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ボクが異世界?で魔王?の嫁?で!  作者: らず&らず
第5章 カナタズブートキャンプ
153/224

幕間 災禍の種

 人の気配が無く、家具一つ無い空間。

 その薄暗い室内で一人の神が白い椅子に座っていた。

 その椅子は白鳥の様に真っ白でフワフワとした触り心地の良さそうな翼で出来ており、神が身動ぎする度小さく動いている。


「やっと……やっとだ。あの憎たらしい魔王の監視が外れた! あの小娘――カナタの眷属を操る事が出来なかったのは予想外だったけど、もうどうでも良い事だね? ん?」


 モゾモゾと椅子が動くと、神は立ち上がり椅子に蹴りを入れる。

 椅子になっていた天使は蹴られた翼を押さえて腹這いになり、苦しげに小さな呻き声を上げる。どうやらこの天使が四つん這いになって神を背に乗せていたようだ。



「動くなって言ったよね? お前らの代わりなんていくらでも居る……忘れない事だよ?」


 無言で肯きまた四つん這いになる天使の背に座り直すと、神は指を小さく鳴らす。

 何も無い虚空に窓が開いたように映し出される景色。

 映し出された何処かの景色には、獣人の娘が手下を連れてダンジョンを偵察している姿が映っていた。

 神は子供が楽しみにしているアニメを見るかの様にその窓に見入り、何も無い空間にテーブルに飲み物・軽食の類を取り出すと鼻歌を歌い始める。


「お前達、ちゃんと撒いてきたんだろうね? ……チッ」


 神は何の反応も返さず椅子になったままの天使に舌打ちすると、足を組み指先でテーブルにリズムを取る。景色が映し出される窓に意識を向けた神は小さく『まぁ良い』と呟き指をもう一度鳴らした。

 虚空に映し出される窓が二つに増え、後から現れた窓には小さな黒い鼠がスライムに食べられる瞬間が映し出される。


「OK、なかなか良い仕事だよ? 後は適当に成長するのを待って外に誘導するだけだね」


 鼠を食べたスライムは自らの体の中に黒い核を作り出し、手当たり次第全ての魔物に襲い掛かり始めた。

 ゴブリン種やオーク種の魔物は勿論、普段スライムが食べないはずのミミックやゴーレムの類にまで襲い掛かり巨大化していくスライム。

 巨体を広間に横たえ大きないびきをかいて眠っていたドラゴンにすら襲い掛かり、全身の穴と言う穴から内側に侵入して体内から消化を始めたスライムの核に異変が起こる。

 黒いスライムの核からは二対の翼が生え、体内を飛ぶ様に泳ぎ回り全身を脈動させ始めた。

 次第に分裂していくスライムの体にはサイズは違えど同じ核が存在し、次々とダンジョンの内部へと広がって行く。


「優秀優秀♪ これで暫く手出しが出来なくなるけど……あの魔王の泣きべそが見れるのなら安い対価だよ?」


 神は天使を操り自らが作りだした災いの種が、あの世界の地に根ずく瞬間を目撃したのだった。




 ――∵――∴――∵――∴――∵―― 




「おかしいかな」


 普段なら仄かに明るいダンジョンの内部が完全に闇に閉ざされている。オーキッドは呟くと警戒を強める。

 王都の地下には進入禁止ダンジョンである『光あれ』が存在し、現在エウアの依頼で調査をしているところだった。

 オーキッドが進む後ろに付いて歩くのは兎耳を生やした双子の獣人の女の子と、三対の髭を誇らしげに生やした冒険者が一人。髭を除いて皆歳若いが熟練の冒険者だ。


「おかしいです。何でお姉さまとの楽しい探索にこんな髭連れて来るんです……」

「髭いらないな! お姉とうちら二人で十分だなー!」


 暇なのか獣人の女の子二人は度々髭の冒険者にチョッカイをかけていた。他愛無い子供の悪戯、ここがダンジョンの中層――超危険区画に存在する通路でなければ。

 配置された罠はどれもが即死級。吊り天井・落とし穴・毒矢・巨大な石などは可愛い方で、性質の悪いランダム転移・腐食ガス・魔物召集など致死性の高い罠もふんだんに配置されている、一度発動させてしまうと一瞬で全滅する可能性すらあった。

