CASE1 ゲーマー:07
エメラルドグリーンに輝く左目が梨恵を見つめる。
時おり揺らいでみえるその瞳はまるでエメラルドのよう。
「怖い?俺が。」
不適な笑みを浮かべた光喜――と名乗る総志朗――は梨恵にさらに歩み寄る。
2人の距離はもうゼロに近い。
「梨恵。忠告しておくよ。総志朗には関わらない方がいい。
総志朗のためにも。君のためにもね。」
「な……なんなのアンタ!!頭おかしいんじゃない?!」
精一杯の虚勢を張る。
この男が怖い。言い知れぬ恐怖感に梨恵は足がすくむ。
そんな梨恵の腕を取って、彼は梨恵の顔を覗き込んだ。
目をそらすが、光喜の視線は梨恵を離れない。
「頭がおかしいのはどっちだよ?
寂しくて、誰かにそばにいてほしいんだろ?
総志朗を追いかけさせて、気を紛らわせて、自分を見つめる誰かがいることに安心したかったんだろ?
おかしな方法を取るよな。ハハハ!」
隠しておきたいものを見られたような嫌悪感を感じて、梨恵は光喜をにらみつけた。
ここでこの男に屈服したくない。
「あんたに何がわかるの!!離して!!」
思い切り腕を振って、光喜の手を振り払い、梨恵は後ろに後ずさる。
その行動を光喜は嬉しそうに見ていた。
「ヒュ〜ウ。こえぇ女。そそるね。気に入ったよ。」
口笛を鳴らし、彼はにやりと笑う。
面白いおもちゃを見つけた子供のような目。
梨恵はそれを睨み返すことで、反発する。
「梨恵。また会おう。」
光喜は近くにあった椅子に座ると、梨恵を上目遣いで見た。
もともと端整な顔立ちが引き立ってみえる。
一歩後ろに下がった梨恵は、そのまま光喜に背を向ける。
心臓がドクドクと高鳴る。
怖い。
湧き上がる恐怖心で、梨恵はそのまま走ってフロアから出る。
後ろから刺さる光喜の視線をかわすように。
動転したままの頭を抱え、梨恵は家路に着いた。
あの男は一体何なの?何もかも見透かしたあの緑の目…
総志朗のはずなのに、光喜と名乗った…何なの?
頭に浮かぶクエスチョンマークはいくら考えても消えることがない。
双子…とか?
いくら双子にしても、そっくりすぎる。
それにあの目は、普通の人間の目じゃない。
きりが無い疑問を振り切るようにかぶりをふって、梨恵はそっと窓の向こうを見た。
そこには総志朗が立っていて、梨恵に気付いたのか笑顔で手を振っている。
梨恵はついカーテンをしめてしまった。
「あれは…総志朗…よね?」
屈託の無いあたたかい笑顔の総志朗。
対して光喜と名乗った総志朗は、不気味で冷たい笑みだった。
梨恵は確認しようと、総志朗の元へ向かう。
「こんばんは〜。今夜も暑いね!」
のん気にへらへらと笑う総志朗には、あの恐怖心は感じない。
いぶかしげに総志朗の顔を見る梨恵に、総志朗は笑って問いかけた。
「何?変な顔して。まさか!!オレ臭い?!実は昨日から風呂入ってなくてさ〜。」
自分の体を犬のようにくんくんかいで、臭くないよな?と笑いかける総志朗はいつもの彼だ。
「風呂は毎日入りなさいよ…。」
「外国人は毎日入らないからいいかと思って。」
「いや、あんた日本人でしょ?」
こんなバカな会話をするのは総志朗としか思えない。
ただでさえ暗いのに、総志朗はサングラスをしていた。
それを梨恵がそっとはずすと、うっすらと緑がかかったきれいな茶色い瞳が見えた。
―――これは俺の証。…俺である証だよ。
光喜のあの言葉がリフレインする。
「なんだよ?オレに惚れたのか?」
「バカじゃん。」
なんだかばかばかしくなってきて、梨恵は総志朗のサングラスを彼の胸に押し返す。
「1日目はもうすぐ終わりだな。」
「え?ああ…そうね。」
「この分じゃ、オレの勝ちだね。」
嬉しそうに、総志朗はにたりと笑う。
嫌味な笑顔なのに、やはり光喜と名乗った彼とは違う笑顔だ。
「まだ1日目じゃない。勝負はこれから!」
そう吐き捨て、家の中に戻ろうとした梨恵に、総志朗は手をふって言った。
「おやすみ。」
優しい声。
「うん。おやすみ。」
自然と梨恵も笑顔を浮かべる。
光喜の言葉があながち間違ってはいないと、梨恵は思った。
この安心感を、求めていた。
私は、あなたが怖かった。
初めて会った時から…そして別れたあの日まで。
感じる恐怖心は様々で、最初と最後ではその意味合いも違ってはいたけれど。
今でも怖い。
あなたの本心を知りたくないから。