SS ルナの縄張り
早朝、いつもと違う感じがして目を開ける。
隣に眠っているカナタをメアリーが撫で回していた。
「何してるん?」
「今日からはチュッチュとナデナデまで可だから! ほらっ、早く準備して出かけないと。フェリとの待ち合わせがもうすぐでしょ?」
「うちもナデナデするで!」
「ん~ん。もう少しだけ……」
皆順番にチュッチュナデナデしてから出かけていく。最近の朝ご飯は各自で食べる事になったので、日課になったフライングラビッツ狩りに出かける事にする。
天使御用達の服は洗わなくて良いし、常に清潔なので着替え無くて済む。オーキッドにその事を言うとすっごく羨ましがられた。この服はリトルエデン御用達なのであげる事は出来ない。
寝ぼけながらカナタにチュッチュしているキャロルの手を掴んで、先に外に出て行ったサーベラスを追いかける。
この洋館はエウアの結界とカナタの結界で二重に安心らしい。時々知らない扉があるけど、小さい人形さんが案内してくれるので迷わずに外に出られた。
フェリとは毎朝教会跡地で集合する事にしてある。フライングラビッツの売り上げをすぐに冒険者ギルドに預けると、毎日朝ご飯を買って待っていてくれる。ルナ商会の大事な店員やね!
「このまま行けばルナ商会が、王都の富をいっぱいいっぱい持つ事も夢じゃないんやで?」
「何かそれ言葉がおかしいですの……」
「ワンワン!」
「ラビッシュ! ラビラビ……」
サーベラスがラビイチの小屋の前で吠えていた。入り口の扉が食べられて無くなった場所には、何故か白い骨が大量に積んである。
首を傾げて骨を見つめるサーベラスとラビイチ。ラビニとラビサンが小屋の中を掘り返して骨を外に放り出している。
「何で小屋の地面の中から骨が出てくるん?」
「どう考えても殺人現場のような気がしますわ……これはエウアが? あの見た目に反して怖い人なのかも……」
「それはこの洋館の前の持ち主の所業じゃのう」
「「!?」」
いつの間にかサーベラスの頭を撫でるエウアが居た。すぐ側に近寄られるまで、匂いも音も、気配すらなかった。
「魂は全て纏めてとある場所に保護してある。あのまま捨て置けば魔物になっていたかもしれんからのう」
「あの部屋なん?」
洋館3Fの小さな部屋の窓を指さすと、丁度窓からこちらを見る少女が見えた。手を振ってみると中に隠れてしまう。
うちは骨をどうするか迷いキャロルに意見を聞いてみる事にした。
「骨は燃やす? サーベラスは食べたらダメやで?」
「ワンワン!?」
「浄火の炎が有れば良いんですが、教会が今あれじゃあ……無いですわね」
全力で首を左右に振るサーベラスの頭を撫でて、キャロルの言う浄火の炎をどうするか考える。
うちは賢いのですぐに答えを思いついた。生活魔法の浄化と発火を同時に使うと浄火になる気がするで!
右手で浄化を使いながら左手で発火を使うと、目の前に青白い綺麗な炎が現れた。
「「なっ!?」」
「ワン~ワン~!」
驚く二人の前で、骨を一本足元に転がしてくれたサーベラスの期待を裏切らないように気合を入れて炎を近づける。
炎を骨に触れさせると青白い仄かな明かりを灯しながら骨は燃えていった。
「浄火の炎じゃのう……意味がわからんぞ! そもそも浄化は教会の秘匿魔法のはずじゃが、カナタに習ったのか?」
「うちはカナタの浄化を見て覚えたで? 多分小さな楽園全員使えると思うし、そこのラビイチもラビニもラビサンもサーベラスも使えると思うけどな~」
「私もいつの間にか使えるようになってましたけど……浄火の炎は無理ですの」
キャロルが不思議な事を言った。右手で水を作って左手で種火を出し温水を作る事は出来るのに、同じ方法を試さないのは何故?
「右手で浄化、左手で発火やで? 種火だと火力が不足すると思ったうちは偉いで!」
「カナタもそうじゃが――お前達も大概じゃのう……」
頭を手で押さえて唸るエウア。頭でも痛いんかな?
