第93話 それぞれの役目
糸杉の香りが鼻腔をくすぐる、目を開けるとそこは『彼方の森』のロッジ2Fの寝室だった。
昨日は宿の予約を忘れて満員になった宿の前で途方に暮れ、冒険者ギルドの前でも途方に暮れ、終いには王都入り口付近の空いてるスペースにテントを張ろうとして警備隊の人に怒られ、また『彼方の森』に戻ってきた。
「おはよう?」
「「「「「「サーイエッサー!」」」」」」
既にボク以外全員起きている、皆目が真っ赤だ。どうやら初めての王都に興奮して眠れなかったみたいで、マーガレットとロッティは昔の友人の家に呼ばれているので居ない。
アルフとユノとユピテルも王都に付くなり早々と依頼を見つけ、現在ダンジョン『愚者の王墓』へと合同PTで遠征中だ。
皆遊んでる中、必死で依頼を見つけ自分達で動き始めた三人をボクは温かい目で見送ってあげた。念の為に回復P(小)一〇個(中)五個(大)二個を各自に持たせてある。回復P(小)は飲めば大抵の切り傷打ち身なら即座に治せる、(中)になると内蔵の損傷や骨折レベルの傷も瞬時に回復させる、(大)は効果が高過ぎた為、現在コンビニで取引中止になっていて首が千切れても合わせて振り掛けると付くレベルの回復ポーションだ。
「今日の朝ご飯は各自王都の露天か食堂で食べてね? 早く住居を確保して拠点を移さないといけないし、皆PTでの行動になれた方が良いからね」
「それじゃあ、カナタ・ルナ・アンナ・キャロラインPTと私・レイチェル・レッティ・ミリー・ロニーPTとジャンヌ・アリス・アリシア・マリヤ・シャルロッテ・シャルロットPTとアヤカ・フェルティ・アズリー・レオーネ・メリルPTの四PTで行動ね」
「ラビイチはこっちのPTに、ラビニはジャンヌのPT、ラビサンはアヤカのPTに付いて行って。メアリーのPTにはミミアインを付けるから」
「了解~♪」
本日は各PTそれぞれの役割をこなす事になっている。
ボクのPTは住居の確保と伝手の構築。メアリーのPTはカナタコンビニの王都支店を作る準備と売り買い全般。ジャンヌPTは早めに目ぼしい新人冒険者を捕まえて訓練する。
そしてアヤカは何故か王都に入りたがらない、フードを完全に被り匂い消しのカナタ芋香水を全身に振り掛けてやっと行く決心をしてくれた。アヤカPTの目的は情報集めと敵性勢力の把握で、いざと言う時はラビサンに全力戦闘も許可してある。
「ちょっと話しがあるんだけど……」
「何? もうすぐ出発だけど?」
アヤカが神妙な顔でボクを寝室奥の小部屋に引っ張っていく。昨日の夜から妙に焦り気味な気がする?
「オーキッドの前でアヤカの名前絶対に出さないでね。詳しくは話したく無いけどUNS【動物親交】の実験に、たまたま見つけた奴隷を買い取って使った結果があの子だから……」
「ちょっと何それ!? 人体実験とか酷い気が――」
「――違うの! アヤカは動物に効果があるなら獣人はどうかな~? っていう好奇心に負けたの! 結果は大変なモノだったけど」
急に視線を足元に落とすとボクの両手を握り一筋の涙を流すアヤカ。
「で? 結果は?」
「成長速度が劇的変化! 知能も増大! 自分で奴隷の【隷属魔法】を解いちゃうくらい賢くなっちゃった! てへペロ?」
笑顔で自慢げに言うアヤカの頭に無言で拳を落とすと抱き締める。経緯はどうあれアヤカが買った奴隷が、急激に成長して普通にクラン作って生活しているらしい。
「何で隠れるのか説明してね?」
「えっ!? それは……その、アレよ? 若気の至りで色々悪戯しようとしたり……元々隣の島に居たんだけど、こっちの島に渡るのは危なそうだったから置いて来たの」
「それだ! 帰巣本能的な何かでアヤカの後を追ってきたんじゃ? 顔見せたら喜ぶと思うんだけど」
「はぁ、そんな簡単な事だったらとっくに顔を出してるわ」
急に真顔になったアヤカは溜息を吐きやれやれといった感じに首を振る。アヤカや一体何をやったのだろうか……
「取り合えず分かったよ。皆も注意してね?」
「アヤカは居ない、アヤカは居ない、うちはアヤカなんて知らんで!」
「あーダメかもね……」
ルナからアヤカの存在が漏れそうな気がする、当の本人は真剣に『アヤカは居ない』を繰り返していた。
「取り合えず各自準備を終えたら出発~」
「朝ご飯何食べる?」
「うちはラビッツの串焼きが良いで!」
「アリスは何食べたい? お姉ちゃんが何でも用意してあげる!」
「ラビッツとシェルトマトのサンドイッチ?」
「私達も男連中に負けない様に依頼請けに行った方が良いんじゃない?」
「まずは情報収集です。こらメリル、何逃げようとしてるの?」
「私は賢いから問題無い、冒険者ギルドの資料室で色々探る予定」
