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CASE9 女将:05

「じゃあ、私からね」


 裕子が小さく手を上げて、話し出した。

 かまくらの中にいてもわかるくらいの轟音を立てる風と雪は止む様子もない。


「私ね、今回のバイトは傷心旅行のつもりなんだ」


 携帯電話が圏内に入ったか確かめながら、裕子はふっと短いため息をついた。


「彼氏と別れたの。高校のときから付き合いだから、丸ニ年。なのにさぁ……他に好きな人が出来たって言われて。私、あんたのなんだったのって。こんなに一緒にいたのに、もう私なんか必要ないのって……そんなことばっか考えて。嫌んなってた時に、学ちゃんにこのバイト紹介してもらったんだ」


 小学生の篤利はまだこれといった恋愛経験もないため、あまり恋愛話に興味が持てないらしく、青いニット帽を脱いだりかぶったりを繰り返している。そんな篤利には何の言葉も求めていない裕子は、総志朗の方にすっと視線を向けた。


「必要ないとか、そんなん考えすぎだよ。必要不必要で人間の存在意義を決めるのはおかしい話だ。恋人だけがすべてじゃないだろ。友達とか、家族とか、またいずれ出来る彼氏とか」

「……うん。そうだよね」


 ニット帽を着脱をようやく止めた篤利は、二人を交互に見る。沈んだ顔の裕子。対する総志朗も沈んだ面持ちをしていた。


「二人とも、暗い」


 裕子と総志朗は目を見合わせ、力無く笑う。


「オレ、この世に必要ない人間なんていないと思う。恋愛はよくわからねえけど」


 篤利の率直な意見を受けて、裕子も総志朗も「うんうん」と大きくうなずいた。


「じゃあ、次は篤利君」


 どでかいあくびをしていた篤利が、突然名指しされ、あくびをしたままの大口を開けて「あがが」とうなった。


「オ、オレ、恋愛話なんてねえよ」

「なんでもいいよ」


 あくびが伝染し、裕子も手で口元を隠しながらあくびをする。

 吹き込んでくる風が冷たくて、全員が体をいっそう小さくした。


「オレ、最近友達増えたんだ。前は全然友達なんていなかったけど、それを寂しいなんて思ってないつもりだった。けど、今は友達がいて、楽しくて。昔の自分思い出して、寂しいって思ってたんだって気付いた。だから、あんなにイライラしてたんだ。だから、オレ、友達作るきっかけくれた総志朗に、ちょっとだけ感謝してんだ」


 膝小僧に顔をうずめて、恥ずかしそうに篤利は早口でそう言った。篤利が照れているから、総志朗もなんだか照れくさくなり、篤利の背中を叩いてやった。


「痛えんだけど!」

「気のせい」

「気のせいのわけないだろ!」


 にらみ合う篤利と総志朗の間に腕を入れ、裕子は「まあまあ」と笑う。篤利は口を尖らせながら、つぶやいた。


「オレはもう独りじゃないから……次は総志朗だぞ」


 総志朗はちらりと篤利を見た後、視線を地面へと落とした。真っ白い雪に手をつけると、じわりと冷たさが手から腕へと伝わっていった気がした。


「総志朗君、なにか話してよ」

「オレ?」

「うん。あ、奈緒ちゃんとはどうしたの? 最近フィールドに奈緒ちゃん来てないけど、喧嘩でもした?」


 クラブ・フィールドの常連の裕子と奈緒は顔見知りだ。フィールドに来る連中は奈緒と総志朗は恋人同士だと勝手に勘違いしている。


「奈緒、のこと……ねえ」


 それだけ言って、総志朗は何も言わない。地面に目線を落としたまま、雪を掴んだり離したりしている。


「総志朗君って、よくわかんない人だよね。何考えてんのかさっぱり」


 あくびをしながら裕子はつまらなそうな声を出す。総志朗が何も話す気はないと早々に感付き、総志朗から話を聞くことをあきらめたようだ。隣で篤利も大きな大きなあくびをしている。総志朗も喉の奥から込み上げてくるあくびが我慢できず、くわっと口を開けた時だった。

 風がうなる音が耳のすぐそばから聞こえた。


「――ねえ、助かりたい?」

「え?」


 誰かの囁き声。眠気が一瞬で覚め、総志朗はきょろきょろと辺りをうかがう。裕子の声ではない女の声が、耳のすぐそばで聞こえた気がしたのだ。


「あ、おい! 篤利! 裕子! 寝るな!」


 気付くと、裕子も篤利も膝に顔を預けて、眠ってしまっていた。二人の肩を揺するが、寝入ってしまった二人は起きる気配すらない。スウスウと気持ち良さそうな寝息が合唱している。


「ねえ、助かりたくないの」


 今度はかまくらの外から声が聞こえてきた。先ほどと同じ、女の声。

 雪が少しでも吹き込んでこないように小さく作った入り口の向こう側、風で真横に飛ぶ雪のその先に、ちらちらと人影らしきものが見えた。


「その子たち、助けてあげてもいいわよ? あなたが犠牲になるというなら……」


 透明感のある高めの声。メロディを奏でるような声が、吹雪の音さえもかき消して、総志朗の耳朶に響く。


「犠牲? オレに死ねって言ってんのか」

「――私のところに来て。私のところに」


 魔性の声だな、と総志朗は思いながら、その甘美な声に誘われるように、かまくらからはいでた。

 吹きつける雪が顔面を叩く。


「本当に、助けてくれるのか」


 質問に対する声は聞こえない。ただ、雪の向こうに、笑う女の姿が見えた気がした。










 あの日、私が言った言葉を覚えてる?

 あの日、あなたが言った言葉を覚えてる?

 震える肩。

 こぼれる涙。

 すがりついた体の温かさ。


「大丈夫」


 繰り返す言葉は、まるで呪文のようだった。


CASE9はちょっぴりホラーが混じってるので(全然混ざってない気もしますが)、夏ホラーのサイトをリンクしてみました。

タグなんて知らないので、四苦八苦しました(^^;


今更ですが、夏ホラーという企画に参加してます。

興味がある方、サイトを覗いてみてください。怖い話が載っていたりして、面白いのです(^^)

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