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ボクが異世界?で魔王?の嫁?で!  作者: らず&らず
第3章 トランジションステージ
110/224

第86話 それがボクの答え。

 太陽が真上に上がった頃、未開拓地の森の中で昼食を取る。

 キャロラインの足の毒傷とルナの傷を治療するのに大分てこずったけど、何とか死傷者はゼロだ。

 洞窟の前は移動せざる終えない状態になったので、現在村から少し離れた森の中にあった小さな泉に移動してキャンプを設営していた。


 一通りの尋問が終わり、あの村に住む村人はモータルシンの栽培・精製と密売を行なっていた隣国の暗殺者ギルドの者達だと分かった。

 顧客は王都の暗殺者ギルドや上級貴族の一部、それと隣国の一部の上級貴族達だった。


 初めはメアリーに殴る蹴るされても何も話さなかった村人は、キャロラインに何か吹き込まれたルナが『汚名挽回やで!』と元気に叫びながら登場してから数分で洗いざらい全てを話してくれた。

 汚名を挽回したらダメな気がする、と思ったけど何故か『うちは出来る子やで!』と仕切りにアピールしてくるルナを見てボクは心の中に止めておく事にする……今度メアリーからこっそり言ってもらおう。


 尋問については専門の知識が無かったボクだけど、キャロラインに何か吹き込まれたルナの手際は異常だった。

 メアリーは私情が入っているとは言え、情報を得る為に殴る蹴るするのでまだ手加減があった。顔は殴らなかったし、お腹より上と急所に攻撃を加える事はしなかった。ボクから見てもメアリーは相手に話しかけ情報を引き出そうと必死に見えた。

 でもルナは違った。キャロラインが黒バックから出した小指サイズの短剣セットを、何も言わず足の爪の間に順番に刺していき、絶叫して舌を噛み切った村人には短剣セットを刺したまま治療し、ローブを裂いて作った猿轡を噛ませ次は手の爪へ同じ事を繰り返す。

 意識を失うと刺さったまま治療された短剣セットを引き抜き、絶叫して意識を取り戻す村人を放置して次の獲物へ同じ事を繰り返していく。相手に何も聞かないし、ルナは何も聞き入れない。

 若干引き気味のアヤカが思わずルナに『情報引き出す為には質問とかした方が良いんじゃ無い?』と言ってしまったほどだ。ルナが『何聞いたら良いかわからん……取りあえずキャロルが色々教えてくれた事試すで!』と元気に答え、キャロラインがVサインを作った時点で村人数人が自白を始め、一人が口を割り始めると後は案外呆気無い物だった。


 キャロラインに小指サイズの短剣セットの事を聞くと、王族専用拷問マニュアル一巻なる本を黒バックから取り出しガウェインの持ち物に入っていたと教えてくれた。短剣は付録らしい……

 思わずガウェインをノアの箱舟から放り出し、うっかり森に置き忘れて行きそうになったけど我慢した。


 正直ボクにはそんな情報必要無いので、罪人をさっさと簀巻きにして王都までスマホの中に収容しようと考えていた。

 指名手配された冒険者は、街以上の規模の都市に設置されている冒険者ギルドに連れて行くと報酬ががっぽり貰えるらしい。罪人が生きていると表示の金額を満額、死んでいると半分に、さらに冒険者リングだけなら二割と言った感じで減っていくのでなるべく生きていて貰う必要がある。


 ちなみに人が集まってバリケードか何かで土地を囲ってしまえば、村を名乗っても良いみたいだ。村から町に昇格するには人を集め村を覆う高い壁を作り、その地方の領主にお伺いを立てて冒険者ギルドを設立する資金を援助してもらわないといけない。在る程度の大きさで冒険者ギルドが有れば町なのだ。

 町から街への昇格も似たような感じだけど少し条件が変わってくる。町の人口を増やしてその地域の領主やら国やらに納税して、後ろ盾になってもらったり王様に認めてもらう必要が出てくる。領主様なら騎士爵位、王様なら男爵位をくれるとの事。


 貴族とかちょっとカッコイイ気がする、一応ボクのステータスには次期辺境伯と表示されている……治める領地の名前が無いのが気になるけどね!

