第100話 本当の敵
転移した先に広がるのはなにも無い空間。
手前から5mほど行くと切り立った崖になっており、遠くに祭壇の様な建造物が見える。
道も橋も無くただ遠くに見える建造物を眺めていると、後ろからルナとキャロラインが追いついてきた。
「こっちにも宝箱が有るで! あっちに飛ぶ?」
「いや、止めておこう……あっちはどう見てもボスに類する強敵が待ってるやつだよ?」
「私もそう思いますわ……それにアンナが待っているのは宝箱の先ですの」
念の為に崖には結界を張っておく。キャロラインに後続に続くよう指示を出しに行って貰う。
入ってきた宝箱の丁度真左、この崖の左右に配置されている感じがする宝箱に近寄る。
「これどう見てもここが終着点だよね?」
「あっちの建物から……やっぱり気のせいやで」
「どうかしたの?」
珍しく歯切れの悪いルナ。その視線は遠くの祭壇に固定されており、尻尾が逆立っていた。
どう考えても気のせいじゃない気がする、何も言わないって事は触れない方が良いのだろう。
「さっきと同じ、ボクが入って五秒でルナも来てね?」
「了解やで!」
祭壇から視線をそらすと元の調子に戻ったルナが尻尾ふりふりでうなずく。どうやらそれほど気にしなくても良さそうだ。
転移した先に待っていたのは……足の裏だった!?
「うぐっ!?」
「あー! ラビイチストップ!」
「ラビッ!?」
顔面に受けたのはラビイチの後ろ足で、アンナが両手を上げて驚いていた。
すぐに足を退けると申し訳なさそうにこちらを見るラビイチ。頭を撫でておく。
この部屋も先ほどの倉庫と同じ作りで木の扉と鉄の扉がある、ミミックはもう処理されたのか転移宝箱だけが残っていた。
辺りにはゴブリンの角を手折る新人冒険者や残ったゴブリンの死体を部屋の一角に引きずって行くアルバートの姿が見える。足を引きずっているので怪我でもしたのだろう。
「状況は?」
「いまは大方の殲滅が終わって、こっちの宝箱をどうするか相談してた所ですよ? ジークフリードは通路方の扉の外で見張りしています。あっ! こっちに吸血鬼が出ましたよ! 遠目で見えにくかったですけど、銀髪で長い牙を生やしたマントの変質者風男で、アルバートが事前に気が付いて引き返してきた所でした!」
「一応聖域はっとこうか……」
世間広しと言えど、吸血鬼を変質者風男と呼ぶのはアンナだけだろう。
視界の端でゴブリンの死体を手際よく片付けていくアルバートに注意しつつ、もう大分慣れてきた聖域を張る。
「魔を払い穢れを浄化する聖域をここに! サンクチュアリ!」
三度目ともなれば儀式魔法陣も簡単なもので、両手を使い一瞬で文字をなぞり終える。
今度は隣の部屋から魔物が出てくる事も無く、部屋の一角に積まれたゴブリンの死体が虹色の煙になって消えていく。
「助かった。魔物の死体は処理に困る、それにしても凄まじい効果だ……このダンジョンから生還した暁には、至高のSランク冒険者アルバート=ゲンドゥルのPTの一員となって一緒に「遠慮しておきます」冒険を――そうか、すまない……」
アルバートはいつもの調子のままだ。ユダが裏切った事を知らない? それとも関係無い?
竹の筒に入れたダンジョンの美味しい水を手渡すと、疑う素振りもせず飲み干すアルバート。ついでに治療もしておく。
「ふぅ~生き返る。すまない、助かった。凄まじい効果だな」
「アルバートは何故冒険者を? 子爵の次男坊ってヘズが言ってましたけど……貴族ならわざわざ冒険者として命を張ってまで名声を得る必要があるんですか?」
不意の質問過ぎたのか、アルバートは心底驚いた風の顔でこちらを見て右手でこめかみを押さえている。
沈黙が続く二人の時間を先に破ったのはアルバートだった。
「いや、悪い。僕は貴女をどこかの王族の娘だと思っていた。今の質問からすると、その黒髪はまったくの天然と言うところか……。正式に貴族としての名を名乗り上げて良いのはその家の嫡子――僕の場合は兄だけだ」
「あれ? 名乗り上げてなかったっけ……」
何度か名乗りを聞いた気がする? どういう事?
