SS 引き篭りと名無しの迷宮?
旅に出て二日目の夜、カナタが一人にして欲しいと言ってノアの箱舟のロフトに上がって行った。心配したマーガレットがロフトを覗こうとしたら結界が張ってあったらしい。
翌日、ノアの箱舟を森の中で見つけた小川の側に止めて、朝食の準備を終えてもカナタは下りてこなかった。マーガレットがそっとしておけば良いと言っていたので、皆ロフトには上がらない。
三日目の朝、深い森の中を突き進むノアの箱舟は予定よりペースが早いらしく、このままではアヤカとサーベラスが間に合わない可能性が出てきたらしい。ロニーとミリーの提案でプテレアの種芋を撒く事になった。
手で折れるほど細い木々が生い茂る森の中、時折こちらの様子を窺いに来るラビッツを仕留めつつ土を掘る。
木々はラビイチとラビニが片っ端から食べていく、ラビサンは根っこを掘り起こして土ごと頬張っていた。
ロニーとミリーがカナタの畑を作る魔法を真似て生活魔法を使ったところ、地面が爆発した。
一〇分くらいやったと思う、うちらはその爆発して大穴が開いた地面を見て呆然としていた。
無言になった皆は周囲を掘り起こし、出た土で大穴を生めながら種芋を撒く。ロニーとミリーは半泣きで作業していた。
作業を開始して一時間くらいで種芋を撒き終わる。ロニーとミリーが生活魔法で水を撒くと、すぐに芽が出てきてウネウネしていた。
一時間くらい休憩に入り、各自三人交代で周囲の偵察に出る。その間にプテレアがロニーとミリーに渡していた特別な芋を耕した畑に埋める。
一時間見守ってある程度育ったら埋めて欲しいと言われていた特別な芋らしい、一時間経ってないけど良いんかな?
皆で周囲に居た魔物を根こそぎ狩り、一時的な安全地帯を作った。これでこの芋が成長する前に食べられる心配は無くなった。
周囲に多数生息していた緑色の大きな芋虫がイデアロジック(解毒)を一個持っていた。解体しても食べる場所は愚か、素材も無し、魔晶の欠片くらいしか落とさなかったので運が良かった。このイデアロジックはリトルエデンで在庫として預かっておく事にする。
一時間後、プテレアの特別な芋は、蔦が畑から溢れて周囲に根を伸ばすほどに成長していた。畑の中央にはプテレアの小さいサイズが座っていて、一際細い蔓をノアの箱舟へと伸ばしていた。
気になったうちは蔓の行く先を辿る。
細い蔓はロフトへと繋がる通気口に付いたダイヤメッシュの隙間から中へ進入していた。通気口の中からは、カナタの押し殺すような――何かを我慢する悲鳴のような声が聞こえてきた。
直後、畑から聞こえてくる皆の声に気が付き、急いで畑に戻る。うちは何も聞いてない事にする。
畑に戻ると、皆の見ている前で森が生まれようとしていた。
爆発的に伸びる蔦が木々を、地面を飲み込む様に広がっている。蔦から枝分かれするように蔓が伸び、地面に根を張り巡らせて行く。
うちを含む、ロニーとミリー以外の皆は大きく口を開けてその様子を眺めていた。
広がり続けるプテレアミニの森。成長を眺めるうちらの中で一番初めに我に帰ったのは、うちを覗けばメアリーだった。
「ヤメテ止めて! ヤメテ止めて! ヤメテ止めてぇー! カナタ芋が値崩れするぅー!」
その泣き声にも似たメアリーの悲痛な叫びに、ロニーとミリーが脱力して地面に膝を付いた。
「メアリーこのプテレアの種芋は実をつけないタイプだから安心して? プテレアに中継地点を作るように頼まれてたの」
「頼めば少しくらいカナタ芋を産んでくれるかもしれないけど……多分甘くないかも」
「本当? 蔦も蔓も茎も葉も全部食べれない?」
「基本魔物に食べられないようにアクだらけらしいから、大丈夫だと思うけど……」
慰めるように答えるロニーとミリーに、必死にすがり付き問いただすメアリー。うちは青い顔でノートと睨めっこしていたレイチェルが、額に浮かんだ汗を手の甲で拭い満面の笑みを浮かべる瞬間を見てしまう。
畑の中央に座っているプテレアミニは、まだ喋れないらしい。蔓の先に生えた葉っぱを振って笑っていた。
ロニーとミリーの見立てによると、もう魔物に襲われる心配が無いくらい成長したらしいので次のポイントに進む。
ノアの箱舟と一緒に少し皆で歩いていると、不意に不思議な感触が肌をくすぐる。
「ダンジョンですわ!」
「「「「「「??」」」」」」
「あぁ!」
マーガレットとロッティはすぐに武器と盾を取り出し構えると周囲を警戒し始めた。遅れてメアリーが何か思い出したように手を叩くと装備を整える。
うちはこの感触を知っている気がする、懐かしいような……?
