第84話 姿形が変わっても?
朝日が森の木々を眩く照らし始めた頃、村の周りをまばらに生えた木々を避けて走る。木々が生い茂り根っこでデコボコになった地面、朝露に濡れナイフの様に鋭くなった草花、転がる石や岩でさえも蹴散らし最短距離を走るボクは自分のスペックが高い事を今更ながら思い知る。
村から少し離れるとそこはもう未開拓地の森、何故か剪定されたかのように踝までの長さに生え揃った草花、進行を邪魔する木々に岩、時折視界に入る野生動物や魔物、全て無視して一直線に走る。
ボクは後続が付いてこれる様に【舞盾】で盾を数枚浮かべ、通る道に存在する邪魔物を全て薙ぎ倒す。
前方に見える木々の隙間から光りが差し込んでいる、スマホ画面で確認すると丁度その辺りが合流地点となっている広間だ。
……ん? 昨日こんな場所に広間なんて無かったような気がする、でも地図を見る限りそこには木が生えていない森の中の空白地になっている。
勢いそのままに木々を抜け合流地点に飛び込んだボクは、一瞬でトップに入ったギアをローまで落とす……
「何してるの?」
「デッカイ猪が! ちょっと待ってください、ラビイチ! 暢気に欠伸してる場合じゃないですよ!」
「この猪……美味しいのかな?」
アンナがラビニの上から必死にカナタ槍を振り回し近寄ってくる猪を蹴散らしている。猪は傷を負いフラフラになりながらもラビニに突撃する事を止めない。
レッティは食べる気満々の様子で、野生の感が働いているのか猪もラビサンに乗るレッティを狙おうとはしていない。
『ウリボア』
どうやら朝食べたベーコンの親があの猪らしい……体長1mくらいは軽くあるウリボウ柄の猪は血走った目でアンナを睨んでいる?
落ち着いて広間を見てみると、アルフとユノ&ユピテルはラビイチの背に乗って休憩中と言った所で何故かウリボアに狙われていない。あの三人眠ってるような気がする……
「あれ? ウリボアにレベル表示がされない? 魔物じゃないのかな?」
「はぁ、はぁ、ふぅ、ひぃ、カナタ足速すぎますの……」
「もう歳なんじゃないですか? あ、ごめんなさい、冗談です! 痛ったー!?」
追いついてきたマーガレットは息も絶え絶えに近寄ってくる。そんなマーガレットを見て悪戯心が刺激されたのか、脇をツンツン突き始めたロッティは逆にブレーン・クローを決められ宙吊りになっていた。
「ノアの箱舟に入っとけば良かったと後悔しています……」
「ん!」
次に現れたのはアリスを背負って走って来たアリシアだった。汗一つかいていないのに少しお疲れ気味のアリシア。
アリスは姉の背から飛び降りるとボクの右腕に抱き付いてきた。アリスは成長途中の胸をボクの腕に押し付けるように抱え直し、さらにすり寄って来る。
「目の前で行なわれる酷い仕打ち……お姉ちゃん悲しい!」
「まぁまぁ、落ち着いてアリシア。最近アリスも皆と打ち解けて、色々お話ししてくれるようになったのは良い傾向だと思います」
「ちょっと、遊んでないで! こっちを助けて!」
地面にへたり込んだアリシアの頭をナデナデするレイチェル、そろそろアンナが限界のようだ。体当たりされているラビニもダメージは無いみたいだけど尻尾がピクピクし始めた。
「ピックショット!!」
「グォォン!」
アイスピックを参考にして作ったオリジナル魔法、10cmの鋭い土製の針を作り飛ばす。
ウリボアの頭が見えないので足を狙ったんだけど何故かお尻に吸い込まれるように刺さった。こちらを振り向き血走った目で睨んでくるウリボア。
「皆ボクの後ろに隠れて……ってアレ?」
こちらに突撃してくると思われたウリボアは、アンナに視線を戻すとまたラビニに体当たりをし始める。
「アンナ……怒らないから何したか教えて?」
「ち、違いますよ!? 私何もしてないですし、ボスから差し入れてもらったサンドイッチ食べてただけですし! これです」
アンナが手に持ったサンドイッチを掲げるとウリボアの視線がそちらに動く、もしかすると……
ボクは黒バックに詰め込んでおいたプテレアの超乾燥蔓で編んだ籠を取り出すと、中に詰めておいた外回り組みの朝ご飯を取り出し一つ掲げた。
「ウリボアの子供ベーコンを使ったカナタ特製フワフワフレッシュスイーツレモンサンド! アンナはそのサンドイッチ食べちゃって!」
「グォォォォン!!」
「もぐもぐ、美味しいです……あれ? 猪が離れて行きます」
こちらを血走った目で見るウリボア、どうやらウリボアの子供ベーコンに反応して突撃してきている様子だ。
ウリボアは前足で土を後ろへ蹴り飛ばす仕草をし、全身の力を貯めると矢の如く突撃してきた。
ボクは目の前に右手を差し出すとウリボアを迎え撃つ。
ん? そう言えばアダマンタイトミミックが静かになっているような……?
