第112話 第二講師アルバート登場!
「ん? もう朝か」
何故かいつもより早く目が覚めた。隣で抱き合ってルナとメアリーが眠っている。何故かサーベラスが枕になっていたりするのはルナが召喚した為だろうか?
リトルエデン特製プレミアム野営セットのテントから顔を出すと、入り口の階段に近い場所から皮製の簡易テントが立ち並んでいるのが見える。ジャンヌ達が観戦している場所は円形闘技場を一望出来る中央付近の最前列の席なので、そのすぐ側に立っているこのテントは一つだけ孤立して立っている感じだ。
昨日の午後は何事も無く時間だけが過ぎて行き、食料はあまり確保出来ずに夜が来た。
円形闘技場の一番奥にデカデカと建つエウアの像が、まさか王都地下ダンジョンの入り口だとは誰も思わないだろう。
ダンジョンに入ってすぐにあった円形闘技場とほぼ同じサイズの広間が目的の食料探索の場所だったらしく、ラビッツ一匹生えない謎の広間で野草や木苺を安全に確保してわびしい晩御飯を取った。
エウアが『こんなはずじゃないのじゃ……』と呟いてイヤリング型の魔道具で誰かに連絡をしていた。
黒バックの中に大量の食料を確保してあるにはあるが、あくまでこれはギルドのイベントなので食事を勝手に振舞うのはダメだと思い、ボク達三人は皆に合わせて料理を食べていない。
結界を鍋の様に使いダンジョンの美味しい水で炊き上げた生米を、同じく結界の中で餅みたいにペッタンペッタン突いて三人で食べた。調理行程はテントの中で行なっていたし、食べる時もコソコソテントの影で食べたので誰にも見られていないはず。
「あと三日、食料が確保出来ないとなると結構キツイ気がしてきたね……」
「今日も獲物が取れなかったら、ダンジョンの奥に行くしかないんやで?」
「おはようルナ、ラビッツ串焼きのタレが口元に付いてるよ……」
ルナは右手でタレの跡を拭うと静かにテントに戻って行った。昨日の晩、お腹が空いて我慢出来なかったみたいだ。
「さぁ、今日も一日頑張るよ~ん?」
左腕が振動したと思うと、ドサドサッと重い落下音が聞こえる。何故か足元に大量の塩や砂糖、胡椒や各種スパイスの山が出来上がっていた。
メジャーな香辛料からマイナーな香辛料までNABAGの文字が瓶に書かれた香辛料のフルコース。塩は方伯の塩と書かれた25kg業務用サイズ。黒砂糖の塊がゴロゴロ入った瓶詰に精製された真っ白な砂糖も20kgサイズで沢山。
届いたメールを確認してみると。
『飴くれ! あと、換金率の高い宝石か金ぷりーず。こちらから売れそうな物を送るから』
と長いタイトルで本文が空白のメールが届いていた。
良くやる失敗だ。苦笑いしつつ黒バックを漁ると、ジークフリードの大剣を治した時に貰った宝石の原石が大量に出てきたので、この場で【冶金】を使い綺麗に磨かれた状態にするとビックWARビーの加熱蜜結晶と共に【転送】しておく。後忘れずに返信。
『宝石の販売は宝石商の悠さんに任せる事。素人が高いクオリティの宝石なんて売ったら大変な事になるよ? あと、金を売るのも個人で販売するより響経由で奏さんに渡す事、組の方で買い取ってくれるはずだから……個人では売るには色々限界があるからね』
返信を書き終わった時点で気がついた事が一つある。ボクの記憶を丸々持っているカーナには必要の無い助言だったかもしれない。書いた物を消すのも何なのでメールを送っておく。
良く考えたらこの転送機能って……戦闘中に発動したりすると危ない気がする。
送って来る時は事前にメールで時間を調整するように追加で返信すると、砂糖・塩・香辛料を特大銀の宝箱に収納し、軽く朝の運動を始めるのだった。
――∵――∴――∵――∴――∵――
昨日と同じ円形闘技場の中央でアルバートが講師となり皆の前に立つ。
丸太に座り話を聞く新人達は一様に元気が無い。昨日の晩御飯が野草や木苺だけだったからだろうか?
