第107話 ソフィア、したたかに。
通路を戻ると牢屋の部屋では宴会の準備が始まっていた。
「カナタお帰りやで! ん~……誰?」
ルナの問いかけに己を指差す者が三人。エウアとレイミーとソフィアの三人は、ルナの視線の先にいる人物を再び指差した。
「「「カナタ?」」」
三人は声を揃え視線の先に居る人物の名前を呼ぶ。
ボクの左腕に抱きついて肩に頭を乗せているソフィアが、白々しく頬を突いてくる。
「ガルルルゥ!」
口を半開きにし、牙を覗かせたまま唸り声を上げ始めるルナに、思わず左腕を解放し背中に隠れるソフィア。
「えっと……新しい眷属のつもりだったんだけど、何故か使徒になったソフィアだよ? あの愚者の王墓で救出した人かな? 一九歳だから皆のお姉さんだよ~」
「よろしくお願いします。カナタの第一使徒になったソフィアです!」
「眷属で一番はうちやで! 使徒って何なん?」
「さぁ……弟子みたいな者なのかな?」
「ルナのお姉さんですよ~♪」
一瞬で警戒を解いたルナはソフィアに近寄ると、匂いを嗅ぎ、顔をしかめて浄化をかけると、何故か尻尾でスリスリし始めた。首を傾げつつもされるがままなソフィア。
「ふ~ん? 良く分からないけど、ヘラさんが言っていた新しい嫁ってその人の事みたいだね? カナタ、私に何か言う事ある?」
「その、えーっと……不可抗力かな?」
目線をそらしたまま答えると、無言でにじり寄って来たメアリーの尻尾が太股を強打する。
何を思ったのかルナも真似をし始めて、尻尾でお尻をポンポンと叩いてくる。
「それって嫉妬? みっともない。マスターの事を信じられないだなんて」
「何言ってるの?」
「フゥゥゥゥ!」
突然ソフィアがメアリーを挑発する。メアリーは唸り声を上げ、ボクの背後に居たソフィアに詰め寄る。
摂取してきた栄養素の差か年上のソフィアより、年下のメアリーの方が背が高い。睨み合う二人の間に火花が飛び散ったと思われたその時。
「「「「「!?」」」」」
「んっ!? んー、ん! ん……」
ソフィアがメアリーの頭を抱き締める様に背後から手を回すと、何の躊躇いも無くその唇を奪った。
部屋に居た全員の頭にクエスチョンが浮かぶ中、ルナだけがうんうんと何故か肯いている。
次第にメアリーの全身から力が抜けていき、ソフィアの胸倉を掴んだ両手がだらりと弛緩して、尻尾が力無く垂れていった。
「貴女の主は私のマスター、カナタは皆のカナタなのよ? 今日入ったばかりの私に、こんなこと言われてどうするの! 自分に自信を持ちなさい。そしてカナタを信じなさい」
メアリーは目から鱗でも落ちて行きそうな感じでソフィアを見つめると、壊れた玩具の様に首を激しく上下させうなずく。
ボクの方を振り向いたメアリーは、『ごめんなさい』と一言呟き抱きついてきた。
一瞬で何かがあって、一瞬でその何かが解決した。ボクは周りの反応を窺うと、概ね皆が肯いているので流れに任せてそのまま行く事にする。
「ソフィアの歓迎会やで! 食べ物はカナタ達が探索中に手分けして買ってきたで! ちゃんと三人以上の団体で行動したんやで! うちは偉いで!」
ルナは元気良くそう言うと尻尾を大きく振りながらこちらを見てくる。
目が合うとぴったり隣に寄り添い、少し小首を傾げて下から顔を覗きこんできた。
何か期待されている気がしたので、ルナの頭を撫でてヨシヨシする事にする。
「ありがとうルナ、皆も。お腹空いてると思うから詳しい事は食べてから説明するね? 一応こっちのフリフリメイド服の少女がエウア=エデン、冒険者ギルド東支部のマスター。偉い人だから一応敬意を払ってあげてね?
