幕間 影の牙
ちょっとおっさんの話しが入ります。
あとエルフとドワーフは妖精設定で四大精霊は種族として登場する予定です!
人々が未開拓地あるいは辺境と呼ぶ地域、丁度島の北側半分は一般人はおろか冒険者さえも滅多に立ち入らぬ秘境――いや魔境となっていた。
強力な魔物に厳しい自然環境、人間が住むのに適していない険しい山々、強靭な肉体をもつ人間以外の種族、そして極め付けが成長したダンジョン。
強力な魔物ならPTを組めば良い、それでも足りなければ団結して挑めば良いだろう。
厳しい自然環境も体を慣らし、大地を均して進めば良い、冒険者にとってはそれが日常だ。
人間が住むのに適していない山々も、土地や鉱物などの無生物資源、森林や野生動物・魔物それに川魚などの生物資源――天然資源の宝庫だと思えばどこの領主も喉から手が出るくらい欲しいに違いない。
強靭な肉体をもつ人間以外の種族。妖精人や闇妖精人に水妖精人など少しは友好的な種族も居れば、人間にまったく興味が無い土妖精人や風妖精人なども居たり、中にはあまり友好的では無い火妖精人という種族も居る、妖精人はあまり人前に姿を現さない。
そして多種多様な獣人……生来力有る者が種族を率いていく獣人達は、人間を襲う一部の種族は魔物扱いされているが、一部を除く他の種族は友好を深めて行けば良き隣人となるだろう。
近年、冒険者ギルドのブラックリストに載っている冒険者による獣人狩りが横行し、捕まった獣人は奴隷として売られるケースが増えており、人間と獣人の種族間に深い溝を作り出している事を忘れてはいけないが。
ここまでは……何とかなる――何とかしてしまうのが冒険者である。
成長したダンジョンだけはダメだ。魔物の王を生み出すまでに成長したダンジョンは、もはや人間の手に負えるモノでは無く、無限に魔物を生み出す災厄となってしまう。
普通ならそんな危険なモノが在る可能性が少しでも有る場所に好んで住む人間は居ない、余程他人との接触を嫌う者か、脛に傷を持つ者や、世間に対して後ろめたい事をしている者くらいであろう……
未開拓地の山間にその村は在った。特に目立った資源と言えば山の中腹に生えている黒鉄杉だけ、麓を覆う深い森に凶暴は魔物が闊歩するその山には、冒険者はまず行こうとは思わない。町沿いに進めば少しは整備されたマシな街道があるのだからなお通る者は少なくなり、冒険者の行商人すら身の危険と儲けを天秤にかけ通らない場所。
村の人々は衣食住の全てを自分達で賄えているので余所者を必要としていない。半年に一度、王都のとあるギルドに売りに行く品物を半年かけて作り、その儲けで必要なモノを買い残りの半年を魔物を狩り静かに過ごす、そんな村だった。
朝霧も晴れない早朝に、奴隷を使い平坦に均した畑を耕す者達がいた。
その者達は頭から体をすっぽりと覆えるローブを着ており、そのローブは枯れた草木や土で汚れていた。その手の知識が有る者が見たら笑いながらこう言うだろう。『頑張ってるのは分かるよ? でもそんな迷彩服だと焼け石に水だぜ?』と……
「今日明日か、チッ、めんどくせえなぁ。オラッ、手が止まってんぞ!」
「痛い…」
「おいゲリー! 大事なモノに傷を付けるなよ? 後一年もすればソレもやっと使えるようになるんだからな」
ゲリーと呼ばれた男は薄汚れた貫頭衣を着た奴隷の少女の尻を蹴飛ばし唾を吐く、蹴られた少女は虚ろな目で農作業を再開していた。
ゲリーを注意した男は下卑た視線を奴隷の少女へ向けると、自身の側に立たせている奴隷の女へ手を伸ばし胸を乱暴に揉みしだく。虚ろな目でされるがままになっている奴隷の女。
