第95話 愚者の王墓
ダンジョン『愚者の王墓』に入って早二時間、ただひたすら少し傾斜になった道を下りて行く。
定期的に武器にかける生活魔法の陽光のおかげで視界は良好だ。
ここ『愚者の王墓』は一般的な横穴型ダンジョンで、土を掘ったと言うより岩をくり貫いて作られた高さ幅ともに5mくらいの道が続いている、時々分かれ道や小部屋や大部屋があったり壁に隠し扉があったりするくらいで、目立った罠も配置されていない。
「良い罠落ちてたで!」
天井に配置されていた誰も気が付きもしない罠をルナが回収している、罠を見つけるたびに全体の歩みが止まるので少し移動に時間がかかるかも知れない。
このダンジョンに配置されている罠はスイッチ型で、巧妙に隠されたスイッチに触れると様々は罠が発動するタイプになっている。
「良い斥候だな、見た感じ全然見えないがな……」
「見た目で分かっちゃ、まだまだ二流ですよ!?」
ジークフリードがルナを訝しげに見ている、スキルの事を誤魔化すのも大変かもしれない。
何を思ったのかルナは見つけた罠を片っ端から回収していた。現在誤作動や回収ミスは無いので誰も咎めようとはしない。
一番最後尾、殿を付いてくるラビイチは時々後ろを振り向き何故か蹴りを放っている、見た感じ何も無いので皆首を傾げていた。
「そろそろ二層の休憩所に付きます、各自戦闘準備を!」
「休憩所なのに戦闘準備?」
副団長は何故かボクを無視している気がする、何も返事してくれない……
「一番大きな魔物の部屋が休憩所になってます、一度全部狩ると三日は絶対に沸かないので簡易安全地帯って事ですわ」
「見た目はボスと同じ容姿でも、中身は段違いですね、あっ? ちょっとボス何するんですか!」
「何か馬鹿にされた気がするで!」
キャロラインの説明を受けアンナが茶化す、ルナはアンナのお尻を狙い手を振り上げて追いかけ始めた。
ジークフリードが首を振りながら溜息をついていた。
「ん? あれ、アルバートのPTじゃないか? よっぽど魔物の部屋が溜まってるのか?」
「下層から魔物が降りてきているのかもしれません」
通路に灯された灯火の魔法が部屋の入り口を煌々と照らしていた。
休憩所の入り口はかなり広い通路になっており、今までの三倍以上は広さも高さもある。
どうやら入り口では釣りが行なわれており、釣られてきた魔物はアルバートの一撃を受け弱った所を新人達が倒しているみたいだ。
来た道と反対側の道にも誰か人が集まっている?
「あれ? カナタ達も来たのか? ここで足止めくらってたんで助かったぜ」
「アルフ達? そういえばこのダンジョンに潜るって言ってたね~」
奥に居たのはアルフとユノ&ユピテルPTが率いる新人合同PTだった。見た感じ女性が多いのは多分気のせいだろう。
壁を背に座るアルフの額を甲斐甲斐しく布で拭く女の子も居る、ユノとユピテルも遠慮してはいるけど隣に女の子が座っていた。こちらを見て焦り始めるユノとユピテル。
「「この事は……」」
「皆まで言うな、大丈夫、大丈夫」
焦る二人を落ち着かせ広間入り口に目を向ける、どうやらゴブリンが主体の魔物の部屋の様で、時折切り株のような魔物が混じって釣られている。
『ウッドスタンプLv15』
『ゴブリンLv5』
どうやら雑魚のようだ。思ったより切り株が硬いのか、倒す速度はゆっくりで余り敵が減っていない。
「良い所に来た! 諸君、我々が独り占めするのは他の者に悪い。交代制にしようじゃないか、我々のPTはそこそこ狩ったので次に譲る」
「了解了解、次は俺のPTが行くぜ?」
「順番通りならその次はあたいのPTかな?」
「問題無いです、もしアレだったらボクも釣りましょうか? こう見えても得意なんですよ~」
一瞬驚いた表情をするSランク冒険者達。沈黙は肯定だと取って良いのかな?