「気のせいかカナタの左手のミミック……カミカミしてなくないです?」
「ミミックなんてどうでも良いんです! うちの妹の方が大事です! お姉ちゃんの腕の方が抱き心地が良いはずなんです!」
後ろからレイチェルの声が聞こえ、左手のミミックの事を忘れていた自分に気が付く……慣れとは怖い物だよね!
逆切れしたアリシアに苦笑いしつつミミックの様子を窺おうと左手を見る。あっ、ウリボアが目の前まで来ていた!
「かぽっ」
「「「「「「え゛ぇ……」」」」」」
左手からはずれ、ボクの目の前に飛び出たアダマンタイトミミックは、大きく口を開けウリボアを飲み込むと何事も無かったかのようにボクの左手へと戻ってきてまた噛み付いた。
「いつの間にか【テイム】が成功してた! 名前何にしようかな~♪」
「ミミすけ、とかどうですか?」
「ミミ朗?」
「ミミ」
「……皆なんでミミって名前に付けるの?」
アンナの言ったミミすけはなかなか良いと思う、レッティの言ったミミ朗はどうだろうか……アリスに至ってはミミだ。アリシアはボクを後ろからじっと見て『どうすればアリスの気を引けるのかな……』と呟いており、少し視線が怖い。
「ミミアイン! 君に決めた!」
「「やっぱりミミは付くんですね!」」
アンナとレッティは声を揃えて言い、アリスと一緒に三人でミミアインをつんつんしている。
だってミミックだしねぇ……ん?
急に左手が重く感じて不思議に思ったボクは、じっとミミアインを見つめる。すると急激な眩暈が訪れ、思わず膝を地面に付き原因を探る。
「カナタ!? どうしたんですか! 【治療F】回復しない?」
アンナが心配して治療を使ってくれたけどこれはそうじゃない、この感覚は……魔力を吸い取られている気がする。左手に噛み付いたミミアインが白く輝き始めた!?
「目がっー!?」
「まっぶし!」
「んん?」
あまりの眩しさに目を背け呻く三人、アリシアはボクの後ろに居るので大丈夫みたいだ。ラビッツ達が興味津々と言った感じでこちらに近寄ってくる。眼鏡に付与されたスキルによってボクは普通にミミックが変体していく姿が見えた。何気に【光量調整】スキルって使えるんじゃ?
普通の宝箱サイズだったミミアインは一瞬縮まると装飾類が生え、プテレアの蔓を思わせる模様が全体を覆った50cm四方サイズの宝箱へと変貌を遂げる。魔物の進化を目の前で確認出来た!
『アダマンタイトミミックKETHER Lv1001(ミミアイン)』
「ドンだけ魔力吸い取ったの!? 一気にレベルUPしすぎじゃ! 何でいきなりLv1001になって進化してるの!?」
従魔に魔力を吸われてあんな眩暈が起こった事など今まで無い、急いでステータスを確認する。
レベル:1001[282+18+701]☆☆☆☆
HP :1439/1783[500+282+1001+☆]
MP :39/13830[100+282+1001+☆]
「残りMPが39……サンキュー? 何でそんな所で駄洒落を!? しかもHPまで吸われてる!?」
ボクが驚きあたふたしている姿を見て満足したのか、ミミアインは左手を離れて地面に降りた。
足も無いのに地面を移動するミミアイン……ラビイチの前まで移動するとパカパカと宝箱を開けて挨拶をしている? 肯くラビイチ、従魔の世界でも序列は大事らしい。
「今どうやって歩いたのか気になります、ひっくり返してみたい……」
「かじられそうですね……」
じっとミミアインを眺めるアンナとレイチェル、アリスは興味が無いのか開いたボクの左腕に抱き付きスリスリを始めてしまう、後ろから睨むアリシアの視線がそろそろ限界に近い気がする。
「うぅん、もう少し寝かせてくれよ……」
ラビイチの上で眠るアルフが起きた。あれだけ騒いでやっと起きるとか神経がず太いのか鈍感なのか。
「おはようアルフ、ユノとユピテルもおはよう~」
「「おはようございます、おやすみなさい……」」
ユノとユピテルはおはようと同時にまた眠ってしまった。アルフがミミアインを見て目を輝かせている?