 ラーズグリーズの町は規模から言ったらもう街でも良い気がするんだけどどうなのかな……



 村人数名の犠牲で済んだ拷問――じゃなくて尋問は非常に残念そうな顔で『ラビ……』と呟くように鳴くラビイチがお昼ご飯の木々を食べに森へ行ってしまったので終了となり、ボク達はこれからどうするかの相談に入る。


「取りあえず全員王都に連れて行って冒険者ギルドに全部任せるでOK?」

「数名残して殺しましょう、死体の方が反抗されないので楽ですの」


 マーガレットの非情な一言で静まり返る皆――あれ? 皆案外普通に昼ご飯を食べていた。


「村人は生かしても殺してもどっちでも言いわ。アヤカ的には報酬満額貰いたいけどね、そっちの豹屋敷さん? 村長と言った方が良い? の処遇を決めるのが先じゃない?」


 元日本人のアヤカですらそんな感じで、村人の命軽すぎる……

 アヤカは話しながらも炙ったラビッツの燻製を左手に持ち、右手に持ったカナタナイフでスライスしていきフワフワのパンを半分にしてシェルトマトの輪切りと共に間に挟み即席のサンドイッチを作り上げる。出来上がったラビッツサンドはお皿に乗せてボクの前まで持って来てくれた。


「えっ? 日本人だよ?」

「えっ? カナタ何言ってるの? このスノウパンサーがどれだけの事をしたか知らないけど、少なくとも見つかった奴隷達と殺されかけた私達、アヤカ的にはもうこれって助ける選択肢無いわよ? さすがに冒険者ギルドに渡したりはしないけど……本人が言ってたように性奴隷にでもする?」


 呆れ顔でボクを見るアヤカ、両手を上に上げてお手上げのポーズを取るとマーガレットに視線を送る。


 でも…ボクは同郷の人間を殺すとか売るとか……性奴隷とか考えたくは無い。


「この中で人間を殺した事が有るのは私とロッティと…アヤカと……」

「私も山賊ならロズマリーお母さんと一緒に狩った事有るよ?」

「あー、ロズマリーはそっち方面は厳しい人ですの?」

「大事な人を守る為に、考えて躊躇するくらいなら殺せって。禍根を残すといつか自分に返ってくるからって」


 少し驚いた表情でマーガレットが問うと、メアリーは当然と言ったふうに答えを返す。


 置いてけぼりを食らっているボクは、どうやって皆を止めるか頭を悩ませる。実際問題メアリーの言っている事は――ロズマリーの言葉はこちらの世界では正しいのだろう、アヤカもマーガレットの言葉を否定しなかったしどっちでも良いと考えている節がある。

 敵だとしても、相手を…人間を殺す……?



「……と言う分けで、まだ殺した事の無い人は二人一組になって順番に殺していきましょう!」

「ん? ちょっと待って、どういう話になったの?」


 考え事をして居る間に話しが進んでしまったようで、ロッティの掛け声を合図に二人一組になって村人を転がしてある木の根元へ移動を始めていた。


「皆が一人ずつ殺すと頭数が足りなくなるので、二人一組でもう助からないと思われる中毒症状を出した者を殺します」

「ボスと私、レイチェルとジャンヌ、レッティとマリヤ、ミリーとロニー、アリシアとアリス、フェルティとメリル、アズリーとレオーネで七名殺しますよ?」


 ロッティとアンナはそう言うと、村人が持っていた赤黒い短剣を手に木の根元へ歩いていった。


「アルフとかユノとかユピテルって……?」

「あぁ、言ってなかったけどオレ達リトルエデン本拠地に侵入しようとしてた暗殺者を数名殺した事あるからな! プテレアがカナタに心配をかける理由になるからって報告に上げてなかったけどよ」