「ダンジョンは常に地下に広がるとは言えません、入り口が特殊な空間に繋がっているタイプや、地上に広がるタイプのダンジョンもあります。これは後者の地上を広がるタイプのダンジョンですよ?」
左手を腰に当てて右手を目の前で左右に振りつつ、得意げに話すロッティを見るとイライラする。うちが近寄ると目を輝かせてお尻を向けてくるので今は我慢する。
「基本的には中央にダンジョン核が有って、このダンジョンの主が居るんだよ? 帰らずの森も同じタイプのダンジョンだね!」
「壁とか無いから一直線に進んだらすぐやね」
メアリーの説明に、うちはこのダンジョンが簡単に攻略出来ると思った。
「同じような景色がずっと続くし、木々が強固に固まって生えた壁もあるし、ところどころに川や池、地面に入った亀裂や崖があったりして一直線には進めないと思うかな?」
メアリーが指差す方向には確かに木々が密集して壁のように生えていたであろう場所があった。今は食い散らかされて道になっている。
ラビイチが齧って道が出来た場所に壁があったみたいやね。
「ラビイチが食べてるで?」
「ラビ?」
「うそ……」
メアリーが頭を抱えて黙り込む、数秒後に何かを悟ったのか笑顔に戻って歩き始める。
よっぽど美味しいらしく、目の色を変えて食べ進むラビイチ。ラビニとラビサンは興奮しているのか、足で地面を蹴りつけ、威嚇するような音を出しながらノアの箱舟を引っ張っている。
「デッカイ木が見えてきたで!」
「どう見てもエルダートレントですの! 枝を折って持ち帰れば一財産になりますわ!」
横を歩くキャロルが鼻息を荒くしながら腕に抱きついてくる。栄養状態が改善されたからってカナタが言ってたけどキャロルの胸は結構大きい、良い匂いもするし落ち着く。カナタの胸には負けるかも?
「私初めて見るんだけど、木が動いてるように見える? 目の錯覚?」
「うちもそう見えるで……」
急にフェリがノアの箱舟から出てくると、操縦席の背に掴まり背伸びをして遠くを見ている。
すぐに森が開け何も無い広間が目の前に現れる。中央には大きな窪みが有り、何かを引っこ抜いたかのように地面に亀裂が入っていた。
「あれ? おかしいです。スマホの地図によるとここがダンジョンの中心ですよ?」
「逃げられたのかも……チッ」
ロッティが首を傾げスマホを回転させながら地図を見ている、隣で画面を覗き込んだレイチェルが舌打ちしていた。
「私の中の、冒険者としての常識が壊れていく音がしますの……」
マーガレットが苦笑いしながら、逃げていくダンジョンの主を見つめていた。
「ラビッ!」
ラビイチが一瞬エルダートレントの逃げて行った方向を見て立ち止まると、こちらを見て一鳴きし中央の窪みにブツをコロコロ転がせる。マーキングしてる?
