CASE8 リクルーター:02
君がいない。どんなに探しても。どこにも。君は、いない。
「あーっ! むかつく!」
テーブルにパッソアパインが入ったグラスを叩きおくと、カウンターに立っていた店員が困ったように苦笑いを浮かべる。
梨恵の家に押しかけてた、母・理沙。就職のことで口論になったが、なんとか理沙を追い返すことが出来た。理沙が帰ったあと、梨恵はクラブ・フィールドに訪れ、カクテルを煽りながら、くだを巻いている。
「学ちゃん、今日はいないの?」
いつもはカウンターでドリンクを出している学登が、今日はいない。髪の毛を逆立てた店員が、「人探しに行くって言って、今日はお休みです」とにこやかに答えてくれた。
人探し――奈緒を探しに行ったのだ。梨恵はもうわずかしかないパッソアパインを飲み干し、ジーマを注文する。
自分のことで手一杯になっている自分とは違って、総志朗も学登も奈緒を探すために必死だ。自分が情けなくなる。
「総志朗さん、おかえり」
店員の声が聞こえて、梨恵は振り返る。うなだれながらソファーに座る総志朗の姿が目に入った。
「梨恵さん、ジーマどうぞ」
「ありがと」
ジーマのビンにつきささったライムをビンの中に押し込み、梨恵は総志朗のいるソファーに向かう。
U字型の四人掛けのソファーで、総志朗は疲れたサラリーマンのようにぐったりと座っていた。
「総志朗」
話しかけると、サングラスをかけたままの総志朗が顔は上げずに、梨恵を上目遣いでちらりと見る。が、すぐに目線を落としてしまった。
「ね、踊らない? 私、今日嫌なことがあってさ。踊って憂さを晴らしたいんだ。付き合ってよ」
総志朗の腕を取り、わざと明るい調子で話しかける。だが、総志朗は掴まれた腕を振り払おうともせず、だらりとソファーに寄りかかる。
「元気だしなよ。総志朗らしくないよ」
「……放っといてくれ」
「放っておけないから、話しかけてるの」
精も根も尽きたとぐったりとしていた総志朗の腕に、急に力が入ったことがわかった。わかった瞬間、強い力で掴んだ手を振り払われた。
「奈緒はいない! どこにも!」
梨恵は肺にひんやりとした空気が入り込んでくるのを感じた。総志朗の口からそんな言葉が出てくるなんて、考えてもなかった。
「梨恵はそうやってオレの世話を焼くけど、オレの何をわかってる?! 何も知らない! あんたはオレの何も知らない! わからないだろう!」
見開かれた瞳。サングラス越しのその目が泣いているような気がして、梨恵は胸がしめつけられる。ゴクリ、と唾を飲み込む。
こんな総志朗の姿は初めてだった。
「……総志朗のこと、私、なにひとつわからないよ。でも、あんたは強いふりをしているだけで、心の中に色んなものを抱えているのはわかるよ」
そっと膝をつく。座っていた総志朗の目線と高さが合う。総志朗の目をじっと見つめ、膝の上にあった総志朗の手に、自分の手を重ねた。冷たい冬の空気が、まだその手に残っていた。
「ねえ、総志朗。人と人って似たようなところはたくさんあっても、違うところもいっぱいで、心の奥底からすべてを分かり合うなんて、百パーセント無理。でも、分かり合おうとしなければ、心は通い合えない。ねえ、突き放さないで。私、あんたのことをわかりたい。つらいことも苦しいことも、わかりたいの。言葉にしてほしいんだよ」
眉間に大きなしわを寄せていた総志朗が、ふと表情を和らげる。口元に、笑みが浮かぶ。
「オレ、梨恵さんに励まされてばっかりだな」
そう言って、にっと笑って見せてくれた。梨恵はほっと一息ついて、腰を上げる。
「あ!」
名案が浮かんだ。総志朗を元気づけるための最高の方法。
「ねえ、依頼していい?」
「依頼?」
こんな時に依頼。総志朗はやはり仕事をしている時が一番生き生きしている。奈緒のことを最優先にすべきなのはわかっているが、だからこそ、こんな時だからこそ、総志朗には仕事をしてほしい。それが、彼に力を与えてくれるような気がした。
「私、お母さんに就職のことで色々言われてて、正直きついの。お母さんを説得したいの。手伝って」
「でも」
今は依頼なんて受けられない、そんな表情の総志朗。しかし、梨恵は「出来ない」と言わせる気はない。
「奈緒ちゃんを探すのは、私もやる。だから、奈緒ちゃんを一緒に探しながら、私の依頼をやって。私の問題も、いつもみたいに詐欺チックにパパッと片付けちゃってよ」
「詐欺チックって。失礼な」
「詐欺みたいじゃない。あんたなら、奈緒ちゃん探しながら仕事なんて、朝飯前でしょ」
総志朗の頬を殴るふりをしながら、握った拳を中空に振る。梨恵のそんな行動に、総志朗は笑いが込み上げてきた。
「手のかかる弟!」
「うるさい母ちゃん!」
「なによっ」
総志朗の顔から、暗い影が消えたことが嬉しかった。
私は、どこから過ちを犯したのだろう。
あなたの後ろで私を見ていた彼の、あの時の瞳。
エメラルドグリーンの宝石のようなあの瞳の奥に、私は見てはいけないものを見た。
信じたかった。
偽りなんて無いのだと、信じたかった。
パッソアパインはパッションフルーツのリキュールで割ったカクテルです。
作者はお酒が弱くて、ビールやら焼酎やら日本酒が飲めません。なもんで、甘いカクテルが大好きです。
『ライオンの子』では、何度かカクテルの名前が出てきていますが、作者のお気に入りカクテルを出してます。
二十歳以上の方は、ぜひ飲んでみて下さい(^^)
「八海山、ぬる燗で」とか言える大人になりたかった……