第109話 秋の特別初心者講習会開催!
「あっ、間違えました」
資料室の隣の部屋へと続く扉を開けると、筋肉隆々の男達がほぼ全裸で衣類を着替え装備を整えていた。咄嗟にルナの視線を背中で隠し扉を閉めて考える。
ここは資料室であっている、隣の部屋からギルドの訓練施設に移動出来ると受付嬢のシルキーが言っていた。
部屋を見回すと妙に茶色い紙が適当に突っ込まれた感じの棚がいっぱいあり、野草や薬草、鉱物からトラップの種類、各種ダンジョンの魔物の分布など色々な事が調べられる様になっている。
「カナタ? 早く行くで?」
「ちょっと待っててね。コレはどういう事なのか……」
性別が逆転していたのなら――美少女の生着替えを覗いてしまったのならラッキースケベが成立するが、どう考えても先ほどの光景は罰ゲームである。
「こっちに扉があるで?」
「おぉう……普通に外へって書いてある」
ルナが鼻をヒクヒクさせると、窓際の一見扉に見えない窓へと近寄り窓を開けて外に出て行った。
ちゃんと窓の上に外へと書かれているので普通に移動するのに使われているのだろう。シルキーに騙された?
「すまんな嬢ちゃん。講習会はもう始まっているので、こちらの部屋は準備室に使わせて貰っている。そっちの窓から行ってくれ」
「あ、すいませんでした。ってもう始まってる!? 急ぐので失礼します!」
隣の部屋から全身黒ずくめの衣装を身に纏った男が出てくる。一瞬身構えるも何故か低姿勢で謝ってくれた。そして講習会がもう始まっている事を告げられる。
これは……メアリーに怒られるかもしれない。
「この格好を見た事は内緒で頼む、ネタバレはちと困るのでな」
「了解です!」
若干色合いがCNT装備と似ているがただの布っぽい黒ずくめだった。どう考えても怪しい人だけど、何か悪の組織の構成員っぽくて良い感じがしたので敬礼して窓から飛び出す。イーッー! とか言っちゃう感じのアレだ。
窓の外には広い運動場のような場所があり、すぐ側に地下へと続く穴が空いている。ルナがこちらに手を振って穴の中へと歩いていった。
勿論ただの穴ではなく、清掃されていないため土が堪った階段が有るのでちゃんとした建造物の様だ。
ラーズグリーズの町の地下訓練場は利用者が居ない為綺麗だったが、こちらはさすが王都と言うべきか毎日大勢の冒険者が利用しているようだった。
「そう言えばルナ、お財布他人に貸して商売してる? エウアが心配してたんだけど」
「うちのサイフはここにあるで?」
ルナは黒バックと尻尾からそれぞれ小さな黒バックを取り出すと、中から輝く硬貨を1枚取り出し見せてくれた。
「ふ~む、エウアは何を言いたかったのか……まぁルナも商売敵の妨害とかに注意してね?」
「了解やで! 見つけたらボコって治してポイするんやね?」
「あ、うん。そうだけど殺さないようにね?」
ルナのサイフから取り出された硬貨に見覚えが無い事に気が付いた。まだ見た事の無い硬貨……白金貨か!
ん? 何でルナが一億円硬貨持っているのか――燻製ってそれだけ儲かるの!?
クラン資産が凄い事になっていそうで怖い。
階段を下りると巨大な円形闘技場が姿を現し、観客席に座るベテランっぽい冒険者や何故か居る貴族っぽい服を着た者達の視線がこちらに集中する。
貴族っぽい服――意外に中世ヨーロッパ風の綺麗な服装で、白い貫頭衣の上に丈の長い黒い上着を着て腰にサーベルを帯剣している。
ボクが一見して何故貴族と思ったのか、それは服装以上に目立つ髪の色を見たからだ。
一般的にこの世界の人間は髪の色が真っ白で、ステータスの関係なのか歳なのかは分からないが、大人ほど若干黒味を帯びた髪色をしている。冒険者には黒っぽい髪の色の者も居たが、明らかにソレと違う完全な黒髪・黒瞳の者達だ。
集まっている講習会参加者を見ると、いやが応でも目立つ者が居た。日々黒っぽい髪色になっていくクラン員達、その中でもルナとメアリーはほぼ完全に漆黒の黒髪だ。
五〇人以上居る参加者の前には、教官になるのかエウアとジークフリードとアルバートと知らない女の子が立っている。
「遅れてくるとは良い度胸じゃのう……楽しみじゃ!」
「カナタの馬鹿……」
口元が三日月の様に釣りあがったエウアの笑みを見ると背筋に悪寒が走る。
そして最前列に居るメアリーがこちらを睨んでいる、尻尾が苛立ち下に揺れていて近寄り難い雰囲気を醸し出していた。
ルナが気にも止めずメアリーの隣に歩いていったので同じく隣まで歩いて行く。
「皆早すぎじゃ……」
「一回目の鐘が鳴る前に集まるのは基本だよ。カナタは何時まで眠ってたの?」
「そんな、起こしてくれたら良かったのに!」
「アレだけやっても起きない癖に……」
「ん? アレだけって何? もしかして起こしてくれようとしたの?」
何故か顔を真っ赤に染めたメアリーは『知らないっ!』と小声で呟き尻尾でお尻と叩いてくる。
「そこ! 五月蝿いのじゃ!」
「失礼しましたっ!」
エウアに怒られた。淡々と前で話すエウアによってこの講習会の趣旨が説明される。
簡単に言うと、今年度の新人達はなかなか筋が良く将来が楽しみなので気を引き締める意味でもう一度特別に初心者講習会を開くという事だった。
大きな欠伸をするジークフリードと禿げたアルバートともう一人、講師が招かれているらしい。
見た感じソレっぽい人は観客席にも居ないので遅れているのかな?