「「童貞じゃない」」

「え! あ、あぁ…! そうだぜ! 悪いやつは殺されても文句を言えないよな! 助けたら他の誰かが犠牲になる可能性もあるんだしな!」


 アルフの発言にユノとユピテルが追加で答えた。殺しは初めてじゃないって言いたかったのだと思うけど、アルフが途端にキョドリ出すという事態になってしまった。

 それにしても暗殺者って何? この世界日常的に暗殺とか行なわれているのか……


 村人を結んでいる木の根元を遠目に見ていると、眼球をグルグル動かし口から泡を吹く村人に短剣で胸を一突きしていく皆の姿が見えた……


「終わったよカナタ、三名ほどすでに虫の息だったけど……モータルシンの毒は耐性を持たない人は注意した方が良いね」


 返り血も浴びず…ただ赤黒い短剣を血で濡らした皆は、死体と短剣を一箇所に集めると生活魔法で穴を掘り土をかけて埋めてしまった。


「リングが有るから、残りは埋めて行くね……」

「了解、その……本当に必要な時には、ボクも容赦しないけど。もう暫く――何とかなる限りは殺すのを躊躇うかもしれないけど……良い?」


 埋めた村人の冒険者リングを手の平に乗せたメアリーは、ボクの言葉を聞くと溜息をつき隣に歩いてきたマーガレットの手を握る。


「残りは数名残して私達で殺しましょう、カナタも一人だけ助ける人を選んでください」

「はぁっ!? 残りは殺さずに冒険者ギルドへ連れて行くんじゃないの?」


 一難去ったと思われた瞬間、マーガレットの言葉でまだ分岐点に居る事を知る。人を殺す…本当に必要な事なのだろうか?


「カナタ……知らないみたいだからアヤカが言うけど、王都の冒険者ギルドに生きたまま連れて行くって事は死ぬより辛い事になる可能性の方が高いのよ? 運が良く最高にハッピーだとしても性奴隷、普通は魔法の実験台か新しい魔道具やマジックアイテムの実験に回されて生き地獄よ? 運が悪いと……」

「運が悪いと……?」


 ゴクリと生唾を飲みアヤカに続きを促す、視線をそらしたアヤカは小声で何か答えた。


「……嬲り者にされるわ」

「なぶり者? コロッセオとかで魔物と戦わされるとか?」

「裸で十字架に磔にされて火で炙られたり、煮えたぎる油を少しずつ四肢の先から浴びせられたり……素手で興奮剤を投与されたオークの集団と戦わされたり、要は悪趣味な上級貴族御用達の奴隷になるって事ですの」


 マーガレットがアヤカの続きを言うと『興奮したオークにかかれば男女の差など○の数の違いでしかないんですわ』ととんでもない事を言い始め、ボクは思わず同情の目で村人を見てしまった。


「おい、ゲリー、ネルお前達オークのおホモ達だってよ! ガハハハハッ」

「簡便してください、何でもしますから……」

「そんな目に合うくらいなら、いっそ……」


 馬鹿笑いを始めたスノウは、隣で転がされているゲリーとネルの尻を足で突き『元気な子を孕むんだぞ!』と面白半分以上にちゃかしていた。


 この人、自分達の事なのになんでこんな……?


「はい、カナタこれ」

「何これ?」



『儀式用上級紙』

 専用の魔法や儀式に使われる魔法紙。作成方法が失われている為に高い。



 メアリーが差し出したのは儀式用上級紙? 【簡易儀式魔方陣】を使って何かしろってことかな?


 惚けた顔で紙を眺めていたボクに、予想外の所から使用方法を指示する人物が現れた。


「奴隷にして頂戴、永遠に解けないようなやつにね……」

「えっと、……誰?」


 ノアの箱舟の陰でモータルシンを投与されていた奴隷達の治療をおこなっていたはず……【解毒D】が聞いてもう目を覚ました? マリヤが一日は寝たままだって言ってたのに?


 薄汚れた貫頭衣を着た――結構体の凹凸がはっきりとした女性が笑みを浮かべ、ゲリーとネルの側に立っていた。


「おまえ……俺を怨んでいるのか? 酷い事をいっぱいしたからな……何故殺さない――」

「来る日も来る日も……私の上に乗りかかって汚らしいモノを吐き出し続けた事? それとも私を攫ってきた時の事?」

「俺はネルが――「黙りなさい!」」


 女性はゲリーの言葉を遮り、ネルに向って天使の様な微笑を浮かべる。その笑顔の先に居るネルはまるで悪魔に魅入られた老人の様に焦燥し、視線を彷徨わせ震え始めた。


「何でかな~私、感謝してるの。そう、ネルあなたは下種だけどマシな分類だと思うわ。辺境の村でゴブリンに襲われて食べられる寸前だった私を、こんなに成長するまで囲ってくれたんだもの」


 自分の体を足の先から指の先まで眺め、胸を強調するかのように腕を組む女性。


「なら、何故……」

「ふ・ざ・け・る・な!」


 ネルの言葉が引き金になったのかヒステリックに叫ぶ女性。ネルの顔を両手で掴み食い入るように見つめている。

 事を見守っているボク達の背も伸び、食事から帰ってきたラビイチも空気を読んだのかまた踵を返し森へと入って行く。


「私にはもう何もないの! この歳で、こんな体で、汚れた女一人でどう生きて行けって言うの! ネル、あなたと……そうねゲリーあなたも私のモノよ? 勝手に助けてくれたのは良いけど、この二人は私のモノ、貴女にだって渡せやしない!」


