SS ルナが行く
ありのまま起こった事を言うと、キャロルの家が無くなっていた。
うちらが今いるのは貴族街の入り口外沿いの壁の前、落ち込むキャロルの背中を撫でて歩く。
「るなぁ、私死んじゃったらしいの……」
「そう言う事もある。でも今ここにキャロルは居るで?」
「とりあえずガウェインさん置いて来ましたけど、これから何処行きます?」
フェリは容赦無く貴族街の入り口にガウェインを置き去りにしてきた。
うちでもやらないくらい適当にポイッと……
すぐ警備隊の人達が集まってきたので多分大丈夫やと思う。
「とりあえず私のモウモウ討伐報酬貰いに行きませんか? お礼もろくに出来ていなかったので奢っちゃいますよ!」
「そうやね。うち王都の付近を飛んでたフライングラビッツ食べたいで!」
「あれは……捕まえるの大変らしいですよ? それにそのまま食べれるのかな?」
「私はどうすれば……でも、うぅ……」
キャロルが頭を抱えて唸っていた。うちは難しい事は分からないけれど一つ分かっている事がある。
「キャロルはうちの嫁でカナタの眷属やで? キャロルは王族の暮らしに戻りたいん?」
「いいえ……そう、ですわ! 姉も兄も居ますし、私くらい居なくても問題無いですわ~」
キャロルは何か振り切れた様に清々しい顔でそう言うと、うちの手を取り腕を組んでくる。フェリは遠慮しているのか一歩先を歩く、とりあえず冒険者ギルドへと向う。
「で、どこの冒険者ギルドに寄るの? ここからだと一番近い東支部でも歩いて二時間はかかるわ」
「勿論馬車に乗りますよ? 王族専用とかじゃないので乗り心地悪いかもしれませんが……」
「私の出は普通の村長の娘よ? そもそも王族専用馬車とか数回しか乗った事無いですの……」
「フライングラビッツ……あの上を飛んでるやつじゃないん?」
うちは二人が話している間、空を探し続けていた。丁度どんどん落ちてくるように飛ぶラビッツが視界に入る。
誰かが攻撃した後なのかフラフラしていたので元気が無いみたいやね。
「あぁ、迷い子ですね! 王都は結界張っていないので時々あるんですよ? 獲った者勝ちなので狙いましょうか!」
フェリは黒鉄杉の槍を構えると上空に投げようとする、ここが街中でなければそれでも良かったかもしれない。
「街中や! うちが落とすから回収頼むで!」
「おっけー! ルナは私が受け止めるからね!」
うちは助走をつけジャンプすると同時に【滑空】を使い、生活魔法の強風で体を上空へと持ち上げる。
フライングラビッツはもう逃げる気力も無いのかうちが飛び掛っても抵抗をしなかった。人に見つかると厄介なのですぐに地面に下りる。
「ふむふむ? 瀕死やね」
「ルナを抱き締めるチャンスだったのに……」
「私フライングラビッツ捕まえたの初めて見ました!」
うちは片手で〆ると素早く皮を剥ぐ、羽のように広がった耳も丁寧に剥ぎ取る。身は薄い赤色を帯びた透明色で透き通って反対側が見えた。
エモノの獲り立ては生で食べれる、うちはカナタナイフで三等分してキャロルとフェリに渡す。
「「「いただきま~す」」」
「「「!?」」」