悪戯が成功した子供の様な顔でこちらに笑みを見せるアルバートは、もう一度ゆっくりと名乗りを上げる。
「僕は至高のSランク冒険者アルバート=ゲンドゥルだ! どうだい? ゲンドゥル子爵家次男とは誰も言っていない」
「あぁ、確かに」
「何してるんだ? ミンティはもう少し休憩して置くと良いぜ」
アルバートの名乗りに興味を引かれたのか、部屋の隅で休憩していたスタンがやって来た。
丁度良い、この流れなら聞いても大丈夫かな?
「アルバートはユダやジューダスとはどういった知り合い?」
「兄とその友人のPTから臨時で来てもらったんだ。もう半年くらいこちらのPTで世話になっている。ユダの神の祝福は凄いだろ?」
誇らしげにユダの自慢話を始めるアルバート。どうやらこっちは捨て駒か、関係無い可能性が出て来た。
そろそろ皆もこっちに来る頃かな?
「敵の気配が消えた。さっさと合流してしまおうぜ――っと、もう追いついたのか!?」
「黒色の宝箱は転移トラップでした。双方向の転移なのでトラップと言うより移動用かな?」
「団長~♪」
「うぉっ!?」
ジークフリードが戻ってくるとほぼ同時にヘラが転移して現れ、弾丸の様にジークフリードへと突っ込んでいった。
「皆連れて来ましたわ」
「ありがとうキャロライン、ルナは何してるの?」
「今……皆が来た時匂ったで」
転移宝箱に向って警戒を強めるルナを皆首を傾げて眺める。
「ヘラ、アルバートは裏切り者じゃない」
「なんっ!? 何を言ってるんだ! いや……まさか?」
不意打ちで釣り針を垂らしてみる。
急に呼ばれたアルバートの目には、驚きと怒りの色が見え、次第に困惑へと変わり、ユダが居ない事に気が付くと尻餅を付き考え込んでしまった。
「どうやらその様ですね。それよりも団長、先ほど話しに出た吸血鬼とは?」
「あー、そうだった。敵の気配が消えるは、吸血鬼が出るは、何かヤバイかもしれん」
「その吸血鬼ってゴブリン種でした?」
ボクが見た下級吸血鬼はゴブリンロードだった。もしジークフリードが見た吸血鬼が別種なら、少なくとも中級クラス以上の吸血鬼がまだ居る事になる。下級を作り出した親がどこかに居るはずだ。
「ゴブリン種? こっちに居たのは本家――悪魔種の吸血鬼だったぞ? 下位の吸血鬼が生まれているのか……」
「もう倒しました。とりあえず来た道を戻ります? 進みます?」
「あー、それな。あの大穴飛んで上がって休憩所入り口辺りに大穴開けて戻れないか? どうやらここは大分下層らしい、現れる敵のレベルがAランククラスを揃えないと拙いレベルなんだが」
「メディア姉ー俺今日だけで5レベルも上がったぜ! ミンティなんか6レベルUPだぜ!」
ジークフリードの提案に乗って大穴を戻るのが正解な気がする。
初めからそうすれば良かった気がしなくも無いが、あの生贄となっていた人達を助ける事が出来たので良しとしようか。
スタンは能天気にも、涙を流した跡が痛ましいメディアに話しかけるとレベルUP自慢を始めた。
話しかけられたメディアがスタンの後ろ、ミンティしか見ていないのにも気付かずに興奮した面持ちで話すスタン。
ミンティがメディアの隣に歩いて行くと左腕に抱きついた。
少し穏やかな表情に戻ったメディアはミンティの頭を撫でてヘラの隣に歩いていった。
「メディア姉、気分でも悪いのかな?」
「スタン、お前は……いや、その歳で両手に花とかアドバイスする気も失せる……」