こういう時はサーイエッサーで良い気がするんだけどね……
姦しく騒ぐ皆、静かな森には似合わない。ボク達は一度目の鐘が鳴る前に森を出て王都を目指す事にする。
『エルダートレントの枝』
魔樹エルダートレントの枝、非常に高い魔力が秘められていて魔道具の材料に適している。
玄関の外に出ると、何故か綺麗に剪定されたエルダートレントの枝が十本置かれていた。
全員小首を傾げラビッツ達を見る、ラビイチもラビニもラビサンも皆眠っている。男連中が居ないので眠る必要が無いミミアインが警備に加わっている、けれど普通にロッジの周りを周回していた。
「誰が置いて行ったのかな?」
「うち知ってるで! 上納金っていうやつやで?」
ルナが遠くを指差しそう言った。指の先を辿ると随分と遠くに動く巨木が見えた。もしかすると枝を上納するから命だけはって事かもしれない。
「「「ラビラビ!」」」
ラビッツ達が地面から飛び出て自身に浄化と清掃をかけている、皆の準備も出来たようなので王都に向う道を進む。
「あれ? そう言えばサーベラス見てないね?」
「あっ! 【一匹の犬の戦い】」
「……プイッ」
どうやらルナは忘れていた様だった。召喚に応じて現れたサーベラスは頬を膨らませルナの顔を見ようとしない。
ルナの真横を素通りしてボクの足元まで歩いてくると擦り寄ってきた。
「わわわ、忘れてたわけじゃないんやで!? ちょっと忙しかっただけやで? ほら、サーベラスにお土産も用意してあるで!」
「クゥ~ン?」
ルナが尻尾から胴体に巻き付けるタイプの鞍と鐙を取り出しサーベラスの体にセットした。
巻き付けると自動でサイズが調整されていき、激しく動いても飛び跳ねてもずれなくなる。
「ワンワン!」
「私を乗せてくれるの?」
サーベラスはキャロラインの側に歩いて行くと伏せの状態になり身を低くする、騎乗したのを確認すると立ち上がりルナの元へ歩いて行く。
「クゥ~ン!」
「気に入った様で良かったで!」
尻尾を絡めてくるサーベラスに、さほど暑く無いのに汗をかいたルナが尻尾を絡め返して頭を撫でていた。
気に入ってる様子なのは一目で分かったけど、乗せるのはルナじゃなくてキャロライン? 子供扱いされてる感じがする。
気を取り直して平原を進む、昨日通った道なので何も真新しい物は無かった。
――∵――∴――∵――∴――∵――
王都最東街オストモーエアの入り口に着いたボク達はココが居ないか探す。
ちゃんと連絡がいっているので顔パスで門を通れるのは良いけど案内役が欲しい。
詰め所で話すとココを呼んでくれるとの事だったので、他のPTは先に行くように促し少し待つ事にした。
「カナタ=ラーズグリーズ次期辺境伯様! わざわざココをお呼び頂き恐悦至極に存じます! 本日はお日柄も良く、絶好の王都見学日和となっており――」
砂埃を立てながら走って現れたココは何故か超低姿勢で、片膝立ちになり今にもボクを崇めそうになっている。
「――ストーーップ! 普通に冒険者のカナタだから! 『小さな楽園』のカナタ! アーユーオッケー?」
「了解しました! 御命令と有らばいつでもうちの隊長を簀巻きにして差し出す所存にあるので、いざという時は警備隊一堂カナタ様の傘下に入れてもらえれば幸いです!」
意味がわからない、けれどココが背にもつカナタクッキーの空き籠を見れば事態が大体予想出来て来た。後ろから手を振っている他の警備兵も大体同じ様子だった。恐るべし甘味……
「おいおいお前達、隊長の俺の立場ってモノを考えてくれよ? 嬢ちゃんと正式に挨拶するのはこれが始めてだな! おれはトリスタン=ケリドゥーン気軽にトリスタンと呼んでくれ」
「聞いた事ある名前の気がする? 嫁さんの名前がイゾルテかイズーだったりします?」
「何で分かったんだ? あぁ、マーガレットに聞いたのか! 自慢の嫁だぜ? 嬢ちゃんの嫁達には勝てないかもしれないけどな! ガハハハハッ!」
「イズー様にチクッてやる……」
「おいおい、部下との軽いスキンシップだぜ」
硬パンを齧りながら登場したトリスタンは、笑いながらココのお尻を撫でると自己紹介を始めた。
「御存知かと思いますがカナタ=ラーズグリーズです、普段はカナタと呼んでください。基本様付けはムズ痒いので勘弁してくださいね」
「よろしく頼むぜ! どれ一発揉んでやろう!」
「はぁ!?」
両手をニギニギと開いたり閉じたりしながら寄ってくるトリスタン、目がボクの胸元をロックオンしている。
「ガルルルルゥ!!」
「ボスが出るほどの相手じゃないですね、そのまま汚い手を伸ばすと言うのなら叩き切ります!」
吠えるルナに黒鉄杉の槍を上段に構えるアンナ。どうやって槍で叩き切るのか興味があるけど切ったらマズイ!