「丁度良いのう、この盾試させてもらう」
「作戦はボクが釣ってフォルグレンが弾いて後ろに回すで良い?」
「それで問題無いぞ」
ジークフリードの楽しそうな笑顔と対照的に、副団長の不機嫌そうな顔を見て一応頭を下げておく。
部屋の中、入り口付近は大分掃除されており20m先くらいに黒い影が大量に見える、どう見てもそれより奥の部屋は魔物の山だ。
「部屋に明かりはダメっぽいよね?」
「そんな事をすれば押しつぶされる危険があるのう……大丈夫だろうな?」
巨大な盾を前に構え、腰の袋から2mほどのロングメイスを取り出し構えるフォルグレンは、少し心配そうに言うと一歩下がった。
「顎に一発入れて脳震盪作戦で行こう」
「はっ? のう、しんとう? 何のことだ?」
硬皮の盾を二個取り出すと一個は釣り用に【舞盾】で浮かせ魔物の部屋奥に飛ばす、見えている範囲に居る魔物を盾で小突きフォルグレンの側まで誘導する。ゴブリンは馬鹿なのか盾を追いかけてくるので三匹釣れた。
巨大な盾の丁度前に辿り着いた固体から、もう一個の盾を使い顎を下から打ち上げるように【シールドチャージ】していく。
少しの変化も見逃さない様に耳を澄ます、静まった部屋に響いてくるのはゴブリンのくぐもった悲鳴だけだった。
動かなくなったゴブリンはフォルグレンが無言で後ろに放り投げていた。ロングメイスを上手く使いすくい上げる様にジークフリードの前へ投げている、中々良いコントロールだ。
「何か知らんが、これはエグイな……あの嬢ちゃんお前よりSっぽいぞ?」
「フォルグレン! 誰がSっぽいですか!」
「大丈夫、大丈夫、落ち着けって」
後ろを見るとジークフリードが副団長を宥めている光景が見えた。頭を撫でられて満更でも無い様子な副団長は可愛いと思います。
顎が砕けて瀕死になっているゴブリンは、次々と新人達の手で止めを刺されていく。その光景をどこか異様と思えるのは、まだボクがあちらの世界の考えを引きずっているからだろうか?
「あー、こんなに簡単に倒せたら訓練にならないぜ……まぁここは休憩所だし良いか」
「効率と言う点では満点をあげても良いですね、どこかの貴族様と違って」
「なん、だ、と?」
副団長はボクを褒めてくれるフリをして貴族を焚き付けてきた。
こちらを睨むアルバートの視線が痛い……
「五〇匹! 五〇匹で交代かな! あたい達の分も残しておいて欲しいかな!」
「ドロップは共有で最後に全員で分けた方が良さそう」
「楽~」
オーキッドの焦った叫び声とファイとティアの気の抜けた声が聞こえてくる、数を数えながら釣る事にする。
うちのPTの他の面子は、通路を警戒しながらちゃんと模擬戦的な事をして時間を有効活用している。
横でアルフ達も同じ事をしているので良い訓練になるだろう。他のPTの新人達もそれと食い入る様に見つめているので時間は無駄になっていない。
「余所見すると危ないぞ? ん? 要らん心配だったのう……」
余所見して居る間に部屋の奥から弓矢が飛んできた。どの魔物が放った物か分からなかったけど一応注意する。
先ほど飛んできた矢は取り出した三個目の硬皮の盾で落とした。矢尻に毒とか塗ってあったら怖いので手で受けるような事はしない。
「交代ー! あたい達の番かな!」
「了解了解、全然疲れてないがのう……」
名残惜しそうにこちらを見ながら下がっていくフォルグレン、尻尾フリフリのオーキッドが変わりに前に出てくる。
「作戦は一撃必殺かな! 全員一発殴って殺せるように頑張るんだよ!」
「「「「「「ハイ!」」」」」」
「えっ、ちょっと待って」
皆の大声に釣られて奥から魔物が姿を見せ始める、したり顔で舌なめずりするオーキッド。今の絶対わざとだ!
