第115話 それって模擬戦?
午前中はずっと一人で盾を飛ばしていた。
円形闘技場の隅っこに線が引かれ、カナタのエリアと地面に書かれた中でずっと……。
「イジメ過ぎる……! イジメカッコ悪い……」
確かに木製の武器がもう無かったので、新人達が座っていた丸太を武器にして無双したのは大人気なかったと思う。
途中ルナが意識を取り戻し、二人で新人達を相手取りオークロードゴッコとか始めたのもやりすぎた感が合った。
「うちは結構良い経験になったと思うんやけど……」
「やっぱりあの丸太で横薙ぎ一掃と、ルナのサーベラスフレイムがいけなかったんだと思うよ?」
「サーベラスも楽しそうやったで……?」
ルナの新必殺技――サーベラスフレイムとは、ルナがサーベラスの両後ろ足を持ったままジャイアントスイングの要領で回転し、サーベラスが口から炎を吐く事で周りを一掃する荒業だった。手加減されたであろうサーベラスの炎で髪の毛がパンチパーマになった新人達が続出し、アルバートに髪の毛について懇々と説教を受ける羽目になった。
「うち食料調達頑張ったんやで?」
ルナは右手を先ほどまでシルキーがくくり付けられていた丸太に置いて直立不動で立っている。いわゆる反省のポーズだ。
ルナが言う食料調達とは、今から行なわれる予定の食料調達順位発表式の副賞で、毒の無い食べ物(現地調達品)らしい。
メアリーと二人でコソコソやっていると思えば、エウアに手伝いを頼まれたらしい。頼んだ本人は椅子に座って居眠りしていたりする。
「昼食の準備が出来たから集まれー」
鉄板の置かれた場所からジークフリードの叫び声が聞こえた。【舞盾】で飛ばしていた硬皮の盾をスマホの中に入れた特大木の宝箱へと収納しなおし、昼食会場へと向う。
ルナも全身で伸びをして、尻尾をフリフリ左右に揺すりながら一緒に付いて来る。
ちなみにシルキーはいつの間にか回収されており、通常業務に戻ったようだった。
「自主練ご苦労さん。そろそろ順位発表と昼飯だぜ?」
「もう自前の食べるので良いです……」
テンション駄々下がりなので、ジークフリードの言葉は右耳から左耳へと抜けていく。
「栄えある一位がそんな辛気臭い顔すんなよ! 食料調達サバイバルの栄えある優勝はカナタとルナ・メアリーPTに決定だー!」
「「「「「「オオッー」」」」」」
「え?」
ジークフリードの発言に耳を疑う。超強力な毒果実を食べて死に掛けたのに一位? ルナとメアリーが集めた毒の無い食べ物のおかげ?
「恒例なんだよ、気にすんな。毎年毒の有る食べ物を新人達に実際食べて覚えさせる。ここなら最悪上に戻れば解毒が可能だしな。
数年に一度、毒耐性を得る者も居たりして結構評判良いんだぜ?」
「ちがっ、何でボクのPTが優勝? アルフのPTは?」
こちらをキョトンとした表情で見ているアルフを指差しジークフリードに問う。毒の無い食べ物(虫)を大量に確保して食べていたので、優勝はアルフPTだと思っていた。
「あぁ、言ってなかったっけ? 食べた毒強度・総毒量の多いPTが優勝だってな!」
こちらを指差し口元を押さえて笑っているアルバートの横で、牙剥き出しにニヤリと笑うジークフリード。
「二位はどこのPT?」
「あー、それなんだがな……」
ジークフリードが指差す方向はテントが張られた新人達のベースキャンプだ。
嫌な予感がしてルナに目配せすると、一直線に人の気配がするテントへ向う。
壁添いの良い位置を確保してあるテントの中に入るとそこに居たのは見知った顔だった。
「カナタ……メディア姉が目を覚まさないの! どうしよう……体が熱いの! 昨日青色の果実を食べた後、眠いって言って、戻ってからこの状態なの! 始めは顔が真っ赤になって熱が有ると思ってたの! 水は出せるから水分を取る様にして休んでいたのに! お願い助けて!」
「青い果実……青色のアケビって確か食べた様な気がする? ルナは知ってる?」
「うちは絶対手に取らんけど、一応食べれるやつやで? 食べると一日高熱が出て身動き取れなくなるから危ないねんで?」
少し錯乱したミンティは、口がぶつかりそうになるくらい近くまで顔を寄せると必死に昨日の様子から説明し始める。