その隣のラミアがレイミーでエウアの従魔? この洋館はエウアの物らしく、貸してくれるっぽいから安心してね?」
「良きに計らうのじゃ~」
仁王立ちでふんぞり返るエウアだったが、皆の注目は既に料理に向いており、ヨダレを垂らしてまだかまだかと待つ者達はエウアの話なんて聞いていなかった。
「小さな楽園と林檎の園の同盟を祝して、乾杯かな!」
エウアの事は二の次で、待ち切れなくなったオーキッドの音頭によって宴会は始まってしまう。
「これが若さかのう……」
「ドンマイ……エウアもこのラビッツ串食べる?」
ボクは一人しょぼくれるエウアの肩を叩くと料理を勧めてみるのだった。
――∵――∴――∵――∴――∵――
宴会が終わり、いたる所から生えてくる謎の手が掃除を終えた頃。誰も気にしなくなった手の正体をエウアに聞いてみる事にした。
「あの手って何? この屋敷には亡霊でも住んでるの?」
「んん? カナタには手に見えるんじゃのう……」
「えっ? 手だよね……ほら、そこに串を片付けている手が」
串焼きの串を拾う手がこちらに気が付き近寄ってくる。エウアの前で止まると、手首を曲げてコイコイしている?
「良く見てみると良いぞ? 闇精霊魔法の幻影じゃからのう」
エウアに言われるまま目を凝らし手を眺めていると、次第に手の輪郭がぼやけていき茶色い小さなヌイグルミみたいな何かに見えてくる。
『ブラウニーLv99』
左目が反応して鑑定された。ブラウニー? 何気にレベルが99……強そうなのに二頭身の茶色いヌイグルミだ。
「ブラウニー? レベル99って凄く強いと思うんだけど、エウアの従魔?」
「それ、土精霊の一種じゃぞ? 勝手に屋敷を掃除してくれる良いやつじゃ!」
エウアが側に立っているブラウニーを撫でると、一瞬光って床の中に消えていってしまった。
良く目を凝らして室内を眺めてみると、壁・天井・木の宝箱の上・扉の側、色々なところにブラウニーが居るのが分かる。
ブラウニーを見つめていると、あちらもこっちに気が付いたのか音も立てずに近寄ってくる。
「時々MP吸われるが、駄賃だと思えば安いモノじゃ~♪」
「めっちゃ寛いでるね」
隠し通路の前には、何処から出したのか木製ビーチチェアに寝転がり、だらしなく手足を伸ばしてブラウニーにマッサージして貰うエウアが居る。
ボクの側に歩いて来たブラウニーは、何かする事が無いか考えている様子で首を傾げてクルクル回っていた。
「うち眠いで……」
目を擦りながら腕を引っ張ってくるルナ。ご飯をお腹いっぱい食べて安心したのか、もう眠る寸前の者も居る。
「そろそろ一九時か、オーキッド達はここで眠るんだよね? 他に良い部屋ある?」
「二階の中央広間が空いてるかな? 皆一緒に眠るならそこが良いかな~むにゃ」
「そっちに行ってみるね。もう眠そうだし皆お休みで良いよ? 案内はエウアに頼むから」
「なんじゃと!?」
レイミーの背に乗り退散しようとしていたエウアを抱き締めて捕獲する。ボクが耳元で『報酬はその部屋で』と呟くと、レイミーの背に掴まり元気良く部屋を出て行ってしまった。
「ほれ、早く行くのじゃ! そっちの通路は取り合えず結界で封印しておくからのう。明日にでも扉を用意させる」
開け放たれたままの扉から顔を覗かせる一人と一匹は、手を上下に振りながらこちらを呼んでいる。
招き吸血鬼に招きラミア……撮影しようと左手からスマホを取りだすも、オネムになった皆がゾロゾロと列を成し先に付いていってしまった。
すぐに部屋の明かりが落ち始め、早くも寝息が聞こえ始めたので皆の後を追いかける。
魔力充電型ランプ? ノアの箱舟にも二個欲しい。現在あのラビッツ馬車には証明器具は付いていない、生活魔法で明かりを灯す感じなので不便と言う程でもないけどね。
「カナター、置いてくで~」
