幕間 ジャンヌとアンナの休日
明日に秋の特別初心者講習会を控えるその前日の朝、ジャンヌは機嫌が悪かった。
ルナとメアリー主導のPT分けで最近ルナに振られたアンナと、マリヤ・シャルロッテ・シャルロットの三姉妹と同じPTになったのは良い。普段からこの姉妹達は冒険には出ず、日がな一日部屋に篭って怪しい薬を作っているので、今日は一日アンナと街をゆっくり散策出来ると思っていた。
最近メアリーの度が過ぎてきたカナタへの愛情表現も、皆同じ条件なので誰も文句は言わずチュッチュナデナデしてから出かけていく。
ジャンヌとアンナの番になり、いつも道理のチュッチュを行い、手に吸い付くように瑞々しいカナタの肌を堪能して洋館を出ようとした時、厄介者が現れた。
「お主ら、依頼じゃ。ちょっと地下のダンジョンにお使いに行ってくれんかのう?」
玄関の影から人形の様な少女が現れる。
長い黒銀色の髪に、一見病人を思わせる青白く透き通った肌、見る者を魅了する整った顔立ちの上位妖精人。
カナタにチョッカイをかけてくる冒険者ギルド東支部のギルドマスター、エウア=エデンだ。
「――用事があるので、ルナかメアリーかカナタにお願いします。ジャンヌ、約束の時間がもうすぐですよ~」
「え? ――あ、あぁそういえばそうです!」
まるで初めから用意されていたかのような台詞を吐くと、困惑するジャンヌの手を引きアンナは洋館を出ようとする。
「才能ある少女が無実の罪で裁かれようとしておる。それはそれは酷い目に合うぞ~? 衆人観衆の中、興奮剤を投与したオークに襲わせるとかな。
今は拘置中じゃが……少女が泣き叫ぶ姿を、変態貴族共が今か今かと楽しみに待っておる。
忙しいのなら仕方が無いのう。天使教徒は婚前交渉は禁止じゃ、初めての相手がオークなら結婚する事も出来ん。可哀相じゃのう~?」
「下種が! ……エウア様、貴女ならそれを止める事も変態貴族共を懲らしめる事も出来るんじゃないですか?」
「えっと――ジャンヌ、落ち着いてくださいよ? ほら手の力を抜いて、ドウドウ、大きく息を吸って~吐いて~吸って~」
エウアの挑発するような発言に、ジャンヌは柳眉を荒立てて反応する。
その握られた右手にはカナタ結晶で補強した槍が握られており、あわやエウアへ向けられる寸前だった。
その過激な反応に肝を冷やしたアンナは、必死でジャンヌを宥め落ち着かせる。
「お主が新人冒険者や見習い冒険者を集めているのは知っておるぞ? その結果も――何故集まらないかの理由もな」
「……ふん。大方どこかの貴族が手を回してるんじゃないですか?」
痛いところを突かれたジャンヌは右手に持った槍を、背負った黒バックではなく腰に付けた小さめの黒バックに収納する。カナタとルナ以外の全員は武器収納用にサブの黒バックを腰に装備していた。
「簡単な事じゃぞ? 怪しいからじゃのう。
とある組織が昔やった手口じゃ。甘い言葉で新人をだまくらかし、奴隷に仕立てて変態貴族共に販売しておった。
壊れて返品されてくる奴隷達は殺されて埋められたらしいぞ?
衣食住の保障、約束された未来、怪我をしても無料で治して貰える、皆と一緒に強くして貰える。甘い、甘いのう……」
エウアの昔話を聞いたジャンヌは衝撃で目の前が真っ白になる。
力弱き者を助ける為、皆を幸せにする為にと思いリトルエデン下位構成員を募集していたのに。まさか過去の犯罪者と同じ事をやっていたとは夢にも思わなかった。
ジャンヌは新人や見習い達の反応を思い出す。一瞬の歓喜、疑惑の眼差し、迷い戸惑い、諦めの拒絶。全てがエウアの話で繋がった。
ジャンヌは弱い者が少しでも少なくなれば、稼げる者が増えれば、それだけでも少しは市場が活性化し、需要と供給が増えて新たな雇用を生むと予想している。
ある程度力が付き、目的が見つかった者はリトルエデンを抜けて他の道を歩んでも良いとさえ思っていた。
「――わ、私は違う!」
「そうじゃのう。お主なら、小さな楽園なら可能じゃろう。
それはお主達を知っている者ならば、と言う話になってくるのじゃ。圧倒的に知名度が足りんぞ?
それに実績もじゃ……そこで良い依頼があるんじゃがのう?
