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A current scene9  うたかた 

題名に「A current scene」とつくものは、現在(梨恵26歳)のストーリーです。


現在編これまでの(テキトーな)あらすじ


梨恵の息子・浩人を連れ出し、動物園に連れて行った総志朗。

彼がはたして『総志朗』であるか梨恵には確信が持てない。

過去にあった出来事のせいで、総志朗はいなくなってしまったのだ。

梨恵は総志朗に会いたいと願う。

『香塚病院連続殺害事件』を止めるためにも。

「ライオンさーん。ガオオ」


 テーブルの端から端まで木彫りのライオンを歩かせる。大人の親指ほどのサイズのライオンは木を荒っぽく削った安っぽい代物だ。

 それでも浩人にとっては宝物なのだ。

 動物園に連れてくれていった優しい男の人からの贈り物なのだから。


「浩人、もう寝なさい」


 もともとはペンダントのライオンなのだが、皮ひもから取り外して浩人は遊んでいた。梨恵は浩人の手からそれを奪い、皮ひもに再度通した。

 浩人は遊び足りないらしく、「返してよう」と泣きわめいたが、梨恵は無理やり浩人を布団にいれた。


「わがままばっかり言ってると、お化けが来るよ」

「来ないもん」

「来るよ。ほら、あそこに影が見えるでしょ。あれ、お化けだよ」

「嘘だぁ」

「嘘だと思うなら、見てきなさい」


 窓の向こうに見える影を指差すと、浩人は布団に顔を半分隠し、首を振る。本当は窓の外にある鉢植えの影なのだが、幼いこどもにそんなことは見抜けない。


「ねえ、ママぁ」

「なに?」

「またあの人に会えるかなあ」


 あの人――浩人を動物園に連れて行ってくれた人。車ごしに会った彼。

 彼は総志朗だったのだろうか。総志朗だったと思いたい。あの憂いを帯びた優しい眼は総志朗で間違いないと思うのに、あの時のことを思い出すと、総志朗が再び姿を現してくれたとは思えなかった。

 梨恵は何も言ってあげることが出来ず、布団に包まった浩人の体を優しくポンポンと叩いた。


「あのね、あの人ね、パパみたいだったの。おててつないでくれたの。あったかかったよ」

「お母さん、浩人に寂しい思いさせちゃってるね。お父さんに会えなくて寂しいんだよね……。ごめんね」


 布団にうずめた顔をぴょんと出し、浩人は口を尖らせた。


「ママがいるから、寂しくないよ!」


 思わぬ浩人の言葉に涙が出そうになる。梨恵は布団の上から浩人を抱き寄せた。


「ありがとう、浩人」


 浩人はニッカと笑い、また布団の中に顔をもぐらせた。照れているのだ。

 梨恵は布団から見える浩人の頭をそっとなで、子守唄を口ずさむ。

 なぜ、総志朗は浩人と会ったのか。本当に総志朗だったのか。疑問は尽きない。

 また会いたいと願う。

 総志朗と過ごした日々が思い出される。子どものような、けれど大人びた笑顔。したたかに生きているのに、時折見えた儚さ。消えてしまうんじゃないかと――いつも思っていた。

 総志朗が大切だった。親友のように、恋人のように、家族のように。

 スウスウと寝息が聞こえてくる。布団をどかすと、浩人の愛らしい寝顔が見えた。


 総志朗と似てる。


 そう思った。浩人を愛する気持ちと、総志朗を愛する気持ちはどこか似ている気がして、梨恵は笑みをこぼした。

 階下から聞こえてくるテレビから、香塚病院の殺人事件のあらましを述べるコメンテーターの声が聞こえてきた。最近耳が悪くなってきたと、梨恵の母・理沙はテレビの音量をとんでもなくでかくしている。


「もう……」


 うるさい、と思いながら、体を起こす。

 香塚病院の事件は、間違いなく彼が関与している。止めなければいけない、梨恵は手から汗が染み出てくるのを感じる。

 けれど、どうすればいいのかなんて全くわからない。頭を抱えそうになった時、ふと浮かんだのは、学登と篤利の顔だった。

 この二人ならば何か知っているかもしれない。

 学登は今現在行方がわからないが、篤利ならおそらく同じところに住んでいるだろう。

 土曜日になったら、彼らに会いに行こうと梨恵は計画を練る。







「え? 横浜?」

「そうなんです。突然横浜に行ってくるって。しかも今日は帰れないって言ってましたから……。ごめんなさいね」


 土曜日、篤利の自宅に赴くと、篤利の母親らしき人が出迎えてくれた。おっとりとしたかんじの女で、柔らかい口元が篤利と似ていた。


「小学生の頃に仲良くしてもらった男の人に感化されて、今便利屋なんてところでバイトしてるんですよ。しっかりした子だから心配はしてませんけど、私の言うことなんて全然聞かなくて」


 困ったわ、と小首をかしげる篤利の母。


「じゃあ、またお伺いします。失礼しました」


 一礼すると、篤利の母は穏やかな笑みを浮かべて手を振ってくれた。感じのいい人だ。梨恵は笑顔を返し、早足でその場を後にした。




 帰り道、なんとなく祖父の家へと訪れた。

 この間、ここで会った『関谷唯子』という女。二十代前半くらいの、奈緒によく似た女だった。

 ユキオの彼女だと名乗ったあの女は、一体何者なのだろう。

 鍵を開け、家の中に入る。この間訪れた時は、埃っぽさがこびりついていた。だが今日は、灰色のフィルターを取り付けたように淀んでいたはずの空気が、澄んでいる気がした。

 前に来た時とは、何かが違う。

 ベッドの上には乱れた真新しい布団。ゴミ箱にはカップラーメンの容器が落ちている。テーブルの上は台拭きできれいに磨かれていた。

 そう、まるで誰かがそこに住んでいたような、そんな雰囲気が醸し出されている。

 唯子と会ったのは一週間ほど前。その一週間の間で、ここで誰かが生活をしていた。そうとしか思えない。

 玄関の方で、ガタガタと音がする。

 梨恵は身を強張らせ、玄関を振り返った。誰かが、おそらくここに勝手に住み着いている誰かが、来たのだ。

 ドアが開く。

 細身の体。くせっけの髪が帽子の隙間から見える。目深にかぶった帽子を取るその男は、紛れもなく。


「総志朗……!」


 総志朗、その人だった。









 あなたを止められるのは、きっと私だけ。




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