「「「「シャーッー!!」」」」
全身黒ずくめの男達が飛び上がるように観客席から現れる。先ほど見たあの者達だった。
「実戦だと思って避けるんじゃな! 棍棒での攻撃を貰った者は前に出て色々やって貰うからのう」
「あー。散れ散れ! 固まっていると逃げれないぞ!」
ジークフリードの怒声を浴びた新人達は、蜘蛛の子を散らしたようにバラバラに逃げ始める。
ルナとメアリーは黒鉄杉の槍で応戦してその場で耐えるようだったので、ふと思った事をジークフリードに聞いてみる事にする。
「倒しちゃダメ?」
「ダメに決まってるだろうが!? 状況を判断し、いかに上手く立ち回れるかを見る為の襲撃だ!」
「こんな攻撃じゃ、ボクにかすらせる事も出来ないよ?」
目を瞑って欠伸をしながら周囲からこちらを狙う気配を探る。
右後ろから近寄って攻撃してくる気配を目を瞑ったまま避ける。棍棒が風切り音を立てて体から10cmほどの所を通った。気のせいか今の一撃全力だったような……?
そのまま回避を続けて五分くらい過ぎた時、女の子の悲鳴が聞こえてくる。
目を開けて悲鳴の聞こえた方角を見ると、講師だと思っていた名前の知らない女の子に棍棒を持った黒ずくめの男が襲い掛かっていた。
腰でも抜けたのか地面に座り込んで逃げようともしない女の子。
「ルナ、ちょっと行って来る!」
「あっ、カナタ? その人は――」
メアリーが何か言っていたが聞き逃した。
飛ぶように地面を蹴り、女の子の前に立つと黒ずくめの男が振り下ろした棍棒を盾で弾き女の子を守る。
「大丈ぶっ!?」
鈍い音と共に背後から木片がパラパラと降り注ぐ。振り向いたボクが見たのは、棍棒の柄の部分だけを握ってこちらに舌打ちをする女の子だった。
「騙されたのじゃ! ホレ見ろ♪ ちゃんと早めに行動しないからこういう事になるのじゃ!」
「あー、そうだな。どう考えてもコイツはこっち側の人間だろうが……実戦なら死んで――いや、無いな」
「だから言ったのに……その子も講師! 詳しくはジャンヌに聞いてね!」
今にも踊りだしそうなくらい上機嫌なエウアは手を叩いて笑っている。ジークフリードは難しい顔をして『鋼鉄――いや、アダマンタイトでもないと傷を付けるのは無理か……』と物騒な事を言っていた。
そして安定のメアリー激オコである。それにしてもジャンヌはどういった関係で話に出てきたのか謎だ。
「そろそろ終わり? うちに当てようなんて百年早いで! ほらほら、尻尾ふりふりやで~♪」
「くそっ! あたらねぇ! お前ら全員コイツを狙え!」
「なんでやねん!? それはずるいで!」
尻尾フリフリしながら黒ずくめの男達の周りを回り、おちょくり遊んでいたルナを見かねたのか大柄な黒ずくめが一人前に出て指示を出す。
他の新人達を狙っていた黒ずくめ達が一斉に、ルナを狙い攻撃し始めた。
時間差をつけた棍棒の攻撃に足を払う棍棒の攻撃、投げられた棍棒がルナの足元を狙い飛来する。
数秒耐えたルナも、落ちていた棍棒を踏み、盛大に後ろへ転がりお縄となった。
「こんな方が女神ジャンヌの主様だなんて……不本意です!」
「女神? ジャンヌ?」
改めて女の子を見る、銀髪に少し黒が混じり始めた髪色に肩に掛かるギリギリの御河童頭、瞳の色はグレー、少し不健康そうな肌の色で若干やつれている。
絹の様な光沢を持つ着心地が良さそうな黒い修道服を着ており、胸からお臍にかけての曲線が凄まじく――胸が凄く大きかった。履いている靴は何かの皮で作られた物のようで真っ黒で飾り気が無い。
何故かジャンヌの名前を呼んでいたので、とりあえずジャンヌにメールで聞いてみる事にする。
「返信めっちゃ早い!」
「変身? 何を言っているのです?」
こちらを胡散臭そうに見つめてくる女の子を放置してメールを確認する。