「それでは、第一問。レベルとは何か。カナタ答えてくれないか?」
「レベルとは……その人の強さ?」
曖昧な答えしか出てこない。実際レベルってなんなのよ?
立ち上がり答えた本人が首を傾げ気味なので、アルバートも苦笑いをして手で制してくれる。
「広い意味で言うとそれで合っている。が、実際はそんな単純な物じゃないと言う事を覚えていて欲しい。
レベルとはその存在の肉体と魂――心が成長した結果を大まかに表す一種の指標の様な物だ。
同じレベルの者が同じ強さと言う事では無いので注意して欲しい。レベル1の火竜とレベル50のゴブリン、どちらが厄介か分かるだろ?
あくまでその存在がどれくらい成長しているか――どれほど成長の余地が有るかという事だ」
名前:彼方=田中=ラーズグリーズ(サント=ブリギッド)
種族:UNKNOWN(人間) 年齢:18 性別:女 属性:無・聖
職業:盾戦士・冶金士・儀式術士・魔物の王 位:次期辺境伯
称号:【絶壁】【魔王の嫁】 ギルドランク:A
クラン:小さな楽園
団結:クリスティナ様護衛隊 楽園の剣 楽園の盾
レベル:1001[282+18+701]☆☆☆☆
改めてステータスを見てみると確かにカッコの中に数字が並んでいて合計数が左に表示されている。
レベル表記にカッコが有り中に数字が二つ載っていたのは、どちらかが肉体レベルでもう片方が魂――心のレベルって事か。ボクの中にはブリギッドが居るから数字が三個並んでいるんだね。カッコの中の数字が三個有る理由が分かった。ついでなので☆についても詳しく聞いておこうかな?
「先生ー! 質問です」
「はい、カナタ。何でも聞いてくれたまえ!」
髪の毛をかき上げる仕草でこちらを振り向く禿――アルバート。結構ノリノリである。
「レベルの一番右にある星マークは一つ目はHPバリアって聞きましたけど、二個目以降は何ですか?」
「ほほう。二個目以降ね……」
明らかにアルバートの視線が鋭くなり、隣に座るジークフリードがこちらに鋭い眼光を送って来るのが分かった。エウアは居眠り気味なので今の会話を聞き逃したみたいだ。
どうやら三個目以降の☆は何か別に条件をクリアしないと手に入らないのかもしれない。
「二個目の星がどんな効果なのか聞いた事無かったので、聞いちゃまずかったですか?」
「一個目の星はHPが無くならない限り、首を落としても死なないほどの強力なHPバリアです。
冒険者を目指す者は、はっきり言ってこの技能を手に入れてからが本番ですね。
最近ではとあるクランがHP回復ポーションなる未知の秘薬を販売し始めて、ますます有用になってきています。
事態を重く見た調薬士ギルドが総出で秘薬の解析を進めていますが、結果は思わしくないようですね。
よほどの腕前の調薬士が作った物なのか、或いは――神代の遺産か……ともかく、シングルスターについては誰もが知る事実です」
アルバートは何故か棘の有る言い方で釘を刺してきた。あまり派手に動くなって事なのかな?
帰ったら護衛の意味も含めて、もう数匹ラビッツをテイムした方が良いかもしれない。
でもラビイチ達は生まれが違うからあそこまで強くなれたという可能性も捨てきれないので、ラビッツ以外の方が良いかな?
「続いてダブルスターの説明ですが……エウア様良いでしょうか?」
「寝ておらんのじゃ! ん? 隠す必要もさほどないのう」
アルバートが問いかけると、エウアはビクリッと背筋を伸ばし組んでいた足を組み替えた。
どう見ても居眠りしていた生徒が先生に指摘される図である。
ジークフリードがこっそりエウアに状況を伝えたのか、すぐに答えを返す。
「ダブルスターとはある一定レベルに到達した冒険者が得る二段階目の技能です。
効果は存在の強化。簡単に言えばシングルスターとダブルスターでは、一般人とシングルスターほどの差があると言う事ですね。
有名なクランの盟主は、ほぼ全員このダブルスターに到達していると思われます。
タイマンならゴブリンは絶対ドラゴンには勝てない。そんな感じだと思ってくれれば良いです」
「えっ? 強すぎませんか?」
明らかにチート系の匂いがする。有名クランの盟主には注意しておいた方が良さそうだ。
「ちなみに、トリプルスターになると受けるHPダメージを一割ほど常時減らしてくれる技能が手に入ると言われています」
「いきなりしょぼくなった!? シングルとダブルはチート系なのに、トリプルさん息してない!?」
アルバートの言い方だと、トリプルスターはそんなに居ないみたいだ。☆四つだと何になるのか気になるが藪蛇になりそうなので止めておく。
「ちーとけい? 息してない? 何を言っているんですか? 少なくともトリプルスターの技能はしょぼくなど有りませんよ?
