第120話 大剣作るヨ!
「あー、皆揃ったところで今日のメニューを――」
「今から秋の特別講習会はボクが仕切らせてもらいます。意見がある者は前へ、可能な限りは対処します」
円形闘技場中央で今日のメニューを言い始めたジークフリードを遮り前に出る。時間が無いので乗っ取った感じになるのは簡便して貰いたい。
何か考え事をしているエウアは完全スルーする様なので良いとして、こちらを見て何か言いかけて口をつぐんだアルバートが気になる。
新人達や他の参加者は完全に成り行きを見守っていた。
「アルバート、意見が有るなら言って」
「そうですね、僕が言うのもなんですが。本来のジークフリードは、熱しにくく冷めにくい性格なので余り無茶をすると……」
アルバートの言葉の途中、ジークフリードの手の平がヌッと前に出され、こちらを後ろへ押しやる様にグイッと体を前に出してきた。
何時も通りのジークフリードに見えるが、目が笑っていない。少し無碍にしすぎたかと反省する。
「カナタ……お前はエウアの秘蔵っ子らしいからな、大抵の事は目を瞑る。
が、だ。先輩への敬意と言う物は忘れちゃいけねえぜ?」
「ヒィッ!?」
タダならぬ気配を放ち始めるジークフリードに、最前列に座っていた新人が恐慌状態に陥り後ずさり始めた。
「すいませんでした。しかし今は緊急事態なんです、全員の命どころか世界の危機なんです」
「ほぉぅ? 世界とは大きく出たな……まぁ良い、ようは話の筋を通せと言っているんだ。ここでは俺が講師――カナタは生徒だ。分かったな?」
幾分か態度が柔らかくなったジークフリードだったが、目はまだ戦闘時の様に瞳孔が細くなっている。
普段ならここで引くところだが、全員の命がかかっているので引く訳には行かない。
すぐ横に立っているジークフリードと自分を覆い尽くす結界をこっそり張る。音を完全に漏らさないタイプのやつを。
「今、音を完全にシャットダウンする結界を張りました。そのままで周囲に気付かれない様に喋ってください」
「あー、どういう事だ?」
「半日もすれば王都を壊滅させれるほどの災害が起きます、原因はこのダンジョンの奥に発生した新種のスライムです。今から新人を逃がすのには間に合わないので短い時間で身を守れるくらいにはします。
ここまでは良いですか?」
「まずだ――」
無言で自分の鼻先をかき、正面を向いたまま話し始めるジークフリード。
「どこからの情報だ? 確かにエウアが何かごそごそやっていたが……それに――実際そうでも、短時間で無理だと思うが?」
急に口パクを始めたジークフリードを怪しく思ったのかルーアンが近づいてくるが、結界に触れる寸前の所でジャンヌが捕縛して後ろに下がる。ナイスファインプレイだと褒めてあげたい。
ルナとメアリーに目配せすると、二人は黒バックからラビッツ料理を次々と出し始め、新人達と盛大な朝食を始めた。皆の注意をそらす方法としては最善だと思う。栄養も取れるので、この後多少無茶をしても大丈夫なように新人達にはしっかり食べて貰いたい。
「まおうさんと言う冒険者をご存知ですか?」
「あー、まさかカナタの口からマオウの名が出るとはな……いや、まさかあいつの助言か? そうとすればほぼ必中の予言じゃねえか! 解った。エウアには後で言っておく、好きにやってくれ」
適当に情報元を作ろうと知った名前を出してみると、すんなり話しが通ってしまった。名前を出しただけで相手が勝手に勘違いして全て納得してくれるとか、愛姉は普段何してるのかな?
「えーっと、マオウさんって、そんな凄い人だったんですか?」
「マジ?」
「冗談ですって!」
驚きを通り越して可哀相な子を見る目でこちらを見てくるジークフリード。慌てて両手を振って冗談ですと答えておく。ジークフリードは『あいつがな~確かに、あいつも黒髪黒瞳だったし同じ容姿の娘を集めてたからな~』と呟いていた。
ここに来て愛姉がどこかに愛人を囲っている疑惑が浮上する。今度アウラに会った時の良いお土産話になるかもしれない。
「話は分かったが、どうする?」
「どうする、とは?」
「情報元を明かせば必ず混乱が起きる。そんな状態で鍛えられると思うか?」
ジークフリードは一度新人達を眺めてこちらを向き直る。
予想していた事なので対処は簡単だ。悪いけどジークフリードには悪役になって貰おう、この場合報酬もちゃんと出すので問題無いよね?
