら両手で顔を守るように防御体制に入る。
「大丈夫だって~。結界三重だし、一個壊れたらすぐ三倍の結界にするから。あっ、一個壊れた」
「ノォーーー!? 出してくれ! 俺をここから出してくれ!!」
結界内の真紅のルビーは、一回り小さくなり宝石内部に燃えるような炎の輝きを灯す。
魔力がこれ以上入らなくなったので、完成していた短剣の柄の少し上にルビーをはめ込むと、外れない様にダイヤで周囲を覆い細工する。
「完成! 炎の短剣だから……レーヴァテイン? アレ? でもあっちは普通の剣だったか……。
炎龍だ! たまには漢字も良いよね! 鞘はどうしようかな~お揃いで良い?」
「あぁ、俺生きてる? 目がチカチカするんだが……」
魔力の眩しさに目がやられたのか、ジークフリードは瞬きしながら短剣を受け取った。
「エンリュウか……鞘から抜いただけで分かるこの魔力、刀身がアダマンタイト製じゃなければ全て燃やし尽くしそうだな」
「ん? アダマンタイト? ダイヤだよ?」
『炎龍』
魔封じのアダマンタイトで作られた短剣。埋め込まれた精霊石は超高密度の魔力を宿しており、暖炉の火から炎龍もビックリな灼熱の業火まで、装備者の能力次第で生み出す事が出来る。
:火炎耐性
どうやらこの世界では魔力を使って作ったダイヤモンドは、魔力を遮断するアダマンタイトになるらしい。
普通に作ってカーナに送ったダイヤはどうなっているのか気になる、今度メールを出しておこう。
「さ~、戻って新人達を鍛えるよ!」
「……先に行っててくれ」
「どうかしたの?」
地面に胡坐をかいたジークフリードが、無言でアッチに行けと手を振っていた。
「あー、アレだ。ちょっと休憩してから行くからな? ほら、皆が待ってるぜ?」
「了解。ジークフリードもなるべく早く来てね?」
ジークフリードが何と無く立ち上がり難そうにしていたので、土のドームはそのまま放置して行く事にする。
腰を押さえていたのでもしかすると立ち上がれないのかもしれない。
「カナタ~全員解毒待ちだよ!」
「おーらい~すぐ行くよ~」
土のドームを出ると、メアリーの呼ぶ声が聞こえる。
ボクは毒に当たって震えている新人達の元へと急ぎ足で向うのだった。




