第80話 アダマンタイトの左を持つ女!
ズルズル、ズリズリと何かを引きずる音が聞こえる……もう朝なのか朝日が眩しい。
「んぁ?」
「おはようカナタ♪」
メアリーに抱きついて眠っていたようで、何故か背中に覆い被さっている?
左手が重い……アダマンタイトミミックに噛み付かれてそのまま眠ったんだっけ?
「もうすぐ着くからね」
「もうすぐご飯? ん?」
いつもと違い肩に風を感じる、足元がスカスカする……目を開けるとそこは大通りでした!?
人通りはまだ少なく、時折こちらを見つめて何か納得した表情になり、笑顔で去って行く冒険者が見受けられる程度で大通りは閑散としている。
「夢……じゃないし! 何でこんなところに? メアリー?」
「待ち切れずに早起きしたんだよ?」
メアリーにおんぶされていたので降りて自分の足で歩く、いつの間にか白いフリフリサマードレスに着替えさせられていた。意味がわからないよ……
「今何時~?」
「四時半くらいかな? もうすぐ冒険者ギルドが開く時間だよ~正確にはカウンター業務が開始する時間が五時だよ~」
「そう……」
「ガブチョガブチョ」
左手の先に噛み付いているアダマンタイトミミックは手を放す気は無いようで、思い出したようにカミカミしてくる。これ結構重いんだけどメアリーは汗水垂らしながらボクごと運んできたようだった。
「カナタは今後、【ARM力場】常時使用ね」
「了解~って『世界に存在する力』が漏れる匂いにわざわざ常時使う必要あるの? まぁ確かに王都では厄介事に巻き込まれそうな感じがするか……了解!」
「……これで邪魔虫は寄ってこない――」
羽虫も蚊もこの世界にはあまり居ないのかまだ全然遭遇していない、ハエは見たけど……
「羽虫? ハエくらいしか見た事無いけど何か変な虫いるの?」
「何でも無いよ? はい、これ王都へのリトルエデン遠征書類一式、冒険者ギルドはお役所仕事だから勝手に行って帰ってくると五月蝿いんだよ? 一応全員分の書類とフェリの書類揃えてあるから」
「キャロラインのもあるよね?」
「勿論あるし、昨日のアレは冗談だよ~」
笑いながらそう言ったメアリーの尻尾は、静かに沈黙を守っていた。普段なら少し左右に揺れているはずなのに……
冒険者ギルドの入り口まで知り合いに出会う事無く辿り着けた! ある意味奇跡かもしれない、この姿を見られた日には何て言われておちょくられるか……オルランドには絶対見つからないようにしないとね。
「メアリーそっとね、音を立てないように……」
「うん? 何でカナタはそんなに挙動不審なの?」
「ガブチョガブチョ」
最新の注意を払い、音を立てないように扉を開けると中に滑り込む。アダマンタイトミミックが扉に挟まりそうになり一瞬焦るもメアリーが素早く押し込み、フォローしてくれたので助かった。
「よっし、オルランドは居ない。目立って無い」
「書類提出するだけだよ? 私も付いて行く?」
「いや、待ってて」
そっと滑るような忍び足でカウンターを目指す、カウンターにはユニコ先輩とイケメンに、眼鏡をかけた巻き角がキュートな獣人のお姉さんが待機している。嫌な面子だ……いや、今回は何も起きないし問題無いはず?
今日は巻き角がキュートなお姉さんに決めた!
「おはようございます、これ提出したいんですけど時間大丈夫ですか?」
「あぁ~もう少し待って貰った方が良いのかな~? でももうすぐだし~」
「アリエス、別に少しくらい良いんじゃない? また裏でお役所仕事って陰口叩かれるわよ?」
「ユニコ先輩がそう言うなら……」
ユニコ先輩の援護が入りしぶしぶ書類を受け取ってくれたアリエス、それにしてもこの格好についてのコメントが無い?