 凄く怖い顔でこちらを凝視してくる女性、思わずボクの隣に居たアヤカの手を握り一歩後ずさりそうになった。


「その二人の所有権を認めるね? カナタ、どうせ奴隷まで王都に連れて行っても邪魔になるから、まとめてプテレアに任せて良いよね?」

「良いです、ボク奴隷化の魔法とか分からないんですが、そこんとこどうしましょう?」

「あの洞窟の奥に【隷属魔法】が付与されたスクロールがまだあるはずよ……あの下種女なら予備を持っていないわけがないわ!」


 思わず口調も変わる、怖いお姉さんが洞窟の奥に予備があると言い反吐を吐く。


「おいおい、酷い言われようだな! 私は心が壊れないようにちゃんとお前達に薬をあげてたじゃないか、高い高い薬をな! ガハハハハ」

「貴女はせいぜい変態貴族の慰み者になるのね……とびっきりの変態の元に売って貰うと良いわ!」


 スノウと女性はガン飛ばし合い唾を吐き掛け始めた。


「取りあえずそのスクロールとやらを取りに――「はい、これでしょ?」はい……」


 ボクの手をガッチリ握ったメアリーが懐から一枚の紙を出した。赤いインクで書かれたそれは物々しく怪しい雰囲気をまとっていた。



『隷属魔法スクロール』

 隷属魔法がかけられた儀式用上級紙、使用制限一回。



 これって無茶苦茶違法なんじゃないの……好き放題に奴隷に出来るんじゃ?


「一枚しかなかったからカナタがこれを見て同じの書いて?」

「ん、んん? そんな事出来るの?」

「出来なかったら数名残して残りの村人は殺しますの」

「がんばります……」


 有無を言わさないマーガレットの笑顔、退路は無い。

 左手に隷属魔法スクロールを持ち儀式用上級紙を右手に持つ。【簡易儀式魔方陣】を使用してみると、目の前に魔法陣が浮かび上がりパラメーターが表示された。


「初めて使うけど結構色々出来るっぽい? あ、初めから何個かパラメーター固定されたやつも用意してある……!?」

「カナタどうしたの? 汗かいてるね」


 サンプルだと思われた固定パラメーターの儀式魔法は、どれも超常現象を引き起こすような驚愕の効果を持っていた。



『古ぼけた田舎道』

 目視出来る全ての敵勢力が対象。対象を進軍開始地点まで強制送還する。

『燃え盛る太陽』

 目視出来る全ての範囲が対象。対象範囲に任意で超高熱の球体を召喚する。

『狂王の帰還』

 この儀式魔法を使用した術者が対象。対象に狂化を与える代わりにステータスを一〇倍にする。

『取り替え子』

 術者が指定した生物とランダムで選ばれた生物が対象。指定された生物と同世界に生きる、同種族の別固体との場所を入れ替える。

『黄昏の世界』

 術者の認識出来る全ての世界が対象。任意で選んだ対象世界の空に一定時間夕焼けを付与する。



 まだまだある、それにチェンジリングに似たやつまで見つけてしまった。幸いな事に殆どの固定パラメーター儀式魔法はグレーアウトして使用出来ない状態になっているみたいだ。

 同じか似たような効果を持つモノを探していると、目の前に浮かぶ魔法陣にコピーの項目が表示された。



『隷属魔法』

 術者が指定した生物が対象。対象に隷属化を施し奴隷にする。ただし、対象が理解し受け入れなければならない。



 ふむ、隷属魔法は強制では無い? ならなんで皆奴隷になっているのかな?


