SS 休日の過ごし方
小さな楽園の朝は早い。
一度目の鐘が鳴る一時間前、丁度五時に皆は目を覚ます。
ここは冒険者ギルドの宿泊用大部屋で、現在うちらの貸切となっている。
昨日、冒険から帰って来た所なので今日はお休みやね。
皆がそれぞれの準備を終えて、各自カナタとチュッチュしてから出かけていく。うちとキャロルも眠っているカナタの唇を堪能する。
キャロルはまだまだ恥ずかしがりやで、皆が終わって出かけてからじゃないとチュッチュ出来ない。
暗黙の了解でカナタには内緒と言う事になっている。
カナタは一度眠ると、自然に目を覚ますまで全然起きない。
心配になったうちは、朝一獲れ立ての生きたラビッツを乗せてみた事がある。
乗せると同時に、ラビッツはカナタの影に食べられた。
その光景を見ていたアヤカは『防犯対策バッチリね……』と呟き、残念そうに肌色のスライムを瓶の中に戻していた。後で聞くと、肌色のスライムはヒーリングニートと言う魔物で、リラックスできて気持ち良くなるやつらしい。
うちには同じドロドロの魔物に見えるスライムとニートの区別はつかない。
「キャロル~朝の散歩に行くで~」
「は~い……」
最近、アンナがなかなか目を覚まさないので、キャロルとサーベラスを連れて日課の滑空に向う。
従魔は冒険者ギルドの待機スペースじゃないとダメだと言われ、サーベラスには特別に小屋を作ってあった。
「ワンワン!」
従魔待機スペースへと歩いて行くと、メアリーお手製の二階建従魔の宿が見えてくる。
メアリーにもロッズの才能が遺伝していたのか、二時間ほどでサーベラスが寝っころがってもまだ余裕があるくらい広い二階建小屋を作ってくれた。
従魔待機スペースは余り利用されてないらしく、小屋を建てている間も何も言われなかった。
入り口で早朝出発組みの冒険者とすれ違い、ご飯を貰ったのかサーベラスは隠れて食べている途中だった。
「あんまり食べると太るで?」
「ワン!?」
うちらと一緒に食べているご飯の他に、冒険者に貰う物、自分で獲って食べる物と、一日何食食べているのかわからないくらい食べてる気がする。
そのおかげか最近サーベラスはまた大きくなった。うちとキャロルの二人が乗っても前と同じ速度で走れるし、ジャンプする力が倍くらいに強くなっている。
「むにゃ……だめっ~まだ、そんな……」
「キャロル? 二度寝は無しやで?」
うちが背負ったキャロルは、ヨダレを垂らしながら寝言を言っていた。
冒険者ギルドを出てまず向かうのは、メアリーが地上げして建物ごと安く買い叩いた教会跡地。天使教と言う宗教が使っていた由緒正しい教会らしい。
うちは物置になっていた離れの建物を、メアリーから買い取って燻製小屋に改造した。
メアリーに驚かれたけど、リトルエデンで一番お金持ちなのはうちやと思う。
毎日眠る前にサーベラスと一緒に狩っているラビッツを、ここで燻製にして特定のお店に卸している代金と。獲れ立てのラビッツの毛皮をミリーとロニーに提供して、加工後の商品が売れた代金から少しうちの取り分を貰っているからやね。
「遅いですよ~。もう準備万端です!」
「フェリ、準備ありがとやで!」
「おはようございますの……」
「ワンワン~♪」
フェリが燻製小屋の前で大量の鉄製フックと、薪の山を築き、手持ち無沙汰に待っていた。
今日は王都初日に思いついた儲け話を、三人で形にする日やね。
「サーベラスはここで見張り頼むで? 一応、リトルエデンの借りている土地になってるはずやから、変な人は来ないと思うけどな~」
「ワンワン~」
サーベラスはオルトロスや、顔が二つ有る大きな狼みたいな外見で、横に転がって伸びをすると軽く3m以上ある。普通の冒険者はサーベラスが守るここに押し入ろうとはしないと思うけど、一応念の為に結界を張っておく。
結界はカナタが眠った後に全員で練習して、最近は身を守るくらいの規模なら皆出せる様になった。
うちは持って来た塩と、無茶苦茶高かった黒胡椒の実と、野菜屋で買った各種ハーブを燻製小屋の貯蔵室の前に積むと、軽く体を動かして狩りの準備をする。