ルナが呼ぶ声が聞こえたので小走りに追いかける事にした。
例の隠し扉を出ると左右の通路に人気は無く、窓の外はシトシトと雨が降っていた。
「解せぬ……皆はどこへ?」
「絵を少し上へ。コツが有るの……」
「一番上まで上げちゃダメ? ですよね~。さっきはありがとう、ブラウニーって喋れるんだね?」
背後から聞こえた声。牢屋の部屋へと向う時に聞こえた声が、次は上へ絵をずらすと良いと助言をくれる。
お礼を良い振り返るも誰も居ない、予想はしていたので絵を少し上へずらすと現れた別の通路へと入る。
程なくして皆に合流し、何も家具が置かれていない広い部屋へと到着した。
「この通路って帰りは何もしなくても戻れるけど、下と上から同時に通路通ったらどうなるのかな?」
「どっちも普通に出て来れるぞ? それより、はよう血を寄越すのじゃ!」
テキパキとタイガーベアの毛皮を広げ寝床を用意していく皆を尻目に、エウアとレイミーは猛獣の様ににじり寄って来る。
「取り合えず一滴ずつですからね? 口あけてそこに座ってください……フライングはダメです」
「あ~ん」
右手人差し指を伸ばしてカナタナイフを用意していると、レイミーが指先にむしゃぶりついてくる。
長めの舌が指に巻きつき、ナイフの先の様に尖った犬歯が爪と身の間を狙っている――ガチでコワイです。
「歯が立たない……血ぃ」
「ほれ、はよ血を寄越すのじゃ!」
仲良く並んで座るエウアとレイミーの口に、指先を少し切り血を数的落とした。
「ふぉぉぉ!? 鼻腔をくすぐる濃厚な魔力の匂い! 舌の上で血が飛び跳ねておるのう……ゴクリ。
ほぉぅ……喉を撫でていく優しい血と思えば、後から来るビンテージ物の酒を思わせる芳醇な香りが喉を力強く愛撫し、飲み込んだ後もその余韻を余す事無く体全体へと伝えていく……。
完璧じゃ! 惚れた! 結婚して欲しいのじゃ! 毎日カナタの血が飲みたいのじゃ!」
血を飲み干すとソムリエの如く講釈を述べ、頬を紅葉させたエウアが服を脱ぎながら迫ってくる。
何故かレイミーは血を飲んだあと酔っ払った風でトグロを巻いて眠ってしまった。
「落ち着いて! 脱がないで! 毎日お味噌汁が飲みたい風に求婚されても困るから! 実年齢がアレでも見た目がアウトだからダメー!」
「問題無い、嫌よ嫌よも好きの内と言う言葉を知っておるかのう? つまりそれじゃ!」
歯が立たない事を思い出したのか、エウアは右指先の傷を狙い飛びついてきた。子供体型だからと油断していると、その異常は怪力の前になすすべも無く右腕を取られ腕ひしぎ十字固めに持っていかれる。
ギシギシと軋む右腕を持ち上げようにも、エウアの体は地面と一体化したかのようにビクともしない。
「エウア! タップタップ! 完全に決まってるってばよ!」
「おかしい、血がもう止まっておるぞ!? かくなる上はこうじゃ! 極み♪」
「かけ声が、おかしいから! ちょ、息が――色々まずい体勢に、なって……」
話した空きを突かれ、一瞬で首を太股で狩られて三角締めへと移行する。柔らかい感触が固められた腕ごと首を襲う。何かフワフワしてきたような、甘い匂いがする?
「うるさいで!」
「ギャンッ!?」
「はぁ、はぁ、ふぅ、助かった?」
目を擦りながらエウアのお尻に渾身の張り手をかましたルナ。技が解けたので素早く離れてルナとメアリーの眠る毛皮に潜り込む。
「マスター……むにゃ」
「次の機会を窺うかのう……」
尻を押さえてレイミーの元へと張っていったエウアは、トグロを巻いたレイミーの上半身――人間部分に抱きつくようにして目を瞑った。
上半身だけを見れば、お母さんにすがって眠る少女……美しい!
久しぶりにルナとメアリーが抱きついて来て三人で眠る事になったボクは、明日はゆっくりダラダラと過ごす事を心に誓うのであった。




