第101話 色々な出来事
愚者の王墓攻略から早二日、色々な出来事があった。
冒険から戻った翌日の一日、休養日として自由行動にしたので皆は王都での散策を堪能したはずだ。
ボクは一日ずっとこの部屋でゴロゴロして、昼ご飯は向かいの食堂で個数限定スペシャルランチを一人で食べた。
冒険者ギルドの裏口から出てご飯を食べてまた裏口から入ったので、昨日一日は殆ど誰とも顔を合わせていない。
殆ど引き篭っていた一日が終わり、新しい朝が来た。
冒険者ギルドにある宿泊用施設の大部屋で、まだ重い目蓋を無理やり開くと、一人物思いに耽る。
まだ一度目の鐘が鳴る前だと言うのに、ボク以外誰も居ない。
「冒険から帰ってきたら、冒険者ギルド前でココが雪を抱えて大泣きしていたのにはビックリしたよね……」
街に残っていたジャンヌがすぐに雪の治療を行ない事無きを得たらしいが、目を覚まさなかったようだ。
アヤカが『王子様の目覚めのキッスよ!』と大声で叫んで興奮していたので、思わずオーキッドを呼びたくなった。
実際はキスの必要性は無く、解毒を使うとあっさり目を覚ました。声をかけても反応は無く、ボーっとしていたので、そのまま孤児院に連れて帰って様子を見てもらっている。
「【治療】スキルがばれて、ジャンヌが天使教の教会に連れて行かれてたとか、冷や汗モノだよね……」
咄嗟の判断で、メアリーが教会の建つ土地を地上げして立ち退かせ、無事ジャンヌを救出した。
更には、ダンジョン内での騒動に便乗して、教会のお偉いさんにスパイ疑惑をふっかけて王都から追い出したらしい。
どう考えても地上げのタイミングが良過ぎる。まるで初めから教会が建つ土地を狙っていたかのような迅速な対応だ。
ミミアインを警護につけているので多分大丈夫だろうけど、誰かの恨みを買っていないか心配になる。
商人界隈では既に、頭角を現し始めた期待の斜め上を行く新人、との評価を受けていた。
良い意味なのか悪い意味なのかは置いとくとして、リトルエデンコンビニ王都支部が出来るのも時間の問題だろう。
「ミリーとロニーがマリヤ姉妹と一緒にお店出しちゃうとか、まだ王都に来て日が立ってないのに凄いよね……」
ミリーとロニーは、ラーズグリーズの町に居た頃から、ルナが毎日山の様に狩って来るラビッツの毛皮を全部引き受けて、様々な商品に加工し販売していたらしい。
今回王都に来て、ラーズグリーズの町にも仕入れに来ていた縁のある商人の組合に、在庫を全て買い取ってもらえ出店の目処が立ったみたいだ。
まとまったお金が手に入り、スラム街に近い位置にある少し治安の悪い場所だけど、貸し店舗を借りる事が出来たので、すでに毛皮製品や簡単な治療薬の販売を開始しているとの事。
「あとは、ソフィアの吸血鬼化を止める手段をエウアに聞きに行かないとか……」
街に帰還後すぐに出迎えてくれたエウアは、事の顛末だけ簡単に聞くと、すぐに明後日報酬を渡す手配が出来るとの旨を皆に伝えた。
回収されたドロップ品と宝箱から見つかったイデアロジックに冒険者リング、冒険者の遺品と思われる装備の山の存在に『今日は残業だぞ~。わ~』と若干キャラ崩壊していたのには、皆引いていたけど。
去り際に何か魔法をかけられた気がする、無意識に対抗したようで何も起こらなかった。
心底悔しそうにこちらを見るエウアの視線が、今日この後会う事を躊躇わせた。
起き上がり軽くストレッチをして、ほぼ丸一日眠っていた体に活を入れる。
扉の外に人の気配がしたので鍵を開けに行くと、ノックの後数秒経ってから扉が開き、意外な人物が部屋を訪れた。
「どうぞ~?」
「悪い、まだ眠っていたか? ちょっとメディアとミンティを説得して欲しいんだ」
「……あぁ、スタンね。う~ん、取り合えずメディアの話は聞くけど……決めるのは当人だからね?」
昨日休みの一日を丸ごと使って隣の小部屋で相談会があったらしい。
勿論主題はPTからの離脱とかだろう、スタンの裏切りにメディアは相当参っていた様子だしね。
大部屋に三人を招き入れると、座布団もクッションも無いので適当にラビッツの毛皮を出し上に座らせる。
「何故かメディアがPTから離脱したいって言い出したんだ……冒険から帰ってきてからすぐだぜ?」
「昨日一日話し合って結果が出たんじゃないの?」
チラリとメディアとミンティに目を向ける。お互いの指を絡めてメディアの左腕に抱きついたミンティは、少し頬を赤く染め、肩に乗せた頭を撫でられると嬉しそうに微笑んでいた。
「初めは三人でまた冒険しようと言ってたミンティも、昨日起きたらこうだしさ」
「帰って来た日に何かあった?」
「アルフ先輩が奢りだって言って誘ってくれたんだ。男連中は全員打ち上げに参加してたぜ?」
アルフは慰めるつもりで誘ったのか、それとも……。それにしてももう先輩になっているとは中々頑張っているね!