なぁに、実績さえ積んでしまえば。このエウア=エデンが後ろ盾になってやっても良いのじゃぞ?」
圧倒的上位者として目の前に居るエウア。優しく諭されていると分かっているジャンヌは、この依頼に拒否権など存在しない事を知る。
アンナは玄関の外、庭に生えた木から覗く黄金色の鎧を睨んでいた。
「分かりました。依頼を受けさせてください。ただし報酬はしっかり貰います」
「良い心がけじゃ。詳しい説明はあやつに任す、制限時間は明日の朝まで。
明日の朝には変態貴族共が待ち切れずに身柄を奪いに来るじゃろうからのう……」
目を閉じて肯き、依頼を受ける事を決意したジャンヌは、エウアに頭を撫でられながら木の影から現れた人物に視線を向けた。
少し茶色かかった瞳の色と同じ色の髪があったはずの青年。今は禿げだ。
黄金色の鎧を身に纏い、腰には前見たロングソードとは違い、黄金色のダガーが二本装備されている。
「自己紹介は必要無いとは思うが、Sランク冒険者アルバートだ。今日はよろしく頼む。詳しい説明は歩きながらで良いかい?」
「「よろしくお願いします?」」
何故か洋館の中へ向って歩いて行くアルバートを追うジャンヌとアンナ。エウアはいつの間にか居なくなっていた。
向った先はオーキッド達が居住区として使っている牢屋の部屋。
声もかけずにスタスタとその部屋へ入っていくアルバート。
「――すまん……」
すぐに引き返してきた。何故か顔が茹蛸の様に真っ赤になっている。
ジャンヌが首を傾げて中を覗きにいくと、ほぼ下着姿のオーキッドが大きく欠伸をし伸びをしている最中だった。
「おはようかな? 今アルバートが居たようだけど、何故か真っ赤な顔で出て行ったかな~」
「早く着替えなさい、多分その奥の通路に用事があるんです」
「「「「「ふぁ~い」」」」」
一箇所に固まって眠っていた者達が続々と起きて着替えていく。まだ殆ど子供だが、男女は別の牢屋らしい。
ジャンヌがその姿を眺めて待っていると、何故かオーキッドが獣人の少女を一人連れて歩いてくる。
「一人いる?」
「何の事?」
「物欲しそうな顔で眺めてたかな? 皆一緒に眠ると暖かくて安心出来るかな~」
「いえ、こちらも皆一緒に眠っているので大丈夫です」
尻尾を全力で左右に振る少女の頭を撫でると丁寧にお断りする。
「早くしてくれ!」
「アルバートって、素直で結構可愛い所ありますよね~」
「簡便してくれ! 奥の通路を通りたいだけだ」
悲鳴にも似たアルバートの叫びが部屋の外から聞こえてきたので、ジャンヌは着替えを手伝う事にした。
――∵――∴――∵――∴――∵――
謎の地下通路、カナタ達が以前ナーガのレイミーを見た通路の奥にはとあるダンジョンの入り口が在った。
ダンジョン名『光あれ』、ヘラクトス王国始まりのダンジョンと呼ばれるこの迷宮は、王城の地下とこの通路奥の入り口の他にも数箇所の出入り口がある珍しいダンジョンだった。
「こんな場所が在ったなんて……王都、恐るべしですよ?」
「打ち合わせはさっき言った通りだ。もう一度確認するぞ?」
「それ、もう三回目ですけど……」
ダンジョン前でとぐろを巻いていたレイミーに若干ビビリつつ入り口を潜った三人。ジャンヌとアンナとアルバートは三度目になる打ち合わせをしていた。
「まずは一緒に監禁されている少女をジャンヌ、お前が助けるんだ。次に隣に監禁されているユダを手酷く罵って欲しい、出来るだけ心を折る方向で頼む。そしてジャンヌが去った後、僕が颯爽と現れてユダを助ける」
「そんな事しなくても、三級奴隷にしてしまえば良いんじゃないです?」
「ジャンヌは堅物だから分からないかもしれませんが、女は窮地を救って貰うと案外簡単にコロっといっちゃうんですよ?」
茶番だとジャンヌは思った。アルバートの作戦にノリノリなアンナは、髪が無いのに髪をかき上げようとして手を留めたアルバートの方をチラ見して続きを言う。
「初めてPTを組んだ時からの一目惚れらしいですよ? このままオークの性奴隷にされるくらいなら奴隷にしてでも手に入れたいとか、泣ける話じゃないですか」
「はぁ……そう言うモノですか? エウア特製の首輪付けるだけで反抗出来なくなりそうですが……」
絶対面白がっているアンナに、ジャンヌは溜息を一つ吐くとアルバートに渡された奴隷の首輪を確認する。
