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ボクが異世界?で魔王?の嫁?で!  作者: らず&らず
第4章 ハッピー?ニューライフ
142/224

幕間 覚醒の時

 予定の行程を予定の倍ほど時間をかけて進み、牢獄があるエリアへと到着した。

 時間がかかった原因はアルバートの索敵能力や斥候としての能力が高かった為だ。

 三人は通常ならスルーされるであろう隠し扉の奥にある宝箱を確保し、逃げるのを得意とするレアな魔物を手当たり次第倒していた。

 時間制限が有るとは言え、今はまだ二度目の鐘が鳴る前――八時になったところで余裕が有る事と、アルバートがアビスキーパーを倒してみたいと言い出した為に余計な時間がかかっている。

 アダマンタイト製の牢獄が並ぶ中、目当ての人物が監禁されている一番奥を目指すジャンヌ・アンナ・アルバートの三人は奇妙な事に気が付いた。


「他には誰も居ないんですね」

「それほど過酷な牢獄なんだろう……それにしては綺麗過ぎる? 何かがおかしい」

「ちゃっちゃと(かた)して、カナタに戦利品鑑定して貰いたいですよ~!」


 警戒するジャンヌとアルバート。アンナは手に入れたドロップ品と宝箱の中身を独り占めしているので笑いが止まらない状態だった。

 明かりは光りゴケの類が放つ仄かな光のみで、地下ダンジョン特有のジメジメとした湿気の不快感がジャンヌの肌を襲う。


「シッ! 何か聞こえる……呪詛?」

「エウアの話では、時間間隔を大幅に延ばす薬を飲ませて有るそうだ。エグイ事をする……」

「延ばすとどうなるんですか?」

「牢獄に入れられてまだ一日と言った所だが、監禁されている二人にとってはもう数日は立っている様な錯覚に陥っているだろう。

 完全に壊れるのが先か、変態貴族共に良い様にされるのが先か……大方救出が失敗しても変態貴族共に差し出された頃には壊れるようにエウアが仕向けたのだろう」

「優しいのか厳しいのか良く分からない人ですね」


 途中の通路にあった罠の類は、この牢獄には設置されていなかった。周囲を警戒しながら奥を目指す三人。

 次の角を曲がれば目的と言う場所まで来ると、アルバートが立ち止まり奥を指差した。


「手はず通りに」

「「了解!」」

「アンナ、お前もここで待機だ」


 ジャンヌと一緒に奥に向おうとするアンナをアルバートが止めると、いよいよ作戦開始である。


「私は高飛車なエリート冒険者、私は偉い、私は強い……」


 ジャンヌは自分に暗示をかけるように、役になりきる為に必死で己に言い聞かせる。

 角を曲がって奥を見たジャンヌの目には予想外の光景が映った。


「黒い鎧を着たナーガ!?」

「フシュルルー!」


 上半身に漆黒の鎧を着た黒いナーガが、アダマンタイトの格子に両手をかけて中を覗き込んでいた。

 フルフェイスの兜を装備している為、ナーガの顔が見えない。


「私をこんな目に合わせた悪人なんて死ねば良いのに、私はこんな所で死んで良いはずが無いのに……」

「静かにしなさい! どうやら助けが来たようですよ! 見っとも無い姿を見せるんじゃありません!」


 ユダの声を聞いたジャンヌの心に黒いモノが浮かび上がる。アレはカナタと皆を騙して殺そうとした者だ。


「シャァァァッー!」

「くっ! レイミーじゃない? 違う!!」


 突如体当たりをしかけてきたナーガを寸前の所で避けると、入れ違いに通路の奥へと追いやられるジャンヌ。兜と鎧で顔と上半身は見えなかったが、エウアの依頼と言う事であのナーガはレイミーだと思い油断していた。

 ジャンヌは左手に装備していた硬皮の盾が真ん中で真っ二つに割れて居る事に気が付き、瞬時にレイミーじゃないと判断する。

 壊れた盾を通路の隅に放り投げると、予備の硬皮の盾を腰の黒バックから取り出し構えた。

 こちらの様子を窺いなかなか攻めてこないナーガをカナタ槍で牽制しながら格子の中を覗く。中には妙に肌がツルツルで何も着て居ない少女が居た。

 胸が大きい。ジャンヌは一瞬自分の胸と見比べそうになり戦闘中だと言う理由で考えるのを止める。その間も少女は涙を溜めた目でこちらを見ていた。



「わたしの……救世主さま?」


 少女は歳相応に可愛い顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしており、お世辞にも可愛いとは言えない状態になっていた。涙を流し、怯えて震える少女は牢獄の中という状況も相まってジャンヌの保護欲を刺激する。