『ゴブリンLv6』
『ウッドスタンプLv14』
『ホブゴブリンLv41』
『ゴブリンアーチャーLv18』
『ゴブリンガードLv21』
何か変なのが混じり始めた! 普通のゴブリンより飛びぬけて大きいゴブリンが一匹居るしレベルも高い、あと弓を持っているやつと盾を構えているやつも一緒についてきた。
「ホブゴブリン一匹・弓一匹・盾一匹行くよ! ホブゴブリンは強そうだからオーキッド出来たら倒すか捕まえてて」
「「「何っ!?」」」
後ろからSランク冒険者三人の引きつった声が聞こえた。
ホブゴブリンに盾を避けられる、他の雑魚とゴブリンは上手く顎にクリーンヒットしたのでそのまま後ろへ飛ばす。
「そいつは新人にはヤバイ! 殺せっ!!」
「引けぇぇぇっ! 茶毒玉を投げる!」
「慈悲深き者よ、母なる大地の精霊よ! 我が願いを聞き届け、我が手に集いて、我に仇なすかの者を、等しく戒める鎖となれ!」
「【三水】熱いので!」
「何が?」
ジークフリードの怒鳴り声に反応して、逃げ遅れたボクを無視して副団長は何かを投げてくる、茶毒玉と呼ばれた黒い玉はホブゴブリンの足元に落ちると炸裂して黒い霧になった。
アルバートのPTにいた杖持ちが精霊魔法で土の鎖を作り出しホブゴブリンの足を絡め捕る、詠唱がうちの精霊魔法使いより長いのは熟練度の差だろうか? やっぱりうちのキャロラインとメリルは凄い。
新人達の中で唯一動けたのがミンティで、水の特殊スキルと呼んでいたスキルを使い20cmくらいの湯気が漂う球体をホブゴブリン目掛けて投げつけていた。球体がホブゴブリンの顔に当たるとくぐもった悲鳴が聞こえてくる、どうやら熱湯の様で顔面が真っ赤になっていた。
オーキッドは白い紐の端をボクに投げて寄越すと部屋の外に思いっきり突っ込んでいった。逃げ足の速さは中々のモノだね。
「紐をしっかり掴むんだよ!」
「了解? ひゃぁぁぁ!?」
紐を掴むと思いっきり引っ張られ、空中を水平に滑るという貴重な体験をする事となる。
「大丈夫かな?」
「意味が分からないです、ホブゴブリンってヤバイの?」
一瞬呆れ顔でこちらを見てくる副団長、Sランク冒険者三人も同じ感じだ。
「あー、あいつはオークより強い。それと一匹居るって事は結構な数が混じっている」
「ジークフリードなら楽勝じゃ?」
「勿論です! うちの団長ならソロでも余裕で蹴散らせますけど、新人がこれだけ居るので……」
「ここの休憩所ってかなり奥広かったよな、休憩所で出る事になるとか、無いは……」
あまり乗り気じゃないジークフリードに、団長の実力を見せる時が来たと喜ぶ副団長。
とりあえず新人を守る布陣になった方が良さそうかな?
「そろそろ毒が四散する時間です、団長よろしくお願いします!」
「おい、アルバート先に行かせて貰うからな?」
「そちらは任せよう、新人の諸君! 通路中央に集まり盾を構えるんだ! このアルバートが君達を守る!」
「鎖が……持ちません!」
部屋の中を覗くと案外敵は攻めて来ていない、ホブゴブリンが顔面真っ赤で全身ブツブツだらけの気持ち悪い状態になって転がっていた。
「何の毒投げたの!? 気持ち悪い状態になってるんだけど! さっきボク巻き込まれかけたよ!?」
「……ただの茶毒玉です、全身にブツブツが出て五分ほど痒みにのた打ち回る程度の毒です」
あ、この人は敵に回したらダメな人だ!
そっと副団長に近寄ると手を引き皆から少し離れる、非常に嫌そうな表情でボクを睨んでくるけど無理やり引っ張ってきた。
「ボクは男に興味が無いし一緒に連れているのは嫁です。貴女とジークフリードさん似合いですね? 良いお酒持ってるんですけど、差し上げましょうか? 勿論甘いスイーツも」
黒バックからカナタ芋焼酎の試作品を取り出すとチラリと見せ説得する、プレミアムスイートポテトとカナタクッキーも忘れない。
「! そう、そう言う事だったのね。話が早くて助かるは、貴女となら仲良くやっていけそうね。そういえば言ってなかったわ、私の名前はヘラ=クィースよ。気軽にヘラって呼んでね♪」
何故か副団長はニコニコと笑顔を絶やさず、フレンドリーに接してくれる様になった。
この世界の人は現金過ぎる、怖くなってきたよ!
