第91話 冒険者ギルドの罠
王都冒険者ギルド東支部の中は予想以上に人が多い、喧騒に包まれた活気のあるギルドだ。入り口からすぐ離れ、側の柱の影に入る。
まだ誰にも気が付かれた様子は無いので、そっと壁沿いを歩きギルド内を順番に見て周る。
入り口から右手側が依頼書が張られた板の並ぶ場所になっており、手前からFランク奥に行くほどE・D・C・B・Aとランクが高くなっているみたいだ。
SランクやSSランクの依頼が無いのは何故だろうか? 受ける人が少ないから常時貼っていないのかな。
ふと壁の凹凸が手に触れる、壁を見ると何故か日本語で『いらっしゃいませ』と彫ってあった。
「なん……!?」
突っ込みそうになりながらもギリギリで思い止まる事に成功した。
よくよく壁を見てみると日本語・英語・ロシア語・フランス語・イタリア語・ベトナム語・北京語……あちらの世界の様々な言語で「いらっしゃいませ」と彫ってある。
先ほど入り口から眺めた時にはただの模様にしか見えなかった。その時日本語で書いてある場所は柱に隠れて見え無い位置だ。
急に模様が文字に、それも何故か知らないはずの言語が読めるし理解出来た。
もしかして? 思い当たる原因はマリアさん経由で愛姉から貰ったこの魔王の首輪しかない。
ステータスを確認するとSES【完全言語】なるスキルが追加されていた。
マリアさんが装備したまま一定期間過ぎるとスキルを覚えれると言っていたのを思い出す。ボクは結構時間かかるんだな~と暢気に納得した。
そのまま奥に抜けていくと右手一番奥は酒場風のバーが設置してあった。そこだけ周囲が黒鉄杉製の壁に囲まれておりお酒と料理が楽しめるみたいだ。現在も昼間から酒を飲む野郎共がたむろしていた。
入り口付近まで戻ってくると左壁沿いを見る。手前側には簡単なテーブルや椅子が並べられており冒険者達が小休憩を取ったり集合待ちをする場所のようだ。屈強な冒険者達が雑談しながら軽食を食べている。
問題はその奥、何故かギルド職員が座るカウンターが壁際に並んでいる? 入り口から中央を見ると2Fへと続く大きな階段が設置されており2Fにもカウンターが並んでいるのが見えた。
1Fのカウンターに立っている職員は、2Fの職員と同じメイド服を着ているが獣人の子が多い。逆に2Fのカウンターに立つ職員は人間と妖精人しか居ない。
年齢も外見から判断するに1Fは女の子と呼んでも差支えが無い年齢だと思われる、無邪気な笑顔が眩しいお年頃だ。2Fの職員さんは女性と呼ぶべきだろう、自分をいかに魅せるかを習得した仕事の出来る女な感じがする。
でも2Fには獣人のお姉さんが居ない……1Fには立っていなかった妖精人のお姉さんが居る。もし、もしも差別的な何かがあるのなら悲しいよね。
気を取り直して情報収集を続ける、階段の裏にも小休憩所があるのが分かった。こちらは利便性の問題か屈強な冒険者は居ない、代わりに見た感じ駆け出しと分かる若い――それこそ子供の冒険者が多い。
緊張した面持ちで擦り切れた皮装備の手入れしていたり、ギルド特製硬パンにかじりついていたりしている。
あと一番奥の壁際に資料室と書かれた部屋が開けっ放しで放置されていた。誰も見向きもしないのか入り口の扉が外れて壁に立てかけてある。
あちらの世界では情報を制する者が全てを征する、と言われるほど情報の価値は高いのにね。
1Fを一通り見た感じそれだけだ。個人の倉庫やら買い取りやら鑑定所は2Fにあるのかもしれない。
不意に疑問が生じる、何故ボクは隠蔽系のスキルを覚えないのだろうか? ここまで誰にも気が付かれていないのなら十分気配を隠したり視線から逃れたりのスキルを覚えても不思議じゃない気がする。
「おい、そこの小娘。お前じゃ、キョロキョロしているそこのマント娘、面白いやつじゃのう」
余裕かましていたら見つかりました……
1Fカウンターの一番奥、入り口からは見えなかった位置に妖精人のお子様が偉そうにふんぞり返って立っていた。こっちを見て手招きしている、どう考えても厄介事の匂いしかしない。
冒険者ギルド1Fは静まり返り全員がボクに視線を向けていた。
「なんじゃ、良いセンスのマントを着けておったので、購入店でも聞こうかと思ったんじゃがのう……」
静まり返っていた1Fは何事も無かったかのように喧騒に包まれた。正確には元に戻ったと言った方が正しいのかもしれない。
しかし今はそんな事どうでも良い、このマントの価値が分かる人が居た。それはローブでも肩留めマントでも無く、前留めのいわゆるドラキュラマントの事だ!