「アルフ、ちゃんと町に彼女待たしてるんだから大丈夫だって。それにスタンはもう花を手折った気がするし……」
スタンは馬に蹴られて死ぬかもしれんね。
アルフがスタンに助言をしようとして止めた。その気持ち分からなくも無いけど、彼女が居るんだから大人な対応が出来る様になって欲しい。
「何か隣の部屋から音がしたで!」
「壁からゴブリンが湧いてきただと! 虹色の煙を出して燃えているが移動した方がよさそうだ。ジークフリード、この宝箱から移動出切るそうだ。新人達はこのアルバートの後に続け! 先に行かせて貰うぞ」
倉庫の鉄の扉の前に居たアルバートは、隣の部屋に沸いたゴブリンに逸早く気が付いた。素早く新人をまとめ上げると転移宝箱へと触れあの崖の部屋へと移動していく。
「何かさっきこっちでも同じ事が起こったんだよね……」
「罠だな」
「罠ですね」
「ラビラビ」
溜息を吐きながらもジークフリードは宝箱に触れ移動していった。
「アンナ、木の扉の向こうは……大丈夫だった?」
「鍵がかかっていて開きませんよ?」
「こちらではその奥に掴まった人達が居た。鍵壊すからちょっと中見てみようか? ラビイチ、ここからは全力戦闘許可するから誰一人欠ける事無く行くよ!」
「ラビッシュ!」
先に行ったアルバートとジークフリードを待たすのも悪いので木の扉を破壊する事にした。
ラビイチはクルリと回って足で地面を踏み鳴らすと木の扉の隣の壁に蹴りを放つ。
「あっ! 人が壁に……大丈夫みたいだね。出来れば扉を壊して欲しかったかも」
「ラビ……」
まるで氷菓子のように崩れ落ちた壁の先には、埃が舞う何も無い空間が広がっていた。
念の為先ほど隠し扉を見つけた壁を探ってみると同じ仕様の扉が見つかった。
鍵は持っていないのでカナタナイフを取り出すと鍵穴の周囲を丸ごと抉り取る。
「良し、開いた」
「カナタのそれを見たら、本職の斥候やシーフは泣くと思いますの……」
「キャロライン、それは言わないお約束だよ」
先ほどの部屋が生贄を隠す為のゴブリンロードの部屋なら、こちらはジークフリードが見た吸血鬼の部屋の可能性がある。
慎重に扉を開けるとすかさず生活魔法の閃光を中に放り入れる。
眼鏡越しに見える室内には動く生き物は居ない……そこに居たのは鎖に繋がれ、骨となった元人間だけだった。朽ちかけたその骨を見る限り大分昔からここは使用されていないのだろう。
「何と無く、何するか分かる様になったので助かりました……次からは一言お願いします」
「ご、ごめんなさい。眩しかった?」
後ろに居たアンナに起こられた。キャロラインは埃が溜まった部屋を風の魔法で掃除し埃を一塊の石に変えると家捜ししている、ルナは鉄の扉の前で一応こちらに魔物が来ない様に見張っていた。
室内に入ると無造作に開け放たれていた金の宝箱を中身ごとスマホに回収する。
ぱっと見た感じ貴金属や金属のインゴット、イデアロジックが一個と冒険者リングが数個。
「この骨の人も可哀相に……浄化の焔よ燃やせ!」
何の事も無い、生活魔法の灯火だったが気持ちの問題である。
指先から放った青白い焔は、真っ白に輝きながら残された骨を燃やし尽くした。
「特に何も有りませんね、戻りましょうか?」
「そうだね、キャロラインの方は何か見つかったかな?」