「おーい、そろそろ戻ってきてくれ。様子がおかしい、全然敵が出てこないんだ」
「とりあえず掃除しちゃいますか? 今日は掃除したらベースキャンプ作って、明日本格的に狩りすれば良いし。あんまり遊んでると夜になりますよ?」
「丁度良いですね、各PTリーダーの方が実力を見せると言う事で」
「あー、大丈夫か?」
「このアルバートの実力を目に焼き付けるが良い!」
ボクの意見はヘラの肯定によって男共の意見を無視する形で通る事になった。
「何か危なそうだったら、うちのラビイチ特攻させるんで思う存分やって下さい!」
「「「え?」」」
ジークフリードとアルバートとオーキッドの間抜けな返事が重なった。
ボクは部屋の中にSPマシマシにした陽光を思いっきり蹴りいれる、広間は煌々と輝く陽光に照らされ魔物の部屋の全貌が明らかになった。
「見える範囲で、ゴブ二〇以上、盾持ってるやつ二〇以上、杖持ってるやつ三、ホブゴブ五、切り株三〇以上、ゲジゲジ虫っぽいのが二、結構デカイ! 長い剣を持ったボスぽいやつが後ろの通路に引っかかってる、あと……飛行型の虫が一〇以上、げ、ゾンビ三全部剣持ち、気のせいか壁に扉が開いてるような……あっ壁からホブゴブが二匹追加で! 全部押さえるので適当に減らしていってくださいね~」
「なんつう事しやがる、全員気張れよ!」
ジークフリードが汗を流しながらクレイモアを腰に構え、その後方にフォルグレンが巨大な盾を構えて左後方に移動する。
ボク達が部屋に入ると奥の固まりが動き始めた。硬皮の盾を一〇個追加で取り出すと部屋の入り口中央辺りに陣取り、攻めて来る敵を選別する。
「右後方追加行きます~ホブゴブだけオーキッドさんヨロシク! ホブゴブ一・ゴブ三・盾一・切り株二かな」
「あいよ! あたい達の力、目に焼き付て欲しいかな!」
ホブゴブには顎と延髄の二ヶ所を狙って盾を飛ばす、先ほど一個だと回避されたのでフェイントも織り込む。頭上から急降下して地面を跳ねる様に飛ぶ盾が見事に顎と延髄に決まった。
意識を失ったホブゴブを含め、全ての敵は顎・延髄・鳩尾・脛・脇腹のどこかに盾で一発キツイのを入れていく。
「中央後ろ、ゴブ多数飛ばす、切り株はアルバートが倒した方が早そうかな?」
「今だけだ。ここを乗り越えたら指揮権は返してもらうぞ!」
ん? アルバートPTに居た杖持ちが居なくなっている?
貫頭衣を着た女性は新人達の前に立ち怪我を癒していた。【神の祝福】は初めて見るけど、どうやらあの人は教会の人間みたいだ。
屈強そうな従者と共にゴブリンを袋叩きにしているアルバートの持つ剣は何気に良い切れ味で、切り株が綺麗に両断されていた。
「次左後方にホブゴブ四といつの間にか目の前に沸いてたカナブンっぽいの五行くよ!」
『スカベンジャースカラベLv8』
「何か飛んでるやつ臭そう……」
「それ臭いやつだからな! こっち飛ばすなよ!?」
ホブゴブ四匹は顎と延髄に一セットの攻撃を加え後ろへ、カナブンっぽいやつはジークフリード目掛けて叩き落とす。
「切れ味やべぇ! 臭っさー!!」
飛んできたホブゴブリンを装備している粗末な皮鎧ごと両断するジークフリード、カナブンはクレイモアの腹で打ち返され部屋の奥へと飛んでいった。
「カナタ! 俺達が来た方の道から何か来る、うちの斥候が気が付いた。耳が良いスキル持ちだから信用出来るぜ!」
「ラビラビ!」
「部屋の中央へ進む、全員部屋に入って! ラビイチ入り口見張ってね? 変な魔物が来たら倒して良いから!」
どうやら後ろからも魔物が来た? アルフ達が来た通路はどこへ繋がっているのだろうか。
全員が少しずつ前進しながら部屋の中央を目指す、ルナも必殺技で部屋の奥に居る魔物を削っていた。
「来た来た来た!」
「ばかなっ!? 五層に居るはずのガーディアンが何故後ろから! 逃げ場が無い……」
『コブリンキラーZLv100』
何か赤黒い色をしたゴーレムが部屋の入り口から入ってこようとしている、部屋の中央へと移動していたのでまだ大分距離があった。ラビイチはボク達を守るように少しずつ中央へ移動していた。
入り口から覗く赤黒い色のゴーレム……ゴブリンキラーZ? 愚者とはゴブリンの事だと思ってたけど、ガーディアンは何を守る為に居る?