「で、冒険者ギルドの小部屋にメディアとミンティを置いて出て行ったのか……」
ダメだこいつ……自分が何やったかまったく自覚していない、早く何とかしないと!
「ちゃんと栄養取る様にってヘラが豪華な夕食を手配してくれてたんだぜ? 何故か俺の分は無かったけど。何でだろ?」
首を傾げて笑うスタンに思わず同情しそうになるも、今のボクは女だ。
無自覚に女性を傷つけて、何のフォローもせずに放っておいたスタンの罪は重い。極刑に値すると言っても過言ではない。
「メディアとミンティは、二人で行く当ては有るの?」
「今回の報酬を貰って、少しゆっくり考えたいと思います。お姉ちゃん疲れました……」
「私はずっと一緒に居るからね? ――絶対離れないから」
少し疲れた様子のメディアがそう言うと、ミンティが抱き付き背中を撫でながら甘えにかかる。
さすがにミンティの露骨な態度を見て何か思う事があったのか、スタンの目に嫉妬の色が浮かんだ。
「これだぜ! 昨日からずっとこうなんだよ。これじゃ俺のPTから二人が抜けると言うより、俺が放り出された様じゃないか? 変だろそんなの!」
「あー、うん、そうだね。スタン君? アルフが多分PTメンバーを探していると思うから、もし良かったら聞いてみると良いよ? ボクから話しを貰ったって言えば優先してくれると思うしね」
「本当か! ついに俺の才能が見抜かれて一流冒険者の仲間入り!? キャッホー! そうと決まれば早速アルフ先輩探してくるぜ。メディア姉、ミンティまたな~」
アルフにも思う所があったのは事実だろうけど、関わってくるのなら最後まで面倒を見てもらおう。
テンション上げ上げで飛び出していったスタンを尻目に、メディアとミンティに同情の目を向ける。
隣り合って座る二人に近寄り、正面から二人の頭を胸に抱きしめる様に抱擁すると頭を撫でる。
「もう大丈夫。もし行くとこが無いのなら丁度ジャンヌが新人育成を開始すると思うから、教官枠で雇うし。住むところなら地上げした教会が空いてるから、そちらにジャンヌの育成機関専用の建物を建てる予定だし、住み込みでも良いよ?」
「ありがとう、ござい、ます……」
スタンは気が付いていなかった様だけど、この部屋に入ってきた時からずっとメディアは泣いていた。泣き言一つ漏らさず、涙すら見せずに泣いていた。
多分昨日からずっとなのだろう、良く見れば目は赤く充血しており声は枯れている。
ミンティが寄り添っていなければ危うい感じがする、あと一歩の所でミンティが抱き止めたと言った感じか。
「少し三人で歩こうか?」
「はい」
支える様に一緒に立つミンティが答えると、無言で立ち上がり付いて来るメディア。
うちのクラン員はもう出かけている、報酬を貰いに行くのはボクとルナとメアリーの三人に決まったので、昨日・今日と皆は自由時間だ。
冒険者ギルド裏口からこっそり外に出ると、裏通りに入る。
ラーズグリーズの町でもそうだった様に、冒険者ギルドの裏通りは人気が少ない。G虫が時々歩き回っているので好んで通ろうとする人が居ない為だろう。
「二人とも首にしがみ付く感じでボクに身を任せて?」
「「??」」
左右両方から首に抱きついた二人の足を抱えるように腕を通し、ダブルお姫様抱っこをする。ここまでは人類死ぬ気になれば出来るかもしれない……ここからが勝負だ!