二人で隠し部屋から出て行くとキャロラインも家捜しを終えており、両手をヒラヒラさせている所を見る限り特に何も見つからなかったのだろう。
「カナター何か変やで?」
ルナの声が聞こえてくる、木の扉から倉庫に出ると隣の部屋にはラビイチが突っ込んでおり無双を終えていた。
「どうしたの?」
「あれから時間経つけど、誰も戻ってこないで?」
「まさかっ!?」
おかしい、考えてみたら後方が遅れていたら誰か様子を見に来るくらいはするはずだ。
来れ無いと言う事は何かしらの理由か、あの崖の部屋で何かが起こったのか。
「ボクが入って五秒で全員来てね!」
「「「サーイエッサー!」」」
「ラビッ!」
転移した瞬間、空気が変わったという実感を得る。
崖上の部屋は、ダンジョン内特有の仄かに黴臭い澱んだ空気が無くなり、肌を刺すような冷たく緊張した空気に覆われていた。
「遅かったですね? もう少し遅ければ、邪魔な新人達を天使様の生贄に捧げる所でしたよ?」
「どういう――状態だ」
崖の部屋に立っている者は居ない、壁寄りに倒れる者、隣の宝箱に触れたまま気絶している者、その者達を身を呈して守る者。そして姿を半ば竜へと変え、片膝を地面についている者。
「天使様だって?」
崖の先、何もない空中に正方形の大きなタイルが浮かんでいる。タイルの上にはユダが立っており、おかしな事に隣に牙が長いマントを着た変体が居た。
アンナが吸血鬼を変態だと言った意味が今分かった。
月桂樹の冠に銀髪で牙が長いまでは良い、マントも許せる、だが全裸だ。
何気にムキムキ筋肉でニヒルな笑みを浮かべている……だが全裸だ。
股間はモロ出しで何故か触手がいっぱい生えていた。教育に悪いのでモザイクでもかけたいところ。
「あの変態です!」
「気持ち悪いで」
「私戻って待っていますわ。あれ? 戻れない?」
来てすぐ戻ろうとしたキャロラインは、転移宝箱が動かない事に気が付く。
大体予想はしていた。隣の宝箱に触れたまま気絶している者が何よりの証拠だ。
「これで全員ですね? このダンジョンは深層のガーディアン――この吸血鬼を掌握した天使教が押さえさせて頂きました。命乞いするなら命だけは助けてあげましょう、この吸血鬼の配下にしてあげます。実験に使える冒険者を集める為にね……」
安っぽい台詞だけど、もう倒して良いのかな? 何でこんな相手にジークフリードは片膝を付いているのかな?
「一つ質問しても良い?」
「良いでしょう。貴女は使えそうですし、この隷属の冠で天使様の駒にしてあげますから。人間としての最後の質問をどうぞ?」
興奮気味なのか饒舌になり頬に少し赤味がさしたユダは、ペラペラと情報を与えてくれる。
「食料庫に居た人達もユダの指示? あの下位吸血鬼に血を吸われていた女の子達も……」
「ゴブリンが何を食べようと私達の知る所ではありません。後者は力持つ兵士を量産する計画……っと危うく大事な事を話してしまうところでした。あの者達は下位吸血鬼と吸血鬼の眷属がどれほど力量差を持って生まれるかの実験です」
スラスラと極秘情報を話すユダ。
苛立つ気持ちを落ち着けて、情報を絞れるだけ絞る事にする。
「この新人冒険者の遠征依頼を狙ったのは何故?」
話しが出来過ぎている、これではまるで――ヘズがわざわざボクを渦中に放り込んだみたいだ。
「パトロンからの指示です。そこで転がっているSランク冒険者のぼっちゃんが邪魔だったみたいですね。まぁ、今更戻ってももうゲンドゥル子爵家は残っていませんが」
