第98話 男は皆、馬鹿である。
ダンジョンに潜って二日目の朝は女性の悲鳴と共に訪れた。
飛び起きると辺りを見回し襲撃に備える……?
全員起きていて眠っていたのはボクだけだった。
石タイル張りの部屋にはジークフリードとアルバートが出発の準備を終え、それぞれのグループに人数を割り振っている。偵察にでも出るのかな?
悲鳴が聞こえた方向を見ると、ヘラに抱き止められたメディアとばつが悪そうな顔でその様子を見るスタンが居て、二人の間にはミンティが立ちすくんでいた。
「どういう事?」
「修羅場らしいで?」
隣でギルド特製硬パンを齧るルナに聞いて見ると嫌な答えが帰ってくる。
ついでにと言った感じでギルド特製硬パンを渡してくるルナから、朝ご飯の硬パンとモウモウミルクを受け取るとミルクにパンを浸してフヤカシ食べる事にする。
硬い……ミルクに浸しても硬いままとか、ギルド特製硬パンはどうやって作っているのだろうか……? 本気で今度製法を聞いてみよう。
「だから! 何度も言わせるなよ、メディア姉は本調子じゃないんだ。ここでカナタ達と待機しててくれよ。ミンティは俺が守るから安心しろ!」
「スタンとミンティには、お姉ちゃんが付いていないとダメなんです!」
「はいはい、落ち着いて、深呼吸してね?」
言い合う二人と宥めるヘラ、珍しい構図だ。間に挟まれた感じになっているミンティは涙目でおろおろしていた。
ボクが目覚めた事に気が付いたのか、ミンティがすがる様な視線をこちらに送って来る。
仕方ないので話しを聞きにいこうかな?
「どうしたの? 皆待ってるみたいだけど」
ジークフリードとアルバートが遠くからこちらを拝んでいる、頼りにならない野郎達だ。
「スタンと私が偵察隊に付いて行く事になって、メディア姉は体調が完全じゃないからダメで、それから、えっと……」
「何と無く分かったよ。スタンはメディア姉の事を心配してるんだから、そういう時は男の子に花を持たせてあげるのも良い女の務めってやつだよ? 大丈夫、うちのラビイチも偵察に出すから、いざという時は二人だけでも連れ帰らせる様にアンナにも言っておくからね?」
言いながら泣き始めそうなミンティの頭を撫でて、スタンの思いをメディアに伝えると同時にアンナに片手を上げて謝る。ラビイチも心得たと言った感じに肯いていた。
「でも、お姉ちゃんが……」
「大丈夫です、カナタのラビイチは例え団長意外が全滅してもあの二人を助けて戻ってくれます!」
さり気無く団長意外が全滅した場合を想定しているヘラは少し怖い、アルバートも顔をしかめていた。
フォルグレンは『いつもの事だ』と言ってアルバートを励ましている。
「偵察なんてすぐだよ! チョチョイと行って来て安全を確保したらすぐ皆で行動出来るから」
「あー、アンナと従魔を借りれるのはありがたいが、現在位置の把握もしたい。戻るのは三時間後くらいを予定しているからな?」
また震えだすメディアを抱き締めたヘラは団長を睨み付けた。
本当にデリカシーの欠片も無い人が多すぎる、言わなくて良い事はとりあえず黙っていた方が良い……と思う?