「絶対落とさないから首に掴まって楽にしててね?」
ボクの一言で今から何をするのか理解出来たのか、二人の顔は強張った。
ゆっくりと停止飛行で飛び上がり、人目につかないように空へと舞い上がる。
「ちょ、ま!?」
「気分はどう? ゆっくり飛ぶから大きく深呼吸して」
「綺麗……」
朝日が丁度昇り始め、遠くに見える地平線の彼方に太陽が顔を覗かせる。
適当に空を飛ぶ予定だったのが、思わぬ光景を見れて得した気分だ。
「はぁ……色々考えてた自分が馬鹿みたい。村一番の戦士と言っても、所詮スタンなんてただの子供じゃない」
「メディア姉?」
真っ赤な目で朝日が昇るのを見ていたメディアは静かに笑い始めた。
何かを振り切ったような、どこか清々しい顔をしたメディアの笑みは、人を安心させる何かがあった。
「ミンティ、一緒に生きようね?」
「うん! んっ? んんぅ!? あっ、だ、め。お日様が見てる、はぁ、んちゅ」
どうしてこうなった!?
両手にお姫様抱っこしているボクの目の前で、チュッチュし始めた二人を支えたまま空を飛ぶ。
お日様の前にボクが見てますから!
五分くらい経った頃だろうか? 視界の端に黒い影が横切った気がして飛ぶのを止めると浮遊する。
「何か飛んでたような?」
「はぁ、はぁ、なん、でしょうか?」
「フライングラビッツ!?」
息も絶え絶えなミンティを開放すると、咄嗟に腰のポートからナイフを取り出し、手を伸ばそうとするメディア。
「危ないって! 落ちる落ちる! ちゃんと追うから落ち着いて!」
姿勢を崩し危うく片足が腕から外れる所だった。首筋にしっかり掴まり熱い吐息を吐くミンティをしっかりホールドするとメディアが指差す方向へ顔を向ける。フライングラビッツは……居ない?
「あれ……さっきまで飛んでいたのに?」
「確かに崖の上から見た時、王都の上空をフライングラビッツが飛んでたけど。たまたま近くに通っただけみたいだね? そろそろ戻ろうか」
「はい……」
凄く残念そうな顔で抱きつき直したメディアは、ナイフを仕舞うと空いた手でミンティの首筋を軽く撫でていた。
「ふぁぁっ!」
「ふふっ♪」
ボクの首元で悩ましげな吐息を吐くのは止めて欲しい……変な気分になる。
一直線に冒険者ギルドの裏通りを目指し降下していくと、遠くでこちらに手を振っているルナとキャロラインを見つけた。少し下の窓からフェリも顔を覗かせている。
教会の屋根の上に座って何しているのかな?
「取り合えず報酬貰いに行こうか~」
「「はい!」」
元気の良い二人の返事を聞き、冒険者ギルドの裏通りに降り立つ。
慎重に気配を探り、周囲には誰も居ないのを確認して表通りへと歩いて行く。
「それじゃあ二度目の鐘が鳴る時間に、またね~」
二人は手を振って冒険者ギルドの中に入って行った。
「まだ時間は有るし、朝ご飯でも食べに行こうかな?」
気配を消す練習をしながら、表通りの屋台が並ぶ中央広場へと足を向ける。
通りを歩く人の真横に寄って歩いても気が付かれる事も無く。右肩を軽く突いて左に並び歩いても、突かれた通行人は怪訝な顔で右肩を触り首を傾げるだけだった。
「気配遮断系のスキルをそろそろ覚えても良い気がするんだけどな~。……何で覚えれないのかな?」
通行人相手に肩を突く、声をかける、そっと1イクス渡すなど色々実験しながら歩く王都の道は、何気に楽しかったと言っておこう。
――∵――∴――∵――∴――∵――
屋台が立ち並ぶ王都の中央広場の通りにひっそりと佇む小さな屋台があった。
ソレを見つけたのは偶然、本当にたまたまだった。
悪戯用に手に持っていた1イクスが余所見していたボクの手から転がり落ち、大きな露天の隣のスペースに転がり込んだ。
1イクスくらい良いかと思ったけれど、メアリーに怒られそうな気がしたので露天の隣のスペースへと入っていくと、目の前に2mも横幅の長さが無い幌馬車の荷台が現れる。
「怪しい……そして良い匂いがする?」
「いらっしゃい……」
荷台から顔を覗かせたのは、顔に死相が浮き出ている二十歳前後と思われる青年で、明らかに元気が無い。