「目指せ一日三匹やで! うちが【滑空】と生活魔法の微風・突風で上手く飛ぶから、二人はフライングラビッツを捕まえてな?」
「「了解!」」
ヤル気満々の二人を連れて教会の一番高い鐘の塔へと上る。素早く高く飛び上がるには高さが必要で、スキル本来の効果を頼りにしないといけない。
「そうだ。これ着てください、これなら誰かバレル心配も無いですよ?」
「毛皮のローブ? 真っ黒やね……」
「ディープブラックって名前の魔物の毛皮で作られてるらしいです。少し高かったですけど、先行投資だと思えば安い物ですよ」
毛皮の予想外の軽さと、撫でると指の間を滑り抜けて行くような滑らかな毛並みは、飛行する障害にはならないと思った。
早速真っ黒なローブを着るとフードも被って全身黒ずくめになり準備万端。
「全力で飛ぶからアウラ縄で結んどくで? 落ちても結界さえ張っておけば死ぬ事は無いと思うけど……」
「結界なら任せてください! 何か才能が有ったみたいなんですよね~♪」
フェリはニコニコを通り越しニヤニヤと笑みを浮かべ、キャロルを見つめる。
キャロルは結界を張るのを若干苦手としていた。
教える時にも、生活魔法でそんな事が出来るわけが無いと頑なに信じず。眠る前にカナタが直接結界の指導をしたほどだった。
「もう結界くらい張れます!」
「大丈夫ですよ~もし落ちても私が助けますから」
フェリはキャロルをナデナデするとご満悦の様子だった。人間何か一つ得意な分野があると元気になれるんやね。
話している間にも鐘の塔に最上部に辿り着く、高さは教会より高い。
「音に敏感かもしれんで? 静かにいこな~」
うちの言葉に静かに肯く二人。塔の鐘は毎日鳴るやつと別の目的で鳴らされるものらしい、音が全然違うので鳴らさないように注意しないと人目につく。
そっと窓から飛び降りると【滑空】で滑り、直ぐに突風を正面斜め下から自分に当たるように吹かせて舞い上がった。
肌を切り裂く様に冷たい風が襲ってくる、ローブのおかげで寒くは無いけど、顔がヒリヒリする。
「は、や、すぎ、いき、が……」
「高さも十分になったし結界張るで~」
キャロルが青い顔で口をパクパクさせていた。フェリの様子を見ると握り拳に親指を立てて合図を出してくる。
かなり上空まで飛び上がったので、微風に切り替えて進む方向を決める。
「見つけたら肩叩いてや?」
安定して滑空する為にうちが大の字に飛ぶと、右足に跨る様に両足を巻きつかせ、左手でうちの胴体をガッチリ掴み右手で肩を持つキャロル。
反対側ではフェリが同じ様に、左足に跨る様に両足を巻きつかせ、右手でうちの胴体をガッチリ掴み左手で肩を掴んでいた。
すぐさま叩かれる右肩、右前方に集中して目を凝らすと遠くで飛び回るフライングラビッツの姿を見つける。
「さっきみたいに加速するから、通り過ぎる瞬間この網投げてな?」
「了解、今回は右よりだから私ね? フェリはサポートよろしく」
「了解~ちゃんと端の縄掴んでますから、良く狙ってください」
アウラ紐を編んで作った幅5mほどの華奢な網を、アウラ縄で箱状になるように繋いである。
更に高度を増すと二人に加速の合図を送る。
両足を二人の足ごと閉じ、両手を垂直に伸ばし、風の流れを切り裂く結界を延ばした両手の先に張る。
うちの後ろから突風を吹かせ、同時に上空から微風を送り急降下して行く。
一瞬景色が伸びるような錯覚と同時に、強烈な大気の壁がうちらに襲い掛かる。甲高い音を立てて結界前方で何かが割れる音がして、一瞬でフライングラビッツとの距離を詰めきる。
加速の間、フェリがキャロルを確りホールドして網を投げるのをサポートし、丁度すれ違う少し前にキャロルは網を大きく投げ広げた。
「完璧!」
「ユックリ高度を取るで?」
加速を終え、正面斜め下から微風を送ると同時に真下から突風を吹かせ減速し、また高度を取る。
フェリが手繰り寄せている網の中を、うちとキャロルはジッと見つめる。動く生き物が多数入っている!?