「そうだ! 偵察組みが戻ってくるまでゲジゲジ退治してレベルUPしとこうね! 戻ってきた皆をビックリさせるくらいレベル上がると思うよ?」
「危ない事は止めとけよ!?」
「大丈夫かな? ラビイチちゃんが偵察に付いていくなら、あたいはここに残って皆の面倒を見るから安心して欲しいかな!」
心配そうなジークフリードを他所にオーキッドが食いついて来た。先ほどまで偵察組みの中に一人だけ混じって、心配そうに自分のクラン員を見ていたので行きたくなかったのだろう。
経験値稼ぎに釣られたのではない……と信じたい。
ぞろぞろとジークフリードに連れられて扉へと歩いて行く男連中、基本待機するのは女性メンバーと新人冒険者のうち体力が無さそうなメンバーだけだった。
「ほら行くぜ、スタン、お前も男ならしっかり言ってやれ! 俺の帰りを待っていろってな!」
さり気無くそう言ったジークフリードをキラキラした目で見つめるヘラ。アルバートは隣で前髪を跳ね上げカッコつけている。
すんなり話しが終わりそうだったその時、スタンが爆弾を投下した。
「俺、この依頼が終わったらミンティに告白して結婚するんだ!」
「「「「「「えっ!?」」」」」」
静まり返る皆、オーキッドまで大口をあけて固まっていた。
枕になったサーベラスと、ご飯を食べ終わったルナとキャロラインは安定の二度寝準備中だ。
「スタン君? 死亡フラグって言うモノが有ってね? いや、それより! 寝起きだから聞き間違いかな――三人で結婚するんだよね?」
言われた言葉が理解出来て居ないのか固まったままのメディア。ヘラは自分の額を抑えると唸り声を上げていた。
この世界は力とお金さえあれば何人でもお嫁さんやお婿さんを貰っても問題無い、スタンの言い間違いであって欲しかった。
「スタン? 何言ってるの??」
「お姉ちゃん初めて聞いたんだけど、三人で結婚しても結構お金とか大変だと思うし、暫くはまだこのままでいたいかな~とか思うんです」
ミンティはスタンが言った事に首を傾げ、メディアは混乱している、ジークフリードとアルバートはもう扉の外だ。
ボクはアルフに目配せをしてもう出発する様に指示を出す。
「おい、もう出発するぜ! スタンも早く来いよ~」
アルフが腕を取り歩き出そうとした時、スタンは爆弾に火を点けた。
「俺はミンティを選ぶ! メディア姉には俺より良い人がいっぱい居ると思うんだ。その才能が俺なんかと一緒に居て開花しなかったら困るだろ? 俺はメディア姉を思って「ちょっと来い!?」アルフさん?」
アルフが顔面蒼白になりスタンを引きずって扉から出て行った。アルフを追う様にユノとユピテルも扉の外に出て行く。
あの三人は日々リトルエデンで女性の中に混じり生活してきたので、スタンがどれほど危ない事を言ったのか気が付いたみたいだ。
「えっ……え? う~ん?」
「何も言わなくて良いです、大丈夫」
衝撃の余りメディアは考える事を止めたのか、自分の装備を手入れし始めた。
そんなメディアを見たヘラは仕切りに『大丈夫』と言い聞かせ抱き締めていた。
「お姉ちゃん……あのね? 私も今聞いたばかりだから……一緒に居ようね?」
メディアを気遣いミンティが駆け寄ろうとした瞬間、馬鹿が戻ってきた。
「俺は決めたんだ。ミンティ行くぜ!」
「え? あ、その」
ミンティの手を引っ張り扉の外へと出て行くスタン。こちらを覗いているアルフは首を横に振っていた。
オーキッドが参加して来ないので何をしているのかと思えば、『あれが馬鹿という生き物かな? 男の子はああなる可能性があるから、あたいら女がしっかりしないといけないかな!』と全員待機になっている獣人達にしっかり言い聞かせていた。
「待って、お姉ちゃんも行くから! ねぇ、待ってよぉー! お姉ちゃんは大丈夫だから一緒に行こうよー! 待ってぇぇぇぇーー!! あぁぁぁぁーー!」
偵察組みがそそくさと出て行った後、静まった部屋にメディアの悲痛な叫びが響く。
叫びは次第に静かになり、すすり泣く声へと変わっていった……
――∵――∴――∵――∴――∵――
あれから時間が流れ、早一時間が経過しようとしている。
二度寝しているルナ・キャロライン・サーベラスを除く他の者は、石像の様にその場に佇み動いていない。
途中から疲れたのか座り込んだ者も居るが皆メディアが泣き止むのを待っていた。
何故か全員がボクをじっと見つめてくる……これをどうしろと!?