「ついに、このマントの価値が分かってしまう人に見つかっちゃったか!」
「さぁ、もっと近くによって見せてくれんかのう」
スキップしそうになりながらも平常心を維持して歩み寄る。次第にお子様の顔がはっきりと見えてきた。
可愛い女の子? 伸長は150cmも無いだろう、腰下まで伸びた黒銀色の髪を無造作にバレッタで留め後ろに流している、病人を思わせるほど青白く透き通った肌、瞳は少し赤味がかった黒、目鼻が整った顔立ちで妖精人には多いいいわゆるイケメンである。
普通なら可愛い女の子を捕まえてイケメンと言うのはどうかと思うけど、絶望的に胸が無かったので着ているメイド服から女性だと判断した。
子供特有の高いソプラノボイスなのに喋り方が少しお年寄りくさい? 周りのギルド職員は何故か視線をこちらに向けようともしていない。
「小娘……今失礼な事考えてなかったか?」
お子様の少し赤味がかった瞳が射抜くようにこちらを見ている、カウンターに頬杖をつき睨むようなその仕草がボクの背筋をゾクゾクさせた。
「滅相も無い!」
「まぁよかろう。どれ、少し奥でユックリ見せてくれんかのう……」
「しょうがないですね~これオーダーメイドなのであげる事は出来ないですからね?」
無言で肯くとボクの手を取りカウンターの跳ね上げ式扉を開くお子様。
名前聞いてないけど何て呼べば良いのかな? 聞こうにもそのまま手を引きカウンターの中へ連れて行かれる。
何も無いただの壁だと思っていた場所に、お子様が手を触れると真横にスライドして扉が現れた。
「お名前何て言うのかな?」
思わず子供に名前を聞くように言葉が出た。お子様はこちらを真ん丸な目で見ると、頬を上げはにかむ様に笑みを作る。真っ赤な舌と……気のせいか鋭い犬歯がチラッと見えた。
「わしの名はなぁ……「ぶっ殺すぞ鬼ばばぁーー!!」チッ」
「!?」
喧騒をかき消すほどの轟音と共に、冒険者ギルドの入り口扉が内側に吹き飛んだ。
後ろを振り向かなくても声の主は誰か分かった。しかしその声の主らしからぬ怒気を孕んだ暴言、再び静まり返ったギルド内にはっきりと聞こえる唸り声。
「マーガレット……どうしたの?」
「てまえ……うちの旦那を何処に連れ込もうとしてるんだぁ? 入り口の外まで臭ってるんだよ!」
「チッ」
あからさまに舌打ちをし、手を放すお子様。
マーガレットは入り口からここまで一跳躍で辿り着いた……恐るべき身体能力である。
不穏な空気を察した冒険者達は、とばっちりは御免だとばかりにギルドから出て行き、王都冒険者ギルド東支部は開店休業状態だ。
残ったギルド職員は現場を離れるわけにもいかず、目の端に涙を貯めて固まっていた。
「なんじゃい。久しぶりに良い人材を見つけたと思ったんじゃが……ぬしの連れか?」
お子様は両手の平を上に向け、肩の高さで軽く揺するように振っている。お手上げなのかおちょくっているのか、どちらか分からないその仕草にボクは逃げ出したくなった。
「お久しぶりでございますわ。晴れてサブマスターからギルドマスターへの昇進おめでとうございますの」
犬歯むき出しのまま笑顔を作り、搾り出すように話すマーガレット。不幸にも隣のカウンターに立っていた獣人の職員はあまりの恐怖に腰から崩れ落ち、地面を這うようにして逃げて行った。
「世辞などいらん。あと数刻遅ければのう……」
落胆し溜息を吐きながら言うお子様? マーガレットの知り合いらしい、ギルドマスター?
