表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/176

CASE9 女将:02

 アパートに戻り、バッグにセーターやトレーナーをつめこむ。

 学登から受けた依頼は、雪山の近くにある旅館の短期バイトだ。寒いところはあまり好きではない総志朗にとっては億劫で仕方ない依頼。スキーやスノボが出来ると学登は言っていたが、総志朗はスキーもスノボもやったことがないから、別に心惹かれない。なにより奈緒を探す時間が削られるのが嫌で仕方ない。

 大きなため息が落ちる。


「どこ行くんだよ?」


 突然の後ろからの声に総志朗は思いっきり身をすくめた。目を丸くしながら振り返ると、またもや篤利が不法侵入していた。


「お前……勝手に人んち上がるなって……」

「どこか行くんだろ? 荷造りなんかして」


 総志朗の言葉は聞いてないふりして、篤利は荷造り中の荷物を覗き見る。それを片手で隠しながら、総志朗は「関係ないだろ」とそっぽを向いた。


「オレは助手なんだから、関係なくなんかないだろ!」


 依頼を手伝わせてしまったことを後悔する。後ろでぎゃあぎゃあ騒いでいる篤利を無視して、総志朗は荷造りを再開した。


「……寒いところって嫌だよな。オレ、冬はコタツでみかん派」


 騒ぐのをやめた篤利がぽつりとつぶやく。


「オレも。なんで寒いのにわざわざさらに寒いところに行かなきゃいけないんだよな〜。スキー場に行くなんて考えるだけでも鳥肌が立つ」

「へえ。スキー場行くんだ」


 はっとして総志朗は後ろを振り返る。篤利がにやにやと笑っていた。


「てめえ」

「そっちが勝手にしゃべったんじゃん。オレは悪くないもんね」


 してやったりとほくそ笑む篤利を前に、総志朗は反論の言葉さえ思い浮かばず、がっくりと肩を落とした。


「なんかお前、オレに似てきた?」


 力無くつぶやく総志朗に向かって、篤利は堂々とVサインを送る。





 次の日、案の定篤利は大きな荷物を抱えて総志朗のアパートの前に来ていた。総志朗はまたまたがっくりと肩を落とす。


「遊びに行くんじゃないんですけど」

「仕事なんだろ? だからオレも行くんじゃん」


 さも当然とばかりに胸を張る篤利。総志朗の肩は落ちっぱなしだ。


「学校、あるだろ?」

「月曜は祝日だから、三連休だし。親には友達の家族旅行に一緒に行くって言ってあるし」


 連れて行くとも言っていないのに、篤利は自分の荷物を総志朗の車――学登から借りているベンツ――に積み込んでいる。


「雪山にベンツってどうなんだよ? 四駆とかのがいいんじゃねえの?」


 とかなんとか言いながら、すでに助手席に座っている。

 総志朗はもう落ちるところまで落ちた肩をそのままにして、運転席に座った。








「総志朗に言わないの? 奈緒ちゃんのこと」


 学登が作ってくれたチャイナブルーを見つめながら、梨恵はつぶやいた。青い海のような色のカクテルは、光喜の目の色にも似ているように思えた。

 開店前のクラブ・フィールドには、梨恵と学登しかいない。音楽を撒き散らす店内が静か過ぎて、梨恵は今日に限って違和感を感じる。

 気持ちのせいだ、と思う。奈緒の死という真実が未だ現実味を帯びず、心のどこかでまだ優喜の言葉を信じていない。


「総、奈緒ちゃんのことで頭がいっぱいだろ。少し奈緒ちゃんのことから離れた方がいい」


 学登はコロナビールをぐびぐびと飲み込んで、一息ついた。テーブルの上に置いたビールのビンをつかむ手に力がこもる。


「総は……生きることを大切にしてる。俺が出来ることは、それを守ってやることだけだ」

「学ちゃんはどうして総志朗をそんなに気にかけるの? まさかホモップル?」


 梨恵の突拍子も無い発言に学登は飲もうとしていたビールをぶはっと吐き出してしまった。笑いを我慢できない。


「なんでそうなるんだよ」

「だって。総志朗、恋人作らないって言うし。いや、冗談よ」


 チャイナブルーの液体の中に沈んだチェリーをすくい取り、梨恵はそれを口に含む。甘ったるい味が口の中に広がってゆく。


「総志朗と優喜と光喜ってどういう関係なの? 光喜は優喜のことを知ってるみたいだし」


 学登は笑うのを止め、梨恵をじっと見据える。梨恵を見ているのに、学登の視線はもっと別なものに向けられているような気がして、梨恵はその目を見つめ返した。


「梨恵ちゃん、前にも言ったはずだが、総志朗といることは危険なんだ。巻き添えをくう羽目になる。奈緒ちゃんは、巻き添えをくったんだよ」


 その言葉に、梨恵はぞっとする。冷たいカクテルグラスから、梨恵はそっと手を離した。


「君に関わるなと言ったところで、もう光喜は君に目をつけてしまった。優喜も光喜も次は梨恵ちゃんを狙うだろう。総志朗を旅館に行かせたのは、光喜から君を離すためだ。優喜はどうにも出来ないが……今のうちに光喜や優喜から離れた方がいい」


 優喜はまだしも、光喜でさえ危険だと言う学登の言葉が、梨恵は信じられない。光喜は自分を守ってくれた。好きだと言ってくれた。梨恵には光喜を疑うことなど、もう出来ないでいた。


「奈緒ちゃんの次に殺されるのは、梨恵ちゃん、君なんだ」

「そ、そんなことになるわけない! 奈緒ちゃんを殺したのは優喜だわ! 光喜は関係ないじゃない! 光喜が私を殺そうとするわけない!」

「梨恵ちゃん?」


 学登は怪訝そうに眉をしかめる。梨恵は口を手で覆い、うつむいた。何をむきになっているのだろう。冷静な心が自分に問いかけてくる。


「あ」


 学登の手からビール瓶が落ちる。床に落ちたビンはパリンと乾いた音をたて、真っ二つに割れた。


「学ちゃん、大丈夫?!」


 慌てる梨恵とは対照的に、学登は先ほどと同じような遠い目線で、独り言のようにつぶやいた。


「真実ってのはいつでも残酷で……時には真実なんて見ないでいた方が幸せなんだ。総にとっての真実は絶対に見てはいけないもので……」


 学登は割れたビール瓶に目線を落とす。飛び散った破片が照明に当たってキラリキラリと光っていた。


「梨恵ちゃん、君は一途な子だ。君はいつか総志朗を傷つけるだろう。総に真実を突きつけて」


 言葉が梨恵の耳を風のように通り抜けてゆく。なぜか梨恵は返す言葉が見つからず、わずかに開いた口から息が抜けていくのを感じていた。


「学ちゃんが言っていること、わからないよ……」


 そんな言葉しか出てこなかった。









 私は信じたかっただけ。

 あなたも。彼も。私自身も。

 私はあの時のことを一生忘れない。

 私のエゴ丸出しの言葉を。

 それを聞いたあなたの表情を。




さりげなくあと10話で100話です。

100話の記念は何が良いのだろう(o^^o)

きっと脳内でむなしく祝います(笑)




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