CASE8 リクルーター:01
正月も終わり、学校が始まりだすころ、総志朗は奈緒を探して街中をひたすら歩いていた。優喜の言葉を偽りだと信じ、それを確信するため。しかし、奈緒は見つからず、焦燥感だけが胸の内を巣食う。
奈緒の両親は警察に捜索願を出したが、男とどこかに出かけたという目撃情報から、駆け落ちをしたのでは? と言われ、警察は当てにならないと学登に連絡をくれたらしい。
「総志朗、やせたんじゃない? ちゃんとご飯食べてるの?」
休憩を取りにクラブ・フィールドに寄ると、梨恵が来ていた。総志朗を見るなり、梨恵は心配そうに総志朗の腕をそっとさする。
「ん……まあ、食ってるよ」
言葉を濁して、総志朗はビールを一杯飲み干す。
「ちゃんと食べてないんでしょ? 睡眠は? ちゃんと取ってる?」
「大丈夫だよ。そんな心配すんなって」
奈緒がいなくなってもうすぐニ週間たつ。仕事をしていた時はごまかせていた不安が、どんどん膨張していくのを感じる。
頭の中で響く笑い声が日増しに大きくなっていく気がする。
「総志朗、私も奈緒ちゃんのこと探すから、無理しないで。ね?」
「ありがと」
梨恵の方をポンと叩き、総志朗は無理やり笑顔を作った。奈緒は生きている、そう信じることだけが、今出来ること。
「じゃ、オレ、もう一度探しに行ってくるわ」
「大丈夫じゃ、ねえよな。ありゃ」
出ていった総志朗の後姿を見送った後、学登はため息混じりにそう言った。梨恵は学登をちらりと見て、小さくうなずく。
「年末は仕事のおかげで、ずいぶん元気そうだったんだがな。仕事がないから考える時間が増えちまって、余計なこと考え込んでるんだろ」
「そうだね……」
レジをいじっていた学登は、くわえていたタバコを一度手でつかみ、ふうと紫煙を吐く。そのゆらゆらと上がる煙を眺めながら、梨恵は光喜の言葉を思い返していた。
総志朗の大事なものを壊す。
壊されたのは、奈緒? ぐるぐると回るその考えがいくら頭をふっても拭うことができない。
「奈緒ちゃんを見つけるのも大事だが、このままじゃ総だって参っちまう。困ったもんだな」
「そうだよね……。総志朗にも元気を出してもらわなきゃ」
目の下にクマができてしまった総志朗の顔を思い出す。すっかり疲れきっている彼に何かしてあげられたら、梨恵は考えを巡らせる。
人がにぎわう渋谷センター街。たくさん並ぶ食べ物屋と洋服屋。小さな道に入り込むと、都会の喧騒が途端に遠くなる。
真奈美の依頼を解決した後、総志朗は奈緒を探すことに専念していた。だが、奈緒の行方を知る者は誰もいなかった。クラブ・フィールドの店員が、優喜と思われる人物と奈緒が落ち合っているのを目撃した以外は。
駆け落ちじゃないかと警察は言うが、奈緒が自分以外の男と駆け落ちするはずがない。それは確信をもって言える。
どこかのビルの非常階段に、総志朗は腰を下ろした。足が棒のようで、体が鉛のように重かった。頭がじんじんと痛む。笑い声が聞こえる気がする。
奈緒は犠牲になったのかもしれない。優喜のセリフが、何度も何度も頭をよぎる。
冷たい水の中で、奈緒は眠る――
真奈美の依頼をしていた時は、奈緒のことを考えなくてすんだ。思い浮かんでも、仕事が先だと、振り払うことが出来た。
だが、もうそれは出来ない。依頼は解決した。奈緒を見つけなければ、最悪の答えを出すことになるだけだ。いや、見つけても、最悪の答えが出るかもしれないことは、わかっていた。
学登が言っていた。誰かと深く関わるな。犠牲になる、と。