「どう言う事だユダ!」
「あーやっちまいやがった。ヘラ、フォルグレン、もう出てきて良いぜ」
壁際で倒れていたはずのアルバートが、飛び起きるとユダに向けて鋭い視線を向ける。
片膝を付いていたはずのジークフリードも、立ち上がり首をポキポキ鳴らすと仲間を呼んだ。
ボク達が遅れて来た宝箱の陰から現れるヘラとフォルグレン。
「もう少し情報を聞き出したかった所ですけど、しかたありません。オーキッドは守りをお願いします」
ヘラに呼ばれるまでオーキッドの存在に気が付かなかった。
転移宝箱の陰からそっと姿を現したオーキッドは牙を剥き出しにしており、今にもユダに飛び掛りそうになっていた。
「すまないが、今の言葉は聞き捨てられない! どういう事だユダ、僕達を裏切ったのか?」
「あぁーうっとおしい、サイフがさえずるな! 今言ったままですよ? どうせ全員殺す予定です、教えてあげましょうか。貴方の兄を唆し、天使教へと改宗させたのは私達です。兄のお友達とやらもこちらが用意した天使教の使徒です。もう私財を全て頂いたので、この依頼を期に不幸な事故に遭って貰う予定でした」
ユダの興奮は絶好調に達しているのか、頬が真っ赤に染まり目に愉悦の色が滲み出ている。
「ジューダスは……生きているのか?」
「あの変態なら貴方の兄を拘束した折、喜んで尋問に向いましたよ? 変態には殺すなと言っておきましたが、あの様子なら貴方の兄は命意外の全てを失っているでしょうね……」
「信じて、いたのに……」
アルバートの瞳からこぼれた涙は、何に対しての涙なのか。ボクには分からなかった。
「もう良いだろ。ヘズからの依頼もこれでお終いだ。アルバートが敵でなくて良かったぜ」
「このまま、新人誰一人欠ける事無く依頼を終えたら特別報酬ですものね♪」
「ちょ、ヘラ! それはここでばらすなよっ!?」
「その話はあたいにも適応されるのかな?」
「あんな兄でも一応身内だったんだ。仇は取ってやるさ!」
先ほどまで威厳の合ったジークフリードの竜顔が途端に崩れコミカルになる。大人って汚い。
ユダをガン無視して話し合うSランク冒険者+ヘラ、放置されているユダが可哀相に思えてくるレベルだった。
「何処までもコケにしてっ! この戦力の前に平伏すが良い!」
『ヴァンパイアLv15』
『ローヴァンパイアLv4』
『ローヴァンパイアLv5』
『ゴブリンロード(下級吸血鬼)Lv80』
『ヴァンパイアロードLv166』
ユダが左腕を上げると崖の下から吸血鬼が現れる、自力で崖を登って来たのか少しお疲れモードだ。その姿は全裸のヴァンパイアロードと同じく、月桂樹の冠意外の装備品を何一つ身に着けていない。
名前が表示されていないが、レベルが低い吸血鬼三人? は元人間の冒険者のようだ。雪の様に白い肌に残る赤い吸血痕は痛々しい。
「女の子の姿三人は元冒険者、低レベル4~15。ゴブリンロードは下級レベル80オーバー。初めから居た牙が長い変態はヴァンパイアロードレベル166、コイツには注意して!」
「そのスキル、便利だが頼りすぎるのは良くないぜっ! オラァ!」
身構えたジークフリードが何故かクレイモアを全力投剣した!?
低レベル吸血鬼を三人まとめて串刺しにすると崖の下に落ちていくクレイモア。結構良い大剣だったのに勿体無いと思う……柄頭に鎖が繋がっている?
