第88話 不思議の森のカナタ
不思議の森でのキャンプ一日目。
昼過ぎからキャンプを設営し、二日間滞在する予定なので辺りの魔物を掃除する。
うちのラビッツ達が周囲を警戒しているので、現れるのは馬鹿なゴブリンか哀れにも足元に生えたラビッツくらいだった。
ついでに引っこ抜いた木々を生活魔法で乾燥させ簡単なロッジを作る。愛姉が西門の外に建てた物を真似たのでそんなに時間はかからなかった。
ロッジ1Fは食堂と休憩所、2Fは崖下の王都を一望出来るテラスと眠る時用の広間、奥に何故か小部屋が一つ。設計の段階で無かった部屋だ……
シンプルな構造で、料理は外で作って中で食べる。トイレも外に生活魔法で縦穴を掘ってあり、周囲を広めに超硬化した木々の板で囲んである。
ロッジ2F広間でマッタリと休憩中、男三人とラビッツ達は周囲を探索中でミミアインもアルフと一緒に出て行った。
フェリはやはりノアの箱舟の中に入ったままでスマホの中に収納中だ。皆が居るとは言ってもダンジョンの中で眠るのは怖いらしい。中は時間も停止してるみたいなので時差ボケしなければ良いけど……
「不思議の森のカナタ、童話の世界みたいだとアヤカは思うのだけど」
「名無しのダンジョンじゃないの? これでダンジョンに変な名前が付いたら泣くよ?」
アヤカがロッジの2Fテラスから遠くの王都を眺めている、皆大きな街が珍しいのかテラスに集まっていた。
ダンジョンの名前って誰が考えて付けているのだろうか? 冒険者ギルド? 創世の神?
「あっ、まぁ……」
「えっ? 何その顔、何でボクの方を見るの!?」
マーガレットが自分の冒険者リングを操作すると言葉を漏らしこちらを見ていた。
「このダンジョンの名前、『彼方の森』になってますの」
「何それ! どうやってみたの?」
ここに来て一つの謎が解けた。マーガレットとロッティの冒険者リングには冒険者ギルド職員が使う機能が生きている。
PT結成は円卓の腕輪でも出来るけど、二人の冒険者リングはさらに依頼の紹介や完了報告まで出来る。
退職したと言っていたのに良いのかな……
「自分で自分にこの森の調査を依頼して名前を確認したんですよ! あと内緒にしといてください……」
「ロッティはともかく、私は寿退職と表向き言ってますけど、冒険者ギルドサブマスターが簡単に辞めれるわけ無いですの」
どうやら違法行為を働いているのはロッティだけらしい、目を白黒させていたのでマーガレットに頼んで一時離職という形にその場で変更して貰った。変更前は有給消化期間になっていたらしい。
有給……それは名前だけ存在する制度で実際取る事は出来ないモノ。寿退社する者だけが使えるんだとか、冒険者ギルドの闇を少し覗いてしまう。
「この森は私が名付けた! 平伏せ人間どもよ~」
「うちもやるで! アヤカ、うちにも教えて!」
アヤカがロッジ2Fのテラスから崖下に見える王都を見下ろし何か楽しそうに遊んでいる。ルナが尻尾を全力で振りながら真似していた。
「そういえば何で五日の行程が三日に短縮されたの?」
肝心な事を聞き忘れいていた。
ボクが問いかけるとマーガレットは、懐からアウラ縄を取り出し目の前に垂らす。
「ここに一本の紐が有ります」
「ふむふむ? アウラ縄だよね」
生唾を飲み込み手際良くボクの手を縛ったマーガレットは、ロッジ2F奥の小部屋へとボクを引きずり込もうとしている。
「こうするともう逃げられません!」
「今そんな話してなかったよね!?」
「カナターミミアインのやつすげぇんだぜ! こんなに鉄鉱石が有るところを……悪い」
「待ってー! ほらアルフ、報告は正確にね! マーガレットも短縮の原因教えて!」
ミミアインを連れたアルフが階段から顔を覗かせ、何とか事無きを得る。どうやら周囲にある土手から酸化した鉄鉱石が取れるみたいだ。