「ほら、そろそろ泣き止んで? レベル上げして戻ってきた偵察隊を驚かそ? あれだ、スタンも考え直すかもしれないし……」
そっと、優しく声をかける、すすり泣きは止まったものの顔を上げる気配は無い。
不意にメディアの手が動き、腰に刺してあった鞘からカナタナイフ(小)を抜き放ち、静まり返った部屋に緊張が走る。
ダンジョンの床、固いタイルに突き刺さるナイフの音が聞こえる。
タイルはすぐに割れ剥き出しになった地面をさらにナイフで抉るメディア。
うつむいたまま小さな声で何か呟いている、間近で聞いているはずのヘラはこちらを見て首を振っていた。
「メディア?」
「スタンがね、私のミンティを連れて行ったの。小さい頃から一緒に過ごした三人なのに、私を置いて行ったの……」
地面を掘る音で目が覚めたのか、ルナとキャロラインがこちらを見て引きつった笑みを浮かべた。
ボク達はこのダンジョンに何しに来たんだっけ……!?
「あたいなら、力で奪い返すかな? 皆まだ弱い弱い新人だよ? 今ここでレベル上げのチャンスが転がっているのにミスミス逃して良いのかな?」
「そんな、簡単な事だったんだ――カナタさんお願いします、もう二時間くらいしかないです。早く、レベル上げないと!」
オーキッドが焚き付けるとメディアは見事に燃え上がった。
……これは大丈夫なのだろうか?
ここでまた先ほどの状態に戻られたら困るので乗っかる事にする。
「よっし! 皆付いてきて~」
タイル張りの部屋から倉庫を通り壁の穴を目指す。
……穴が小さくなっている?
「もう再生中ですわ、復元と言った方が良いのかもしれないですけど」
「前言ってたダンジョンは生き物ってやつだね、キャロラインは穴掘りの魔法とか使える?」
「うちが教えたで!」
ヤル気満々のルナとキャロラインが壁に手を当て、削り、穴を掘っていく。後ろからヘラとユダが熱心にこちらを見ているけどどうしたのかな?
「よっし、壁の穴はこれくらいで良いね、結界は……あれ? 全然大丈夫だ」
「さすがうちのカナタやで!」
「ワンワン~」
穴の入り口に張った結界は傷一つ無くまだそこにあった。
穴ギリギリから底を除いてみるとゲジゲジが弱々しく蠢いていた。
「何かゲジゲジの元気が無いけど、まぁ良いか! ルナが貰った鋼鉄の矢、全部出して?」
「うちの矢使うからには、ドロップ品全部貰うから覚えててや!」
ルナが牽制する様に新人達に言うと、黒バックから大量の鋼鉄の矢を取り出し床に並べていく。
「皆、弓は使えるよね? 順番に二本ずつ撃って行こうか~」
「あたい達は大抵使えないかな? 爪が伸びると弦が引きにくくなってね」
「ならこうすれば良いんです」
いきなり頓挫しかけるも、メディアの気転で何とかなりそうだ。
メディアは鋼鉄の矢を中ほどで握り締めると、天井スレスレから地面に腕ごと叩き突ける勢いで矢を穴の底に投げる。
穴の底からはゲジゲジの弱々しい鳴き声が聞こえてきた。
「待ちなさい! メディア、腕を見せなさい」
無言でヘラの前に右腕を差し出すメディア、その手は地面にぶつけたのか黒い内出血の痕が出来ていた。
唇を噛み締め泣きそうな顔をするヘラを見かねて、すぐに【治療C】を使い回復させる。
「ちゃんと地面に腕が付く前に投げる事! 人間族の女の子に出来たんだ、獣人の皆が出来ない分け無いかな!」
「「「「「「はーい!」」」」」」
一斉に矢を投げ始めようとしたので穴を拡張する羽目になった。
全エネルギーを投擲に使うかのように、身体全部をバネにして矢を投げる獣人達。
矢を射れるルナやキャロラインはプテレア製の強い弓を使っているので、洒落にならない速度で矢が飛んでいく、矢は敵を貫通して壁や地面にドスンドスン音を立てて突き刺さっていた。
途中レベルアップの成長痛でよろめき穴に落ちかけた者が数名出たが、アウラ縄を命綱にして全員無事にゲジゲジを殲滅する。
全て倒し切るのに一時間も時間はかからなかった。
「じゃあちょっと素材回収してきますね。オーキッドにはお土産にゲジゲジの食べれそうな部分を見繕ってきますよ!」
「それなら……あたいはオレンジ色の触覚が好みかな?」
「えぇ!? アレ食べれるんですか?」
下りる直前に冗談を言ってみると、オーキッドがオーダーを出してきた。