 隣に居るであろう宿敵ユダを罵りたい気持ちを抑えてジャンヌは話しかける事にした。


「選びなさいルーアン! 奴隷となって生涯その身を私に捧げるか。明日の朝……変態貴族共の前でオークの慰み者になるかを!」


 ジャンヌは問う。ルーアンに選択権など初めから無いと分かっていながらも、一応相手の意思を確認する為に。

 アルバートから聞いていた少女の名前を呼んでしまったのは失敗したと思ったが、相手にその事を気にする余裕はなかったようで反応は無い。

 ジャンヌは声も出ないといった感じに顔を引きつらせて口をパクパク開くルーアンを横目で見たまま、少しずつ這い寄ってくるナーガへと意識を戻す。


「貴女は誰なのです! 明日の朝とは一体どういう事! 答えなさい!」

「反吐が出る、さえずるなビッチが! っと!?」


 隣から聞こえてくるユダの声に神経が逆撫でされる。ジャンヌは思わずユダに暴言を吐いた。

 その意識がそれるのを狙っていたかのように尻尾で攻撃してくるナーガ。受けた盾越しに重い衝撃が左腕に届く。


「私も一緒に助けなさい! 奴隷は外に出てから考えさせて貰います。良いですね?」

「さえずるなと言ったはずだ! つっ!?」


 またもやユダへと意識を向けた瞬間を狙いナーガの執拗な尻尾攻撃が繰り出された。

 サイドステップで避けるとすぐに槍で反撃するも、穂先が届く前に攻撃範囲外に逃げられてしまう。


「私達は無実の罪で捕まっているのです。助け出して貰った暁には、天使教徒として貴女の旅に付き従い無料で傷を癒してあげましょう!」

「どの口がほざくか! カナタを――皆を罠にはめて魔物の餌にしようとしたくせに! 痛っ!?」

「シャキュー!?」


 隣から聞こえて来るユダの声に合わせてナーガが攻撃を繰り出す。

 ジャンヌは感情が爆発しかけて回避が遅れ、ナーガの尻尾攻撃が左足踝付近に当たり、自分の足から嫌な音が鳴るのを聞く。同時にナーガの悲鳴も聞こえてくる、余程CNT製のカナタ特注装備が硬かったのか尻尾の先が膨れ上がっていた。


「ユダさん……今の話は?」

「嘘です。そこの娘の戯言です」

「ふ~ん? そんな事言うんですね? もしかして、ユダが原因でルーアンが捕まっている事も聞かされてないとか?

 ルーアンはただ巻き込まれただけ。ユダが悪事を働かなかったら、それなりに幸せな人生を謳歌していたと思いますよ?」

「えっ……えぇ? ユダ、さんが?」

「ルーアンに捕まる理由が無いのなら、一緒に捕まっているユダに原因があると考えるのが普通です。それとも――ルーアンは悪い子なんですか?」

「違うっ! 私は……私は何もやっていない!」

「天使様。私をお助けください……」


 どう言い繕おうとルーアンを騙す事は無理だと判断したのか、祈りの言葉を呟くユダ。

 ジャンヌはナーガを槍で牽制しつつルーアンの表情を盗み見る。能面の様に無表情になり涙を一筋流すルーアン。その視点は有っておらず眼球が左右にぶれている。

 これは不味いと思いながらも格子に近寄る事が出来ずにいたジャンヌ。


「大変な魔物が来ました! 作戦中止! 一度逃げますよジャンヌ!」

「ヤバイやばいヤバイやばい!」


 角から何故か顔色を青くしたアルバートとアンナが飛び出してくると、ナーガの横をすり抜けてこちらへ走り寄ってくる。

 ここからは見えない角の先から粘着質の液体が這いずる音が聞こえ始め、若布が腐ったような臭いと共に異常な瘴気がこちらへ流れ込み始めた。

 ナーガも背後が気になるのか、こちらに片手を向けて角の方を見ている。


「あと少しなのに、何が来たんです!」

「最悪のやつが来ました。ゾンビですね、それも竜種の」

「目玉がびろーんって伸びて! 口から腐った肉片を吐き出してくるやつですよ!!」

「今日は聖剣を持って来ていません。通路が狭いのとあの聖剣じゃここの魔物に効果が薄かったので。ジャンヌとアンナは何か対不死種か対竜種の武器やスキルを持っていますか?」