 神経をすり減らす髭の冒険者は、もうヤケクソ気味に己のスキルを使い通路の奥を見る。


「あぁそうですよ、髭は要らなかったなようだな! オーキッド、もう俺帰って良いか? 魔物が居ないぜ……」

「ティア、ファイ、その人は金蔓――じゃなくてギルドの偉いさんだから、言葉に気をつけるかな?」

「「はーい」」


 魔物が一匹も出てこず暇を持て余していたティアとファイは、オーキッドに注意されると髭――冒険者ギルド東支部サブマスターであるヘズを放置してダンジョン探索に意識を戻す。

 護衛&調査員として雇われたオーキッド達は罠一つ逃さず潰し、的確に深部へと向うルートを選び進んでいたのだった。


「何か変な事が起こっている可能性が高い、これは戻った方が得策か……」


 ヘズの本来の目的は、新人達が狩りを行なう為にダンジョン入り口の広間に魔物を誘き寄せる事。

 まだエウアと連絡を取っていないが、この異常に魔物が居ないダンジョンを進んで良いモノかと疑問に思い始めていた。


「髭はこれだから……このまま戻ったら、皆はあの不味い毒草ばかりでお腹を満たす事になるんですよ?」

「うへぇ……。お姉が手当たり次第食べて死に掛けたやつだな」

「ファイ? あたいがお姉ちゃんなんだから率先して毒見するのは当たり前の事かな!」


 顔を赤く染めたオーキッドが双子の姉――ファイのオデコに人差し指を押し付け注意する。隣では妹のティアがクスクスと笑いながら道行く先にあった罠を見つけ、魔法で氷漬けにしていた。


「シッ、何か来る。小さい魔物? 足音が無さ過ぎる、お姉……多分スライムかニートだ」


 一瞬前まで笑っていたファイとは思えないほど真剣に耳を澄まし、通路の奥から聞こえてくる音を拾い伝える双子の姉。


「分かったかな。ティア、相手の属性が分からないから――明るい火が良いかな?」

「了解お姉さま! 小さき炎の精霊よ。我が前方に集いて、照らし轟かん!」


 一瞬の迷いが命取りになるダンジョンでは、たとえ夜目が利く獣人三人と人間一人の構成であっても、相手を視認するのに明かりが有った方が何かと都合が良い。

 詠唱を開始し魔力を貯めて精霊に与える。一連の動作を一呼吸の間に行いミスする事無く精霊魔法を発動させたティアは、小さなわりに高密度な炎を前方に解き放つ。

 解き放たれた炎は渦巻く様に螺旋を描き通路を蹂躙する。凄まじい熱風が肌を焦がし少しティアの毛の先を丸めた。


「始め見た時はただの寄せ集めだと思ったが、存外良いPTプレイしてやがる。ジークフリードは勿論の事、アルバートにオーキッド――今年は粒揃いだな! アダマンタイトの原石も見つけた事だし、王族への伝手を使って売り込めば俺のギルドマスター昇格も夢じゃなくなったって事か……グフッ、グフッ」


 ヘズが不気味に笑うのを歪めた顔で見届ける三人の女。ヘズが言ったアダマンタイトの原石とは鉱石の事ではなく、その存在そのモノが馬鹿らしくなるほど常識外れな冒険者――カナタの事だった。


「帰ったらエウアに報告かな? ファイもティアも欲しい物を考えておくと良いかな♪ あたいはカナタの着ている服が欲しいかな!」


 小声で双子にそう言ったオーキッドは、前から欲しいと思っていたカナタの着る服をいくら積めば譲って貰えるのかと考える。

 この世界の衣類は一般的な日本の量販店で売られている物より数段質が落ちる。具体的に言えば肌触りや伸縮性は厚紙とフェルト生地くらいの差があった。レベル補正によって強靭な身体を得ても着心地が変わるかと言えばNOである。