驚き振り返ると口をWの字にしたオーキッドがこちらに尻尾を振っている、どうやら騙されたようだ。
「巨大昆虫型の魔物は基本食べられません、帰ったらお勉強が必要ですね……」
「簡便してください……行って来ます~」
ヘラが教官の勉強会とか遠慮したい、アウラ縄で一応全員繋ぐと逃げる様に穴を下りていく。
【停止飛行】の事はもうばれているので気にせず使う、ゆっくりと下りていく横でルナとキャロラインとサーベラスがフワリフワリと先に下りて行った。
「お姉ちゃんはミンティの為に稼がないと行けないの。ここでは無理だけど、レベルさえ上がれば……」
「よーっし、上手く剥ぎ取り出来た人にはご褒美上げちゃおうかな~!」
背中にしがみ付いたメディアがちょっと怖い。ブツブツ独り言を言うのは良い……でも独り言にはスタンの名前が殆ど登場していない。
底は積み重なったゲジゲジが山の様になっていて、剥ぎ取りを行なうには少々都合が悪かった。
仕方なくスマホに入るだけ詰める事にすると、合計一九個の品物を詰め込める事が発覚する。
どうやらスマホの横に着いた+の数字に三を足した数だけ入るようだ。なんだかんだで忘れてただけかもしれない。
「結構残ったね、【解体D】【解体D】【解体D】お? 珍しい、イデアロジックだ!」
「イデアロジック(毒液散布)? うち、どこかで見た事あるような気がするで?」
イデアロジックを手にルナが首を傾げていた。
とりあえず解体で手に入れたドロップ品は黒バックに収納しておく事にする、手に入れた品は、鋭い大顎三個・毒虫の触覚三個・大百足の皮九個、魔晶の欠片はすぐにスマホに放り込んでおく。
魔晶の欠片や魔水晶は、初めの頃は魔力を補充しないとスマホに入らなかったのが、レベルが上がった後くらいから必要無くなっていた。
魔力が増えて必要無くなったのだろうか?
「おかしいです、居なくなった新人達の装備がありません……」
「メディア? ……虫に食べられたんじゃないの?」
「欠片も落ちてないのはおかしいです、あの時落ちたのじゃなくて壁の穴に入った?」
もしかすると生きているかもしれない、それなら早く助けに行かないと。
「よし、戻って相談しよう。もしかするとここに居ない新人達も生きているかもしれない、最悪ゴブリンに掴まってる可能性もある」
「はい! ミンティの為に稼がないと……」
地面や壁に突き刺さっていた鋼鉄の矢を回収していた他の者も集めて部屋に戻る事にする。
三回目の飛行で慣れてきたのか、新人達は興味津々に周りを見回していた。
「お帰り~いっぱい拾えたかな?」
「ちょっとこれ見てくれます? 何か変な物がいつのまにか……」
オーキッドとヘラが出迎えてくれる、と言っても特にする事は無いので部屋で待機していたはずだ。
ヘラがフル装備で出迎えてくれたのは何故かな?
「黒い宝箱が急に消えて代わりに変な肉の塊が――」
「もしかして!」
全員壁の穴に入ったのを確認すると急いで宝箱の前に移動する。
黒い宝箱が置かれていた場所には、直系1mほどの赤黒い肉の塊が綺麗な正方形の形で置かれていた。
「隣の部屋にゲジゲジは出しておくから新人達とオーキッドは解体してて、練習の意味もあるからオーキッドは余り手出さない様にね? あとこの装備品の山はじゃまだからこの特大木の宝箱に突っ込んでて、こっちの肉の塊は何とかする」
スマホから特大木の宝箱を出すとメディアにそう言いルナとキャロラインに戦闘の準備をさせる。
いきなりの出来事にヘラは一瞬身構えるも、肉の塊を囲う様に移動したボク達を見て自身も警戒を強めた。
この肉の塊の形には覚えがある、ボクが張った結界が丁度1m四方の正方形だった。
つまりこの肉の塊は、黒色の宝箱から飛び出て結界に押しつぶされた魔物の可能性がある。
「転移系の罠って転移先に何か有ったらどうなるの? 一応結界張っておいたんだけど」
「そうですね、よっぽど強度がある物意外は押しのけられると思います、後は……結界などで覆われていた場合、同じ場所に出ると圧死するんじゃないです?」
質問の答えが目の前にあった。ヘラもボクが結界を張ったと言った時点で気が付いた様だった。
黒色の宝箱は転移トラップ、もしくはどこかへと移動する為の転送装置の役割があると思われる。
結界を解こうと思っていると画像添付されたメールが届いた。差出人はアンナで件名が黒い宝箱!?