本来HPダメージを100受ける攻撃をギリギリ防ぎ10に押さえた場合、トリプルスターで有ればダメーが0になり怪我自体負わないので、出血による消耗や怪我による感染症などを抑える事が出来ます。戦いが長引けば長引くほど有効になってくる強力な技能ですね」
「ふむふむ。最終ダメージから本来のダメージの一割をカットするのか……言われて見れば強いね。強力な攻撃を受けても防ぎ方次第でダメージをかなり減らす――もしくは0に出来る可能性もあるって事か」
言葉通りに捉えていてはダメって事が分かった。ここは数字が全てのゲームの世界じゃない。100のHPダメージを受ける攻撃でも、受ける人の技量次第では50にも10にも減らす事が出来る。
「この国の民なら、誰でも知っているトリプルスターの冒険者は二人。冒険者ミネルヴァとコモン=ヘルヴォル=ヘラクトス二〇世様ですね。
分かっていると思いますが、冒険者ミネルヴァは第一王女ミネルヴァ=ヘルヴォル様です。本人に会っても気付かない振りをしてあげてください」
アルバートが変な事を言った気がするが、誰も反応せずそれが当たり前の様に流されたのでそう言う事なのかな?
お忍びで冒険者するのなら名前くらい変えて登録すれば良いのに、とか思っても言葉に出してはいけないのだろう……。
冒険者としての心構えや、PTの組み方など当たり前の事が説明されていく。
「――カナタ、一流と呼ばれている冒険者達の平均レベルはいくつか分かりますか?」
「眠ってないよ! ちょっと考え事してただけだからね?」
「いえいえ、座学とは総じてつまらない物だと思いますよ? どれほどのレベルから、一流を名乗れると思いますか?」
アルバートの長い説明を右から左へと聞き流していると、不意に名前を呼ばれて焦って言葉が零れる。
苦笑いのアルバートは立ち上がろうとしたボクを制して質問を続けた。
昔オルランドが言っていた事を思い出す。『一人前と呼ばれる冒険者はレベル30からで一流と呼ばれるやつらが60以上の猛者だな』んんん?
前見たルナのレベルが軽く60を超えていた気がする?
何かの間違えか……もしかすると肉体レベルが60以上って事なのか。ルナに視線で合図を送る、一応メアリーにも。すぐに返事がメールで返ってきた。
『うちも皆も多分100前後やと思うで?』
『前にアヤカが104くらいって言ってたと思うけど。私達でそれなら一流の冒険者はもっと上じゃない?』
こっそり左腕の内側に映したメール画面には二人の返事が届いていた。二人ともナイスフォローだよ!
考えられる一流の条件……肉体レベルが60以上? うちのクラン員よりレベルが高い?
うん、矛盾している。少しズルイ方法を取るしかない。
「えっと~60……」
語尾を延ばすように60と言いながら、ちらりとアルバートの顔を見る。口元に手を当てて驚きの表情だ。
つまりこの数字は低過ぎるって事かな?
「60と見せかけて100……」
また同じく語尾を延ばしながらアルバートの顔を確認する。真顔でこちらを見ている?
「あー、ちなみに俺はレベル251だぜ?」
一瞬の迷い、言葉の語尾が延び続けるなか、ジークフリードが思わぬ助け舟を出してくれた。
ジークフリードがレベル251って事は、この竜人を仮に超一流と仮定して、60でアルバートのあの反応、100であの真顔……導き出される答えは!