ミミアインは歩くアイテムボックスとなり、素材や食べ物、時々魔物など色々取って来てくれている。アルフはそんなミミアインに付いて回っているようだった。
「夜までおあずけですの……まぁ良いですわ! ここに一本の縄が有ります、この縄をテーブルの上に置いてカナタ側の端がラーズグリーズの町、私側の端が王都だとします。そしてこの丁度真ん中が今回見つかったダンジョン――彼方の森だとします、ここまでは良いですね?」
「大丈夫だ問題無い」
「? ダンジョンは周囲のモノを吸い込み食べて成長すると言われています、実際生まれたばかりのダンジョンに近寄ると食べられます。生きて帰ってこれるか分かりません」
「愛姉にも言われたけど安定するまでは近寄ったらダメなんだよね?」
アルフも隣に正座して話しを聞いている、立ったままで話しを続けるのも疲れるのでタイガーベアの毛皮が敷かれたロッジ2F広間へと座る事にした。
「ここからが重要です、ダンジョンが周囲を吸い込むと不思議な空間が出来上がります」
「ダンジョン特有の空気というか空間?」
マーガレットが縄の真ん中を持ってクルクルと捻っていく、出来上がったのは渦を巻いた縄の固まり?
「こっちがラーズグリーズ側の入り口です、反対がここ。私達はこっちから入って反対から出そうになったって事ですの」
「ふむふむ? つまりダンジョン入り口から出口までの距離自体は変わらず同じ? 入り口から入って出口まで普通に進んだ場合限定だけど?」
マーガレットが頭をナデナデしてくれた。隣に座るアルフは首を傾げている。
「アルフ、距離が同じなら渦を巻いた分近くなったって事だよ。ボク達は一直線に突破してきたんだから」
「え、それってズルくないか?」
「普通は誰も出来ません。でも出来たんだから良いんじゃないですか?」
「そうですわ。ロッティの言う通りで問題無いですの」
「まぁ良いか! 後はアヤカとサーベラスを待つだけ……って!? さっきアヤカ居たよね!」
振り返るとテラスでルナと遊ぶアヤカが居る、ラーズグリーズの町へ向っている途中のはずなのに?
「アヤカ! 皆置いて来ちゃったの!? サーベラスだけだと不安じゃない?」
「あーそれね、プテレアが迎えに来てくれてたの。何か新しい中継地点まで根を伸ばす途中とか言ってたけど。後はプテレアの分体に任せてアヤカだけ先に【宝物庫】経由で戻ってきたのよ~」
「プテレア……どこまで成長する気なの! そうなるとこのキャンプも無駄に……」
どうしたものかと考えていると、キャロラインがルナを抱っこして顔を見せに来る。
「二日くらいユックリしても問題無いと思うわ! 私、ダンジョンの中で過ごすの初めてかも! ルナ一緒にダンジョン探索しましょ?」
「キャロルはダンジョン初めてなん? うちは昔ダンジョンに住んでたんやで!」
まさかプテレアが町の外まで根を張っていたとは思わなかった。とりあえずは町の心配をしなくてよくなったのは朗報かな?
キャロラインがそのままルナを連れて外に出て行こうとしていたので、ちゃんとPTを組んでいくように促す事にする。
「一応三PT交代制で探索に行くように、ラビッツ達をローテーションで護衛につけるから。メアリーとルナとジャンヌと……アヤカ、PTの事は相談して分かれてね。アルフとユノとユピテルはミミアイン付けるから好きに過ごすと良いよ! その代わり夜に交代で見張りヨロシク~」
「「「「「「サーイエッサー!」」」」」」
皆が元気良く返事をし、散り散りに準備を始めていく。完全装備になった者から順番にPTを割り当てるみたいだ。
静かだと思ったらマーガレットが自分の冒険者リングを弄りながら難しい顔をしている、何かあったのだろうか?