うちは骨を全て燃やすと3Fの小部屋を見る。こちらに手を振って小さな声で『ありがとう』と言う少女と目が合った。
「魂はそのままなん? エウアは何で骨をそのままにしてたん? 前の洋館の持ち主はどうなったん?」
「いっぺんに言うでない。長い年月を経て魂は別の生命体に成った、今更どうこうできるモノでは無くなったのじゃ。そういった意味で骨は埋めておけばいつか土に返ると思ってたんじゃが……予想以上に念がこもっていたのかのう。
洋館の持ち主なら、非業の最期を遂げたとだけ言っておこう。悪い事をするのは良くないと言う事じゃ」
「あの子は外に出れないん?」
3Fを指差しエウアに聞くと、苦い物でも食べた様な表情になり頭を撫でてくる。
「まだ外に出れるほど存在が固定されていないからのう。カナタの魔力を蓄えれば、いつかは如何にか成ると思っておるのじゃが、まだまだ先の事じゃのう……」
小屋の中を掘り終えたのかラビニとラビサンが外に出てくる。ラビイチが二匹に浄化と清掃をかけると、どこかに出かけるのか三匹揃って洋館の出入り口へと向かって行った。
「あーラビイチ・ラビニ・ラビサン! 待って~忘れ物~!」
「「「ラビッ?」」」
ロニーとミリーが両手に黒バックを抱えて走ってくる。振り返ると三匹同時に首を傾げて二人を迎えるラビッツ達。
「首に巻いて固定出来るようにしたから。手、使えるよね?」
「おやつ代わりにカナタ芋も持って来たから」
「「「ラビラビ♪」」」
ロニーとミリーがそれぞれの首元に黒バックを固定すると、二本足で立ち上がったラビッツ達はミリーからカナタ芋を両手で受け取り、自分の黒バックへと収納していた。
「ん? んん? 目が悪くなったのかのう……ラビッツが二本足で立って両手を使っておる」
「カナタのラビッツは賢いし何でも出来るで!」
仕切りに目を擦りラビッツ達をガン見するエウアに自慢する。うちのサーベラスも賢いけどな!
「ロニー、ミリー、うちのサーベラスにもソレ作って欲しいで! 対価は加工賃に金貨1枚で良い?」
「「えっ!? ルナがお金を使ってる!」」
ロニーとミリーは自分の黒バックからサーベラス用だと思われる黒バックを取り出すと、訝しげに渡された金貨を眺めている。
「ルナ商会は少数精鋭の凄い集団なんやで? アレ? 何かうちディスられたん?」
「ルナ……アヤカの真似はしない方が良いですの」
「ワン~♪ ワン~♪」
うちは結構良いと思うんやけど……キャロルに注意された。黒バックを同じく首に巻いてもらったサーベラスはその場で飛び跳ねながらクルクルと回っていた。
「そうじゃのう……カナタは規格外じゃ。その眷属も規格外になるのはあたり前か!」
何か結論が出たのか、清々しい顔で空を見つめているエウア。うちは考えたら負けやと思っている。
「それじゃあ、うちらはフライング――何でも無いよ? 狩りに出かけるで! キャロル眠ったらダメやで!」
「ひゃっ? 今起きましたわ!」
サーベラスの背に寄りかかって眠っていたキャロルの喉元をくすぐると、変な声を上げて目を覚ました。
「あれ? アヤカとマリヤ姉妹だけ冒険者ギルドに泊まるって言ってたけど。マーガレットとロッティ見てないで?」
「あの二人はまだ用事らしいですの。ロッティから『マーガレットが鬼、サポよろ』って件名のメールが昨日届いてましたわ」
「うちが全員集合メール送った後に着たんやね。スラム街入り口からここまでの道のりに根回しは終わってるん?」
「万事OKですわ! 銀貨1枚で一日道の整備の依頼をすいとん屋のおばちゃんに頼んで、今朝から開始しているはずですの! 狩りに向う途中のラビッツ達に目印をつけた建物を壊していくように頼んで有りますの~」
朝からテンションが高いキャロルは歌う様に話すと、進行方向を指指す。お腹に響く轟音と共に砂埃が上がっているのが見えた。
ラビッツ達はカナタの結界を見て覚えたみたいやね。砂埃が体にかからない様に結界を張って建物に体当たりするラビッツ達の勇姿が遠目に見える。
「後は……ミリーとロニーもちゃんと畑の準備にかかってるみたいやね。この調子ならメアリーのお店もすぐ出せるはずやで! ルナ商会はフライングラビッツ専用やから、他はメアリーに、衣類や内装はミリーとロニーに任せて住み分けやね!」
うちは考えた。得意な分野でそれぞれ稼げばリトルエデンはもっと大きくなる。それには一般の労働力も必要になってくる。
スラム街は税金を払えない人がいっぱい住んでいるとメアリーが言っていたので、報酬さえちゃんと用意すれば良い働き手がいっぱい居ると思った。
オーキッドのクランは基本獣人の子供が構成員になっている、大人も居るけど怪我が原因で冒険者を引退した人らしい。
ここまで聞いたうちが考え着いた事は、スラム街の子供や働く意思の有る者を拉致して、住む場所とご飯と報酬を用意して合同クランの下位構成員として雇用する事。
キャロルは大賛成でうちを褒めてくれた。カナタに言うのは成功して結果が出てからやね!