普通の奴隷の首輪と違いエウア特製のソレは、真っ黒で少し金属の光沢がありカナタの付けている魔王の首輪にも似た外観をしている。違いがあるとすれば中央に少しくぼみがあり無色透明の1cmくらいの宝石がはまっている事。
宝石の左右を引っ張ると首輪が開き、相手の首にかけてから閉じ、宝石に主になる者が血を垂らせば契約完了だとアルバートは言っていた。
「でも報酬が……ロニーやミリーはもうお店持ってますし、メアリーも大口の取引で交渉中だし、ルナは自分の商会を立ち上げてガンガン稼いでるみたいですし」
「私はタダ働きになりそうですけど、ジャンヌの初めての相手が出来るなら全然良いですよ?」
「その言い方止めて。初めて見つけた部下が、無実の罪で人生終わりそうになっているいたいけな少女――しかも二度と解けない隷属の奴隷だなんて……」
ダンジョンに入ってからアルバートに聞かされたこの依頼の報酬は予想外の物だった。ジャンヌは監禁された少女を、アルバートは監禁されているユダを、それぞれを隷属奴隷にして所持する権利。
ジャンヌは今度エウアに会った時には、カナタ槍をぶっさしてやろうと心に固く誓った。
「その、アンナは実質報酬無しなのに……手伝ってくれてありがとう」
「ほぼ未開拓の王家のダンジョン……ドロップ品は全て貰って良い事になっているので十分ですよ?」
八割方同じカナタの嫁の手助けなら無報酬でも良いと思っていたアンナを本気にさせたのは、残り二割を占めるアイテムの誘惑だった。
管理だけしているらしいエウアはこのダンジョンのアイテムには手を出していないそうだ。
「また宝箱だ。銀宝箱か……微妙な所だが一応警戒しておくか」
話している側でアルバートが新たな宝箱を発見する。
あからさまに怪しい窪みに置かれた宝箱。アルバートは宝箱の後ろにダガーを差込み、蝶番の部分を力いっぱい破壊する。
「あ! ミミックだったみたいです」
正面で見ていたジャンヌは、牙を生やした宝箱が蓋開く前に息絶える瞬間を目撃する。
手早くミミックをひっくり返し中身を物色するアンナ。
「ほほぅ? 未鑑定の鉱石がいっぱいと、金塊? なかなか豪華な宝箱が多いですよ! ひゃっほぅ~♪」
「手早く収納してくれるとありがたいんだが?」
若干呆れ気味なアルバートだったが、ここまでで見つけた宝箱は五個、うち三個がミミックで残り二個は金の宝箱だった。中身は全て似たり寄ったりの未鑑定鉱石だったが、金の宝箱はそれ自体に価値がある。
大人が一人で抱えるのがやっとの金の宝箱は、それそのモノが金塊として売りに出せる。銀以上の宝箱は入れ物も宝なのだ。
アルバートに促されて手早く鉱石を収納すると、ミミックの中身をカナタナイフで穿り出し、外身の銀の宝箱もばらして収納するアンナ。
「本当にそのミミックの外身って売れるんです? 臭いそう……」
「まぁな……完全な銀の宝箱程ではないが売れるぞ? っ!」
急にジャンヌとアンナに止まれの指示を出すと、『静かに』と言って黄金のダガーを両方構えるアルバート。表情に余裕が無いのが二人には見て取れた。
通路の奥に蠢く白い影が居る、そう認識した二人はアルバートが何故それほど緊張しているのかが分からない。
「行ったか。本当に居るとはな……エウアには感謝しなければならないな」
「アレは何て言う魔物なんです?」
アルバートは両手に構えた黄金のダガーを鞘に戻すと、腰のベヒモス袋から皮袋を取り出し中身を飲む。
「アビスキーパーだ。死霊系のかなり上位の魔物で、魔剣に類する武器でしかダメージを与える事が出来ない。エウアが定点沸きする場所を教えてくれていたので助かった」
「アルバートでも苦戦するんですか? 私達自慢じゃないですけど、あまり強く無いと思いますよ?」
アンナの質問にアルバートは苦笑いすると驚きの答えを出す。
「倒せないんだ。浄化でも使わない限り、ダメージを与える事しか出来ない。動きが鈍くなったら逃げるぞ?」
「浄化なら使えますが?」
ジャンヌの返答に一瞬キョトンとした表情で固まったアルバートだったが、『カナタの嫁だから……』と呟き考えを訂正する事にした。
「もし次出合って逃げ切れない場合は、動かなくなるまで僕が削るので、浄化で止めを頼む」
「「了解!」」
元気良く返事をする二人。アルバートはアンナを見てお前もか、と思い考えるのを止めた。