『成り行きで……始めての部下が出来ました。人の上に立つってめんどくさいです。カナタの言うちゃんとした大人みたいなので、一発やって嫁にして貰っても構いませんよ? むしろそうしてください。懐いて来るのは嬉しいですけど、妙に崇めてくるので疲れます♪ 今日一日よろしくお願いしますね?』
「わっと!? どういう事なの? ジャンヌの部下? と言う事はリトルエデンの新しい仲間?」
「そうみたいやで? 今ジャンヌから一斉返信が来たで! 今日からよろしくやで~」
「はい、よろしくお願いします! 女神ジャンヌの僕――ルーアンと申します、以後お見知り置きを」
クルリと身を半回転させてルナとメアリーの方を向くと丁寧にお辞儀をするルーアン。こちらをガン無視である。
「カナタに舐めたマネしてくれたらただじゃ置かないからね? 良い? カナタが中心、ジャンヌはカナタの嫁だから!」
「まぁまぁ、うちは始めやんちゃな子でも、いつかカナタの良さが分かると思っているんやで?」
ルーアンの態度が気に入らなかったのか、メアリーが食って掛かりそれを横でルナが制止している。
「盛り上がってる所悪いんだが……話が進ま無い、後にしてくれ」
「失礼しました!」
盛り上がってきた所にジークフリードの制止が入った。改めて周りを見ると視線が集中して恥ずかしい。
そっと皆の列に戻り話の続きを聞こうとしたボクにジークフリードが手招きをしている。
「今日の特別講習会で皆の代表として色々実演して貰う者を紹介する。右からカナタ、ルナ、アルバート、エウア、スタン、以上の五名だ」
前で一列に並んでいたと思えばそう言う事か。先ほど攻撃を貰った者は罰ゲーム的に実演を行なう事になるらしい、スタンも若干逞しくなっているのでアルフのPTで頑張っているのだろう。
五人か……案外皆上手く立ち回れたって事なのか、それにしてもこの面子で実演って? ……んん?
「ちょっと待って!? 今変な人居たよね? アルバートとエウアは何で並んでるの!」
「偶然飛んできた棍棒に当たってしもうたのじゃ!」
「同じく、偶然ですよ? 僕が嘘をつくはずが無いじゃないですか」
両手をヒラヒラと振りながら髪をかき上げる仕草をしている禿――アルバートはまだ許容できる。
エウアはどう考えてもおかしい、ベースレベルでボクのはるか上を行くこのロリ婆が飛んできた棍棒如きにあたるのだろうか?
何か違う、そもそもこの二人は講師枠のはず? 嫌な予感がする。
「何かおかしくないか? 何で講師が二人も……」
「シッ……お前、消されるぞ?」
「あの修道服は良いな。こう、色々な所が強調されてて、こっちが元気になってくるぜ!」
「あの女の子、有名な人?」
「竜人族ヤバイぜ! おれもなりたいな……」
「ジーク×アルに決まってるじゃない!」
「あえて言わせて貰うとアル×ジークも一考の余地はあると思うの」
「あの獣人の女の子可愛い」
「知らないの!? あのルナって子は、リトルエデン印の燻製を作って儲けてる凄い人よ?」
「何それ凄い! リトルエデンって最近有名なクランよね? 誰が作ったクランなの?」
「さぁ……盟主があまり姿を現さない系のクランじゃないかしら」
ザワザワと騒ぎ始める新人達に、有名どころがいっぱい居るのだから仕方ないと思い肩の力を抜く。それにしてもボクの影が薄い気がする……。
「あー、静まれ! 次勝手に喋った者はああなるからな?」
ジークフリードが苛立ち気に指差した先、貴族や冒険者達が見物している場所とは反対側の地面には、突き刺さった丸太にくくり付けられたシルキーが居た。
丸太から伸びた枝の先にカナタクッキーがくくり付けられており、上手い具合にシルキーの眼前に届くか届かないかのギリギリの位置でぶら下がっている。必死の形相でカナタクッキーを齧ろうとしているシルキーはこちらの様子に気が付いていないようだった。
「それでは始めるとしようかのう!」
三日月口に牙を覗かせたエウアの開始宣言により、秋の特別初心者講習会は開催される事となった。