「ルナ、キャロライン、サーベラスも行ってらっしゃい~」
「何か有ったらスマホで連絡お願いします~」
「ミリーもロニーも畑よろしくな~。カナタ芋の種芋はちゃんとメアリーに預けてあるから後で受け取ると良いで?」
「いっぱいフライングラビッツ獲って来ますわ~」
ミリーとロニーに見送られて玄関を出る、すぐにキャロルが言った事を思い出し咄嗟に言い訳を言う。
「違うで!? フライングするようにラビッツ狩って来るって意味やで! ルナ商会は秘密結社的なアレやから取り扱い商品も謎なんやで?」
「「クスクスッ。行ってらっしゃい~」」
ミリーとロニーには悪いけど、秘密結社は謎じゃないといけない……ってアヤカが言っていた。
ちゃんと誤魔化せた様で、笑顔で見送ってくれる二人に手を振ると教会跡地に足を向ける。
「ルナは偉~い♪」
「ワン~」
何故かキャロルに頭を撫でられた? サーベラスが呼んでるので急ぐ事にした。
――∵――∴――∵――∴――∵――
丸一日使ってフライングラビッツを狩る事は出来ない。
早朝の時間と夕暮れ時の短い時間だけ狩る事にしていた。
理由は、他の冒険者に見つかると新たな供給元が現れた事によって最悪フライングラビッツが値崩れするからやね。独り言を言っていたメアリーから情報を手に入れたので間違い無い。
メアリーは何でフライングラビッツの事をブツブツ話していたのか謎やね。狩りの事を知っているのは、うちとキャロルとフェリとサーベラスくらいのはず?
夕暮れ時の街を三人と一匹で歩く。
今日は朝フライングラビッツを狩って、昼はオストモーエアの各食料屋さんを回って備蓄品を買い貯めし、燻製の準備をして見張りをサーベラスに頼んでお昼寝し、夕方もう一度フライングラビッツを狩り、納品して帰路に着いた。
「ふぅ~。今日はあの大きいのに見つかる事も無く、良い感じに稼げましたね~」
「フェリが全て買い取ってくれるお得意様を見つけてくれたおかげやで! 報酬はいつも通りに冒険者ギルドに貯金と半分は黒バックに保管やね」
「フェリは本当に黒バックとかカナタの作った装備使わないんですの?」
フェリはもうリトルエデンの仲間なので、カナタの装備を使っても良いとうちは思っていた。何故かフェリは頑なに受け取ろうとはしない。
「あー、それはですね。私って才能が無いじゃないですか? 皆みたいにカナタさんが好きって訳でも無いですし……あっ、違いますよ? カナタさんは素晴らしい女性だと思いますけど……私も女ですし、一般的な夢――冒険して稼いで、店を持って稼いで、結婚して子供に囲まれた幸せな人生って言うモノに憧れているわけで。
カナタさんってボーっとして流されるままに生きている感じがしますけど、魔法が使えるのに近接戦闘も強いし、お金持ちだし、優しいし……どう考えても私が側に居て良い人じゃないんですよ。
今だって、ルナやキャロルみたいに特別なスキルを持っている訳でも無いし、子供の頃聞きかじった商人の心得があったから品物を卸すのを任せて貰えてるだけだし……。
もし、私が必要無くなったら言ってくださいね?