「ちょっと盛って……160くらい?」
こめかみに手を当てて首を左右に振るアルバート。新人達はこちらを奇妙な生き物でも見る様な目つきで見てきている。どうやら違ったらしい、この反応を見る感じじゃ全然違うのか……。
隣のジークフリードなら助け舟を出してくれそうな気がしたので、こっそり聞いてみる事にする。
「ジークフリードって強いんだよね? 一流ってもっとレベル低い感じ?」
「あー、その言葉傷つくは~疑問系で強いか聞かれる竜人族とか悔しくて血の涙が出るは~俺の心に深く傷が付いたぜ……」
両手で顔面を覆いぽたぽたと透明な男汁を指の間から溢すジークフリード。予想外の反応にどうして良いか分からなくなりアルバートに助けを求める視線を送る。
「これはもう生きて行けませんね……」
「そんなにっ!?」
「カナタ、何か甘いにおムグッ?」
何故かルナの口元を押さえて後ずさるアルバート。メアリーも首を傾げたまま引きずられて行った。
助け舟は来ない。大衆の面前で竜人族の強者を男泣きさせてしまった場合のフォローのしかた何て、スマホの辞書にも載ってない……全然分からないよ!
「その、ごめんなさい。機嫌なおして?」
「クレイモアは折れたし心も折れた……もう無理だ~」
こちらに背を向けたジークフリードの足元には、男汁の滴って出来たシミ広がっていた。
「クレイモアくらい何とかするよ! 多分直るし!」
ジークフリードの肩が少し動いた。折れた大剣だけなら物理的に直せる。上手くいけば機嫌もなおせる?
メアリーがルナに刺さった破片を抜いて捨てていた場所から剣先と破片を拾い、ジークフリードの座る椅子の足元に置かれた柄の部分と合わせて結界で囲い持つ。
「言質は取ったからな?」
「えっ?」
急に明るい声でそう言うと、ジークフリードはアプの実を齧りながらこちらを振り向いた。
「さすがアルバート。即興でも乗ってくれるとは、良い相棒を持ったぜ」
「いや~ジークフリードは言うなれば先輩。その意向を汲むのは後輩として当たり前だと僕は思います」
「???」
ジークフリードとアルバートがお互いの肩を叩きながらガッツポーズをし始めた。どうなっているのか……?
「一流冒険者とは、レベル60を超えた当たりで自称しても良いという事になっていますね」
「はぁっ!? あの驚きの顔! どう見ても、『えっそんな数字で大丈夫? 凄く低くない?』って顔だったじゃん! ジークフリードだって自分のレベルが251だって言ってたし!」
突然のネタばらし、あの男汁は涙などではなくジークフリードが大好物なアプの実の汁みたいだ。
完全に騙された上に嵌められて大剣をなおす事になってしまった。
「良い勉強になっただろ? それにしても160は無いは~アルバートがそれくらいじゃね?」
「僕はレベル203ですが何か?」
「おまっ!? 本当に人間か!?」
「ボクは騙されたのか……」
笑いあう二人の隣でボクは思った。今回の趣旨はボクを弄り倒す事なのかもしれない。
ルナもメアリーも新人達の隣で肯いている。どうやら新人達は観客の様だ。
始まってしまったものは仕方が無い。なるべくボロが出ない様に尽力しよう。
「プッ! 騙されおったのじゃ! プップー」
「――エウアは当分ご飯抜きね」
「アッーーー!? 冗談じゃ! 簡便して欲しいのじゃ……」
突然笑いながらボクの周りを回りだしたエウアにご飯抜きを宣告する。このロリ婆はボクから血を貰っている自覚が無いのだろうか? ご飯抜きになる事など容易に想像出来る気がする。
このまま負かされたままなのは癪なので考える。……一つ良い事を思いついた。
「ジークフリードの剣を直すとは言ったけど、いつなおすかは言ってないから今度ね?」
「NOーーー!?」
エウアと二人で地面に膝を付くジークフリード。アルバートは苦笑いでウインクを一つ送ってきた。
案外こういうグダグダなのも楽しいかもしれない。
「それでは次は――」
アルバートの無慈悲な進行により、地面に膝を付いた二人は放置されて講習会は進むのだった。