「ケッ、こんな乳臭えガキ後一年待った所で何も変わらねーよ! アーァ、何で王都暗殺者ギルドの期待の新人と呼ばれたオレが、こんな敵国の山の中でモータルシンの栽培なんぞする羽目に……クソッ!」
ゲリーは畑の隅に転がっていた石を思いっきり蹴飛ばすと苛立つ気持ちを落ち着かせる。
「お前の気持ちも判らなくも無いが、こうして使えるモノを貰えば気持ちが変わって来ると思うぜ? 俺はボスを信用しているし信頼もしている」
「ボスか……あの胸グンバツの女は良い、モータルシン・ラストを飲ませて後ろからガンガンいきたいぜっ! おっと冗談だよ、ネルその短剣をしまえよ」
笑いながらそう言ったゲリーの脇腹には、いつの間に出したのかネルの手に持つ赤黒い短剣が添えられていた。
「そうだな、俺とお前の仲だから冗談で済んだ。それを忘れるなよ? それに俺のモノも元はそこのガキと同じ様なもんだったぜ? 個人所有になれば栄養の有る美味い物を食わせて、肉をつけて好みに育てれば良い」
「ほぅ、お前のソレがそこのガキと同じくらいだったと、それは良い事を聞いたぜ……そうだな、育てる楽しみってモノもあるか!」
ゲリーとネルは再び下卑た視線を奴隷の少女へ向けるとその場に座り込む。
「おいっ、魔物が出たら呼べよ? あと他の奴隷もそろそろ時間だ、連れて来い」
「はい…」
虚ろな目をした奴隷の少女が側に置いてあった青銅製のハンドベルを三回鳴らすと、畑の側に作られた井戸の中から虚ろな目をした老若男女の奴隷が姿を現し農作業を始めた。
「で、何の話をしていたんだ?」
「おいネル、耄碌するには早いんじゃないか? 早くて今日明日だろ?」
ゲリーはネルの背を軽く叩きながら問うと、農作業を始めた奴隷達に目を向ける。
「その話か、冒険者ギルドに潜り込ませている仲間の話しによると、王都からリトルエデンの【絶壁】に宛てた手紙が届いたらしいからな、早くて今日か明日……遅くても三日後には王都に出発するはずだ。だがこんな街道から離れた僻地な山を本当に通るのか?」
「普通はそうなんだけどよ……何でもレインディアの倍は速度が出る乗り物に乗っているらしいぜ?」
ゲリーは答えながらも農作業をする奴隷に視線を送る。
「ゲリー……いくら性欲を持て余していても、共有のモノはオススメしないぜ? さっきから視線を送っているアレはもう五人は子供を産んでいる、締まりが無いからな~」
「ちっ、違げえよ! ゴブリンでも出たら折角の奴隷が食われるから、注意して見てただけだぜ!」
「早く一人前になって個人所有のモノを貰うんだな! ガハッハッハッ」
ゲリーは慌てて視線をネルに戻すと、高笑いするその男を恨めしげな目で見る。
「リトルエデンが通るとしても、余程の事が無い限り通ってもこの山の麓くらいだろうぜ、中腹の山間にあるこの村は見つかりっこない。だけどよ、ネル…お前の信頼するボスが念には念をと言ったんだぜ?」
ゲリーの言った言葉を聞き、ネルは今ここで農作業をする羽目になった事件を思い出す。
「そうだな……ボスが居なければオレ達はあの時全員まとめて処分されていた。こんな敵国の山の中でも平和に暮らせているのはボスの予知スキルのおかげだな。クラン『影の牙』はボスが全てだ。いつか俺達を裏切ったあの教会の馬鹿どもの首を刈るまでは、泥水啜ってでも生き残ってやるぜ!」
余程の思いがあるのだろうか、歯を食いしばり拳を握り締めるネルの指の間から血が滴っていた。