どうやら食べた果実が毒だったらしい、ルナによると食べれるけど動けなくなるだけの比較的安全なタイプの毒らしい。メディアの額に手を置き治療を行なうも熱いままだ。元の毒を取り除かなければいけない。
「【解毒D】ん? 一発で治った。Dランクのスキルでこの効果って……まだ上にCBA? S? が控えていると言うのに、この世界にはどれだけ強烈な毒があるのかな?」
解毒が効きすぐに顔色が良くなりメディアの目が開いた。起きるなりミンティを抱き締めて状態を確認し始めるメディア。
「分けて食べて正解だった。ミンティは平気? どこか痛いとこ無い? 気分が悪かったりしない? お姉ちゃんに何でも言ってね?」
「大丈夫だよ、メディア姉。カナタが直してくれなかったら私……」
毒の有無が分からない場合分けて食べるのは正解だ。食べた物が両方毒でもない限り、当たらなかった方が治療を行なう事が出来るので生存率が上がる。
メディアのミンティを撫でる手が怪しい動きになり、見詰め合う二人の距離が近くなったのでルナの手を引っ張りテントの外に出る。どうやらスタンの居場所はもう無いらしい。
ジークフリード達は副賞だと言っていた食材を皆で食べている最中だった。
「追加で取ってきたからな! カナタ達も早く食べろよー」
「やっべ! この赤い果実めっちゃうめー!」
暢気に昼食を取っているスタン。メディアとミンティが集まっていない事に気が付かなかったみたいだ。
これはもう無理かもしらんね。スタンに向って小さな声で『もう無理やね……』と呟くルナは、メアリーが手を振っている場所に一直線に戻っていく。
後ろでテントが開いた音が聞こえ、メディアとミンティが装備を整えて出てきた。どうやらお互いの状態を確かめて装備を整えていただけらしい。
色々とドキドキするボクを余所に、少し頬が赤い二人は仲良く手を繋いで昼食会場へ向って歩いて行く。
繋がれた手がボクの腰の辺りに添えられ、両脇から背中を押されて二人に連行されているのは何故だろうか?
「この恩はいつか必ず……」
「気にしなくて良いよ? 何か二人共近くない?」
耳元でメディアに囁かれて背筋がゾクゾクした。
両脇を固める二人の距離は近い、間に居るボクを両脇から挟みこむが如く……。
ボクはこちらを羨ましそうに見てくる洋梨臭い少年に一睨みしてメアリー達の元へと向うのだった。
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食後もジークフリードのターンは続く。
場所を円形闘技場からダンジョン広間へと移し、スキルについての講義が始まった。
アルバートと二人で実演方式に目の前で色々なスキルを使っていくジークフリード。時々火を吹いたりするのもスキルなのだろうか?
「あー、以上が概要だ。難しくて分からないやつのために簡単に言うとだな――」
ジークフリードがジロリとこちらを睨んで語尾を強くしながらまとめを言い始める。
「スキルとは、己の技術を昇華して技能にまで引き上げたモノって事だ。才能が有れば覚える速度も早くなるし、才能が無いやつその分遅くなるか最悪覚える事が出来ない。
人が一生で覚えれるスキルの数は四~六個くらいだと言われている。長生きするやつほど数は増えるからな……そこのエウアは王都で一番スキルを持ってるんじゃないか?」
ジークフリードが指差す先に椅子に座り爆睡するエウアが居る。鼻提灯まで作って気持ち良さそうだ。
ボクはダンジョン天井にある光源が少し弱いと思ったので、落ちていた石を手に取り【魔道具作成】を使い陽光を付与すると天井に向って次々に投げつける。天井に突き刺さったまま落ちてこ無い石を見て成功を確信した。
良い感じに明るくなり、エウアが急に寝苦しそうにし始める。これは足元が暗いと危ないからやっただけで他意は無い。
「今やってたみたいな事は普通出来ないからな。こいつがいつの間にかAランクになっていた理由の一端って事だ。
もう一度言うが、カナタの情報はここに居るやつらだけの秘匿次項だ。漏らせばエウアに狩られると思えよ?
