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CASE7 ストーカー:10

 俊文のかざした果物ナイフが月明かりで光る。遠くからカメラのフラッシュをたかれた時のようなきらめき。

 それをまぶしそうにしていた総志朗だが、顔に浮かんだ余裕の笑みは消えることは無い。ナイフなど恐れる対象ではないと、彼の顔が語っている。


「思い通りにいかないからって、今度はナイフかよ。ほんと独りよがりだな。真奈美ちゃんの気持ち、ちゃんと考えたことあるか? お前のそういう行動におびえてるの気付いてるか? 押し付けるだけの愛情は愛情なんかじゃねえぞ」

「う、うるせぇ!」


 叫びながら、俊文は総志朗に向かって突進する。両手につかんだナイフが総志朗の腹を狙うが、総志朗はまるで闘牛士のようにさらりとかわしてしまった。

 勢いあまった俊文は窓の方へとよろける。窓枠をつかみ、なんとか転んでしまうのを防いだ。


「くそっ! よけんなっ!」


 振り返りざまに怒鳴る。総志朗は「よけるに決まってるだろ。あぶねえ」と肩をすくめる。殺意をこれだけ向けているのに、全く怯まない総志朗がむかついて仕方ない。

 もう一度強くナイフを握りしめ、総志朗をにらむ。いつの間にか真奈美――に扮した篤利――はソファーからいなくなり、入口で身を隠していた。


「さて、どうしたもんかね」


 フウとわざとらしくため息をついて、真奈美の方に目線を送る総志朗。真奈美は入口の壁に隠れ、小さく首を振っていた。そんな総志朗と真奈美のやり取りに、俊文は腹が立つ。二人はすでにかなり懇意な仲に見えたのだ。


「ここで真奈美ちゃんをあきらめると宣言するなら、手荒な真似はしない。真奈美ちゃんにこれ以上つきまとうなら、この場で殺す」

「はあ?! 馬鹿言ってんじゃねえ! てめえ、殺すぞ!」


 威嚇するためにナイフを前に突き出す。ナイフを向けているのは自分。この場で力を持っているのは自分だ。それを誇示するために、何度もナイフを突き出してみせるが、総志朗はやはり余裕の表情だ。

 総志朗の手が、何かを取り出した。

 月明かりが、それを黒く浮かび上がらせる。


「……ど、どうせ、おもちゃだろ?」


 その手には拳銃があった。

 だが、この日本で本物の拳銃を携える人間が警察とヤクザ以外にいるとは思えない。俊文は一瞬びびった自分を奮い立たせるように、ぺっと唾を吐いた。


「試してみるか?」


 暗い廃ビルの室内にいるというのに、総志朗の指が拳銃の引き金に触れたことがよく見えた。見えた、というより、その行動を凝視してしまっていた。本物かもしれないという恐怖が俊文をおびえさせ、総志朗の一挙手一投足を見逃さないようにと、目が動いてしまう。


「お前みたいに突き抜けたヤロウは、何言っても通用しねえじゃん。だから、こうするのが一番かと思って」


 引き金に触れていただけの人差し指がくの字に曲がってゆく。少し力を込めるだけで、弾丸は出てくるはずだ。本物だとすれば。


「真奈美ぃ! 真奈美! こいつを止めろよ! 俺のこと、好きだろ?! 俺が殺されてもいいのか?!」


 真奈美は当然何も答えない。壁からほんの少しだけ顔を出し、震えているだけだ。


「残念っ! お返事なし。さあて、死ぬ覚悟は出来たかな?」


 月の光が差し込む。総志朗の緑がかった瞳が、その光を映す。冷たい、湖面のような色。


「う、撃つな! 偽物なんだろ? 本物なわけない!」

「確証は? 撃ってやろうか? ま、確認するまでもなく死ぬだけだけど」


 嘘はないように思えた。口元の薄笑い。冷たい瞳。何もかもが、死をひきずって連れてきているように思えた。

 長い、長い沈黙の時間。黒光りする拳銃は、逸れることなく俊文を狙い続ける。

 俊文はナイフを下ろし、震える唇をかんだ。


「わ、わかった。もう、真奈美のことはあきらめる」

「それはどうも。じゃ、この念書にサインをよろしく」


 ぺらりと紙を放り投げられ、俊文はなんとかその紙をつかんだ。

 その紙には、もう真奈美にはつきまとわないこと、ストーカー行為を認めること、またストーカー行為を行った場合、即通報すること、通報されたら罪を認めること、などが記載されていた。俊文は転がってきたボールペンと朱肉を受け取り、サインと母音を押す。