「悪いですけどジークフリードには悪役になって貰います。
くだんの大剣、今すぐ作ります。刀身はダイヤモンド製、持ち手はアウラ縄とプテレア縄から編んだ特製の握りを巻いて、普通の鞘だと切り裂いてしまいそうなので、CNT製の特殊編み鞘も付けましょう」
「ほぉぅ? つまりアレか? 報酬に釣られて自分の講師枠を譲ったと、そういった演技をしろと言いたいわけだな?」
凄んでくるジークフリードだったが、その尻尾は左右に大きく揺れていた。竜人でも嬉しい時は尻尾を振るのか……。
「時間が有りません、吊り上げとかそういうのは止めてください。これで無理なら力ずくでノシますけど? ボク、鋼鉄くらいなら手で引き千切れますけど……試してみます?」
「違うからな! このまま大剣を無料で貰ってみろ、ヘラが変な勘ぐりしてカナタに被害が及ぶとも分からないぜ? 悪いがヘラに渡す用に短剣も同じ仕様で作ってくれ。後は何とか誤魔化す」
必死に両手を振って弁解するジークフリード。それほど怯える必要があるのか疑問になる。ヘラがそれほどヤンデレ化しているとは思えなかった。
「これは本気の忠告だ。嘘だと思うなら無視してくれても構わないが……身の安全は保障しかねるぜ?」
「了解……二〇分で作り上げるのでちょっと待っててください」
こちらの目を見て話すジークフリードは酷く怯えていた。ここまでSランク冒険者を脅かす何かをヘラが持っているという事実が恐ろしい。
製作時間を得る為に二〇分と言ったが、正確にはそれほど作るのに時間はかからない。
結界を解き、朝ご飯を食べている皆に手を振って少し離れた壁よりに移動する。ついでなのでジャンヌも呼んでおこう。
「ジャンヌもちょっと来て~」
「はい?」
ルーアンを縛り上げ放置すると、こちらに向かって走ってくるジャンヌ。
壁際に地面の土を利用して作ったシェルターを用意し、中に明かりを灯すとジャンヌと一緒に入る。
シェルターの広さは直径5m高さ5m程度で半分にした球体状に作った。すぐさま結界を張り大剣製作の準備に入る。分けがわからず、ただ立ちすくむジャンヌ。
「先に大剣作るから見てて、その後話しがあるからね」
「はぁ……」
シェルターの壁にもたれかかってこちらを眺めているジャンヌに見える位置で大剣の材料を取り出す。
「カナタの三分クッキング~♪ まずは主原料の炭素、これは物を燃やすと出る物なので簡単に大量に集めました!
続いてアウラ縄とプテレア縄、これについてはもう在庫が少なくなってきたので、今度合う時には補充しないといけません!
最後に完成した大剣を収める鞘、これにはCNT製のマントを加工して編み込みの鞘にするつもりです!」
チラリとジャンヌの様子を窺うも、興味心身にこちらを見ているだけで特に変わった様子は無い。平常時には天使のジャンヌは出ていないようだ。
「材料の炭素を結界で覆い、熱しながら圧縮していきます。大体2200℃くらいになるまで温めます。圧は10~20GPaかな?」
「ギガパスカル? パスカルとは何の単位なんですか?」
「むむむ、何だろう……大気を押す力? 結界内の炭素を結界で周りからぎゅうぎゅうに押し固めてる感じね!」
結界内に封じ込めた炭素に熱源を与えて圧を加えていく。念のために結界は三重に張り、一枚でも壊れると三倍の結界が張れる様に準備しておく。
今回は成形まで同時に行う予定なので、結界の形を前に見たジークフリードの大剣と同じ形に整える。こうする事によってダイヤモンドを作りつつ大剣が出来るという寸法だ。
「あ! もう大剣の形に……早いですね」
結界内に押し込んだ炭素の粉が明るく輝き、瞬きしている間に大剣の形へと変化していく。色は無色透明。作り方は違えど人工ダイヤの分類になるのかな?
「ジャンヌはアウラ縄をちょっと解いてて? もう仕上げに入るから、柄部分に巻く用ね」
アウラ縄を渡すと頷きすぐに解いていくジャンヌ。ダイヤモンドは成形を終えて大剣の形に出来上がっているが、このままだと押しても引いてもそれほど切れない硬い棒になってしまう。
目に見えないサイズのダイヤモンドの粒を作ると刀身にくっ付けて小さな溝を作り出す。こうする事によって目に見えない溝がノコギリの様に切った獲物を引き裂く事が出来る様になる、はず?