「一、二、三、四……まじですか? ほぼ無傷のフライングラビッツが四匹!!」
「直ぐに〆て黒バックに入れといてや!」
「やばい、やばい、やばい! ルナ! 私達大金持ちになれるかも!」
背中の上でハシャグ二人、バランス取り難いから後にして欲しい。
フライングラビッツの耳は凄く高く売れる。
昨日、冒険に出る前にフェリに頼んでおいたフライングラビッツの耳の代金を受け取って、思わず笑いが止まらなかったほどに。
いっぱい集めたら飛べる様になるマジックアイテムを作れると言うこの耳は、綺麗な状態の物で一対金貨2枚もするらしい。
相場は日々変動するらしく、一番高いタイミングでフェリが売ってくれたので、取り分はフェリが四割うちとキャロルが三割ずつの計算にした。
「これがイデアロジック(脱兎)より高いっておかしな話やね……」
「え? いくらなんでもソレは無いですよ? 今の相場でイデアロジック(脱兎)は金貨4枚ですし……情報が古いんじゃないです?」
「でもこの計画がこのまま調子よく軌道に乗れば、イデアロジック買い漁る事も出来るで!」
「必要な最低限は買い揃えたいですわ!」
うちらはフライングラビッツを四匹手に入れた興奮が覚め切れずに飛び回っていた。
「あれ? カナタが飛んでる。ほらっ、あの少し下!」
「ほんとやね。少し驚かせてみるで!」
「止めておいた方が……」
カナタがフワフワ飛んでいたので、ちょっと挨拶代わりに横を通る事にする。
先ほどと同じ様に加速の準備を始め、同じように飛び抜け様と思った瞬間、何か嫌な予感がして直ぐに進路を変えた。
「あっ、飛んでたフライングラビッツ直で捕まえました!」
フェリが暢気に喜びラビッツを〆てうちの黒バックに入れている。……何か変な気配がした。
「どうしたのルナ?」
「カナタは気が付いてない見たいやけど……変な気配がするで? まるで、遠くからこちらを睨んでるような……」
うちらは前後左右地上をしっかり確認する。何も居ないし、特に変わった事は無い。
不意にうちらの丁度真上を巨大な影が通り抜けた。
「ルナ……うえ、上……」
「あれはなんですか……」
二人が真上を見て何か怯えている。うちの胴体を掴む手に力が入り確り肩を掴み、結界すら張っていた。
この体制では上は見難いので、突風を真下から微風を上空から足に当てて宙返りして上空を見る。
「……凄く、大きなフライングラビッツやね」
「「逃げてー!?」」
宙返り中に見た光景、遥か上空の雲の隙間から巨大なフライングラビッツが姿を現そうとしていた。
うちは二人に結んであるアウラ縄を確認すると加速体制に入る。
「ラァァァビィィィ」
「何か呼んでるで!?」
「ラビイチじゃないと分からないわ!?」
王都に下りるのは拙い、あの巨大なやつが降りてくると大変な事になる。
進路は彼方の森に変え、結界にMPを追加で注ぎ込むと強度を増し、全力で加速する。
結界に守られているので風は直接身体に当たらない、地面に映る巨大な影が確実にこちらを狙い近寄ってくるのが見えた。
「彼方の森にさえ逃げ込めば、何とかなるはずやで!」
「風の精霊よ! 我が背に集いて、皆を守る翼となれ!」
キャロルの精霊魔法が見えない風の翼を作り出す。更に加速が加わり彼方の森がグングンと眼前に近づいてくる。
「前方に結界集中! フェリは私を掴んで固定して!」
「ダブル結界やで!」
「母なる大地――深緑の精霊よ! 盟約に従い我に力を! 結べ! 深緑は我が同胞を守る盾となれ!」