大分稼がせて貰っているので、その時はラーズグリーズの町にでも戻って小さな畑付きの家でも買って……誰か良い人でも見つけて余生を過ごすプランを構築済みですからね」
フェリが話した内容に唖然とするうちとキャロル。フェリは何事も下準備に余念が無く、うちとキャロルだけではここまですぐにルナ商会を立ち上げる事は出来無かった。
それに、そこまで自分の人生を決めて過ごしているのは凄い。うちは将来の事は愚か、明日の秋の特別初心者講習会の事すら考えていなかった。
フェリを抱き締めるキャロル。うちも尻尾で背中を撫でる。
「大丈夫ですわ。今までも、それにこれからも、フェリは居なくてはいけない大切な仲間ですの」
「うちはルナ商会の店員を大事にするで! もし、フェリが嫌になったら退職金もしっかりサポートするから安心してや! プテレアに頼んで町の一等地に豪邸も用意するで! でも……もっと大人になってからにしてや? うちはまだフェリと一緒に居たいで!」
「ワンワン~♪」
顔をクシャクシャにしたフェリは声を抑えて涙を流していた。サーベラスもフェリの手をペロペロと舐めて三人一緒に団結する。
「おいっ! 道の真ん中で何やってるんだ! 馬車が通るぞ!」
「「「!」」」
話に夢中で周りが見えていなかった。道の真ん中を空けて周囲を見渡すと、食料屋さんのおばちゃん達が、うちとメアリーが試作で作って配ったカナタ芋フライを片手にこちらを見ていた。
通り過ぎる二頭立ての豪華な馬車。
「おや、もう終わりかい?」
「おばちゃん達……いつから見てたん?」
「何言ってるんだい、オストモーエアじゃあルナを知らない食料品屋は居ないよ? 在庫を全部適正価格で買い取ってくれて、オマケに新しい商品の試作品を配ってくれる。そんなお得意様を大通りだろうと、見逃すはず無いじゃないかい。マーガレットの妹分だしね!」
どうやらうちは街中の食料屋さんからマークされているらしい。キャロルとフェリを見ると顔をアプの実より真っ赤にして固まっていた。
「あのな……この事はな、カナタには内緒にしてて欲しいんやで? うちは王都に居る時は、毎日買い物に来るからな?」
「何言ってるんだい! あたり前じゃないかい? ルナはオストモーエアの食料屋の救世主様だよ? 言わばここいら一帯のボスさね! 不利益になるような事しでかす輩は、オストモーエア主婦連盟が許さないよ!」
一番恰幅の良いおばちゃんが言うと、他のおばちゃんも肯き胸を叩いた。
恰幅が良いおばちゃんは塩や胡椒を売っているお店のおばちゃんで、間違えて一〇倍の量の塩と胡椒を仕入れてしまい、支払いで首が回らなくなる寸前だったらしい。全部買い取ったうちを命の恩人と言って色々根回しを手伝ってくれた。
今では黒バック一個分を臨時の食料庫にして、街で毎日買い物しても大丈夫になっている。
本当は買占めは良くないらしい、うちは転売する気は無い。皆が大量に食べ物を売ってくれるのも、このおばちゃんのおかげやね。
「晩御飯は全員集合で食べるんやで! そろそろ戻るな~」
「それではまた~」
「私も冒険者ギルドに戻ります」
「あいよ、明日は秋の特別初心者講習会らしいじゃないか。差し入れ持って行くからがんばりな!」
「「「は~い!」」」
大きく手を振っておばちゃん達に分かれを告げる。
五度目の鐘が鳴り響く、夕暮れを背にうちらは洋館への帰路に着いた。
「そういえば……今日の昼頃、カナタの匂いだけ感じて見回しても本人は居なかったですわね?」
不意にキャロルが言った。うちもその時、同時にカナタの匂いを感じて二人で周囲を探した。
「そうやね。カナタは今日一日洋館でゴロゴロするから外に出ないって言ってたはずやで?」
「ワン! ワン?」
サーベラスもうちらの話しに肯いていた。
姿が見えないのに匂いと気配だけする? 先日、カナタが空に浮かんでたけど本人は出歩いていないと言っていた。
そこまで考えて、うちの脳裏に夜のカナタが思い浮かぶ。あの時のカナタはいつもと雰囲気が違っていた。
もしかすると、カナタの中にはもう一人カナタが居るのかもしれない。
どちらのカナタも大切なカナタなので、うちは本人が何か言うまで黙っている事にする。
「さぁ、明日は頑張るで!」