フワフワとした歯応えに舌にまとわり着くモソモソとした食感、味は薄く少し甘い……美味しくない。
「微妙やね……」
「確か高級料理の食材だったような?」
「一度お城の晩餐で食べたことあるけど、大きな魚の骨で出汁を取ったスープで煮込んであったような気がするわ。正直このままじゃ美味しくないですの……」
少し残念な味だった。料理すると美味しくなるらしいので今度捕まえたらメアリーに料理してもらおうと思う。
少し歩いていると皮装備に身を包む冒険者達が走り寄ってきた。
「おい、こっちにフライングラビッツが飛んでこなかったか?」
「それな、んぐ?」
「知りませんわ。壁の中から声が聞こえたのでそちらに落ちたのでわ?」
何故かキャロルがうちの口を手で塞ぐと適当な事を言った。
「はぁ……あの馬鹿が仕留め損なわなければなぁ。今夜は店貸し切って酒盛りだったんだがよぅ」
冒険者達は貴族街の壁を見上げると溜息を着いて散り散りになっていった。
また少し無言で歩くうちら、角を曲がって暫く進み大通りに戻ってきた。
「何で本当の事隠したん? うちは別に言っても良いと思うで?」
「あの装備――皮装備の冒険者は、駆け出しかEランク以下と相場が決まってますの。私達はか弱い乙女三人、エモノを奪われないとも限りませんわ!」
「確かに、私が王都であのPTの人に拾われたのは奇跡に近いってギルド職員に言われました。ラーズグリーズの町とは比べ物にならないくらい治安が悪いのかも……」
うちはフライングラビッツの耳を仕舞い込んだ黒バックを背負いなおす、念のために胴体に巻く紐も結んでおく。
「フライングラビッツの耳って確かスゴイ高かったような……」
「街の中を馬車が走ってるで! でも引いてるのはレインディアじゃないで?」
「レインディアは高いんですよ? 馬車という乗り物は普通は馬が引くんです」
緊急依頼の時に乗った三本角のレインディアを思い出す。今も元気にしてるかな?
馬車に繋がれた馬は毛が白くお爺ちゃんみたいやね。
「乗り合い馬車なので少し窮屈ですけど!」
「乗るでー」
「狭い! 馬臭い!」
キャロルが直前で馬車に乗る事を拒否したので無理やり抱っこして乗り込む。暴れだしそうだったのでフェリが足を押さえて一番奥の席に座らせた。
うちは外が良く見える出入り口付近に座ろうとしてキャロルに掴まり抱っこされていた。
うちらが乗り込むとまた走り出す馬車、大通りは人が多く初めて見る獣人も多かった。
「あの角生えてる獣人何て言う種族なん?」
「あー珍しいですね、獣人と言うか……竜人です。あっ! ルナ、指差しちゃダメですよ! 滅茶苦茶強い種族なんですから! 誇り高いって良く言われる種族ですけど、血の気が多い者が多いらしいです。イチャモン付けられたらまずいですよ!」
うちが見ていた冒険者は竜人らしい。PTのリーダーなのかメンバーが用意した品物をチェックして装備を整えていた。
フェリはうちの指を自分の手で包み込むと愛想笑いを浮かべチラチラと竜人の方を確認する、こちらに気が付いた様子は無い。と思ったらこっちを振り返り牙が生え揃った口を大きく開け空に向って火を吐いた!?
