CASE1 ゲーマー:06
夕日が空を赤く染める時間。
梨恵は友人と歩きながら大学の門を通りすぎる。
門周辺に総志朗がいるだろうと思っていたが、見当たらない。
少し残念に思いながら、横断歩道の前に来ると、その向こうに奈緒が立っているのが見えた。
「やっほ〜!なしえっち〜!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、梨恵に手を振っている。
そのせいで短い制服のスカートからパンツが見えてしまっているのだろう。
何人かの通行人が奈緒を振り返って、少し鼻の下を伸ばしている。
梨恵は友人達に別れを告げ、急いで横断歩道を渡る。
「なんでここにいんの?!」
「えぇ〜?総ちゃんに頼まれたんだよぅ。
総ちゃん、たまに変になってどっか行っちゃうんだもん。」
「変になる?」
「そうだよ〜。ねね、フィールド行こうよ!!一緒に踊ろ!」
能天気な奈緒が梨恵の腕をつかんで微笑んだ。
気乗りはしない。
クラブはやかましくってあまり好きじゃないのが本心。
だが、家に帰ればまた母親の小言が待っているだろう。
今は何かをして気を晴らしたいと、梨恵はクラブ・フィールドに行くことにした。
クラブ・フィールドはまだ開店前だ。
「こっちこっち。」
奈緒の案内で店の裏口に回る。
「入っていいの?」
「うん。あたしとガクちゃん、ちょ〜仲良しだから。」
裏口から入ると短い廊下があり、左右に2つのドアがあった。
ひとつに事務室、もうひとつに休憩室と書かれている。
事務室の方に入ると、このクラブのオーナー、学登がタバコをふかしながらパソコンをいじっていた。
「ガクちゃん!おっはよ〜。」
「おお。奈緒ちゃん。と…」
学登の目線が梨恵に向けられる。
梨恵は会釈しながら、自己紹介をした。
「ガクちゃん、総ちゃんは?来てるぅ?」
「ああ、まあ…。でも今は…。」
学登が「参ったよ。」と言わんばかりに天を仰いだ。
「まだ変なままなんだあ。まぁいいや〜。会って来る。なしえさん、こっち〜。」
まだ変なまま?一体何なの?
疑問を抱えたまま、奈緒のあとについてゆく。
学登が「気をつけろよ。」とつぶやいたのが聞こえて、梨恵は背筋が凍った気がした。
廊下の先のドアをあけると、そこでまた廊下は左右に伸びている。
右はホールへ、左はカウンターへつながっているようだ。
奈緒は左へと進み、その先のドアを開けた。
夜は薄暗い店内が、今は明るい。
煌々と照らされたカウンターにひとり、男が座っていた。
サングラスをかけた総志朗だ。
「総ちゃん?なしえっち連れて来たよ?」
総志朗は何も答えず、目線だけを上にあげた。
サングラスごしの目は、何を考えているのか全くわからない。
だが、梨恵にもわかった。
学登と奈緒がいう『変』
いつものおちゃらけた雰囲気は皆無。
その代わり、誰も近づけないような厳かなオーラを漂わせていた。
「あたしはぁ、ガクちゃんとこに行ってくるね〜。
着替えないと、まずいから〜。」
制服をひらひらさせて、奈緒は踵をかえして去っていく。
「ちょっと!!」
こんな怖いオーラを放ってるやつと2人きりになりたくない!
奈緒を追おうとしたが、総志朗の目線がじっと梨恵に注がれているのに気付き、梨恵はふりかえった。
「ヘェ。」
バカにしたような声をだして、彼は梨恵をなめるように見る。
「…なによ?」
「あんただろ?バカな依頼してきた女。」
タバコを吸いながら、総志朗は不適に笑う。
「何、言ってんの?」
まるで、他人事のような言い方に梨恵はカチンとくる。
「死にたいなんて、これっぽっちも思ってないくせに、あんまりこいつのこといじめんなよ。」
総志朗は笑いをこらえて、くっくっとのどを鳴らした。
「こいつ?」
目の前にいる男はどう見ても総志朗だ。
なのに、梨恵は違和感を覚える。
総志朗の姿をしているけれど、総志朗ではない――そんな違和感。
「総志朗のことだよ。梨恵。」
「からかってんの?」
「からかってなんかいねえよ。」
総志朗はすっと立ち上がり、梨恵の前にやって来る。
「俺は光喜。はじめまして。」
そう言って、光喜――と名乗る総志朗――はにっこりと微笑んだ。
「光喜…ってあんた、総志朗、でしょ?」
おそるおそるそう聞く。
光喜はそれを鼻で笑って、答えた。
「違うよ。あんなやつと一緒にしないでほしいな。」
演技?でも、そんなかんじしない。こいつ、なんなの?!
困惑する梨恵を面白そうに見ていた光喜と名乗る総志朗に、梨恵は腹だたしさを感じる。
「バカにしてんの?!つまんない冗談やめてよ!」
サングラスの向こうの目が、楽しそうに歪む。
「冗談なんかじゃない。」
そう言って、彼は、ゆっくりとサングラスを取った。
グラスに反射する光が当たって、彼の瞳がゆらりと輝く。
左目の違和感。
左目だけが、淡く緑色に輝く。
もともと緑がかっていた総志朗の瞳。
だが、両目とも同じ色だったはず。
なのに、今目の前にいる男の目は左右で色が違う。
「な…なにその目…。」
エメラルドグリーンに光る左目を彼は指差した。
「これ?これは俺の証。…俺である証だよ。梨恵。」
あなたと私が出会ったことが運命というなら、私はそれを受け入れる。
あなたはわたしと出会ってよかった?
出会わなければよかったって思ってる?
私は、あなたがどう思っていても、それを受け入れる。
だって。
私は出会ってよかったと、思っているから。