「コピーは出来そう、でも奴隷になるのを本人が望んでないとダメみたい」

「そんな簡単な……まぁ良いわ、ありがとう。これでこの二人は私の奴隷ね」

「コピ~コピ~」


 鼻歌交じりに隷属魔法スクロールをコピーしていると、目の前であの短剣をキャロラインから受け取った女性が、鼻歌混じりに拷問を始めようとしていた。


「ちょーっと待って! 何しようとしてるの!?」

「同じ事? 目とか突いた方が良いのかしら……」

「「マジ簡便してください!」」


 女性は手の中で小指サイズの短剣を弄びながら、ネルとゲリーの眼前に短剣を突き出す。

 ネルとゲリーは先ほど見た拷問を自分達も受けるのかと思い半泣きになりながら額を地面に擦り付けた。


「そろそろ簡便してあげてんか……ローブの所為で匂いがわからんかったけど、今なら分かる。一応うちの恩人みたいやで」


ネルとゲリーを見るルナの顔は苦虫を噛み潰したかのように歪んでいた。


「恩人? ふむ、ネルとゲリー? 貴方達に今から隷属魔法をかけます。解放条件とか色々は全てこの女性――名前なんて言うの?」

「ヘラよ、ヘラ=ブラドール。もう良いでしょ? 早くやって」


 ふむふむ、ヘラか……ん? ブラドール!?

 マーガレットに助けを求める視線を送っても目をそらされた!


「あの、もしかして貴族の娘さんだったりします?」

「そうね、もう戻れる分けが無いし、ブラドールの名前は捨てましょう。今日から私はただのヘラよ!」

「「……トンでもない娘だった」」

「おい! ネル、ゲリー漏らすなよ! 汚ねえな!」


 ヘラの出自が明らかになると同時に、地面に額を擦り付けたままのネルとゲリーの股間が湿っていく。

 少しでも離れようとスノウが反対側に逃げるも、反対側には短剣を手に持ったキャロラインとルナが居た。


「出来た。あとはこれを使えば良いのかな?」

「首輪よりも指輪が良いわ。その冒険者リングの上から使って頂戴」


 完成した隷属魔法のスクロールをヘラに言われる通り、黒く染まった冒険者リングの上から使う。

 目の前に浮かぶ魔法陣に解放条件だの主の設定だの奴隷に関する項目が現れる。


「色々項目が出てきた。適当に重要そうなの言うから答えてね? まずは主=ヘラで固定っと、手を貸して?」

「はい、これで良い?」 


 言われるままに差し出されたヘラの左手の丁度薬指に触れる、主=ヘラを登録する。


「次は解放条件「必要無いわ」ん」


 解放条件をパスして次の項目へと進む……進めない、空欄はダメみたいだ。


「絶対必要みたいだから、何か考えて?」

「そんな、解放するとか考えられない……」

「はい! アヤカ良い条件思いついたかも!」


 口元を押さえて黙り込み、苦悶の表情を浮かべ解放条件を考えるヘラ。隣に歩いてきたアヤカが元気良く手を上げて叫ぶように言う。嫌な予感がする……


 アヤカはヘラに二言くらい耳打ちすると、予想外の解放条件を口にし始めた。


「ネルとゲリーが心の底からヘラを愛し、一生旦那として嫁に尽し、守り、良い冒険者として再度立ち上がった時に解放とかどう? 勿論子供が生まれるのも条件ね」

「ふむふむ、責任を取ってもらうって事か。良いんじゃない? 考えていたより全然普通で安心した」

「カナタはアヤカの事どう思ってるの……最後の一言が余計よ!」


 一言多かった。アヤカは獲物を見る肉食獣の目になると、ボクの耳元で『一八の誕生日が楽しみだわ』と言い舌なめずりをした。


「そんな……今更冒険者としてやっていけるわけが」

「穴兄弟から家族に格上げかよ……」


 地面に額を擦り付けたまま絶望したネルとゲリーの脳裏に浮かんだのは、冒険者として再起した自分の姿か…果ては奴隷の如く酷使される自分の姿か……


「依存はありませんわ。付け加えるなら絶対服従もお願いします」

「「鬼が居る……」」

「それじゃあそんな感じで設定するね? 主=ヘラ、解放条件=夫婦円満、冒険者再起、子沢山家族っと。後は基本善として行動し、悪をバッサリ切る感じでヘラには絶対服従、もし悪い事を企てたら足の指が一本ずつ爆発していくっと……逃亡も指爆発で良いかな?」

「「もうどうにでもしてくれ……」」


 見事に息があったネルとゲリーは顔を上げると後ろに寝転がり空を見る。


 最後の項目まで設定を終えると、隷属魔法スクロールは冒険者リングの上にかぶさりってまとわり付き、白銀色のメッキのように変化した。


「完了~これで晴れてネルとゲリーはヘラの奴隷だよ? 何かうちのルナの恩人らしいから一応丁重とは言わないけど大切にしてあげて? 自分で言うのも変だけどね……」


 寝転がったままのネルとゲリーは片手を上げてヒラヒラさせると、空を見たまま『空ってこんなに青かったんだな……』と二人して呟いていた。


 ルナが二人に近寄っていき頭の側に立つと何か考えている?