「冗談だって、ほら笑って笑って! 警備兵を束ねる隊長がそんな事するわけねえぜ! ちょっと尻触るくらいならするがな! ガハハハハッ」
「私のお尻を触ってもらおうかね?」
「イゾルテ!?」
トリスタンの腕を後ろから捻り上げたイゾルテは、ウェーブのかかった少し黒っぽい銀色の髪に銀色の瞳、硬皮の鎧上下に皮のスリッパっぽい靴を履いている優しそうな人だった。
「今日の所はこれで、今度家に招待するから是非来てくださいね?」
「違うんだ! これは冗談! 話の流れってやつで! ちが、違うんだ……」
イゾルテは必死に弁解するトリスタンの手を掴み直すと引きずる様に詰め所へと入っていった。中から追い出されたのか警備兵が飛び出てきたので、今からお仕置きタイムでも始まるのかもしれない。
イゾルテは中々の美人さんだった。髪が黒っぽい銀色をしていたので貴族の人かもしれない。
黒髪は貴族の証らしいけど結構黒っぽい人が多い気がする?
「それでは行きましょうか。まずは冒険者ギルドですね?」
「そうだね、ちょっと住居を斡旋してもらう予定になってるから、多分今日はそこの下見かな?」
「それは良い場所を確保しないといけませんね!」
乗合馬車の停留所まで歩くと馬車が来るのを待つ、時刻表などは無い、大体一時間に一本は馬車が通る事になっているみたいで大きな砂時計に似た魔道具が置かれていた。
一時間くらい待つつもりでキョロキョロと周りを見回していると、豪華な作りの馬車がこちらに向かって走って来る。
「来ました」
「な、なんだアレ……」
「おっきい狼やね!」
「ワン!」
『シャドウウルフLv28』
『シャドウウルフLv29』
二頭立ての豪華な馬車を引っ張っているのはテイムされた魔物だった。
体長は2m以上、地面から頭までの高さが90cmはある真っ黒な狼で、現在うちのラビッツ達が体長2m50cmくらいなので若干小さく見えるけどかなり大きめの魔物だ。馬車の窓が開きヘズが顔を覗かせた。
「少し厄介な事になった。取り合えず乗れ」
「ココも一緒に来る? 一応今日案内役って事だから一緒で良いよね?」
「あー、そうだな……ココとやら、この中での会話を漏らせば首が胴から離れる事になる――それでも良いなら乗れ」
「我が剣はカナタ様と共に!」
ココにここまで好かれる理由がわからない、それほどまでに甘いお菓子が好きなのかな?