「カナタ! でっかいゲジゲジしたやつが来るで! ルナスペシャルが通らない硬さや」
「あれ、やばくね? ヘラ、ガーディアンと殴りあうのと前進するのどちらが良い?」
『クレイジーセンティピードLv51』
『クレイジーセンティピードLv44』
ルナの爪から斬撃を飛ばす必殺技は、ゲジゲジの体表面で光る油の様な物で滑って当たっていない。
「アンナ、アルバートと一緒に新人達を守ってね! ルナ、キャロライン、ラビイチが特攻する間ガーディアンの気をそらして! サーベラスはルナの援護、ガードはボクに全部任せて」
「「「サーイエッサー!」」」
「ラビラビッ!!」
「ワンッ!」
返事と共に三人と一匹は移動し、ラビイチが部屋の中央に走り寄り元の大きさに戻る。
急に大きくなったので何人か悲鳴を上げていたけど気にしない。
「まじか、あのラビッツ大きいと思ってたが……巨大化も出来るのか! いける、ラビッツに合わせて特攻するぜ!」
「このアルバートの全力を見せる時が来た様だな!」
「あたい達はなるべく固まって、横から抜けてくるやつを倒そうかな?」
ラビイチは容赦しない。中央へ突撃したラビイチはそのままゲジゲジを踏み潰すと、一番奥の通路に引っかかる長剣使いのゴブリンへと突っ込んでいった。
「なっ!?」
ゴブリンは引っかかっていた分けじゃなかった。通路側にある尖った石を手で押し込み、扉を閉め始める。
鳴り響く地響き、地面が揺れる?
「ガーディアンが逃げていくで?」
「あれ? 壁に有った出入り口が消えてる……ゴブリンが居なくなった?」
「ゴブリン達ならラビイチが突撃した瞬間逃げて行きましたよ? ボスがガーディアンを蹴っている間に」
「何で入ってきた入り口も閉まってるのかな?」
地響きが大きくなって行く、壁の一部が崩落し小さな岩となって降り注ぎ始めた。
「俺、昔こんな感じの罠にはまった事が有るんだ……」
生きている魔物はもう居ない、倒した魔物の素材も回収する事無く立ち尽くす皆。ジークフリードだけポツリと話し始めた。
「この地響きは前触れと言うか、何と無く次どうなるか分かっちゃったんだけど……」
「あぁ、多分それだ。全員何かにつかまれぇぇぇぇ! 落とし穴だ!!」
時間が足りなかった。全員結界で位置を固定するには皆が動き過ぎている、せめてもの救いは皆が固まっていた事だ。
咄嗟にアウラ縄を放り出すと皆の真ん中に放り投げる。多分……持ち上げれるはず?
「死にたくなかったら縄に掴まってぇぇぇぇー!」
「キャロル、アンナ、サーベラス、うちの肩を掴むんやで!」
全員が縄を掴むのが早かったか、床が抜けるのが早かったか……ボクが【停止飛行】を使い浮き上がると同時に全てが落ちていく。
ジークフリードはPTメンバーのフォルグレンとヘラを抱えて器用に壁を滑り落ちていった。
アルバートは新人達と一緒に縄に掴まって釣り下がっている、従者の姿は見えなかった。
オーキッドは白い縄をいつの間にかボクに結び付けていて、その縄にPTメンバーと獣人PTの新人達もろとも掴まっている。
ルナとキャロラインとアンナは【滑空】で上手く崩落中の広間を浮遊して下りて行った。サーベラスが居ない?
「キュ~ン……」
サーベラスがルナに掴まりそこねて落ちていった。咄嗟に足元に結界を張るも間に合わない!
「ルナ! 召喚して!」
「【一匹の犬の戦い】飛びついてや! 【一匹の犬の戦い】」
「ワンッ!」
ルナに召喚され、また落ちていくサーベラス。二回目の召喚で上手く結界を蹴りルナの背に乗った。
ラビイチの姿が見えない?
「ラビ……」
ラビイチは閉じかけた扉に体半分挟まっていた。長剣を器用に咥えて悲しそうに鳴いている。
壁に黒いシミがあるのであの長剣持ちは磨り潰した様だ。
通路に挟まったままは拙い、ラビイチの尻尾を撫でるとボクの思いが伝わったのか体が小さくなって行きボクの肩に飛び乗った。小さいとは言え2mを超えるサイズ、長剣がボクの頭の上に乗っている。
「これは、下りるしか無いよね?」
「ゆっくり下りてくれると嬉しいかな?」
縄を掴んだ手が限界に近いのか、涙目でプルプル震える者も居るので速やかに下りる事にした。
フワフワと舞う様に滑り下りるルナ達を眺めながら、一番初めに思いついた事は……
「クリスに会うの忘れてた」
ボクは血の気が引く音が聞こえた気がした。