「オー、セニョリータ、冒険者登録はもう終わっているのかい? 何なら僕が手取り足取り腰取り登録してあげよう」
「えっと……既婚者なのでセニョーラかな? ユニコ先輩に渡したプレミアムカナタスイートポテトどうでした? あれプレミアムだけあって市販してないんで、もし個人的に欲しいとかあればプテレアに相談してください。食べる分には冒険者ギルド職員割引で安くしますんで」
「「「はぁ!?」」」
三人揃って両目を擦る仕草をし、ユニコ先輩とアリエスはカウンターから身を乗り出してボクの匂いを嗅いで来る。【ARM力場】で匂いを消した瞬間これって……ボクは匂いで覚えられていたのかもしれない。
「【絶壁】様? その…失礼ですがその格好は? 匂いは??」
「鼻が詰まってるんだと思います、ユニコ先輩チーンしてください!」
ユニコ先輩は白い端切れをアリエスの鼻に押し当てると自分の鼻にも端切れをあて、思いっきり鼻をかんでいた。イケメンは『人妻はまずい……いや、それ以前に嫁達に殺される……』と呟き顔の前で両手を振ってカウンターから離れて行く。
「とりあえず遠征書類受理して欲しいんだけど、出発は今日ね」
「もぐもぐ、ゴックン」
「ナイス! じゃなかった。書類何てどこにも?」
アリエスは手に持った書類を丸めて噛み千切り飲み込むと首を横に振る……ユニコ先輩も『何の事です?』と繰り返し取り合ってくれない……遠征しちゃダメなのか。
「はい、予備の書類。一応まだあるから……お腹空いたならこれ食べる?」
「いただきます~♪」
「あぁ……もぅ!」
メアリーは予備の書類と共にカナタ芋スイートポテトを取り出すとアリエスの餌付けに成功する。悔しそうにその様子を見るユニコ先輩には、黒バックからカナタ芋クッキーを一袋取り出すと手渡した。
「もぐもぐ……必ず帰ってきてください」
「ん? ここがホームだし戻ってくるよ?」
両手を胸の前で握り、ちょっと潤んだ瞳でボクを見つめるユニコ先輩……でもクッキー食べながらじゃ様にならない気がする。
「遠征したまま行った先に移籍するケースが昔は結構有ったらしいんですよ。あとその匂い消すやつはこの町の中では使用しないでください!」
「はい!」
凄い剣幕でクッキーの欠片を飛ばしながらまくし立てるユニコ先輩に、ボクは咄嗟に返事を返してしまった。
「それにしても……その武器強そうですね? アダマンタイトのグローブですか? 宝……は…こ?」
「おっ! ユニコ先輩にはこれが何か分かるんですか! ちょっと黒っぽい透明な……」
「ガブチョガブチョ」
「「「「「「!?」」」」」」
どう贔屓に見てもグローブには見えない気がするミミックが再び手をカミカミする――早朝の冒険者ギルドに戦慄が走る!?
「まて、おいおいおい! 隠れて様子を窺ってたらとんでも無いモノ持ってきやがったな!? アダマンタイトの宝箱がミミックだと……どう見てもBOSSじゃねえか!」
カウンターの裏からオルランドが現れた! 隠れて居たようだ……何で隠れていたのかはこの際不問にする。
「ちょっと【テイム】中なので暫くこのまま過ごしますよ?」
「ちょっと待て! どこのダンジョンで拾ってきたのか――そもそもアダマンタイト製の宝箱なんて数年に一度見つかるかどうかのレア物だぜ? どうやったらそんなミミックが生まれるんだよ!」
「まぁまぁ、ボクが死なない限り多分大丈夫ですし……ボクが死ぬわけ無いじゃないですか~」
「「「「「「そうだよな~」」」」」」
冒険者達が緊張を解くと普段通りの冒険者ギルドに戻る、オルランドだけプルプル震えているけどもう帰って良いよね?
「待てよ!? 町の中にBOSSが居るんだぞ? これは討伐対象じゃないのか! このサイズのアダマンタイトになればいくらになるか……オレのハーレムに一歩……」
「えいっ」
「ギヤァァァァーーーーッ!?」
いかにも重過ぎて落としてしまいましたよ~といった風を装い、持ち上げたミミックをオルランドの足の上に落とす……予想以上に重量と硬さがあったようで骨が潰れたような感じがした。咄嗟にミミックを持ち上げ傷を回復させる。
「重すぎて落としちゃった♪ テヘッ?」
「お、おま、おまえなぁ!? すいませんっした! それは【絶壁】の従魔(予定)です、オレ達は何も気にしませ~ん!」
ぐだぐだ五月蝿いオルランドの眼前にミミックを持ち上げて、無意味に素振りを始めると笑顔で良い返事が聞けた。
「懲りないやつだ……」
バーカウンターで頭を振り呟くマスター、周囲に居た冒険者も笑いながらオルランドを指指している。