「どうしたの? マーガレットも暇なら息抜きしてきたら良いよ? むしろロッティも連れて久しぶりに体動かして来たら良いよ。疲れて動けなくなるくらいにね!」
「疲れて動けなくなるくらい運動するのは夜に置いとくとして、どうにもキナ臭い事になってるかもしれませんの。王都に入る時は私が先頭で色々手続きをするので、カナタ達は絶対大人しくしていてください目立つの禁止ですわ。あと、カナタは基本攻撃を受ける事が多いですが今後は避ける方向でお願いします、あの盾もむやみに出さないように! ロッティ、カナタと一緒に避ける訓練をしてください」
「了解?」
有無を言わさないマーガレットにとりあえず肯いておく、何を調べていたのか分からないけど王都で何かあったのかな?
「それじゃあ行きますよ! 外の空いてるスペースで特訓ですよー」
「オー、特訓だー」
「何かめんどくさいって顔してますよね……」
「ち、違うよ! 特訓大好きだよー、何言ってるのロッティは!」
ロッティは中々鋭かった。1Fに下り、準備を終えて待機しているPTの隣を通り過ぎロッジの玄関に出る。
正面入り口は一番警戒しないといけない場所なので、夜はラビッツ達が眠って見張る事になっていた。
ラビッツ達は地面に埋まって眠る習性があるみたいなので、あまり地面をボコボコにしないよう注意しないといけない。後でラビイチに睨まれるのは簡便だ。
「それでは黒鉄杉の槍で攻撃するので回避してください」
「本当にそれでいいの? 絶対に当たらない自身あるけど!」
「それなら、賭けと罰を用意しましょう~。攻撃がカナタに当たるたび、お尻ペンペン一回お願いします」
ふむふむ、上手く避けないとお尻ペンペンされるって事か、確かにそれは精神的に罰となりえるかもしれない。
「賭けって何? あまりメンドイ事はしたくないんだけど……」
「自信が無いんでしたら、お尻ペンペンだけで結構ですよ?」
両手の平を肩の高さで上に向け首を左右に振りながら腰までフリフリしているロッティ。ボクはそんな安い挑発には乗らない。
「自身が無いとか無いし、レベル差もあるからロッティの攻撃が当たるわけないよ? 良いの? そんなに大風呂敷広げたら後悔するのはロッティだよ?」
「言いましたね! それでは賭けにも乗ると言う事で良いですよね?」
「良いよ、後で吠え面をかいても知らないよ! イタッ? くないけど何で槍で叩くの?」
いきなり槍で頭を叩いてくるロッティ、開始の合図も何も無いのでまだお話中だった。
「戦いとはヤルと決まった瞬間開始されるモノなんですよ! とりあえず一回~♪」
「ずるい! っと、突きは危ないんじゃないの!」
「問題有りませ~ん。攻撃するのはこちら、受けるのはカナタ。ずっと一方的に攻撃するだけですから! テイッ!」
ロッティが振るう槍が唸りをあげて肩に打ち込まれた。見えていたので余裕を持って後ろへ一歩下がる。
上段から振り下ろされたと思われた槍は、回避するボクの動きに合わせて突きへと変わり顔面を狙ってくる。
振り下ろし、突き、薙ぎ払い、打ち上げ、石突を使った背後からの攻撃、ボクはロッティを甘く見すぎていた事を知る。
「ちょっと、ロッティお子様サイズなのに何でそんなに攻撃が上手いの!?」
「お子様サイズって言うなー!! エルフの血が入ってるから容姿端麗、そして眉目秀麗! これ以上スタイルまで完璧だと嫉妬で殺されてしまいます! この背丈はそんな私を思った神様がくれたモノであり、決して短所なんかじゃありませんからー! ハッ!」
ちびっ子ボディから繰り出される攻撃が鋭さを増す、片手で振るわれる槍は空気を裂き、胸をかすめると次の瞬間には石突が眼前を狙い繰り出された。避けた石突が上を向くと、反対の穂先が股間を狙い振り上げられる。
「ちょっと! ロッティの攻撃何気にエグイよ! 顔面に胸に股間って殺す気なの!?」
「当たっても私の槍が折れるか手がしびれるかなので安心してくださいー! セイセイセイ!」
「ロッティパ~ス」
「ずるい!」
片手で槍を扱うロッティに新たな槍が投げ渡された。振り向いたボクは投げた主を探し視線を彷徨わせる。レッティが笑顔で手を振っている?