「アンナからメール、画像はここと同じ様に宝箱が並んでる部屋! ルナこれ見て罠かどうか分かる?」
「ここと同じで一番右が黒い宝箱やで? 隣二個が普通ので残りがミミックやね」
最悪だ。アンナ達はこれが転送トラップの類だと気が付いていない、急いで電話をかけると何故かミンティが出た。
「もしもし? 何でミンティが出たの?」
「あの、魔物が後ろから襲ってきて! 今団長が偵察中で、後ろから出てきた魔物をラビイチとアンナさんが押さえてて! アルバートさんが足を怪我して、それで!」
かなり混乱しているのかミンティは息をするのも忘れて話しかけてくる、一度落ち着かせる必要がある。
「落ち着いて、今から助けに行く。もう大丈夫だからこのままスマホ画面を見て、MAPって書いてある所クリックして場所を表示して? アンナに変わってもらえると助かるんだけど……とりあえず一番右の宝箱はトラップだから注意、そこから魔物が出てきてる。ラビイチに全力で守ってOKって伝えてくれる?」
「えっ? 私人間の言葉しか話せません……」
「それで良いから! ラビイチは賢い、とりあえず体制立て直して耐えてて」
他の皆に聞こえる様に大きな声で言うと、解体をさっさと終わらせて出発の準備をする用にルナに指示を出す。ハイドシグナルをクラン員全員に覚えておいて貰って良かった!
早速ルナが隣の部屋にキャロラインを連れて入っていった。
「何か忙しくなるみたいやから、早く片付けてってカナタが言ってるで!」
「すぐに出発するから急いで? ですわ」
ん~? 何か違う様な気がするけど、この際意味が通じたら良いか……
「結界を解いたらボクが先に入る、一〇秒以内に戻ってくるから待機しててね? もしそれ以上立っても戻ってこなかったらメールを送って反応が無ければ待機。戻って来ない事は絶対にない、魔物が五〇匹居ようが必ず戻ってくるから、ボクが良いと言うまで絶対来ないでね?」
「私はAランク、オーキッドに至ってはSランクです、それでもカナタが行く理由を説明してください」
理屈は分かるけど時間が無い、力の差を見せ付けるのも何か違う気がする。どうしようか?
「【無垢なる混沌】これはボクの奥の手の一つ、誰も巻き込みたくないから一人で行くOK?」
ボクの影から闇の深遠が滲み出る、底が無い沼のように、全てを飲み込めそうな底無しの闇が生まれた。
「ユニークスキルですか……」
ヘラが手を触れようとしたので【無垢なる混沌】を操りボクの身体に纏わり付かせた。
「迂闊に触れると火傷じゃすまないよ?」
「うちに触れると火傷するんやで!」
隣でルナが真似している、頭を撫でると耳元で『戻ってくるまで皆を守って』と呟いておいた。
「ここに居ない新人達がまだ生きている可能性があるので、これ以上時間を無駄にする分けには行きません」
「そう言う重要な事は先に言ってください! こちらも団長に連絡します! オーキッドにこの場は任せます」
言ってなかったっけ? うん、言ってなかったね……
オーキッドが隣の部屋から戻ってくると襲撃に備えて準備を始めた。
「こっちは大丈夫かな? 最悪あたいがそっちに向うから安心して行って来るんだよ~」
近所のコンビニに行く様に簡単に言ってくるオーキッドに手を振ると、壁の穴の結界を強化し宝箱にかけた結界を解除する。
「何だこれ?」
「綺麗……」
結界を解除すると同時に肉塊は虹色の煙を出しながら蒸発していった。
もしかすると聖者の足跡の効果が残っているのかもしれない。
「多分ここら一帯に聖域を付与したから、魔物が入れないのかもしれない?」
「思ったより安全なのかな? 行ってらっしゃい~」
尻尾を振って送り出してくれるオーキッドにもう一度手を振ると、ボクは黒色の宝箱に手をかけ蓋を開ける。