「無いですよ! そもそも散歩ついでにおつかい行くだけって風だったのに、何でこんな化け物が出て来るんですよ!」


 アルバートの問いかけに半泣きになったアンナが怒鳴り返す。ジャンヌはその背を撫でると己のスキルを思い出す。用途不明、使っても効果が分からなかった謎のSESスキルがジャンヌには有った。


「ここでこのスキルが起死回生の一手になるとか……あるのかな?」

「どんなスキルです! 推測なら出来る、教えて欲しい!」

「シークレットスキルにラ・ピュセルってスキルが有るんだけど、この前試しに使った時は何も効果がありませんでした」

「ふむ、名前から効果が推測できない類のスキル……それもシークレットですか。

 一般的にスキルはそのスキル名が曖昧であるほど使いずらい半面、特異な効果を生むモノが多い。その使用者の願いや願望を叶える力、もしくは加護に類する神の祝福の可能性もありますね」


 冷静になったアルバートがそう言って考察を始めた頃、角から化け物が姿を現した。

 そっと角に近づいてその奥を覗き込もうとしていたナーガと鉢合わせになる形で。


「GUOOOOOOOO!?」

「シャァッー!?」


 表れたドラゴンゾンビは黒緑色の皮膚がドロドロに溶け腐り、異臭を放っていた。大きな爪や牙も黒茶色に変色し、眼球が腐り垂れ下がっている。

 ナーガとドラゴンゾンビが見詰め合う事数秒、先に動いたのはナーガだった。

 口から液体を吐き出すとドラゴンゾンビの顔に浴びせかける。黒い煙を上げて溶け始めるゾンビの顔。


「GYAAAAAA!!」


 ドラゴンゾンビはドラゴンらしからぬ叫び声を上げ、腐った右手を大きく振りかぶるとナーガを執拗に攻撃し始めた。

 こちらをチラチラ見てくるナーガは必死で攻撃を避けながら、尻尾の先で器用に白旗を振っている。

 疼く左足踝を擦ると、ジャンヌの中で何かがぶち切れた。


「あのロリ婆ーーー! 【ラ・ピュセル】!」


 ジャンヌの背中から真っ白な翼が飛び出し、辺りを真っ白な閃光で染める。通路全体を照らした光りはジャンヌの身体に収束し、光りの鎧となって身に纏われた。

 髪が地面ギリギリまで伸び、身体が内から膨張するように成長し、翼から光りの羽根が舞い踊る。


「ほう……アンナ下がっていた方が良い。どうやらあのスキルは強化系か……降臨系だ」

「もうこれ以上下がれません!」


 すらっと伸びた背に光りの鎧を内から押し上げる胸、地面ギリギリまで伸びた髪は真っ白な翼と舞う羽根の色を際立たせるかの如く漆黒。

 右手を掲げたジャンヌの手の平に光りが集まり一本の槍を形成する。手首の動作だけで投げられた光りの槍はナーガ――レイミーの尻尾の先にある白旗ごとドラゴンゾンビを貫いた。