「パンツ見えるぞ?」

「!? ふん!」

「ゲホッ」


 ルナと一緒に歩いてきたキャロラインがゲリーのお腹に蹴りを入れた。


「これがうちのカナタやで! 優し過ぎるし優柔不断やしお人良しやけど、大好きなうちの嫁や! あの時はありがとうな! 手を引いてくれたネルとゲリーと……二人足らん? 兎に角、あの時助けてもらったからうちはここに居る。立派に働いてヘラを幸せにするんやで!」


 それだけ言うと離れていくルナとキャロライン、残されたネルとゲリーは声を押し殺して泣いていた。

 足元に立ったままのヘラはその光景を見て、少し笑みを浮かべ空を仰ぎ見る。


 良い話だ。奴隷とヘラ達は来た道を歩いて戻ってもらい、ラーズグリーズの町へ移動してもらおう。プテレアに任せたら後は何とかなるはず? 販売員のバイトなり宿のバイトなりダンジョン探索なり稼ぐ方法はいくらでもあるだろう。住むところもプテレアに一筆書いておけば用意してくれると思う。


「良い話の途中で悪いんだが、取引しない? 私は役に立つよ? さっきの隷属魔法スクロールを使ってもらってもかまわないよ?」

「う~ん……どうしようか?」


 急に猫撫で声になり媚びてくるスノウ。この場で味方になりうるのはボクだけだと気が付いたらしい。


「アヤカはどっちでも良い、日本人でも――いや日本人ならばこそ超えちゃダメなラインってあるわよね? それを超えたらもう知らない。何だったらヘラの元実家に奉公に出る? カナタは一応ラーズグリーズ辺境伯の一人娘だし伝手が無くてもマリア様なら何とでもすると思うな~」

「ブラドール伯爵…この仕事を初めて五年くらいかしら。ブラドール伯爵の性癖を知らないわけ無いじゃない……」


 アヤカはつまらなさそうに言うと手を振ってノアの箱舟に戻って行く。スノウはその背を見つめ、搾り出すように答えた。

 濡れた瞳でボクを見つめてくるスノウ、何かドキドキする。


「何だったら、私の初めて上げても良いわ」

「「はぁっ!?」」


 寝転がって青空を見ていたネルとゲリーは飛び起きると、結ばれたままなのも忘れて立ち上がろうとしてこけた。


「え、だっておま、親分。可愛い子なら男でも女でも寝所に連れ込んでたような……」

「なかせた子の数なら両手で足りないよ?」

「だったら……! そうか、そう言う事か! 不感し――ブホォ!?」


 真っ赤になったスノウは、ネルが何かを言いかけた瞬間腹パンする。


「攻めるの専門なんだよ! お前ら男共と一緒にするな!」

「カナタの嫁にブィッチは要らんで。殺す?」


 爪をニョッキと生やしたルナが、アヤカに教わったと思われる言葉を使いスノウの首を掻っ切る仕草をした。


「アヤカ……後でお説教ね」

「ふぇっ!? 何でバレタの?」


 ノアの箱舟入り口から顔を覗かせるアヤカ、そろそろ移動の準備をする為に他の皆はキャンプを畳み始めている。


「こっちの世界では罪人には死を、が普通みたいだけど……皆ボクの考えを聞いてくれる?」


 撤収作業の手を止めて集まってくる皆、今思えばこんな大家族になるとは思わなかった。


「ルナ、メアリー、アヤカ、マーガレット、ロッティ、アンナ、レイチェル、ジャンヌ、レッティ、ミリー、ロニー、アリス、アリシア、レオーネ、メリル、フェルティ、アズリー、マリヤ、シャルロット、 シャルロッテ、それにキャロライン、あとアルフとユノとユピテル!」

「今一瞬忘れられてるかと思って焦ったぜ……」

「黙っときや!」


 アルフ……大丈夫! 全員ちゃんと言えたはず……

 フェリはノアの箱舟の中でお休み中だし一応お客様だ。ガウェインは通路の端に転がしてある。


「さっきルナに言われた通り、ボクは優し過ぎるし優柔不断だしお人良しかもしれない。それでもこのままのボクで居たい。こちらの世界は過酷で厳しい世界だけど、一人くらいそんな人が居ても良い?」

「「「「「「サーイエッサー!」」」」」」

「それは返事だけど、こういう場合に使うモノじゃないよ……」

「カナタはカナタのままで良いよ、私達がカナタを守るから」

「ひぁっ!?」


 メアリーはそう言うとボクの胸を揉みしだきノアの箱舟へと乗り込んでいく、縦一列に列が出来順番に揉み揉みしていく皆。どういう事?