「かっけー! 何そのアダマンタイトミミック! 従魔に出来たのか! さすがカナタ、黒っぽい透き通った宝石で出来たようなミミックなんて世界中探しても絶対居ないぜ! 触っても大丈夫だよな、ちょっとだけ触るぜ!」
寝起きからテンション上げ上げのアルフは、ボクの返答を待たずにラビイチから降りるとミミアインを撫で回し始めた。
「かぽっ」
「「「あっ」」」
「すっげー! 中に謎の空間が広がってる! やばいっ! オレも従魔欲しい!」
上半身をミミアインに噛み付かれたアルフ、一瞬焦るもはしゃぐアルフを見る限り何も問題無い様子だ。
「一応――身内は最優先で守るように、あともしかして宝箱機能とかある? あったら拾った物とか金目になりそうな物見つけたらどんどん回収して行ってね! 他人に所有権がありそうな物は勿論ダメ、あとは……基本魔物以外は殺しちゃダメだからね?」
アルフを放すとこちらに向きカパカパと蓋を開け閉めするミミアイン、牙は自由に出し入れできるみたいだ。
「テイムは一応職業スキルみたいだから多分覚えれないし……アヤカがニート作れるみたいだから頼んでみる?」
「う~んニートかー、まぁ始まりはニートでも良いか! ガンガン成長させて、はぐれニートにして騎乗してみたいしな!」
アルフ、多分ガンガン成長させるとはぐれニートにはならない気がするよ……愛姉みたいに自堕落は生活をさせないと無理かもしれない。
ここはアルフのヤル気を削いではいけないので黙っておく事にする。
「あっ! ルナ達が村の反対にある洞窟に向ったんです、すっかり忘れてました……」
「あっー!? 急いで向うから準備して! ラビイチ、ユノとユピテルをノアの箱舟の中に移したら全力で向うよ!」
「ラビラビ!」
アンナが突然声を上げると緊急事態だったのを思い出す。ノアの箱舟を出すとラビイチの上で眠るユノ&ユピテルをそっと両手で抱えて中のソファーに寝かせて、再びノアの箱舟をスマホに仕舞いこむ。
スマホの中は時間が停止しているので、フェリがまだ眠っていた。これは付いていきなり外に出すと時差ボケとかするかもしれない? 王都の少し前で一日キャンプを張って、ゆっくり体調を整えてから王都へ入ろう。
「あーミミアインはスマホに入っとく? え? 走るの?」
ミミアインは走りたいみたいで、ラビイチの前に立つ? 足も無いのにどうやって走るのか、興味が尽きない。
アルフは『いつでも行けるぜ!』と叫びラビイチの横に付いた。ボクはラビイチに乗るとアリスを引っ張り上げ二人でしっかりラビイチの毛を掴む、丁度乗る場所にL字椅子のような毛の固まりが生えていた。ラビイチは飛び出すように走り始めると村を左回りに迂回するルートを取る。
走り始めたラビイチの後ろにラビニとラビサンが続く、ラビニに乗るアンナの後ろにはレイチェルとマーガレットとロッティが乗り、ラビサンに乗るレッティの後ろにはアリシアが乗り、情けでアルフを引っ張り上げて騎乗していた。
「変な所触ったらナニをもぎますからね……」
「お、おう……」
アリシアの宣言に顔を青ざめさせるアルフは、ラビサンの毛椅子に座るとしっかり毛をつかみ直す。
急に皆の左手が震えて地図が浮き出る。
「このコールは【EMC】!? 使用者はキャロラインだ! まずい事が起こっている、ラビイチ全力でお願い! 進路上の邪魔な物はボクがなぎ倒すから!」
「ラビッシュ!」
初めて聞く鳴き声だ。ボクはラビイチの進路上にカーバインの盾を飛ばし、木々や岩や魔物を次々と圧し折り、弾き飛ばし、ぶっ飛ばす。
「あっちには先にアヤカ達が向っている、何とかなるはず。いや、絶対大丈夫なはず!」
焦る気持ちを抑え、森を疾走するボク達。前方を走る? ミミアインの後姿を見つつ皆の無事を祈る。




