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CASE8 リクルーター:05

 向かい合った女二人。間にはさまる総志朗。

 イライラした表情を見せる梨恵とは対照的に、理沙は冷静さを取り戻したのか、少し和らいだ表情をしていた。

 腕を組んだ体勢で、理沙はふうとため息をつく。


「教師になるのはいいとして、一人暮らしは反対だわ。女の子一人で、こんなぼろやに住んでるなんて危ないし。それに、梨恵は勉強以外できない子だから」

「出来るわよ!」

「どこが! 見なさい、この部屋! 男の部屋みたいにごちゃごちゃじゃない!」


 総志朗が自分の部屋としていた部屋を、理沙は汚いものを見るときのような蔑んだ目で見やる。

 オレが住んでいたから……と総志朗は言いそうになるが、そんなこと言ったらまずいだろう。唇を噛み締めて、なんとか押し黙る。


「私、ちゃんとやってるわ!」

「証明できる?!」


 冷静さを取り戻したかのように見えた理沙だが、また眉をつり上げて、梨恵に食ってかかる。総志朗は理沙の前に両手を出して、「まあまあ」と制する。


「梨恵さん、料理も掃除も洗濯もちゃんとやってますよ。お姉さん、あなたが過保護に守っていた時は何もしなかったかもしれないけど、今はきちんと自分でやってます」

「過保護って!」

「梨恵さんが何も出来ないなんて、決め付けてるだけじゃないですか。お姉さんが全部やってしまってるだけで、梨恵さんにやらせようとしたことないんじゃないですか?」

「そ、それは」


 図星をつかれたのだろう。理沙は反論しようと口を動かそうとするが、言葉が出てこない。


「梨恵さんは、自立しようとしてる。それを止める権利は、たとえ親でも無いよ。なりたいこと、なれないこと、どうすれば幸せになれるのか、何が自分にとって幸せなのか。梨恵さんは自分の力で見つけようとしてる。それを無理に止めようとしたら、梨恵さんは一人前にはなれない。今、梨恵さんに必要なのは、梨恵さんを崖から落とすようなライオンみたいな厳しさだと思うけど」


 女の中では身長の高い梨恵の母親とは思えないほど、小柄な理沙。腕を組んだまま、床に視線を落とし、微動だにしない。


「お姉さんがいう女の幸せは、梨恵さんにとって幸せなのかな? 人の決めた道を歩むことが幸せだといえるのかな? 自分の道を歩むことが、自分で決めた道を進むことが、幸せなんじゃないの?」


 総志朗の言葉を最後に、静寂が訪れる。時計のかちかちという音だけが、妙に耳に響いてくる。

 梨恵は長い髪をかきあげ、にこりと笑った。


「お母さん、私、一人で暮らしてみて、一人の大変さがわかったよ。掃除も洗濯も料理も満足に出来ないけど、お母さんが私にやってくれてたこと、まねして、なんとかやってきた。もう少し、一人で頑張りたい。おじいちゃんの暮らしたこの家で……やれる限り」


 理沙の目線は床に落とされたまま。何か言うべきことがないか、総志朗が梨恵をちらりと見ると、梨恵は微笑んで首を振った。大丈夫、そう言いたげだった。


「お母さん」


 梨恵の呼びかけに、理沙はやっと目線をあげた。


「まさか、こんな若い子に説教食らうとは思ってなかったわ! そうよ、悪かったわね! お母さんが間違ってたわよ! でも、お母さんは梨恵のことを思って言っていただけよ。それはわかってほしいわ! とにかく、教師になるならなるで、しっかり勉強しなさいね!」

「え、それって、ここで一人でいていいってこと?」

「勝手にすれば!」


 理沙はぷいとそっぽを向いてしまった。顔が真っ赤になっている。

 総志朗は笑い出しそうになるのをこらえて、梨恵をウィンクしてみせる。梨恵は「すねてる」と小声で囁いて、母に頭を下げた。


「ありがと、お母さん」






「さすが、口だけは達者ね、総志朗」


 満足げに満面の笑みを浮かべる梨恵。

 理沙が帰ったあと、梨恵はほくほくとした笑顔でお茶をすすっていた。


「口から生まれてきましたから」

「そうだと思った。あんたの親、見てみたいわ。こんなロクデナシに何も言わない寛大な親に」

「ロクデナシって失礼だわ〜」

「ね、親は? どんな親なの?」


 ふとわいた興味。総志朗は今まで親の話なんて一度もしてきたことが無いし、当然見たこともない。

 梨恵はテーブルの向かい側に座った総志朗を興味津々で見つめる。


「親〜? あー……」


 抑揚のない低い声で「あー」と言ったまま、総志朗は目を泳がせる。そして、何かを思い立ったのか、急に梨恵に視線を戻し、にっと笑った。


「オレはライオンの子」

「は?」

「オレ、崖から突き落とされたのよ。だから、親なんて知らないし、憶えてない。オレ様はライオンなのさ」


 かっこつけたように遠い目線で、にたにたと笑いながら彼は言う。

 梨恵はあきれて、大きなため息をついた。


「あ、そ」


 やっぱり変な男だ。梨恵はそう思って、熱いお茶をまたごくごくと飲む。


「ところで」


 まだにたにた笑いながら、総志朗はすっと両手を梨恵に突き出した。梨恵は意味がわからず、突き出された手をパンと叩いてやった。


「なによ」

「依頼料、下さいな」

「ああ、そういえば」


 財布を取り出し、中身を確認して手を止める。一体いくら渡そうか。


「はい」


 梨恵の手には千円札が一枚。総志朗のにたにた笑いは一気になくなっていった。


「いや、少なくないですか?」

「だって、一時間も話し合ってないじゃない。時給にすれば、いい方よ」

「あ、悪徳っ」


 梨恵には逆らえない。総志朗はがっくりと肩を落として、泣く泣くその千円を受け取ったのだった。









 あなたは、ライオンの子。

 強く、孤高の、気高き。

 あなたはライオン――。


 あなたの背中を、私は追い続けてる。




やっとプロローグのセリフが出てきました。

題名でもある、セリフです。

やっとここまで来たのか……と少し感慨深く思います。

とはいっても、まだまだ終わりは見えません。

伏線を消化しつつ、新たな伏線を張りつつ、まだまだ頑張ります。


これからの展開をどうぞ見守ってください。



ネット小説セレクションの掘り出し人のお薦め小説のところで、カピバラ様が拙作を紹介して下さいました。

改めて、お礼申し上げます。

ありがとうございました。

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