「うちはカナタが思ったままにすれば良いと思うで?」

「そう言うと思っていましたの……」

「時々で良いんで、お尻ペンペンしてください!」

「アヤカは別にどうでも良いけど? 首輪代わりに隷属魔法くらいは使っておいて欲しいわ」

「私もボスと同じ意見です」

「まぁ、人それぞれで良いと思いますよ?」

「最近カナタを見ていると無償に抱き締めたくなってきます……」

「私もアンナと一緒です、ラビッツ達と共に一生側で守ります!」

「私とロニーは好きな事させて貰ってますので従います」

「ん! 抱っこして?」

「オネーちゃんが抱っこしてあげます! カナタはライバルであり良い嫁?」

「皆を幸せにしてくれるのなら尽くします、メリルもカナタと私が大好きですよね?」

「レオーネ、私はカナタの嫁、その手を退けて。変な所弄らないで!」

「私それほど役に立ってないです……でも頑張ります!」

「今回は不覚を取ったけど、私もフェルティもやれば出来る子!」

「ここ以上に理想の研究環境はありません、妹達も居る事ですし。カナタが好きにすれば良いと思いますよ?」

「「さり気無く好印象を与えようと必死のお姉様」」

「私はルナの嫁だし、ルナはカナタの嫁だから付いて行くわ!」

「やっと俺たちの番だぜ!」


 皆軽くボクの胸を揉み揉みしていく、そろそろ変な気分になりそうだ。鼻息を荒くしたアルフが近寄ってくる……


「――痛くしないでね?」

「アルフ、二秒だけやで……過ぎたらどうなるか分かってるやろうな?」

「お、おう……」


 アルフの手がボクの胸に伸びてくる、優しく包み込むように下から合わされたその手は少し震えていた。


「んっ」

「アルフー!! ガオッー!」

「二秒以内だったろ! 何でだよ!?」


 ボクの胸を触ったアルフは、両手を大きく上げたルナに追い掛け回されていた。

 ユノとユピテルは軽くタッチしただけで戻っていく。


「「彼女が町で待ってますので」」

「毛皮屋さんの家でするのは止めといた方が良いかも? お母さんが苦笑いしながら一晩中お店のカウンターで座ってたみたいだし……」

「「何でそれをっ!?」」


 真っ赤になった顔を両手で隠しキャンプの片付けに戻るユノ&ユピテル、弟に彼女が出来た姉の心境だよ……弟とか居ないけど!


 改めてスノウを見る、緊張した面持ちでこちらの様子をうかがっていた。


「助けてくれるのか?」

「助けるって言うのとは少し違うかな?」


 ボクの言葉に、スノウは体をビクリと震わせて両手を握り締める。真っ直ぐボクを見る視線はそらさなかった。


「今までおこなってきた悪事分――今まで犯して来た罪を、生きて償って。死ぬとか逃げるのは許さない!」

「そう、だよな…それが日本では当たり前の事。私はどこで間違えたのかな……」

「解放条件は一つ、罪を償い自分自身も幸せになる事。それまでは死ぬ事は許さないし、他人を悲しませることも絶対ダメ!」


 コピーした隷属魔法のスクロールを使い奴隷の指輪で冒険者リングを上書きする。


 ん? 何か魔力をかなり吸い取られている気がする……?

 指の先からグングン吸われていく感覚が?