「フォルグレン頼むぜ!」
「馬鹿力がぁ! ドッセェェェェイ!」
崖の下に落ちていったと思われたクレイモアはフォルグレンが握る鎖に繋がっていた。
真っ赤な顔で鎖を引っ張り上げるフォルグレン、吸血鬼は崖の途中で抜け落ちたのか剣だけが上がってきた。
「ふん、その三匹は実験の成功体、所詮まがい物。こっちの深層を守るガーディアンには敵う筈が無い!」
三下の台詞を放つユダに忍び寄るヘラの凶刃。いつ投げたのか分からなかったが、小型のナイフを投擲していたヘラ。
「グギィ!」
ユダの眼前に飛来したナイフは、ゴブリンロード(下級吸血鬼)の身を呈した盾により防がれる。
「なん!? ヘラ! ちょこまかと動き回ってー! 何が――私が団長の一番です、だ! そんな爬虫類のどこに魅力があると言うの!」
「死ねば良いのに……」
ヘラ、ガチで怖い。
一刀目からユダの顔面を狙う辺り、性格が行動に出ている。
一応倒れている新人やうちの面子には結界を張って、飛び出ないように手で制してある。ラビイチだけは隙を見てけしかけるつもりでいたが、何とかなりそうな気がしてきた。
「グゥォォォォー!」
「アルバート行ったぜ!」
戦場を見守っているとヴァンパイアロードがアルバートに襲い掛かる、脳裏に浮かぶイメージに血を流しボコボコにされるアルバートの姿が重なった。
「Sランク冒険者を舐めるなよ! 【聖十字斬】!」
「フォォォォッ!」
アルバートの放った斬撃は輝く十字の光りとなりヴァンパイアロードに襲い掛かる。奇声を上げたまま体を後ろに反らし攻撃を避けた!?
「まだだ――僕の攻撃は終わっていないぞ! 【二重聖斬】!」
「ギィガァァァァー!?」
アルバートの二連撃はモロ出しになっている触手を根元から切り落とした。止まる事を知らない連続攻撃の嵐は続く。
「これで最後だ! 煌きの盾よ束縛しろ! ――朽ち果てろ化け物がぁぁぁぁー!! 【空間聖転移】!」
「フシュゥーー……」
黄金の編み編み盾はマジックアイテムだったようで、アルバートの声に反応して編まれていた金糸が解け敵に襲い掛かる。同時に必殺のスキルが発動した。
アルバートの周囲3mほどに光りの蛍が舞い踊る、蛍が触れたヴァンパイアロードの体は虫に食われたようにボロボロと崩れていく。
それにしても、アルバート何気に強い? 成金のボンボンでランクをお金で買ったイメージがあっただけに、予想外の戦闘力を持っていた事に驚きが隠せない。
「アルバート強くない?」
「知らないのか? ボンボンだが、アイツは実力だけでSランクに成り上がった強兵だぜ? 俺には負けるがな!」
「団長……最後の一言が無ければカッコ良かったです」
『隷属の冠』
隷属魔法が込められた冠。
『漆黒の外套』
夜闇を支配する吸血鬼のマント。
:カリスマ+
:気配遮断+
崩れ落ちたヴァンパイアロードの灰の中からは、隷属の冠とドロップアイテムと思われる黒マントが現れた。
「これは回収しておこうかな!」
「あぁ、頼む」
すかさず回収するオーキッド。この人何しに来たんだ!?
「な、動けない? 何が起こっているの!」
「勿論結界で封じ込めさせてもらいましたよ? 気が付いてなかったんですか? 長々と極秘情報を垂れ流してる間にきっちりと、ヘラのナイフは少し焦りましたけどゴブリンロードのおかげでばれなくて良かったです」
いつでも手を下せるようにと結界を張っておいて正解だった。今逃げようとしたよねこの人。
焦りの色を隠せないユダは右手首に巻いた黒い腕輪を撫でると、自らの指を噛み血を腕輪の窪みへと注ぎ込んだ。
「何してるのかな~?」
「最終手段――来なさい! 守護龍よぉぉぉー!」
「「「「「「はぁ?」」」」」」
ここってゴブリン王のお墓だよね? 何で龍が守る必要が……?