「アタッ、痛くは無い!」
「これで二回目ですよ!」
今は回りを気にして居る場合じゃない、両手に槍を持ったロッティは先ほどより手数が多くなり攻撃のバリエーションが二倍以上に増えた。
両槍の穂先に石突から繰り出される突きに薙ぎ払いのコンボが加わり、目が追いつかなくなってくる。
右手の槍が地面スレスレからの打ち上げを、左手の槍が上段からの振り下ろしを、左に避けて間合いを取ろうとするボクを追ってくる右手の槍。振り下ろされた左手の槍がクルリと半回転して石突を使った突きを繰り出してくる。
寸前の所で首を捻り突きを避ける、次の瞬間には右手の槍が唸りを上げて横から胴体を狙い振るわれていた。
「何だこれ! イジメだ!」
「三回目~♪」
胴体に当たった槍を手元に戻し構えなおすロッティ。両手で槍を使うのに慣れているのか、恐ろしいほど正確で多彩な攻撃の数々、だけど目が慣れてきた。
「けど目が慣れてきた! これからはそう簡単にはいかないよ!」
「ならもう一本追加です、レッティ!」
「カナタごめんね~」
「えっ?」
後ろから槍で頭を叩かれた?
振り返るとレッティが槍を構えて立っていた。何かすっごい良い笑顔だけどどういう事?
「私は、初めから攻撃するのが一人とは言ってませんよ?」
「確かに、言ってなかったけど! はっ!? だから皆出かけたのにレッティだけずっと見てたのか!」
「とりあえず今ので四回目です~♪」
ロッティのより一層激しくなった攻撃を避けながら、まだ拙い槍捌きのレッティが繰り出す綺麗な攻撃を避ける。
穂先で突いては手元に戻し構えて薙ぎ払いへ、薙ぎ払った槍は手元に戻し石突での突き、攻撃が終わると必ず手元に戻し構えなおす。
あまり詳しくないボクにも分かった。レッティの攻撃は綺麗過ぎる、定石通りの突き、払い、石突での追撃、綺麗過ぎて先が読めてしまう。
「タイムー! レッティ、穂先交換するから一度槍渡して?」
「はい?」
素早くレッティの手から黒鉄杉の槍を奪うと、槍の先端部分に装着されている鉄製の穂先を外し【分解】する。
出来上がった鉄に少量の炭素を混ぜ結界で覆うと、整形圧縮して三叉の穂先を鍛造する。
結界で押しつぶし均等に圧を加えたのでなかなか良い出来になったと思う。先端に付け直すと取れないように固定してレッティに手渡す。
「これで少しは攻撃にバリエーションが付けれると思うよ?」
「ハゥハゥ……」
声にならない言葉を漏らしながら抱きついてくるレッティに戸惑いつつも背中を撫でる。
「ありがとう、カナタ大好き!」
「これでもかーこれでもかー!」
潤んだ瞳でボクを見つめ頬ずりしてくるレッティを羨ましく思ったのか、後ろから槍でベシベシと叩いてくるロッティ。
さぁこれで勝負は終わりにしてちょっと休憩に……
「私頑張るよ! はぁ! せい、やぁ!」
「そろそろ休憩――終わりにしませんか!」
頬ずりから一転、突き放すようにボクから離れると三叉槍となった武器で突きを繰り出してくる。
時折回転させたり、槍を短めに持って手の中で滑らせたりと綺麗な中に鋭さが追加された。
それから日が暮れて皆が戻ってくるまでの時間、ひたすら二人の攻撃を回避し続けることになるのだった。