ゲリーは視線をまた奴隷に戻すと、どこで道を間違ったのか……他の未来があったのでは無いかと考える。
「多分俺達は……仲間を売った罰を受けてるんだ。あの時はああするしかなかった――それは分かっているけどよ……グェハッ!?」
ゲリーが漏らした言葉にネルは拳で返答した。腹を殴られて寝転ぶゲリーを見下ろすネル、どこかその表情は寂しそうであった。
「俺とお前だけの秘密だ言葉に出すな。そもそもあの二人はただの冒険者だぜ? 俺達の都合で敵国に進入する事になったのは悪いと思っている…が! それも冒険者のリスクってやつだ。まだ子供だったミズキは可哀相だと思わなくも無い、でもあばずれイオと一緒に売ってやったんだ……どこかの貴族に囲われて楽しくやってるだろうぜ」
ネルは手を差し出すとゲリーを引っ張り起こす。ゲリーが見たネルの顔は朝日に照らされてキラキラと輝いて見えた。
「泣いてるのか?」
「馬鹿野郎! 鼻水だよ!」
本当に鼻水をかむネルにゲリーは呆れて首を振る。
「イオが一緒だしな……あいつは、あばずれだけど何故か子供には優しかったからな」
「ここの生活も悪くは無い、忌々しい黒い冒険者リングさえなければ最高なんだがな! ガハッハッハッ!」
ゲリーとネルの指には、冒険者ギルドから指名手配された証である黒い冒険者リングがはまっていた。
一般には公開されていない冒険者リングの機能の一つで、一定以上の悪事を働くと冒険者リングは黒く染まり指から抜けなくなる。冒険者リングを破壊する、指を切り落とす、手首から切り落とすなど試してみた者は多いが、黒い冒険者リングが体から離れると次第にHPが減って行き最後には死亡する。
「まぁな……」
「思い出すな……あのダンジョンなんだったか、深い迷いの森?」
「ダンジョン『深き森の深遠』だろ? 忘れる分けねえぜ……」
急に顔を真っ赤にしてうつむくゲリー、ネルはニヤニヤを笑みを浮かべゲリーの肩を叩いている。
「ゲリーが上層で魅惑茸を黒舞茸と間違えて調理して二人だけ食ったんだよな! イオが一晩中相手してくれなかったら、俺もお前もミズキを襲ってイデア=イクスの加護で首が飛ぶところだったってな! ガハッハッハッ」
「ばっか、魅惑茸が黒舞茸に似てるから悪いんだよ! クソがっ!」
「あの時拾った獣人はどうなったかな?」
「アイツはイオの時と違って一番高い値を付けた変体に売ったらしいからな……ブラドール伯爵だそうだぜ? もう生きては居ないな――いや、生きている可能性が有るのか……クソッ!」
「あの変体貴族か……子供を切り刻まないと立たないようなゲス野郎とは、あの獣人も運がねえなぁ――チッ、胸糞悪いぜ」
ブラドール伯爵は裏で攫ってきた奴隷の子供を切り刻んでは回復させ、死ぬまで楽しむのが趣味という外道極まりない性癖の持ち主で、教会と裏で繋がっている為にこの国の国王でさえ迂闊に手を出せない天使教派の伯爵であった。手を出そうにも証拠が何一つ見つからないので、手をこまねいていると言うのが正解かもしれない。
苦虫を噛み潰したような顔で地面に短剣を突き刺すネル、そんな姿を見たゲリーは同じ気持ちになり話題を変える事にした。
「今思えば……イオは良い女だったな」
「まぁな……」
「ぐっ…あぁ、あぐっ…」
「っとまずい、ほら飲むんだ。コレを飲めば楽になるぜ」
突然くぐもった悲鳴を上げる奴隷の女、ネルが白い錠剤を飲ませるとまた虚ろな瞳に戻り大人しくなった。
「モータルシン・スロースか……もうすぐこの畑にもあの木が植えられるんだよな」