そう言われ続け、それがどういう意味なのかだって、わかっているつもりだった。しかし、誰とも関わらずにいることなんて出来なかった。
油断もしていた。ずっと何も起こらなかったから。杞憂に過ぎないと、信じたかった。
自分の慢心が、奈緒を殺した。
「違う! 奈緒は生きてる!」
立ち上がる。足は重い。体が痛い。頭痛が消えない。けれど、立てる。まだ歩ける。総志朗は非常階段の手すりを拳で叩くと、渋谷の街中へまた歩き出した。
「梨恵! いつまで一人暮らしを続けるつもり?! 十二月までならいいって言ったけど、もう一月よ!」
梨恵の家に唐突の訪問者。細い体なのに力強い足音を立て、梨恵の母、理沙がやって来た。突然の母の訪問を、梨恵はどうしても歓迎できない。
実は、梨恵は半ば無理やりに一人暮らしを始めたのだ。過保護な母親は梨恵の「一人で暮らしてみたい」という願望をはねのけ、自分の言うことを聞け、と言い続けてきた。それに業を煮やした梨恵が、「十二月まで」という制限つきでなんとか家を出たのだ。父親が「十二月までならしょうがない」と言ってくれたことが大きい。
それで今のこの家に暮らすことになったのだが、約束の期限は過ぎていた。だが、やはり口うるさい母親のいる家に戻る気になれない。
「汚い部屋ね! 掃除してないでしょう?! ほら、早く準備なさい」
「ちょっと待ってよ。いきなり来て、汚いとか、何それ!」
「汚いもんは汚いから言っただけじゃない。早く準備しなさい」
「嫌よ!」
約束を破るつもりはなかった。しかし、こうも強引だと破りたくもなる。
「一人暮らしで就職活動だってちゃんと出来てないんでしょ? お父さんが紹介してくれるって。証券会社だってよ。良かったじゃない。ほら、何してるの。荷物まとめて」
ぺらぺらとまくし立てながら、理沙は梨恵の腕を叩く。梨恵はばっと身をよじり、理沙と距離を置く。
「勝手に決めないで! 就職活動くらい、一人暮らしでも出来るわ! 勝手になんでもかんでも決めないでよ!」
「じゃあ何? あんたなりたい職業でもあるの? 別に無いんでしょう? なりたいものなんて無いんでしょう? お母さんに反発したいからってそうやって反抗してるだけなんでしょう? お母さん、言ってるじゃない。いい会社に入って、いい人と結婚するのが女の幸せなの!」
「お母さんの理屈を押し付けないで! 私の幸せは、私が決めるのよ!」
自分のセリフに、梨恵は驚いてしまった。口から思わず飛び出たセリフ。無意識に出していた言葉は、本当の本心だった。
誰からも指図されない、己の心。何が幸せか、何が不幸せか決めるのは自分。他の誰でもない、自分だ。
「私、自分で決めるの。何になるかも、どう幸せになるかも、私が決めるの」
「じゃあ、何になるの?!」
どうせ答えられないだろ? と言いたげな勝ち誇った顔の理沙。梨恵は一瞬言葉につまり、ウッとなるが、ふと見たテレビに釘付けになった。
教師が教育について熱く語っている、ワイドショー。
総志朗の言葉が、ふってわいたかのように脳内を走った。
――先生になれば?
「そ、そうよ。私、教師になりたいの。あの、先生みたいに!」
見たこともない教師が、いじめがどうの教育改革がどうのとテレビの向こうで語っている。理沙が、まじまじとテレビに見入っていた。
きっかけはなんであれ。
私が教師になったのは、あなたのおかげ。
あなたの言葉が、私にこの道を示してくれた。
感謝してるんだよ。
とても、とても。
前々話で次のCASEは女将となっていたのですが、間違えました。申し訳ありません……今回のCASEの次が女将です。