「甘々ですわ。でもそれがカナタですの!」


 マーガレットがボクの頭をナデナデしてくれた。今はちょっと威厳とかそんなのが必要な気がするので手を頭の上から退ける。


 黒銀色になった奴隷の指輪をはめた指を見つめるスノウ、ボクは肩を抱きノアの箱舟へと歩いて行く。


「それじゃあここで奴隷の人とヘラ達を、ラーズグリーズの町まで護衛する人物を発表します!」

「アヤカとサーベラスしか居ないじゃない……ちゃんと戻ってくるまで王都には入らないでよね?」

「ワンワン!」

「スキルの関係、移動時間を考えたらそれしか思いつかなかったんだよね……ごめん」


 アヤカのシークレットスキル【宝物庫】は本人限定の擬似何処でも行けちゃうドアだ。ノアの箱舟内部のロフト出口……頭を外に出す窓を宝物庫の扉に指定すると、リトルエデン本拠地地下にある宝物庫本体と一瞬で行き来が出来る。アヤカのチート振りが凄い。

 サーベラスもルナのシークレットスキル【一匹の犬の戦い】でどこに居ても呼び出せる。

 この二人なら護衛でラーズグリーズの町まで戻っても、一瞬でノアの箱舟まで戻って来れると言う寸法だ。


「村人はスマホに入れとくね、他は王都の冒険者ギルドに渡すよ?」

「あぁ、元々私たちは隣国のスパイだったしな……利用価値があるからすぐには殺されないだろう」


 初めて出てきた情報にマーガレットが顔を青ざめさせ、アヤカに至っては頭を押さえて呻いていた。


「「そう言う事は早く言って!」」


 二人は呆れてノアの箱舟にラビッツ達を固定していく。

 町に戻るついでにアヤカには、プテレア用の非時果の苗と実をサンプルで渡してもらう。マリヤ達と違った視点からの解毒剤開発が出来るかもしれない。


「さぁ! 王都への旅路へ、マッタリノンビリ旅を楽しむよ~」


 キャンプの撤収も終わり全員乗った事を確認してから出発する、アヤカとサーベラス率いるリターン組みも道がアスファルトで舗装されたようになっているので楽に戻れるだろう。

 眠ったままの奴隷の輸送方法は、予備のキャタピラをこの場で作ったイカダにくっ付けてサーベラスが引いて行くみたいだ。


 一応ボクはノアの箱舟の操縦席に座り、その席に座った両足の間に何故かスノウがペタリと座り込んでいる。

 備え付けられた操縦席とは言っても普通に高さ50cmも無い黒鉄杉の椅子だ。座ったスノウが後ろを向くと色々まずい事になる。

 隷属魔法がちゃんとかかっている事を皆確認しているので、特にスノウを気にする者は居なかった。


「後ろ向いたら中に戻ってもらうからね!」

「はぁ……何処で間違えたのかな?」


 ボクの忠告も耳に入っていない様子のスノウ、そう言えば呼び名変えた方が良い気がする。


「いつまでもスノウじゃ変だよね……ユキって呼んで良い?」

「そうね……私は豹屋敷雪、ユキって呼んで」

「はいこれ、疲れた時は甘い物でも食べてユックリ休んでね、このお菓子メアリーの手作りなんだよ?」


 カナタプレミアムスイートポテトを二つ取り出すと一つユキの口へ突っ込む。受け取ってくれなさそうな気がしたので無理やり食べてもらう。人間、空腹時や疲れている時は考え方がネガティブな方向へ偏るんだよね。


「甘い…この世界に来て初めてお菓子…食べた。あまいよ……」


 ユキはお菓子を頬張り涙を流していた。こちらから表情は見えない、でもきっと泣いていた。


 ボクはそっと頭を撫でると目を瞑る、こちらの世界に拉致された人間は結構居るのかもしれない。

 ルナとキャロラインが合ったと言うおっちゃんも日本人だったみたいだし……見つけたらなるべく保護? そんな上から目線で考えて良いのかな……取りあえずラーズグリーズの町を紹介しよう。

 魔物に怯える事や食べ物に困る事の無い場所を提供しよう、そこでユックリ考えて自分のしたい事をしてもらったら良いよね?


「あの神の口車になんて乗るんじゃなかった……魔王を倒せばゲームクリアとか言っておいて、ゲームじゃないじゃん……」

「ブッ!? 今なんて……??」


 ユキが漏らした愚痴はボクの鼓動を早め、これからの旅がマッタリ出来ない事を想像させるには十分だった。

 天を仰ぎ見て溜息を吐くボクに、何事かと後ろを振り返るユキ。


「ラビ?」


 前を走るラビイチが後ろを振り返りこっちを見ていた。

幕間とSSは早くて週末になりそうです。

第4章は来週開始出来たら良いな……

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