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CASE8 リクルーター:06

「じゃ、オレ、奈緒のこと探しに行くから」


 なみなみと残っていたお茶を一気に飲み干して、総志朗は立ち上がった。


「あ、私も行く」

「……いいよ。奈緒はオレが見つける」

「一人で探すより、二人で探した方がいいでしょ? 私も行く」


 一度決めたことは絶対に覆す気がない。梨恵はふんと鼻息荒く、総志朗を睨む。総志朗はあからさまにため息をついて、肩を落とした。


「梨恵さんには……迷惑かけたくなくて、ここを出たんだ。こうやってオレに関わってると、きっとろくなことにならない」

「別にいいわ、そんなの」


 胸を張り、梨恵はにっと笑ってみせる。肩を落としたままの総志朗は、さらに肩を落として、さらにため息をまたついた。


「梨恵さんも篤利も、関わるなっつってんのに」

「篤利? ああ、あのお父さん殺そうとした子」

「そ。あいつ、何でも屋の助手やるって言って、はりきりまくりでさ」


 もう知らない、と総志朗は両手を上げて、すたすたと玄関に向かう。

 梨恵も慌てて身支度を整え外に出たが、当然のごとく総志朗の姿を見つけることは出来なかった。

 梨恵も奈緒を探すために、家を出る。

 とりあえず、一度クラブ・フィールドに行くことに決め、電車に乗り込んだ。



 駅を降り、フィールドまで歩く。駅から少し歩いた狭い道の脇にフィールドはある。梨恵はフィールドに向かいながら、考えをめぐらせていた。

 昨日あった光喜。

 彼は「相馬優喜がすべて知っている」と言っていた。総志朗に襲い掛かったあの高校生は一体何者なのだろう。

 優喜という名が、光喜と似ているのも妙に気にかかる。彼らに接点はあるのだろうか。そして、総志朗は?


「探してみるしかないわね……相馬優喜を」


 だが、どうやって探せばいいのだろう? 総志朗なら、優喜の居場所を知っているはずだ。だが、総志朗に直接優喜の居所を聞く気にはどうにもなれない。彼らの関係はわからないが、もしかしたら根深い何かがあるかもしれない。もしあるのだとしたら、その深さは暗く底の知れない井戸のような気がして、梨恵には覗き見ることが怖かった。


「学ちゃんは……?」


 総志朗と付き合いの長い学登なら、何か知っているかもしれない。梨恵は、クラブ・フィールドの重い扉を静かに開いた。





 夕方に開店するクラブ・フィールドは、開店前の準備で慌しそうだった。イベントの主催者とDJがなにやら慌てた様子なのに、その横で学登は悠々とタバコをふかしている。


「学ちゃん、ちょっといい?」

「お? おお」


 突然顔を出した梨恵にぎょっとしながら、学登はうなずく。まだ火をつけたばかりのタバコを灰皿に捨て、梨恵のそばに来てくれた。


「ねえ、学ちゃん。学ちゃんは、『相馬優喜』知ってる?」

「……知らないな。そいつがどうかしたの?」


 柔和な笑顔だった学登の顔が一瞬こわばったのを梨恵は見逃さなかった。学登は何か知っていて、隠そうとしている。


「学ちゃん」


 本当は知ってるんでしょ? 話してよ! そう声に出そうとして、止めた。きっと問い詰めても、何も教えてはくれないだろう。

 曖昧な笑みの口元に比べ、目が真剣なままの学登。彼の口から聞き出すのは、梨恵には無理に思えた。


「なんでもない。ごめんね、仕事中に」


 梨恵はあきらめてフィールドを出て行く。手がかりは名前だけ。名前だけで、その人物を探し当てることなんて出来るのだろうか。


「こういうことを依頼されるのが総志朗なのよね……。でも総志朗に依頼なんて出来ないし……」


 何でも屋総志朗の手を借りたいが、借りれるわけがない。どうしよう、そう思った時、何かが喉に引っかかった気がした。

 なにか。


「何でも屋の助手!」


 さっき総志朗が話していた、篤利。何でも屋の助手をやっているというなら、彼の手を通じて何か総志朗から探れるかもしない。もしかしたら、相馬優喜自体を知っている可能性だってある。

 溢れ出た期待感を胸に、梨恵は篤利が通う小学校に向かう。





 篤利は学校帰りに梨恵の家を見つけて、依頼してきた。ということは、梨恵の家の周辺にある小学校に通っているはずだ。

 一番近くにある小学校の校門の前で、腕を組んで篤利が出てくるのを待つ。

 夕方を迎えた時間は風もいっそう冷たくなり、ひゅうひゅうとうなり始める。マフラーを口元にまで広げて、梨恵は小刻みに震えながら、門を出て行く小学生の中にいるはずの篤利を探していた。


「あっくーん! サッカーやらねえの?!」

「今日は行くところがあるから、また今度!」


 元気のいい声に、梨恵は振り返る。

 後ろを向いて、サッカーをする子どもに手を振っていた男の子が、ぱっと前を向いた時。梨恵と彼の目はばっちりとかみ合った。

 その瞬間、彼は「げ」とつぶやき、口を大きく歪めた。


「あっく〜ん、『げ』ってなに?」

「総志朗のとこの怖い姉ちゃん……」

「怖い?」

「怖くないです」


 キャップがトレードマークの少年――日岡篤利は、つり目を泣きそうな目に変えて、後ろに少しずつ後ずさってゆく。それを右手で捕まえて、梨恵は邪悪に微笑む。


「ちょっと聞きたいことがあるの。いい?」


 だめ、と言わせるつもりはない。篤利の腕をつかんだ手を離す気は全くもって無い。


「いいです……」


 篤利は半泣きになりながらも、うなずくしかなかった。


「あのさ、相馬優喜って、知らない?」

「知らない」


 即答だった。梨恵は頭をがくりと落としてしまった。期待していた自分が馬鹿だった。まだ小学生の子に、総志朗がやすやすと依頼人のことを話しているわけがない。ましてや、いきなりナイフで切りつけてくるような男のことをべらべら話すとは思えない。いまさらになって、梨恵はそう思い返し、とんだ無駄骨だったと校門に手をついた。


「だよねぇ。わかった。ありがとう」


 さっさと立ち去ろうとした時、コートの腰紐が何かに引っかかり、梨恵は後ろにのけぞってしまった。


「な、なに?」


 慌てて振り返る。そこには篤利が瞳を輝かせて、梨恵のコートの腰紐を掴んでいた。


「依頼しろよ」

「は?」

「オレに依頼しろよ。そうまゆうきってやつのこと、知りたいんだろ?」

「そ、そうだけど」


 篤利の目は星を映し出したかのようにきらきらと輝きを強める。そのきらきらっぷりに梨恵は口元をひくつかせた。

 だが、これは願ってもないことだ。何も収穫のない状況を思えば、子どもといえども戦力になる。


「じゃあ、依頼するわ。総志朗から相馬優喜の居場所を聞きだして」

「了解! まかせとけ!」


 どんと胸を張る少年の誇らしげな姿に反して、梨恵はいっそうの不安を募らせるのだが、ここは任せるかしかない。


「よろしくね」


 不安を隠せない梨恵の小さな声。篤利はそれに気付くことなく元気のいい敬礼をして、誇らしげな顔のまま駆け出して行ってしまった。









 あなたを尊敬していた篤利君。

 あなたの真似が出来ることを喜んでいたよ。

 気付いてた?

 あなたを見つめる篤利君の目。

 憧れに満ちた少年の目に、あなたは気付いてた?






 

 

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