いつもと違う詠唱。キャロルの両手でサインを刻む詠唱は、眼前に迫った彼方の森に大きな変化をもたらした。
木々がウネウネと伸び、巨大な網を形成していく。草木が網の間に入り込み一枚の巨大な壁となっていった。
「あー、吐きそう……目が回る。大地の精霊の力を借りるのは負担が多すぎるわ……」
「ありがとやで! キャロル。フェリ、敵はどんな感じ?」
「う、うし、うし」
「牛? ろ?」
後ろを振り向いたうちの目には、ヨダレを垂れ流し真っ赤な目でこちらを睨む、巨大なフライングラビッツが映った。
「ラァァァビィィィ!」
「これ無理やね……」
半ば諦めたうちの背中を、二人の手がギュッと掴んだ。
相手の鋭い牙が、大きく開けた口が、うちらの真上に迫る。
「ほんと面白いね?」
どこかで聞いた事のある声が聞こえた。
何か緑の塊が森から飛び出し、うちらの後ろへと飛んでいった。
「ラビィィィ!?」
爆音を上げて空に飛び上がる敵、凄まじい勢いで離れていく気配。
助かった? と思う暇も無く緑の壁に衝突するうちら。
緑の壁はクルリと丸まり球形になりうちらを守る緑の檻になった。
「助かったみたいやね? 何か緑の塊が飛んで行ったけど……うち見えんかった」
「そこの二人は気絶しているみたいだ」
何処からとも無く声が聞こえてくる。
うちはキャロルとフェリの無事を確認すると周囲の気配を探る。特に何か居る気配は無い。
「フライングラビッツの子を空で狩るコツは、狩ったら親に見つかる前に逃げる事。今日はもう大丈夫だから」
「ありがとうやで」
姿の見えない人はそれだけ言うと言葉を止める。
うちは急いで緑の檻から抜けると二人を抱えて王都へと戻る事にした。
誰かは分からないけど、うちらを助けてくれた事には間違い無いので、次彼方の森に行く時はラビッツ燻製をお土産にしよう。
助走を付けて彼方の森の崖から飛び降り、【滑空】で滑りながら突風で高度を取る。
目指すは教会の鐘の塔、早く帰ってサーベラスに報告やね。
フライングラビッツの肉を食べたがっていたので、帰ったら直ぐにでも解体しないといけない。
加速を行い矢の様に一直線に塔を目指す。
塔の屋根に辿り着いた頃には、キャロルもフェリも目を覚ましていてボーっとしていた。
フェリを窓の中に置いて来ると、屋根にキャロルと二人で座って遠くを眺める。
「普通に飛んでるやつはフライングラビッツの子らしいで? 狩ったら親に見つかる前に逃げないと危ないとか行ってたで……」
「MPが20ですの……」
死にかけた。その事実が、恐怖が、キャロルを肩を震わせていた。うちはそっと肩を抱くと頭をナデナデする。
「もっとレベルがあれば仕留めてやりましたわ! 次はレベルを上げて再戦ですの!」
「元気やね……」
全然違った。悔しそうに唇を噛むキャロルを横目に遠くを見つめる。
視界の端に、まだカナタが飛んでいるのを見つける。
「カナタが飛んでるで。手、振ってみる?」
「カナタのレベルアップ作戦を早めに実行してもらう必要が出てきたわ」
闘志に燃える目でカナタを見るキャロル。ヤケクソ気味に振られた手に合わせてうちも手を振る事にした。
何故かフワフワ飛んだままのカナタは、こちらに気が付く事なく下りて行った。
今日はずっと部屋でゴロゴロして休むって言ってたのに謎やね。
「早めに解体して素材は売りに行くで」
「耳が五対と肉は……一個サーベラス用で残りは高級料理店に持ち込みますの」
キャロルの記憶を頼りに肉を卸せる店を探し、その日は解体と契約で夕方まで右往左往する事になった。