「あぁ……モータルシンの原料だな、花が咲く木になる果実は食べれるらしいぜ? 今度お前食ってみろよ」
「嫌に決まってるだろ!? たとえ花が咲いても――花が咲かないあの果実の種からモータルシンが作られると知ってたら、食べれるわけないだろがっ!」
顔を青ざめさせたゲリーはネルに食って掛かる。冗談で言ったつもりのネルも自分が言った言葉にゾッとしゲリーの肩を軽く叩くと畑の中央に配置された砂時計を見る。
「冗談だろ? ゲリーそろそろ交代の時間だ、戻って一杯やろうぜ」
「そう、だな。暇な警備任務なんて下っ端に任せろって言うんだ。そんなに怖いのかね、【絶壁】とやらは……」
「待て! ……チッ! ゴブリンか? あっちだ!」
ネルの【気配感知F】に小さな反応が現れ、農作業をする奴隷へと近づいていくのが分かった。
「任せろ! ハァッ!」
ゲリーは飛び上がるように立ち上がるとネルの指差す方向へ猛然と走っていく。視線の先に見えたのは浅黒い肌のゴブリンで、真っ赤な目をキョロキョロと忙しなく動かし周囲を警戒していた。そしてその手には年老いた男奴隷の足が握られていた。
「チッ! ウゼエんだよっ!」
ゲリーは腰に刺してあった赤黒い短剣を走りながら投げると、ローブの内側に隠してあった黒い刀身のバゼラートを構えて魔物に飛び掛る。
「オラッ!」
赤黒い短剣を素手で弾いたゴブリンは飛び掛ったゲリーのバゼラートを避ける余裕が無く、手に持った獲物をゲリーに向けて投げつける。
ゲリーは一瞬のためらいも無く奴隷の足を切り捨てると、返す刃でゴブリンの首を狙う。
「グギョ?」
「クソがっ!」
奴隷の足を切り捨てる少しの間に、後ろへバックステップし距離を取るゴブリン。首を傾げるその姿を見て苛立つゲリー。
「ギギョー!?」
突如、ゴブリンの胸から赤黒い短剣が生えた。ゲリーの稼いだ時間を使い、背後へ回ったネルがゴブリンのその胸へと短剣を突き刺していた。
噴出す黒い血を避けると、ゲリーは足をもがれた年老いた男奴隷の胸にバゼラートを投げ止めを刺す。
「チッ、こっちの谷側も汚染されてきてやがる。幸い使えないモノが狙われたようで助かったぜ……」
「ふぅ、ただのゴブリンがこれじゃあ、こっち側の畑は暫く放置した方が良さそうだな。俺が報告しておこう」
「あぁ…ネル、頼む」
無言で元の場所に戻る二人。ゲリーが砂時計の側に置かれている青銅製のハンドベルを大きく五回鳴らすと、農作業をしていた奴隷達は井戸の中へと続くハシゴを下りていく。
「普段ならこの時期は、冬に向けての準備で篭ってるはずなのにな……来るなら早く来いよな!」
「まぁまぁ、明日か明後日くらいには来ると思うぜ? それより一杯やったら一発どうだ? ゲリー、お前になら貸してやっても良いぜ?」
ニヤニヤしながら握った拳から親指を出しゲリーに見せ付けるネル。
「ばっか! ソレはお前のだろうが!」
「おいおい、兄弟。どんな苦難も喜びも二人で分かち合ってこその相棒ってやつだぜ? それにイオとやった時も二人一緒だったしな! ガハッハッハッ」
「お、おう。よろしく頼む」
真っ赤になったゲリーの背中をバシバシと勢い良く叩き井戸へと入っていくネル、慌てて後を追うゲリー。井戸は内側から扉が閉められ辺りに静寂が訪れた。
ゲリーとネルは、この後六日間も警備任務に就かされる事になるとはまだ知らない……
ここは未開拓地に作られた村。モータルシンと呼ばれる魔薬を生産する為にだけ作られた村。
かつて祖国に裏切られ、対立していた敵国に逃げ延びてまで悪に手を染める者達の村。
次話 第82話 未開拓地の村