辺りは静まり返ったままで何も起こらない。
「あー、脅かせやがって。大体、龍がゴブリン王の墓守るくらいで配置されるわけ……が?」
物言わなくなったジークフリードに皆の注目が集まる。
「カナタ、ユダが何か使おうとしてるで!」
「ん? 光る大きな水晶玉?」
「そんな! 転移結晶球です。逃げられます!」
「後は守護龍に可愛がってもらうと良いです。さようならお財布君?」
「ユダ……」
「死に晒せぇぇーー!」
ヘラの投げたナイフはボクが張った結界に当たり弾かれた。こちらを鬼の形相で睨んでくるヘラが怖い。
「ご、ごごご、ごめん!」
光る水晶玉は眩い閃光を放つと……綺麗に真っ二つに割れた。
「「「「「「えっ?」」」」」」
「転移失敗? もう逃げられない?」
「そんな馬鹿な事が有るわけが無い!?」
「GYUAAAAAaaaa!」
地の底から響くような、重低音の叫び声が崖の下から聞こえてきた。
「来るぜ! 鳴き声からすると古代翠龍だ。全員――神に祈れ……」
両膝を地面につきジークフリードが匙を投げた。ヘラはそんなジークフリードへと近寄ると、励ますと思いきや『来世では貴方の子供を産みたいです』と涙を流し抱きついていた。アルバートは!?
「古代の名を冠する事が出きる龍は、五千年以上生きた龍に限定され、翠龍は本来は温厚だ。気に入った相手には、背中に生える薬草の類を採取する事を許すなど人と密接な関係を築いている個体の龍も居る。されど龍、怒りに任せて暴れられると簡単に国の一つや二つは滅びてしまう……」
何故かウンチクを披露し始めたアルバート。五千年以上生きた龍って、最低でもレベル5000オーバー!? 最後の頼みはオーキッド!
「最後に、会いたかったかな……アヤカ。何であたいを置いていったの? あたいが弱かったから? 会いたいよ――」
気絶している新人達に覆う様に抱きついたオーキッドは、涙を流しアヤカの名前を呼んでいる。
「ユダァァァァー! 隷属の冠で操っているのならすぐに龍を戻らせろ!」
「一回命令を出すと壊れてもうお終い。所詮聖遺物の紛い物ね……」
空に浮かぶタイルからユダを無理やり引きずり下ろすと問い詰める。返答は思わしくない答えであった。
「カナタなら大丈夫やで!」
「多分なんとかなります。ラビイチもこっちに来て結界に入っとくと良いです」
「龍殺しの魔法は無いけど、竜を捕縛した魔法なら過去にはあったらしいわ」
「はぁ、まぁなんとかなるか。いっちょやってみるよ! ありがと皆」
洞窟の壁を壊しながら羽ばたく音が聞こえる、巨大な存在がここを目指し上がって来る。
「竜、龍……殺すのは無理、捕縛? 捕獲は無理でも縛りとめる事なら可能? 何故殺さなかった。捕縛し続ける事の方が難易度は上なはず……何かそんな伝承無かったっけ?」
崖の淵に立ち底を見下ろすと、巨大な山がこちらに向かい飛んでくる途中で、その足には引き千切られた鎖が見えた。
「鎖だ! この世に存在しない素材から作られた鎖――グレイプニル! どうやって作るんだよ!?」
(静かに眠らせてくれいないかな)
「あーごめん、ん? んん!?」
(おはようカナタ、久しぶりだね。ブリギッドだよ?)
「あ! おはよう? 助けてサポシ!」
(僕を吸収した時ナニしたっけ? 答えはいつもカナタの内にあるよ?)