どうやらラビイチは見逃すみたいやった。今はダンジョン攻略より王都が優先という事情をラビイチは分かっているみたいやね。
――∵――∴――∵――∴――∵――
続く森の景色、同じ様な木々が生え揃い、真新しい物が何も無い。ぐるぐると同じ場所を回っているような気がしてくる。
出てくる魔物もゴブリンやラビッツばかり、珍しい魔物は出てこないし、あの緑の芋虫も居ない。
時折マリヤが指示を出し、レオーネ・メリル・アズリー・フェルティの四人が薬草や謎のキノコを回収していた。
太陽が真上に上がり、水源を探してラビイチが脇道に逸れた時にソレを見つけた。
「ラビ?」
「ん? ラビイチが何か見つけたみたいやで!」
急に一鳴きするとラビニとラビサンが立ち止まり匂いを嗅ぎ始める、うちも一緒に匂いを嗅いで見る。
特におかしい匂いはしない?
「ラビラビッ!」
「すっごい勢いで走っていきましたけど……ラビニとラビサンが待機したままって事はすぐに戻って来ますよね?」
「うちは獲物を見つけたに一ラビッツ。アンナは何にかける?」
「ほうほう、ボスが獲物なら私は食べ物に一ラビッツで!」
「面白そうな事してる? ルナ、私は素材系に一ラビッツかけるわ!」
キャロルがそう言うと、うちとアンナの間に割り込み腕に抱きついてくる。苦笑いしつつキャロルの頭を撫でるアンナ。ノアの箱舟操縦席に座ったメアリーは、ラビイチが走って行った方角を眺めて首を傾げていた。
ものの数分もしないうちにラビイチは戻ってくる、尻尾ふりふりで機嫌が良いみたいやね。
ラビイチが口に咥えているのは黒いモジャモジャだった。
「誰の予想が当たったの?」
メアリーがニヤニヤしながらこちらを見てくる、黒いモジャモジャは……獲物?
「うち?」
「ボス、どう見ても獲物じゃないですよ? 黒いモジャモジャした何か……多分食べれるんですよ!」
「モジャモジャ部分が素材ですわ! 」
どう見てもおいしそうに見えないし、獲物にも見えない、モジャモジャ部分も好んで触ろうとは思わない。
ラビイチは両足で地面を踏み鳴らし得意げにクルクル回ると、黒いモジャモジャをうちの前に持って来る……
「うちに食べろって言うん?」
「ラビ!? ラビラビ」
首を大きく左右に振って鼻先で黒いモジャモジャを突くラビイチ。うちは黒いモジャモジャの扱いに困って、食べようかと迷い、取りあえずモジャモジャを全部削ぎ落とす事に決めた。
「死んでいます」
「何か言った?」
聞きなれない声が聞こえた。小さく細い鈴がなるような声。
「取りあえずモジャモジャ全部削ぎ落としてから食べるか考えるで?」
「食べるな危険」
「ラビ!? ラビラビ」
またもやラビイチが鼻先で黒いモジャモジャを突く、突かれたモジャモジャはビクリと一度震えると足を生やし逃げ出した。すぐにラビイチが咥えて戻ってくる……
「うち、足の生えたモジャモジャは食べたらダメってお父さんに言われてるんやった。アンナに譲るな?」
「いやいやいや、どう見ても食べ物じゃ無いです。獲物っぽくも無いので素材としてキャロラインに贈呈しますよ?」
「気持ち悪いからいらない……」
アンナはノアの箱舟に乗り込むと、こちらに手を振りレッティと雑談を始めてしまう。キャロルが側に生えていた木から枝を折り取り、黒いモジャモジャを突き始める。
「そう言う事でさようなら」
また足を生やした黒いモジャモジャは新たに手を生やして颯爽と逃げ出した。回り込んだラビイチは、足で地面を踏み鳴らし威嚇を始めてしまう。
「プロペツアソって言うみたい、その植物。結構なレアスプライトかもしれない? プテレアのお土産ソレで良いかもね~」
メアリーが分厚い本片手に謎のモジャモジャの正体を教えてくれる、さすがうちの相棒やね。
「ふむふむ、メアリーがそう言うならプテレアのお土産はこのスプライト? で良いんやね。ラビイチお手柄やで! ん? これくれるん? メアリー?」
プロペツアソを両手で抱き上げ下から覗き込もうとすると、黒い苺のような実を手渡しで貰った。黒いモジャモジャから取れた実?