「【絶壁】、いいか良く聞けよ? お前達が帰ってくるまでに絶対Aランクに上がってやるからな! 最近オレ達調子良いんだぜ? すぐに並んでやるから首を洗って待っていろ!」
オルランドが魔槍を掲げるとバーカウンターで朝食を取っていた数名の冒険者が同じく黒鉄杉の槍を掲げる……オルランドのPTメンバーなのかもしれない。
「気長に待ってるよ~。でも冒険者としてはオルランド達の方が上だと思うけど?」
「そこら辺はまぁな……でも【絶壁】の居るラーズグリーズ冒険者ギルドと言われるのは納得がいかないしな! 先輩の面子ってやつだぜ。まぁ無事に帰って来いよ」
急に恥ずかしくなったのか回れ後ろをしてバーカウンターへと歩いていくオルランド、ちょっと照れくさそうにしている姿を仲間達が茶化して遊んでいた。
「ガブチョガブチョ」
「それじゃあ行って来る「待ちなさい!!」ね?」
2Fから聞こえた大声はマリアさんかな? 視線を向けると、ちょっと涙ぐんで目じりを赤くしたマリアさんと目があった。
「そんな急じゃなくても…せめて一週間後にしませんか?」
「多分タイムリミットをオーバーしそうだから無理。行って来るよ――お母さん!」
「――カナタ」
「「「「「「えぇぇぇぇえぇぇぇぇ!!」」」」」」
マリアさんは頬を真っ赤に染めて膝から崩れ落ち、冒険者達は大声で叫び、ボクとメアリーはダッシュで逃げ去る。朝の冒険者ギルドは結構カオスだった。
――∵――∴――∵――∴――∵――
まだ一度目の鐘も鳴っていない時間帯、町のお店はもう開店準備も終わり鐘がなるのを待っている状態で、知り合いにお出かけの挨拶周りをする。
すぐに帰ってくる予定だけど、クリスのご機嫌次第では暫く王都周辺に留まる可能性があるしね。
たまたま果物屋さんの側を通った時にアルフを発見する、隣には少し年上っぽい女の子が一緒に並んで立っており――ハグしてた!
「メアリー隠れて!」
「合点! ……じれったい! そこで肩を抱いてブチューっと、アッー……ヘタレ」
アルフは女の子の手を握って肩に手を置いてお話し中で、涙を流す女の子の額にキスをして頭を撫でていた。女の子の方が背が高いのでアルフは少し背伸びをしている。
「見なかった事にして行くよ」
「この調子ならユノとユピテルも! カナタこっちこっち!!」
メアリーに手を引っ張られて半強制されるように毛皮屋さんへ向う、メアリーが【隠蔽】でも使っているのか回りの視線がボク達に集まらない……フリフリドレスで走る美少女(自称)と可愛い系狼娘が並んで走っていたら誰しも目を奪われるはずなのに。
「居た! あれ……今、お店の裏から出てきたような…?」
「き、きっとお話ししてたんだよ!」
ビックリした、驚愕したと言っても良い。
毛皮屋さんの裏手には母一人娘二人が暮らす家が有ったはず、お店の中にはカウンターで大欠伸をするお姉さん――母親がニヤニヤしながら壁の絵を眺めていた。あの壁に飾られている絵は冒険者だった旦那さんの絵だそうで、そんなに強くは無かったけどお店を立てれるくらいには稼いでいたらしい、ダンジョン探索中に不慮の罠で亡くなったとか言っていた気がする。
毛皮屋さんの娘さん姉妹はそれぞれユノとユピテルに肩を借りて歩いており、どこか歩きにくそうにしている……気のせいか甘い雰囲気が漂っているような?
「そういえば、昨日ユノとユピテルが夜どこかに出かけてたって朝プテレアが言ってたかも? ふ~ん……」
「見なかった事にするよ! アルフが……不憫だよ」
アルフは大方、朝起きたらユノとユピテルが居なかったので慌てて果物屋さんの娘さんに挨拶に行ったのだろう。戻ってきたらまとまった休みを上げないといけない……
「あぁ! ブチューしたよ! スッゴイ濃厚な、ユノとユピテルが食べられちゃいそう……」
「行くよ! 早く戻って朝ご飯の仕度だよ!」
ユノとユピテルは舌を絡めて濃厚なキスをしている、背中を抱く手に力がこもっているのがここからでも確認出来た。
「あれっ!? またお店の裏に戻っていくよ?」
これ以上は興奮したメアリーを抑えれる気がしない、手を引っ張りながら戻る道へと歩いていく。チラリと後ろを振り返ると、お店の中で母親が苦笑いをしつつ回りをキョロキョロ見回している……目が合った。
真っ赤な顔になった母親は慌ててカウンターから飛び出すと、店の前でこちらに向かって芯の通った綺麗なお辞儀をする。ボクとメアリーはお辞儀し返すと手を振って帰路に着いた。
……まさかユノとユピテルがあんなに情熱的だとは思わなかったよ!
あとリリー達西門の外組みと愛姉は町中にも西門の外の砦にも居なかった……
タイミングが悪く依頼で出払っていたのかもしれない、ちょっと寂しいけどまた戻ってくるし大丈夫だよね。