「GUOOOOO!?」

「ギャァァァァ!?」


 槍の当たった場所から白い塵に変わって消えていくドラゴンゾンビ。

 一撃のもとにドラゴンゾンビを撃破したその槍の威力は、白旗を持っていたレイミーの尻尾にもダメージを与えていた。

 ジャンヌは涙目で逃げていくレイミーを愁いの篭った眼差しで見送ると、アダマンタイト製の格子を両手で毟り取りルーアンの元へと歩いてく。


「「二度は言いません。付いて来なさい」」


 右手の甲をルーアンに差し出すジャンヌ。

 二人分の声が重なって聞こえるジャンヌの声、異常を察したアンナはスマホでカナタに連絡しようとするもジャンヌに睨まれて固まってしまう。


「降臨系か……僕とこの子は何もしません。お先にどうぞ」


 アルバートはアンナの手を取ると壁まで下がり膝を地面につく。まるで自身が仕えるべき主が目の前に居るかのように。


「私の女神さま……」


 ルーアンの瞳に光りが宿り、神々しく輝くジャンヌの手の甲に口を付ける。

 あまりにも出来過ぎた結果にジャンヌはどこかにエウアが隠れて見ているのでは無いか、と周囲に目を向ける。

 ――居るわけが無かった。そこまでしてこのルーアンと言う少女を助ける必要が、エウアには無いはずなのだから。

 ジャンヌはこちらに倒れる様にすがり寄ってくるルーアンの背を抱くと、頭を撫でて素早く首輪をはめ、己の血を無色透明な石に垂らす。

 首輪は静かに震えると継ぎ目無く繋がり、ここに隷属の契約が完了した。


「私は首輪は要らないわ! 早く助け出して!」


 牢獄の格子にピタリとくっ付きこちらを見ようとしていたユダは、自分は助かるのだと言う安心感に、思わずまたやり直せるという欲望の笑みを顔に張り付かせて叫ぶ。


「「ルーアン。何か聞こえる?」」


 ジャンヌはルーアンを抱き寄せて、その背中を撫でながら耳元で問う。


「女神ジャンヌ、耳を貸してはダメです。あの者は敵……救いは愚か、声すらかけてくれない天使などという偶像を追い求める狂信者です!」


 極限は人を変える。ユダに巻き込まれ、無実の罪を着せられて壊れる寸前になっていたルーアンは、全ての原因をユダと天使に押し付けて己の心を守る事を選択する。

 目の前に居る女神こそ、自分の仕えるべき主なのだと心に刻み付けるように……過去を捨て去る為に言い放った。


「「良い子です、ルーアン。貴女の全てを(ジャンヌ=ダルク)に捧げなさい」」


 ルーアンの背を抱いたまま牢獄を出るとユダに見える位置まで移動し、見せ付けるように抱き締めてジャンヌは言った。


「「貴女は生まれ変わるのです」」

「はぁうん! 女神ジャンヌ!」


 ジャンヌが抱き締めたルーアンを光りの翼で覆い隠すと、舞い踊る光の羽根が全てルーアンへと吸い込まれてく。

 ユダは両目から滝の様に涙を流し、口を開けっ放しにしてその光景を眺めていた。天使教を裏切り、輝く者に付いて行くルーアンを羨ましげに見つめると静かに目を閉じる。

 自分の終わりはこの場なのだと生存本能で理解してしまったユダ。

 せめて最後くらいは人として終わりたいと思い、牢獄の格子越しにアルバートを見つめて土下座をする――最後の願いを言う為に。


「今まで、ご迷惑をおかけしました……本当に申し訳ございませんでした。謝って済む問題など一つも無い事は重々承知しております。不躾な願いとは思いますが、最後は人の子として逝きたいと願います。

 一刀のもと、私の首を落として頂きたい。

 どうか……どうか、最後だけでも人間としてけじめをつけさせていただきとうございます」

「変な喋り方ですね……あ痛っ!?」


 茶化そうとしたアンナの頭にアルバートの握り拳が落ちる。

 ユダはアルバートが没落した事を知らない。貴族であったアルバートに貴族語で丁寧に懇願する。

 己が犯した罪を認め、その命を持ってけじめをつけると願うユダを見つめてアルバートは難しい顔で固まった。

 ユダは天使教徒でも冒険者だ。冒険者は首を落としたくらいでは死なない、その上で首を落として欲しいとユダは言った。それがどんな最後になるかアルバートは簡単に想像出来てしまう。

 己がHP(いのち)が枯れ果てるまで、苦しみ抜いて死にたいと願うユダ。アルバートは決意を改める。


「ユダ……目を瞑れ」

「はい……」


 アルバートは静かにそう言うとユダが目を瞑るのを見届け、牢獄の鍵束から一本、目当ての鍵を引き抜きアダマンタイトの格子に近寄る。静かに音も無く開かれる格子扉。

 ユダは土下座したまま地面に額を付け、両手が邪魔にならないように腰の後ろで組むと小さく『ありがとう』と言った。


 アルバートは腰の短剣を少しだけ引き抜き、自らの左手薬指を傷つけると右手でユダの首に首輪をかけ、反抗される前に契約を完了させる。


「なぜ、です……? なぜ――死なせてくれないのですか」


 己の首にある違和感の正体を確かめようと両手で首を触ったユダは、嗚咽混じりにアルバートを問いただす。


「簡単に死ねると思わないでください。僕の人生をメチャメチャにしておいて、最後の願い? 笑える冗談ですね。

 他の者の事など知りませんが、貴女には僕が失った過去と未来の分を償って貰う!