「団長? 何遊んでるですか?」
「いやいや、ついな! ガン見されて尻尾振られたらやるだろ? 普通」
「意味分かりませんって! 街中では止めてください! いつも言ってるじゃないですか、日頃からSランクの意味を考えて慎重に行動してくださいって……」
「あー、分かった、分かった。俺が悪かったから止めろ、街中で叱られる団長とかカッコ悪いだろ!」
「そう思うなら常日頃……」
馬車は通り過ぎさっきの人達は見えなくなった。
馬車に乗っている人はうちらの他に乗っていた人も含め、全員大口を開けて惚けている。
「うちも頑張れば火吹けるようになる?」
「多分無理ですの……」
キャロルは目をそらし顔を合わせてくれない、フェリに聞いても『カナタさんなら知ってるんじゃ無いですか?』としか答えてくれなかった。
馬車は何事も無かったかのように歩みを止めず、王都の中心を目指していく……
――∵――∴――∵――∴――∵――
王都冒険者東支部の前でうちとキャロルは待機している、フェリだけが中に入り報酬を貰いに行った。
一緒に入ろうとしたところ『女子供三人で入ったら絶対に絡まれます』との事でうちらは散歩やね。
「皆強そうやね! うちと同じ獣人もおったで? 猫耳と狼尻尾やったで!」
「あぁ、珍しいですわ。カナタが怒るから言ってなかったですけど、普通獣人は両親のどちらかの種族で生まれてくるとか? 混じる事は無いと言われてます。時々居る混じった方は歴史に名を残すようなスゴイ事をするとか?」
「うちすごいん?」
冒険者ギルドに入って行く人を遠目に観察しながら従魔待機スペースの近くで時間を潰す。
うちが見つけた同じ獣人のお姉さんは、キャロルと二人でお話しているとこちらに近寄ってきた。
「姉妹かな? ラビッツ食べるかな?」
「モグモグ、これなにラビッツなん!? さっきのフライングラビッツとは天と地の差やね!」
「ルナ、お礼を言うのが先ですわ! ありがとうございます、私達は姉妹じゃな――姉妹と言う事にしておいてください」
獣人のお姉さんは尻尾をフリフリで頭を撫でてくれる。うちとキャロルも尻尾フリフリやね。
「あたいはオーキッド、オーキッド=カーバンクル」
「うちはルナ、ルナ=フェンリルやで! こっちがうちのよ――よ、よよよ……嫁じゃないよ?」
「私はキャロライン、キャロライン=へる……! キャロライン=フェンリルですわ!」
うちとキャロルはかなり挙動不審やったと思う、オーキッドは口元に手を当てて笑いを堪えていたけど何とか誤魔化せたかな?
「二人で生きて行くのは大変な事、もし良かったら一緒に来るかな?」
「うちはクラン小さな楽園の幹部やで! それにうちはカナタの嫁や」
「お気遣い感謝しますわ。でも私達は今幸せですの」
オーキッドは嬉しそうに頬を緩めて笑うとうちらを抱き締めてくれた。
「良かった。機会があったらまた合えるかな?」
「暫く王都にいるらしいで?」
「機会があれば一緒に依頼を受ける事があるかもしれませんの」
オーキッドはもう一度うちらの頭を撫でると冒険者ギルドへと入っていった。
ソレからも何故か二人で立っているだけなのに、通る冒険者達から食べ物を色々貰った。
「うちもうお腹いっぱいやねんけど……」
「厚意がいっぱい過ぎて、お腹がいっぱいですわ……」
従魔の待機スペースに居たら暇を潰せると思ったうちの計画は、そもそも従魔が来ないという事態から謎のご飯祭りに……
「フェリ遅いな~ちょっとトイレ行って来るから待っといてな?」
「早く戻ってきてくださいね、このままだと食べ物に埋もれる事になりそうですわ」
うちはトイレを探すフリをして周囲を探索する事にした。冒険者ギルドのすぐ側ならキャロルも安全やね。
冒険者ギルドの裏手に回ると、人気の無いくたびれた公園を発見した。訓練に使うのか土が踏み固められており、ベンチが入り口横の端に設置されている。
良く見るとそこは公園ではなく、冒険者ギルドの地下施設の入り口みたいでぽっかりと開いた穴が建物の側にあった。