マーガレットは混乱するボクを強引に引き寄せ抱き締めると、再び唸り声を上げ殺気にも似た何かを放ち始めた。
「おしい、惜しいのう……わしの後を継げる者を見つけたと思ったんじゃがのう」
残念そうに言うと微笑みながらこちらを見つめ、真っ赤な舌を見せ付けるかのように舌なめずりする。
次の瞬間――ボクを後ろへ放り投げたマーガレットが絶叫と共にキレた。
「クソばばぁー! 自分の年齢考えて物を言えー! 真祖で上位妖精人とか意味わかんねえんだよ! 今度カナタにチョッカイ出して見ろ……マリア様にチクってやる!」
なんと言う虎の威を借る狐……
勝ち誇った笑みを浮かべたマーガレットは両手を組み胸を誇張するようにふんぞり返る。
「チッ……つまらん。小娘、ぬしはマリアの娘か? なるほど、似ておるのう……」
他力本願な絶叫を聞いたお子様は、余裕のある笑みを崩し、苦虫を口いっぱい頬張ったような顔になると吐き捨てるように言った。
マリアさんをそこまで嫌うこの人は、真祖で上位妖精人らしい。真祖って吸血鬼の大元だよね? 自ら望んで魔法か何かで吸血鬼になったって事なのかな。
何か混ぜたら危険なモノをごっちゃ混ぜにしたような人だ。そしてロリ婆って事か……
「小娘、名はなんと言うのじゃ?」
「はいぃぃっ!? 全然綺麗ですよ!? カナタですよ!?」
突然の質問に、考えていた事がばれたのかと思い裏返った声が出た。
「カナタ=ラーズグリーズか……。わしの――王都冒険者ギルド東支部長エウア=エデンの名において、王都での行い全てを許可しよう。これで良いのじゃな雌狐め!」
「ありがとうございますわ……オバサマ!」
したり顔のマーガレットにしかめっ面のエウア。
逃げる様に開かれた扉へと入って行くエウアを見届けると、マーガレットは自分が壊した扉を抱えて出口へと歩いて行き入り口に立てかけた。
こちらに手を振って出て行くマーガレットを見送りどうしたものかと途方に暮れる。
どうやらマーガレットはエウアを利用して、ボクの王都での自由を獲得したみたいだ。何から何まで手を回してくれるのは嬉しい反面ちょっと子供扱いされている気がする。
「複雑な気分だ……」
「昔から心配性じゃからのう……」
「戻ってきた!?」
予想外の所から声が聞こえ背筋が伸びた。壁の隠し扉へと入っていったと思われたエウアは、カウンターの下から顔を覗かせると悪戯が成功した子供の様に笑った。
「緘口令を敷く……今後一切カナタの情報を外に漏らす事を禁ずる。なお、この命令は王族とて例外では無いからのう。漏らす者には相応の罰を与える……」
冒険者ギルド内に響き渡る声、入り口には結界でも張られているのか誰も入ってこない。現在内部にはギルド職員とボクしか居ないみたいだ。
「罰? 折檻的な?」
「折檻? フフフ。そうじゃのう……わしの眷属となるか、マリアにチクられるのか選ばせてやろう」
話しの流れ的にマリアさんは怖がられている?
隣を這うように逃げて行ったギルド職員がカウンターにしがみ付くようにして立ち上がっていたので質問してみる事にする。
「アナタならどっちを選ぶ?」
「ヒィッ!? 私は……」
ギルド職員――獣人の女の子は気の毒なほど体を震えさせると、尻尾をピンと立て白目を向いて気絶した。
「これは? エウアさんが嫌われているのか、マリアさんが怖がられているのか……どっちなのかな?」
「失礼な小娘じゃ。マリアにチクられる事を考えたら、血を吸われる事くらいどうって事無いわい! あとエウアと呼べ、マリアの娘にさん付けされるなどむず痒くてたまらん」
頬を膨らませ怒るエウアに震えるギルド職員達……丸っきりボクが悪者のようなので退散する事にする。
「そろそろマーガレットが待ってると思うので退散します。暇が出来たら依頼とか受けに来るのでよろしくお願いしますね?」
「安心するんじゃな。これでもこいつらはプロじゃからのう」
エウアのその一言で冒険者ギルド内を覆っていた緊張が解けた。
ボクは踵を返し入り口へとユックリ歩いて向う。
「そうだ。マリアさんってどんな人何ですか?」
「……マリアの数ある称号の中で、一番有名な――マリアの二つ名が【人類最強の女】と【魔王を屠る者】じゃ」
魔王が屠られている? どういう事なのかな。
それだけ言うと用件は終わったとばかりにエウアは姿を霧に変え消える。
鳴り響く三回目の鐘を聞きながらボクは冒険者ギルドを後にした。