 至高のSランク冒険者アルバートの過去と未来だ。安くはありませんよ? 一生かかってでも償ってもらいます」


 アルバートは土下座したユダの顔を無理やり上げさせると、水分を失いひび割れた唇を無理やり奪う。突然の告白にも似た脅迫にユダは混乱し、されるがままになってしまう。

 光りの繭となって輝いているジャンヌとルーアン。その隣で一人取り残されたアンナは何しに来たんだっけ? と一人惚ける事になる。

 やがて、アルバートが腰のベヒモス袋からタイガーベアの毛皮を何枚も取り出し床に敷くと、即席のベットを作り出しユダを押し倒す。されるがまま全てを受け入れるユダの前で、アルバートが鎧を脱ぎ始めたので、アンナはギョッとして目をそらし一人愚痴る。


「どうなってるんですよ……これ。ジャンヌもアルバートも暫く一人で見張りしてろって事ですよね……」


 背後でユダの絹を裂く様な悲鳴が聞こえた後、アルバートの名前を必死に叫ぶ声が聞こえ始めたので、アンナは焦って消音の結界を張る。

 アンナは一人、強力な魔物を相手にこの場を守る事を考えてゲンナリする。


「チラッ……」

「ん? レイミー?」


 角からレイミーの声が聞こえてくるが姿が見えない。アンナは生活魔法の灯火を足元に放つと思いっきり蹴り飛ばした。

 通路を転がり丁度角へと転がって行った灯火の光に驚いたのかレイミーが姿を現す。もう鎧は着ておらず、何故か涙目でこちらに白旗を振っている?

 ジャンヌとルーアンの繭を警戒しながら、ゆっくりとアンナの元へと這い寄ったレイミーは、尻尾の先端を見せるとぽろぽろと涙をこぼし始めた。

 尻尾の先端が焦げている――それも生半可な焦げ方ではない、残された尻尾の傷口は半ば炭になっている。


「【治療F】【治療F】むむ? なかなか治らないですね、【治療F】【治療E】おっ? ランクが上がりましたよ!」


 手持ち無沙汰になったアンナはレイミーの尻尾の治療を開始する。幸い魔物が近寄ってくる気配は無い。

 治療を開始してすぐにスキルランクが上がり、レイミーの傷もほぼ元通りに直った。


「アンナ……大好き……」

「はぁ……まぁたまにはこんな日が有っても良いですよね~」


 治療のお礼なのか防衛を手伝ってくれる様子のレイミーにアンナは一安心する。

 何時までかは分からないが後ろのイチャイチャする二人と繭になった二人が出てくるまで、ここで拘束される事になったわけなので、味方が多いに越した事は無い。


「あれっ?」

「あっちが終わるまで待ってください」


 いつの間にか光りの繭からジャンヌの顔が覗いていた。声も元に戻り元気そうだ。

 ジャンヌが熱心に視線を注ぐ先には、いつの間にか上下逆転したアルバートとユダが居る。


「その、勝手に見るのはマナー違反だと思いますよ?」

「繭から出たままで顔を背ける事が出来ません。つまりこれは仕方なくです! まるでマーガレットの様ですね……」


 始め嫌がる素振りを見せていたユダが、開始数分で主導権を握り返し、ケモノの様にアルバートを求めていた。

 ジャンヌは呆れるように言いつつも目を閉じようとはしない。

 アンナには少し早いのか、レイミーの手を握りジャンヌの繭を背に通路を見つめていた。


「もう戻りたいですよ……」

「アンナ……疲れた?」


 見当違いの心配をしてくれるレイミーに、アンナは『ありがと』と小さく答えて頭を撫でる。


 色々いたしているアルバートとユダ。光りの繭の中でルーアンに何かしているジャンヌ。

 アンナの願いが叶えられるのは、この一時間後の事となる。

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