「ここ何屋さんですか? あとコレ食べます?」
カナタ芋スイートポテトを黒バックから箱ごと取り出すと一個手渡す。
無言で手を伸ばしスイートポテトを貪り食べる青年。
一息に食べた終えた青年の視線がボクの手元――スイートポテトの箱に痛いほど突き刺さっていた。
「どうぞ?」
「ありがとうございます! こんな見ず知らずの、行き倒れ寸前の私に美味しい食べ物を箱いっぱいくれるなんて!」
一瞬ボクの視線が青年に移った瞬間、手に持っていた箱を丸ごと奪われた。
初めから何個か上げるつもりだったけど、中々手が早い青年だ。
「あの~? ここ何屋さんですか?」
「んごぉぉ、ぐごぉぉ、むにゃむにゃ……」
一通りスイートポテトを食べた青年は、横になると笑顔で爆睡していた。
幌馬車に目を向けると、普通は布張りの幌の部分が何かの皮張りになっている。
厳重な馬車の荷台には黒茶色の壺が並んでいて、少し甘い様なしょっぱい様な芳しき芳香を放っていた。
「凄く、琴線に触れる匂い……。お金を置いて勝手に持って行くのは拙いか……凄く懐かしい感じがする。明日また来ますよっと」
眠ったまま時々寝言を言う青年に、ラビッツの毛皮をかけると来た道を戻り中央広間に出る。
「らっしゃい! お嬢さん、美味しいフルーツ入ってるよ! 見て行ってー」
「一番大きい果物屋台の隣っと」
ダンジョン内で温かい料理が売れると分かった以上、捨て置く分けには行かない。
串焼き、煮込み、スープ、サンドイッチ、焼きうどんっぽい何か、粉物のお好み焼きモドキ、目に付いた屋台からどんどん料理を買い漁っていく。
特大木の宝箱は出来たての料理でいっぱいになった。スマホに収納すると、次の遠征でいくら儲かるか皮算用する。
朝ご飯用にバナナっぽい果物が沢山挟まったクレープモドキを買い、ベンチに座ると行きかう人を眺める。
「んぐっ!? 何だこれ……」
クレープモドキを頬張ると、口いっぱいに広がるすっぱい香辛料的な酸味、続いて舌を蹂躙するのは唐辛子にも似た強烈な辛味、間髪いれず口内の水分を全て奪っていくバナナモドキのパサパサ感、そして恐ろしい事にバナナモドキは根菜の類だった。
「見た目詐欺ってレベルじゃないよ! まぁこっちの人にとってはこれが普通なのかもしれないけど……」
「お嬢さん、一杯いかがです?」
荷車の様な小さな屋台を引く子供が木のコップを差し出してきていた。幅1m長さ2mくらいの幌馬車風荷車?
コップからは木苺の様な甘い香りが漂ってくる。
一杯銅貨1枚と書かれた屋台の看板を見る限り、ジュース屋なのかな?
「一杯貰おうかな? はいこれ」
「ありがとうございます!」
銅貨を1枚渡し木のコップを受け取る。コップの中身は少し紫がかった裏ごしされてない果物ジュースといった感じだ。
「ん!? 滅茶苦茶美味しいよ、これは良い!」
「ありがとうございます……」
程よい酸味にスッキリとしたベリー系の甘味、ピリピリとした飲み心地、舌を刺激する炭酸の様な刺激が癖になる。
「もう一杯貰おうかな~♪」
銅貨をもう1枚渡すと、子供は少し驚いた表情でこちらを見ていた。
二杯目はしっかり味わい少しづつ飲んでいく。
飲み干すまでずっとこちらを見ていた子供、何かまだ有るのかな?
「あの……コップを返却してもらえますか?」
「あぁ、ごめんごめん。そう言うシステムか~」
見た感じコップは五個ほど用意されている。飲み終わったコップは、荷車に積んである皮袋に入れてある水で洗われ、乾燥させる為か別の場所に吊るされていた。
通りを歩く冒険者達を眺める。人族意外にも結構な数の獣人が歩いていた。
比較的多いのは狼の耳と尻尾を持つ獣人だろうか? 珍しい所で、兎耳や背中から一対の小さな鳥の翼を持つ者も見かけた。
「あの……お客さん大丈夫ですか?」
「ん? あれ、まだ居たの?」
3mほど離れた位置に荷車を止めてこちらの様子を窺う子供が居る、もしかするとここがジュース屋の店位置なのかもしれない。
これは悪い事をしたかも? ずっと店の近くに座っていた。
商売の邪魔になるとイケナイので、お詫びもかねてもう一杯貰って戻ろうかな?