「うちらもあの服が欲しい!」


 ファイがそう言うとスライムの核を右手(・・)で拾って戻ってくる。色は黒色で普段は滅多に見ない内包魔力が高い核だ。

 ファイの後ろでモジモジして尻尾を振るティアも同じ考えの様で、自分の着ている冒険者ギルド御用達の麻の服の裾を掴みオーキッドの隣へとすり寄って来る。子供でもやはり女の子、この前一目見ただけであの服の良さが分かったようだった。


「ダンジョンに潜ってもう大分時間が経つな……やっと一匹か? ファイから離れろ!!」

「「「??」」」


 ヘズは突然大声で叫ぶと重厚なバトルアックスを腰のベヒモス袋から取り出し、何の予備動作も無くファイの右腕を切断する。


「ギッ!? くぅぅぅ……」


 一瞬の出来事、三人とも反応出来ずただ地面を転がるファイの右手首と、その手の平に吸い付くようにめり込んでいくスライムの核に目を向けた。

 三人のうち一番初めに反応したのはオーキッドだった。無言でファイの切断された右腕の少し上を縄で縛り有無を言わさず肩に担ぎ上げた。

後から遅れてやってきた痛みに歯を食いしばり耐えるファイ。ここで大声を上げてしまえば先ほどと同じ魔物を呼び寄せてしまうかもしれないからだ。


「無理かな! この四人じゃ手に余る。ヘズ良いかな?」

「取り合えず侵食規模が分からなかったから腕を切った。すまん、初めて見る症状だ――あれも魔物なのか? 連絡を入れるから撤退だ!」

「ファイ姉! 少しだけ我慢して、腕を治す為の金貨一枚ならギルドに戻ればあるから!」


 オーキッドとティアとヘズが撤退を開始し、担がれたファイが背後を確認する。

 切断され地面に落ちた右腕は侵食が進み、右ひじ辺りまで不気味な黒色に侵されていた。指先が不自然なまでに個別で動き、手が地面を這い寄ってこようとしている。


「ありがとな、髭。多分あのままだと……うちは皆を襲ってた。

 背後から謎の魔物一匹、移動速度はまだ遅いが時間の問題。属性は不死か闇に類する未知の属性の可能性有り。泣け無しの魔道具使う」


 ファイは痛みで気を失いそうになりながらも背後の警戒を怠らない。皆にそう言うと首に下げたペンダントの石を噛み砕く。同時にオーキッドとティアの持つペンダントの石が仄かに光り、外に居る仲間の持つペンダントにも誰が何処で壊したかの情報が届く事になった。

 全力で通路を駆ける四人は、ダンジョンに来て初めて魔物に遭遇しない事に感謝し、背後から来る魔物をどう処理するかに悩む。


「繋がった! エウア、緊急事態だ。ダンジョンの第一扉付近まで後退する。侵食型のスライム――未知の魔物と遭遇した。救援と避難を頼むぜ! 数は一匹だが――「音が増えてる。数は一・三・六・一〇を超えた!」と言う事らしいぜ?」


 ヘズが懐から出した石を耳に当てエウアと連絡を取っている時、ファイの耳に異常に増える音が次々と入って来る。


「――カナタだ……戻ればカナタが居るかな! 絶対何とかしてくれるかな!」

「了解したぜ。お前ら、第一扉まで約半日全力で走りぬけろ! エウアがそこで待っている」


 オーキッドが担いでいるファイの右腕切断面を、手で必死に押さえて無言で走るティア。

 脳裏に王都で聞いた噂話が甦る。【絶壁】その称号を持つ冒険者の逸話。

 面白おかしく風潮されているただのホラ話と思っていたが、今のティアは藁にも縋る気持ちでその称号の名を口ずさむ。


「再生と滅殺の担い手――奇跡の神人【絶壁】……王都に居るなら助けて!」


 本人の知らないところで【絶壁】の逸話は誇張され、更なる進化を遂げているのだった。

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