「そうか! 材料はあの闇で良いんだ」
(何か違う答えに辿り着いた気がしなくも無いけど……まぁ、おやすみなさい。楽しい夢を見るよ)
「何か良く分からないけど助かったよ! ありがと~♪」
ベストタイミングで眠っていたブリギッドが起きた。
起きなければ拙い状況だったと思えば、かなり怖い。
「あの子、とうとう頭が……」
ユダが失礼な事を言ってくるけど無視する、今はそれどころじゃない。
「【無垢なる混沌】世界に存在しないモノを材料に作られた鎖、古代翠龍を捕縛する鎖を!」
影からは滾々と闇が湧き出る、深遠の底を覗いているような不思議な影の中から。
闇は次第に絡まり合い、二本の鎖へと姿を変えていった。
「全力結界! 全員を守りきるよ! いつでも来い、古代翠龍!!」
結界に追加のMPを注ぎ込むと、試しに結界に【超硬化】をかけておく。
意気揚々と闇のグレイプニルを操り敵が現れるのを待つ。
「あれ? 静かになった」
崖の下を覗き込むと巨大な山が空中に停止している。慣性の法則とか物理法則をガン無視して羽ばたく事無くその場に龍は佇んでいた。巨大な山の背には何故か場違いな物が置かれている、椅子?
真っ白なビーチチェアに寝そべっているのは……?
「降参、降参。さすがにそれを貰うのは拙いな。あと、怖い怖い魔王様に消されかねないから。とりあえずここは王墓の前だ。今回は遠慮願おう」
「何で貴方がそこに居るの?」
古代翠龍の背中に座って寛いでいたのは、緑色の肌をしたハイエルフ? 上位精霊かもしれないかなりのイケメンのあの人。
男の心を持つボクが見てもホイホイ付いていきそうになる魔性のフェイスの持ち主――名前聞いてないよね!
体が浮き上がる様な不思議な感覚がする、いきなり景色が真っ白に染まった。
次の瞬間、肌に感じる風と草木の匂い、眩しい太陽の光……?
「全員助かった? 各自周囲を警戒!」
一瞬でダンジョンの外に転移していた。
「あれ? 俺達何でダンジョンの外に居るんだ?」
「天使を呪い、創世神に祈りを捧げたら奇跡が! 団長~♪」
惚けるジークフリードに、むしゃぶりつく様にキスの雨を降らすヘラ。
周りでも次第に新人達が目を覚まし、アルバートやオーキッドも惚けたまま撤収の準備を始めていた。
同じく惚けていたユダは、ルナが拾った誰かの縄でがんじがらめに拘束されていた。
「助けてくれたの、かな?」
良く分からないが愛姉の知り合いっぽいし、今回は手を回してくれたのかもしれない。
天使教と隣国、明確な敵、あの糞神が関わってきた事が分かったので、今回はそれで良しとしても良いかな?
「ラビラビッ!」
「何これ?」
ラビイチが手紙を咥えて走り寄ってきた。
その場で開くと中には一文だけ文字が書かれている。
『彼方の森にて、年末まで休養する。byエメちゃんの飼い主より』
あの古代翠龍はエメちゃんと言う名前なのかな?
ペット感覚で古代翠龍を飼っているとか正気じゃない。
タイミングよくスマホが鳴る、件名は『一瞬で移動、謎!?』マーガレットが送り主だ。
もしかしたらずっとスマホのMAPで追跡していたのかな?
子ども扱いされている気がしなくもないけど、正直嬉しかった。
「今、皆生きている。それで良いじゃない! 戻るよ~」
「「「「「「オオッー」」」」」」
知らないうちにダンジョンを脱出していた新人達は、予想以上に元気いっぱいだった。
今回拾えたアイテムの事を考えると納得が行くけど、拉致被害者が居た事には胸が痛い。
「明日の事は明日考えよう!」
呆れた顔でラビイチの背中を撫でるアンナ、お腹を鳴らすルナとキャロラインの手を取りゆっくりと街へ歩いて行く。




