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CASE9 女将:03

「お前が黒岩んとこからの紹介のやつか?」


 スキンヘッドにあごひげ、つり上がった鋭い目をした男が、総志朗たちを上から下までじろりと見た。

 強面という言葉がぴったりと当てはまる男を前に、総志朗は後ずさりしながらうなずいた。

 河野旅館と書かれた古い木材の看板は薄汚れ、字が判別しづらい。民家が少し大きくなった程度の古ぼけたその旅館に、総志朗と篤利、そしてクラブ・フィールドの常連客・橋本裕子は訪れた。三人を出迎えたのが、この怖い男。


「名前は?」


 しわがれたぶっきらぼうな男の物言いに、裕子と篤利はすでにおびえている。総志朗は冷や汗をかきながらも、三人分の自己紹介をした。すると、男はふんっとでかく鼻息を吐き、「上がれ」とぼそりと言った。


「ちょっと! あんた、何してるの」


 旅館の奥に行こうとするスキンヘッドの男を止め、パンチパーマをふくらませたような髪型をした中年の女がばたばたと総志朗たちの前まで走ってきた。


「ごめんなさいねぇ。びっくりしたでしょ? こんなヤクザ顔のおっさんが出てきて」

「いえ……」


 一応否定するが、本心はブンブンと首を縦に振る総志朗。


「こんな怖いおっさんがいるからバイトで入った子がすぐ辞めちゃってね。新しい子が一月二十日からしか出れないって言うから。それで、学ちゃんに頼んだのよぉ。あ、自己紹介がまだだったわね。私がこの旅館の女将、河野雪子。で、あのつるっぱげが私の旦那の定男さだお。厨房で料理作ってるのよ」


 雪子はべらべらと早口でおしゃべりを続ける。女将という言葉がいまいち合わないちっぽけな旅館をどうやら二人で運営しているらしい。忙しい時期だけアルバイトを雇っているのだそうだ。

 旅館というよりは民宿といったかんじの古びた建物を、雪子はしゃべくりまくりながら案内してくれた。


「学ちゃんはね、もともとは定ちゃんの知り合いでね。定ちゃん、昔はヤクザだったのよ。今は更正してるんだけどね」

「定ちゃん……」

「ヤクザ……」


 雪子に聞こえないような小声でつぶやきながら、篤利と裕子は冷や汗をだらだらとかく。そんな二人の様子に全く気付いていない雪子はおしゃべりを続けている。


「仕事は明日からでいいから、今日はゆっくり休んでねぇ。ここがあんたたちの部屋よ。女の子はこっち」


 従業員用の小さな和室に入り、三人はやっとほっと一息ついたのだった。





 その晩、従業員用の食堂――と言っても厨房の一角――で食事をしている三人のもとに、定男がつまようじでしーしーしながらやって来た。


「どうだ? 俺の作った賄いは。うめえだろ?」

「は、はい」

「ところで、そっちのガキ」


 呼ばれた篤利は途端に背筋が伸びる。


「は、はい」

「ガキはバイトしちゃいけねえんだけどよ。ま、何かの縁だ。内緒で働かせてやっからな。もし客になんか聞かれたら、ここんちの息子で手伝ってるだけだって答えろよ」

「は、はい」


 ヤンキー座りで篤利の前に座った定男が、篤利の肩を叩きながら立ち上がった。篤利は自分から定男が離れたことに安堵し、ほっとした表情を浮かべている。


「夜九時以降はスキーでもスノボでも勝手にやりに行っていいからな。だが、気をつけろ。ここのスキー場は雪女が出るらしい」

「ゆきおんな〜?」


 つい疑問の声を上げた総志朗を、定男は鋭すぎる目で睨んだ。総志朗は「すいません」とごまかし笑い。


「信じられねえだろうけどよ。毎年何人か遭難してな、そいつらが言うんだよ。『雪の中で白い着物を着た女を見た』ってね」


 身をすくめる三人に、定男は満足そうな顔をする。怖がらせたかったのだろう。


「その雪女が遭難させてんだって、この辺じゃ有名なんだよ。ま、ほとんどは助かってんだから、気にする必要は無いだろうがな。一応な」


 定男はにやにやと笑いながら、食堂から出て行ってしまった。怖い話よりも怖い存在がいなくなったことで、三人全員がほーっと大きな息を吐いた。





 次の日から、三人は仕事を始めた。

 篤利と裕子は雪子に仕事を教わりながら、客の朝ごはんの配膳を準備し、総志朗は定男と一緒に厨房に立っていた。


「おし。これとこれ、食堂に運べ」


 湯気をあげる焼き立ての魚をお盆にのせ、総志朗は客用の食堂に料理を運ぶ。食堂には、二組の客がすでに来ていた。


「失礼しまーす」


 がらりと食堂のドアが開き、新たな客がテーブルにつく。若い女の二人連れ。他のテーブルに焼き魚を置いていた総志朗の目の端に、その女たちの後姿が映る。

 総志朗は思わず振り向いた。

 肩にかかるくらいの茶色い髪。標準的な身長と、ほっそりしているのに肉付きのいい体。奈緒によく似ていた。


「奈緒?!」


 声が出てしまった。総志朗の大声に振り返るその女の顔は奈緒に似てもいない。全くの別人だった。


「す、すいません。似た友人がいるもので」


 笑ってごまかし、配膳を再開する。くらくらとめまいがした。

 こんなところに奈緒がいるわけがない。そんなことわかっているのに、奈緒に似た人を見かけるとつい声をかけてしまう。

 奈緒に会いたい気持ちがふくらむ。奈緒を探しに行かなければ、そんな使命感が心をよぎる。

 ふと浮かぶ、梨恵の顔。


――つらいことがあるなら言ってよ。聞いてあげるから。


 梨恵の言葉。苦しくてもつらくても、支えてくれる人がいる。大丈夫だ、総志朗は自分に言い聞かせる。めまいが和らいでいく。


「大丈夫だ。オレは。まだ」









 傷ついても、苦しくても、つらくても。

 あなたはあなたの力で立ち上がっていたんだよ。

 私のおかげじゃない。

 あなたの力なんだよ。

 思い出して。

 あなたは弱くなんかない。

 本当の強さは、弱さの裏側にちゃんとあるんだよ。



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