「ちょっと待ってや! 朝ご飯買って来るで!」
全員乗り込んだ瞬間、思い出したかのようにルナが飛び降りラビッツの串焼き屋台へと突撃していった。
帰ってきたルナは串が一〇本入った木製のコップを両手に四個抱えてご満悦の様子だ。
「ボスはラビッツなら何でも良いんですね」
「一人一個ずつやで? キャロルは塩味で他のはタレやで~」
ルナが尻尾フリフリで食べ始めると釣られて皆串を手に取る。ココにはカナタクッキーを三枚渡す、受け取ったクッキーをリスの様にチビチビ齧るココは可愛いと思います。
「甘味最高! 生まれて始めてこれほどの幸福感に包まれました……クッキーを三枚も独り占め♪ 一生カナタ様に付いていきます~」
うっとりとした表情で目尻を下げながら微笑むココ、もしかすると甘味最高、甘味をくれるボクはもっと最高と謎の刷り込みがされたのかもしれない。
「そろそろ良いか? 問題が発生した」
「些細な事? それともヤバイ系? ご飯の後の方が良い話ならちょっと待ってね? あ、良く見たら結構良い感じに切りそろえてあるね! カッコ良いカイゼル髭」
そう言った瞬間ヘズの顔から笑みがこぼれた。右手で髭を撫でながらニヤニヤするヘズは気持ち悪いと思います。
「昨日は最高だったぜ! っとその話なんだが、報酬の住居について何も無しに渡すのは難しくなった。勿論対策も考えてある」
「まずは何故難しくなったか理由を教えて欲しいかな?」
「Sランク冒険者の物言いが二件入った。多分貴族街に新参者を入れたくないのだろうな、その冒険者二人は共に子爵の次男坊だ。名前は言えないが多分すぐに会う事になるだろう」
つまり自分達の縄張りで勝手するなと牽制してきたわけかな?
「貴族街じゃなくても別に良いですよ? 多分そっちの方が面倒ごとも少なそうで逆に嬉しいかも?」
「そう言うと思って対策を練ってきた。急で悪いんだが今日この後、新人冒険者達の引率で『愚者の王墓』を二日かけて攻略する依頼が出ている。新人の人数が多いから特別枠としてカナタをねじ込む余裕が出来た」
「つまりそれに出て働いた報酬としてなら、貴族街以外の場所に住居を斡旋出来るって事で?」
ニヤリと笑い髭を撫でるヘズ。その顔はどこか楽しげで何か起こらないかと期待しているかの様な悪い笑みだ。
「一応新人三人組みのPTを一つそっちに付ける、もしかすると増えるかもしれんが、まだ名が通っていないお前達じゃ多分それ以外PTは流れてこないだろうな。依頼内容は二日使ってそのPTを使い物になるレベルにする事だ」
「名が通ってないね……オッケー! 別にダンジョンクリアとか下層を目指せとかじゃないんでしょ? 余裕!」
「頼もしい限りだ。今から向うが問題無いか? 一応三時間ほどなら余裕があるぞ?」
「集合メール出すからちょっと待っててね? あとギルドの仮眠室というか泊まれる大部屋一個借りれる?」
「あぁ良いぞ? 丁度今朝一部屋空いたところだ」
スマホを左腕に浮かび上がらせると手早くメールを打つ、『依頼を受けたので参加する人は指定の場所に集合、期間は二日、ダンジョン内で泊まる事になるからそのつもりで。不参加の者はギルド内に部屋を借りたので今日明日はそちらで眠るように。新人のお守りなので優先度低目』これで良いかな?
メールを送ると五秒ほどで返事が返ってきた。『商談があるから無理』『新人冒険者がなかなか捕まりません、これは奴隷買って躾けた方が良いかもしれません……不参加でお願いします』『冒険者ギルド主催の新人教育ならアヤカは不参加で、絶対オーキッド来るわよ?』『私とロッティは少し外せませんの』他のPTは不参加という事か……
「一応用意はいつでも済んでるので、今から向ってもらって良いですよ?」
「助かる、おい、例の場所へ頼む」
「ちょっと待ってや! 大変な事忘れてたで!!」
馬車の御者席へと続く扉を開くとヘズは指示を出した。
何かを思い出したかのようにルナが叫ぶとボクの手を取り馬車から飛び降りる、走行中の馬車から飛び降りるのはかなり危険だとおもいつつ後を追うと、何故か屋台が立ち並ぶ広間に来た。
「おっちゃんこのラビッツ香草焼き鍋ごと買うで? 料金はマシマシで渡すから頼むで! そっちのラビッツシチューも鍋ごともらうで! あとそっちのラビッツ包み焼きも鍋ごと、それとそこのラビッツからあげ? も出来上がったの全部この壺に入れて買うで!」
「え? ちょっと……」
ルナが買い占めているのは露天の大鍋で、ついでとばかりに生の野菜も壺に入れて買い漁っている。
ボクはスマホの空きを確認すると、仕方ないので特大木の宝箱を出すと中に収納していく。
「ほうほう……アイテムボックスか? いや、そのリュックがマジックアイテムなのか」
「ソウデス、マジックアイテムスゴイデス」
「何でカタコトなんだ? まぁマジックアイテムは便利だからな! 盗まれない様に注意しろよ?」
次々と食料を買い込んでいくルナを尻目に、ボクはヘズの目を誤魔化しスマホへとアイテムを収納するのに神経をすり減らした。