「これでいいか?」


 紙を床に滑らす。総志朗はそれをつかみ、満足そうにうなずいた。


「ああ、忘れてた。あんたの依頼もあったな」


 真奈美の方に振り返り、総志朗は大きな声で言った。


「どう? こいつ。鈴木俊文、二十歳。趣味はストーキング、特技はストーキング、職業は……ストーカー?」


 真奈美がこれでもかと大きく首を横に振っているのがわかった。俊文は唖然とその光景を見つめる。確かに紹介しろと依頼した。


「はい、依頼果たしたよ。五万」

「は?」

「依頼料、五万払うって言ってたでしょう? ほれ、五万」


 さも当然という顔で総志朗は手を前に出す。片手に拳銃を構えたまま。

 これはどう考えても脅しだ。開いた口がふさがらない。俊文は口をパクパク動かしながら、それでも財布を手に取った。

 なんせ相手は拳銃を持っている。逆らったら殺されかねない。

 財布に入っていた五万円を総志朗の手に叩きつけると、総志朗は嬉しそうに「どうも」と笑った。


「毎度あり! じゃ、そういうことで」


 俊文の足元に転がるナイフを拾いつつ、総志朗は拳銃を胸ポケットにしまった。そのままくびすを返し、彼は入口に向かう。

 入口でただびくびくとしていた真奈美が、総志朗に駆け寄っていく。その光景を見ていた俊文は抑えきれない怒りがまた沸々と湧いてくるのを感じた。

 どうせ拳銃は偽物だ。ジーンズのポケットにねじ込んでいたカッターを取り出し、俊文は真奈美に向かって駆け出した。


「殺してやるっ! 真奈美っ!」


 その瞬間、何かが耳元をかすめていった。後ろで突き刺さる物音。ソファーに、先ほどまで俊文が所持していたナイフが突き刺さっていた。

 動きを止めた俊文がそっと耳に触れる。じんじんと熱い耳。触れると、べとりと生温かい血がついた。耳たぶが5ミリほど切れていた。

 吸った息が震える。振り返り、にたりと笑う総志朗の目は、まるで狩りを楽しむ猫のようだった。自分が狩られる対象であることに気付かされる。蛇ににらまれた蛙。蛙は自分自身だと、腹の底から実感させられてしまった。


「殺すって、言ったろ?」


 腰が抜け、俊文はその場にへなへなと座り込んだ。

 月明かりを背にした彼は、誰よりも何よりも恐ろしい存在に思えた。








「つうか、あれ、詐欺じゃね?」

「え? 何が?」

「その五万……恐喝っつーか恫喝っつーか、かつあげつーか」

「やあだ。あつこちゃんったら! 何言ってるかわかんなぁい」

「そのオネエ言葉、きもいんですけど」


 クラブ・フィールドに着き、二人は車から降りる。

 裏口に向かいながら、篤利は総志朗のなんとも胡散臭い仕事のやり方にほんの少しあきれつつ、あんな大人にはならないぞと心に誓う。

 

「あつこちゃんも、よくやった。おつかれさん」

「あつこちゃんっての、やめろ」

「や〜ん。あつこちゃんてば、怖いぃ」


 まだふざける総志朗の足を思いっきり蹴飛ばしてやった。総志朗は予想もしていなかった攻撃をもろにくらい、「いってぇ!」と声を出した。


「もう、女装はごめんだからな!」

「わかってるよ。でも、お前は本当によくやったよ。怖かっただろ?」

「怖くなんかねえよ!」


 ねぎらいの言葉が嬉しかった。篤利は頬がゆるむのを隠しつつ、裏口のドアを開け、休憩室に入る。

 不安そうに両手を握る真奈美と、本を読んでいた学登が二人の登場に顔を上げた。


「真奈美ちゃん、成功!」


 総志朗と篤利は二人揃ってピースサインを出した。真奈美は目を大きく見開いた後、ゆっくりと飛び切りの笑顔を見せた。









 あなたの笑顔がもう一度見たい。

 でも、また私と会ったとき、あなたは笑ってくれるかな?

 もう、笑いかけてはくれないよね。








 The case is completed. Next case……リクルーター



昨日更新しようと思って執筆していたのですが、操作ミスで、全部消えてしまいました(T−T)

2000文字くらい執筆してたので大ショック。しばらく灰になりました(笑)

ということで、更新が今日になってしまいました。


仕事もだいぶ落ち着きました。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

そして、いつも読んでくださる皆様に改めて大感謝!

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