どうしても無理って言うやつは後でエウアに忘却系の魔法をかけてもらえ、まぁ講習会開始前にも説明した事だから忘れるやつは居ないだろうがな!」
何か酷い言われようである。メアリーとルナも初めて聞いた風にこちらを見ていた。
どうやら情報規制が行なわれるらしい、別に気にしていなかったので放置する。愚者の王墓探索組みとAランク冒険者とその身内が対象みたいだね。
「あれ? 今朝の小さい兎耳の子って他の冒険者ギルド支部から来たって言ってたような?」
「えっ? 私?」
全員の視線が小さい兎耳の獣人に集まる。アルバートとジークフリードの可哀相な子を見る視線に晒されて、身体を震わせて涙目になる女の子。
「まぁ、エウアが一部の記憶を消してくれるみたいだし大丈夫か~」
「エウア様ー!! 起きてください! 講習の終わりに記憶を消してくださいね! 絶対絶対ですよ! おきてー!!」
女の子が必死にエウアを揺り起こそうとするも爆睡したエウアが起きる気配は無い。涙目ですがり付く女の子には皆から同情の視線が向けられていた。
「さー、午後も模擬戦をやるから必死で付いてこいよ~」
「「「「「「はい!」」」」」」
ジークフリードのかけ声に元気良く返事をしてボク達を取り囲んでいく新人達。嫌な予感がする。
ルナもただならぬ空気を感じたのか臨戦態勢を取っている。メアリーは……いつの間にかエウアの隣で座っていた!?
「カナターがんばってねー!」
「用意は良いなー!」
ものすごく良い笑顔で手を振ってくるメアリー。ジークフリードもそれを容認したようで、右手を大きく上に上げて大声で叫ぶ。
「用意も何も出来てませんが!? 何コレどうなるの!」
「取り合えずだ。戦いの中で成長する事って俺は有ると思うんだ」
牙剥き出しでニッコリ微笑むジークフリード。横で自分の頭をペシリと叩いたアルバートは、大きく息を吸い込んだ。
「それではカナタ対他の模擬戦を開始する! もれなくカナタに有効撃を与えた者には、カナタ本人から特製の硬皮の盾が貰えるからがんばれよー」
「「「「「「オオッー!!」」」」」」
「なんですとー!?」
まったく予想していなかった事態。木製の武器を手ににじり寄って来る新人達と対峙する。
「ルナ! 取り合えず包囲網を抜けて――」
「うちは応援してるで~!」
言葉の意味を思い返すと確かにルナは入っていない。
メアリーの隣に座ったルナは元気良く両手を振っていた。
「言い忘れてたが、カナタは魔法禁止な。それと飛ぶのも無しだ。ついでにスキル使用禁止で」
「どうせそうだろうと思ったよ!」
「なら話は早いですね。多少手足がもげようがカナタが直してくれる! 全員死ぬ気でかかれ!」
「「「「「「オオッー!!」」」」」」
ジークフリードの無慈悲な禁止通告。アルバートの激励を受けた新人達は勢いのままに突撃してくる。
「上等だよ! 全員全力でかかった来い!」
「あー、盾使うのも禁止な?」
あまりにも無慈悲な通告を受けジークフリードの顔を凝視する。何故か握り拳に親指を立てこちらに笑顔を送って来る講師二人。あれ……二人?
「お命頂戴ーー!!」
「なんでやねんー!?」
突撃してくる新人達の中には、どう見ても凶器なフェザースタッフを掲げるルーアンが紛れていた。