「もう一杯くださいな」
「えぇぇぇ!? もう一杯ですか! 大丈夫かな……」
銅貨を1枚渡すとコップを受け取る、チビチビと飲みながら屋台の様子を窺う。
どうもおかしい、仕切りにこちらの様子を窺ってくる子供。
荷車はジュースを売るには少し大きい気がする。
気配を探ってみると荷車の中にもう一人、小さな人間の反応が有った。
念の為にジュースを左目で見てみる事にする。
『ネームネームの実ジュース』
ヘラクトス王国周辺のダンジョンで取れる魔樹の実ジュース。コップ一杯程度の摂取で数分間の眠りが訪れる。
:疲労回復
:睡眠誘導
これは……眠った振りでもしてみようかな?
「ん~? 急に眠気が~」
「お客さん?」
ベンチに横になると目を閉じ規則的に呼吸をする、勿論気配を探り辺りを窺う事は忘れない。
「コップ三杯も飲んだお客さんは初めてだね! さっさと運ぼうか」
「分かったよ、お姉ちゃん」
荷台からもう一人子供が降りてきて、荷台の空いた場所にボクは詰め込まれた様だ。
「この人……すっごくふわふわしてる~」
また荷台に乗り込んできた姉? が遠慮無くボクの胸やら腰やらお尻を撫で回してくる。こそばいけど我慢しないとね。
「お姉ちゃん! ボク達はサイフは盗っても命までは取らない正義の怪盗だよ!」
「ごめんごめん~ちょっとお母さんを思い出しただけだから……」
意味が分からない、サイフを盗んでる時点で正義でもなんでもないただの泥棒だ。
相手を睡眠ジュースで眠らせて、人気の無い場所まで連れて行き財布を抜き取る、この二人で考えた方法にしては用意が良過ぎてちょっと疑問が残る。裏に誰か居る?
「久しぶりに成功したね~」
「うん、やっぱりふかふかで最高かもしれない」
「お姉ちゃん何してるの!?」
姉は荷車に寝かされたボクに覆い被さると、胸元に頬ずりしながら自分を抱き締める様にボクの手を持ち上げる。いやらしい感じはしない、親猫に甘える子猫の様な無邪気な仕草。
そろそろ事情を聞こうかな?
「ようチビ、儲かってるようだな?」
「なんだよ! ちゃんと上納金は納めてるだろ。ほっといてくれよ!」
外の様子がおかしい、姉が急に縮こまると震え始めた。
荷車の外から聞こえてくる怒声、何かを殴る音。
「金より儲かるモノが有るんだよ。この前はオッサンなんて拉致してやがったが、今回は良い女だと良いな!」
「止めろ! うぐっ」
殴る蹴るの暴行を行なう音が聞こえてきた。ボクの腕の中に居る姉は、必死に声を押し殺し泣いている。
これはどういう事なのか、そっと荷車の中で身を起こし驚き慌てる姉を結界で覆い音を封じ込める。ちゃんと空気は通る様にしてあるので、少しの時間なら問題無いだろう。
「今回の獲物もオッサンだよ! 女なんて積んでない、もう良いだろ!」
「残念でちゅね~? 俺の所の若いのがちゃんと見張ってんだよ! 久しぶりの上玉だ。ちゃんと全員回ったらお前にも回してやるからよ?」
「やめろ! その人はジュースを美味しいって言って飲んでくれたんだ!」
「はっ、そうかよ。お前の大切なお姉ちゃんを代わりに使ってやっても良いんだぜ? もう体は大人になってるんだろ? 選べよ!」
外が急に静かになり子供のすすり泣く声が聞こえてきた。結界の中で号泣する姉。
「初めからそうしてりゃ良いんだよ、痛い目をしなくて済む。おい、アジトへ運べ」
荷車の引っ張り手が変わった為か、急にスピードが上がりどこかへと移動して行く。
「なぁ、兄貴。そろそろ姉も食べ頃じゃないですかね?」
「あん? 馬鹿かお前は、一緒にいただくに決まってるだろがよ」
「ひゅ~、さすが兄貴! 俺達にやれ無い事を簡単にやってのける! 何処までも着いていきますぜ」
途中振動が大きくなった。どうやら石タイル張りの道から、剥き出しの地面に変わった道を走っている様だ。
取り合えず殺さないように全員無力化して話しを聞いてみようかな?
胸糞悪い話になりそうだけど……話す気がなさそうなら直接身体に聞こう、それが楽だし悪い男に人権は無い。