メアリーが分厚い本に目を向けると、ニヤリと悪い笑みを浮かべ『食べても毒じゃないから大丈夫だよ?』とうちに勧めてくれる。
「一つやし、ここは功労者のラビイチが食べると良いで! ホイッ」
「ラビッ!?」
うちが手に乗った黒い実をラビイチの口に投げ入れると、間髪居れずに黒いモジャモジャがうちの口の中に新たに取り出した実を放り込んだ。
「あまっ!? ん、うま? すっぱー!?」
「ラビョッ!?」
甘くて美味しくてすっぱくて、不思議な味が口一杯に広がる。うちは一呼吸あけて急に尻尾と頭が重く感じ、咄嗟に地面に膝を付く。
「ぷっ、あははは! 何その毛! 前代未聞の面白さかも!」
「ぷふふ、それはまずいです、ボス……ふふふ」
お腹を押さえて笑い転げるメアリー、その横ではうちを見ながら口元を押さえて必死に耐えるアンナがいる。
うちは恐る恐る尻尾に手を伸ばすと何故かすぐに毛に触れた。うち自慢の狼の尻尾……何か増えてる気がする。
恐る恐る隣のラビイチを見る、体各所に生えた鎧型の毛玉が増えている。
「ラビラビ……」
「ラビイチ、何も言わんで良いよ? うちも自分がどうなってるかわかったかもしれんで……」
うちは左手で黒いモジャモジャ――プロペツアソを掴み持ち上げると牙を見せつつ脅しをかける。
「もう一個出すんやで? 無理やったらどうなるかわかってるやろな?」
「九死に一生」
新しく出してもらった実をメアリーの口目掛けて投げる、床に転がったままで笑っていたメアリーはそのまま飲み込んで咳き込んでいた。
「ゴッホ! ちょっとルナ! 何するの! 私は関係無いし、ちゃんと毒じゃないって教えたよ?」
「そうやね、毒じゃなかったら何でも良いって分けじゃないんやで! それに……ぷっ、その尻尾似合ってると思うで?」
メアリーの狼尻尾は根元から毛が倍増し、マーガレットの狐尻尾みたいに膨らんでしまっていた。
急に無表情になると牙を見せながらこちらを睨みつけてくるメアリー。うちは負けじと睨み返す。
「前から思ってたんだよね……どっちがカナタの一番かって事!」
「そんな当たり前の事、今更何言ってるんや? うちが一番やで!」
メアリーは歯軋りをしながらノアの箱舟から飛び降り、うちの目の前に歩いてくる。尻尾がモサモサしていて歩きにくそうや。
「私が先に抱っこしてもらったんだよ! ルナより先に出合ったの!」
「絆の深さに時間は関係無いで! カナタはうちの命を救ってくれた。それにうちが一番初めの眷属やで!」
メアリーは鼻先がぶつかるくらい近くに顔を寄せてくる、うちは引いたら負けやと思い鼻先をぶつけに行く。
驚き少し引きそうになりながらも鼻を押し返してくるメアリー。
「いっ、ルナは私を舐めてるの!?」
「ペロペロ、今舐めたで!」
途端に唸り声を上げ始めるメアリー、うちも負けじと鳴きを入れる。
「フッシャー!」
「ワンワンー!」
黒い物が視界を横切ったのでチラリと横目で見る。
プロペツアソがモジャモジャを地面に付けずに器用に歩き去ろうとしていた。
「「逃げたらズル剥けにして吊るし上げる!」で!」
咄嗟に出た言葉が被り、一瞬笑いそうになった。
それでも逃げようとしたプロペツアソにメアリーと同時に飛びつく。
「一本ずついくよ」
「こんなとこは気が合うな」
「ムリポ……しくしく」
地面に押さえ込み、モジャモジャを引き抜きにかかるうちとメアリー。プロペツアソはただ泣いていた。
「ナニ……してるの? ルナ? メアリー?」
カナタの声が聞こえた。うちとメアリーは振り向くと同時に尻尾を隠す。
「見ないで!」「見んといてや!」
ノアの箱舟入り口からは、右手を握り締め親指を立てたキャロルが何故かこちらを見ながら踏ん反り返っていた。