「キャロルと特訓した時を思い出すな~ん?」
誰も居ないと思ったらベンチに小柄な男の人が座って惚けていた。
見るからに元気が無く、右手に毛の束を持ち仕切りに自分の顔を気にしている。
「おちゃん何してるん? 毛でもぬけたん?」
「自慢だったんだ。この長さにそろえるまで六年、本当に長かったのに……」
おっちゃんが手に持っていたのは髭の束だった。顔を見ると綺麗に整えられた髭の束が五つ生えていた。
「おっちゃんね、仕事柄、日頃人に怨まれてるんだ。でもソレは良い、大切な仕事だし誰かがやらなければならないんだったら、おっちゃんがやろうって思ってね。頑張ってココまで来たんだ」
おっちゃんの顔から水が垂れている、鼻水? 涙やった。
「王様に無茶な依頼をされてね。知り合いの冒険者に頼んで弟子の女の子を借りたんだ。大切な弟子って事は知っていたからね、護衛に腕の立つ冒険者も付けたし依頼が完遂されなくても良いと思ってたんだ」
おっちゃんは懐から小瓶を出すと中身を髭の束に塗り、自分の顔に持って行くとくっ付けようとしていた。
「依頼を完遂させた女の子はスゴイと思うよ? おっちゃんも諸手を上げて喜んだし、報酬も特別に奮発した」
くっ付かない髭の束を手に震えるおっちゃん。うちはその姿が昔の自分を見ているようで悲しくなりおっちゃんの肩に手を置き慰める事にした。
「おっちゃん大丈夫やで?」
「大丈夫じゃないんだ……くっ付かないんだ。何故か怒った女の子に切られたんだ。避ける事も防ぐ事も出来なかった――あの攻撃は閃光だったんだ」
天を仰ぎ見て涙を拭う事すらしないおっちゃん。うちはプロペツアソの事を思い出し伝えようか迷う、一応メアリーに止められていた。
「でもおっちゃん、切りそろえたら結構カッコイイと思うで?」
「えっ?」
うちは素早くカナタナイフを振るうと、残った反対の髭の束を切り落とし手の平に乗せて見せる。
うちが思ったとおり二対と一束より二対の髭の方がカッコイイ。
「えっ?? えええっ!? これ? これ何? 見覚えが有る……ひげ?」
おっちゃんが仕切りに顎から頬にかけて手を彷徨わせ首を傾げている、うちは綺麗に髭が切れたので握り拳に親指を出すとおっちゃんに笑いかける。
「二対の髭の方がカッコイイで!」
「あ、ああぁぁ? ああああぁぁぁぁっーーー!!!」
おっちゃんの周囲の空気が振るえ、急に体が大きくなったように見えた。叫び声は雄叫びに変わり、ベンチに座っていた小柄なおっちゃんは筋肉隆々の冒険者へと変貌する、ウジウジしていたおっちゃんはもう居ない。
「髭がぁぁーー! 六年の年月がぁぁーー!! 命の次に大事な髭がぁぁーー!」
「うちそろそろ行くな……」
おっちゃんの周囲に濃密な殺気が漂い始めたので、うちはこっそりその場を離れる事にした。
「ぐぉおぉぉぉぉー! 誰だぁー! 髭を返せぇぇー!」
気配を完全に隠蔽して逃げ出したうちを捉える事は出来ない、おっちゃんは元気になったみたいで良かったね。
素早く従魔待機スペースへと戻ってくるとフェリがもう出てきていた。響き渡る三回目の鐘の音。
「あっ鐘が鳴ってるで! 早く行くで!」
「ルナ? そんなに慌ててどうしたの?」
「あ、丁度三度目の鐘ですしご飯食べに行きましょう、カナタさんから場所指定のメール来ました?」
丁度左腕が震えてメールが来た。昼ご飯の指定場所は王都冒険者ギルド東支部の道を挟んだ向かいにある食堂だった。
うちは二人の手を引っ張りおっちゃんが来る前に移動する事にする。二人とも首を傾げていたけど大変な事になりそうだったので何も言わなかった。
二人を連れてお店に入った少し後、地面を揺らすような地響きと共に冒険者ギルド前におっちゃんが現れた。
お店の外から聞こえてくるおっちゃんの雄叫び、うちは背筋が冷たくなりカナタが来るのを祈るようにして待つ。
「緊急依頼だ! 今居る冒険者は全員強制参加だ! 逃げるやつは毛をそり落とすからな!」
そんな雄叫びが聞こえる中、うちら三人は皆が来るまでに何を食べるか相談する事にした。