勿論目に見えないレベルのでの作業になる為、大量のMPとイメージ力を元にした生活魔法での作業となった。ついでに超硬化もかけて折れないようにしておこう。
「なかなか良い出来だと思う。解いたアウラ縄をプテレア縄と一緒に巻くから貸して?」
「高温と言っても、こっちは全然熱く無いんですね?」
「結界があるからね~ん? 結構重いかな?」
総ダイヤモンド作りの一本物大剣は予想以上に重く、上から落とすだけで大抵の物なら切断出来そうだ。
鍔と柄を巻き込む様にアウラプテレア混合縄を巻き絞めて柄頭で固定する。
完成した大剣を右手に持ち、試し切りの為を行う為にシェルターの中央に木材を立てる。
「下がってて、木片飛んでくるかもだから結界も忘れずに」
「分かりました。真後ろに居るので注意してください」
構えも取らずにとりあえず上から振り下ろしてみる。大剣の自重を利用したただ落とすだけの振りだ。
刀身が木材をすり抜けて、地面に滑り込もうとした時点で異変に気付いた。
「今、地面に滑り込もうとした! 変な表現だけど、何の手応えも無かった」
ジャンヌは無言で様子を見守っていた。もう一度大剣を持ち上げて手を放してみる事にする。
地面を豆腐を切るかのごとく貫通した刀身は、鍔に巻いたアウラプテレア縄のおかげで地上面で止まった。
さながら伝説の剣が地面に突き刺さっているかのように、地上に見えるのは鍔と柄だけになっている。
引き抜く瞬間も何の抵抗も無く、ただ大剣の重さだけが手に残った。
「ヤバイ、伝説の剣なんて目じゃない切れ味かもしれない。ちょっと切れにくくした方が良いのかな?」
「多分そのままが良いかと……入り口から覗いているジークフリードの目が泣きそうになっています」
「「……」」
シェルター入り口は鍵など付けていない。結界を張ったのは一応の対策で、物理的な障害になるような結界ではなく音を漏らさないタイプのやつだった。
見詰め合う視線を先にそらしたのはジークフリードで、後ろを向いて無言で立ち去ろうとする竜人の尻尾がぐるんぐるんと回っている。
「仕方ない、このまま行こうか……間違えて手を放したら大惨事になりかねないから、アウラプテレア縄は多目に巻いて手首に巻きつけれる様にしておこう」
もう一度縄を編み直すと、大剣から尻尾が生えたかのように長めに巻き直す。
いよいよジャンヌの番だ。緊張し汗ばむ両手を握ったり開いたりして心を落ち着かせる。
「大剣の名前は、カナタスレイヤーにします?」
沈黙を破るジャンヌの発言を聞き全身から力が抜けて行く。
「それ、ボクが切られそうだから違うので。ジークフリードか……竜殺しの大剣だから、バルムンクかグラムかな?」
難しい顔で唸っているジャンヌの横顔を眺めていると良い事を思いついた。
「ねぇ、この大剣に祝福とかしてくれない? 【オルレアンの聖女】ジャンヌ=ダルク?」
空気が凍り付く。ジャンヌの目が細められ、こちらを射ぬかんばかりに睨みつける。
これは結界を張っておいた方が良さそうだ。
ジークフリードは皆の元に戻って朝ご飯を一緒に食べているようなので、シェルターを丸ごと覆う強固な物理結界を展開する。
一歩一歩確かめるように近づいてくるジャンヌ。その両手がこちらに伸びてくるのをただ傍観する。
「誰ですかその女の名は!! 事と場合によってはメアリーに報告する事になりますよ!」
「ん~?」
伸びてきたジャンヌの両手はボクの両耳タブを掴むと、顔を無理やり引き寄せる。眼前、あと1cm近づけば口が触れそうな距離で睨み合う。ジャンヌは顔全体を真赤にして、今にも泣きそうなほど目尻に涙を溜めていた。次第にシャックリをするかのように嗚咽を上げ始めるジャンヌ。
どうやら選択肢を誤った。どう考えても自分の嫁を他人の名前で呼んだボクが悪者だ。あちらの世界だとこんな場合どうなるのだろうか? 包丁で刺される? 離婚届に印?
不意に殺気を感じて視線をそちらに向けると、ジャンヌの真後ろの壁――シェルターに穴が空いておりメアリーがこちらを睨んでいた。
高所恐怖症の人間が東京タワーの天辺から下を見下ろす映像を見た時の様な、腰の下辺りからヒュンと力が抜ける不思議な感覚が身体を襲う。
動けずに固まっていると、メアリーの隣に顔を出したルナがメアリーの頭を抱き締め、その唇を奪い背中をなで始める。同時にこちらを見て、握り拳から親指を出すサインを送って来る二人。
つまりこうなった場合こうしろって言う事を言っているのかな?
「ジャンヌ……目を閉じて」
一瞬驚いた表情を見せたジャンヌは静かに目を閉じてこちらの背に手を回す。
今思えば皆とのスキンシップを余りとって居なかった。この世界では一三歳で成人とは言え、まだまだ子供と言う事かな?
そっと唇を重ねると左手で後頭部を撫でて右手でジャンヌの背中を撫でる。優しく、赤ちゃんの背を撫でるかのように。
「ん! んん!?」
「んふふ~♪」
しばらく撫でている急にジャンヌの態度が急変する。ガッチリこちらの身体を押さえて放さないように抱き付くと、体重を後ろにかけて地面にゆっくり倒れこみ、馬乗りになったまま口内を蹂躙し始めるジャンヌ。
ごそごそと動くジャンヌの右手は真後ろに向けられており、握り拳から親指を出すサインをルナとメアリーに送っていた……!
「んんーん、んーんー! ん……」
いつから……騙されていた?
穴からこちらを覗いていたルナとメアリーはもう居ない。
立ち上がろうとすると、ジャンヌの両手が身体を弄り全身から力が抜ける。
ただジャンヌの気が済むまで大人しくしているしかない様だ。
「ん~♪ ん~♪」
鼻歌でも歌いだしそうなほどご機嫌なジャンヌの背中を撫でると、暫し嫁とのスキンシップを楽しむのだった。




