CASE7 ストーカー:06
登場人物のおさらいです。
(総志朗、梨恵、学登、奈緒については省きます)
日岡篤利
前の依頼人。小学六年生。
立花真奈美
今回の依頼人。ストーカーに悩む。
鈴木俊文
今回の依頼人。真奈美をストーキング中。
相馬優喜
総志朗を狙う高校生。
光喜
総志朗の人格の一人。優喜となにかしらのつながりがるようだが……
明
総志朗の人格の一人。
統吾
総志朗の人格の一人。
ユキオ
総志朗の人格の一人。凶悪な人格のようだが……
香塚
香塚病院の院長。総志朗を探っている?
朝もやの漂う早朝。総志朗はある一軒の家に訪ねた。坂道の多い住宅街の一角。壁に囲まれた大きな家の前で、総志朗はタバコの煙を吐き出した。
普段は滅多に吸わないタバコだが、今日だけは無性に吸いたくなってしまった。
カチリ、とドアの開く音がする。タバコを携帯灰皿になすりつけ、総志朗は立ち上がった。
「どうも」
家から出てきた制服の男――相馬優喜に声をかける。優喜は驚いた様子もなく、総志朗の登場に嬉しそうな笑みをこぼした。
「奈緒って女、知ってるだろ?」
「さあ」
はぐらかすような言葉を吐く優喜だが、クスクスと小さく声をだして笑う。知っている、と言っているように聞こえる。
「クラブの店員がお前と奈緒が一緒にいるところを見てる」
「そう」
小さな笑い声が少しずつ大きくなってゆく。声を出して笑っているのに、目がちっとも笑っていない優喜。十二月の冷たい風が、彼の黒髪をなぶる。黒髪ごしに、その冷たい目がぎらりと光ってみえた。
「それで? 俺に何の用?」
「奈緒の行方を知ってるだろ」
体をくの字に曲げ、優喜は腹を抱えて笑う。静まり返った住宅街で、その笑い声が反響し、総志朗は耳を塞いだ。脳内で笑われているような気さえしてくる。
「知ってるよ。あんたを想って、眠ってる。この寒い真冬の空の下、冷たい水の中でね!」
冷たい空気が喉元を通っていった。とっさに優喜の胸倉をつかむ。手がわなわなと震える。全身を鳥肌が覆いつくし、歯がかちかちと音を立てる。
「何をした?! 奈緒に、何をしたんだ!」
「その内、わかることだよ。アハハハ!」
その言葉を聞いた瞬間、手が勝手に動いていた。優喜の頬を思い切り殴り、そのまま彼を地面に叩きつける。
「ふざけんな! くそっ」
体が冷たくなってゆく。なのに、優喜を殴った拳だけが異様に熱い。総志朗はサングラスをかけ直すと、その場を立ち去った。
真奈美のいる短大に、総志朗はやって来た。この依頼を早く片付けて、奈緒を探すことに専念したい。
短大のそばは住宅街で、小さな道がいくつもある。鈴木俊文はこの路地のどこかに隠れ、真奈美を見張っているのだろう。
「加倉さん!」
「うぃっす。送るよ。乗って」
学登から借りっぱなしのベンツに真奈美を乗せ、車を走らせる。車の後方には、バイクがぴったりとくっついて離れない。
「あのバイク、もしかして」
「はい。たぶん彼です」
ストーカー・鈴木俊文が乗っていると思われるバイクは、真奈美と総志朗が真奈美のアパートに着くそのすぐ手前までついてきていた。
総志朗は用心のため、真奈美の部屋までついていく。
アパートに着いた時には、バイクは姿を消してはいたが、どこからか視線を感じる。俊文はおそらく、どこかで真奈美と総志朗を見ているのだろう。
「今日はありがとうございました」
部屋の前で真奈美は一礼し、ドアを開けた。それとほぼ同時に、真奈美の携帯電話が大音量で鳴った。
「出ないの?」
「たぶん、彼からの電話です。彼の番号は着信拒否にしてるんですけど、しばらくすると違う番号からかけてくるんです」
「オレが出るよ」
しつこさは折り紙つき。普通の人間なら、着信拒否された時点であきらめるものだろう。
総志朗は真奈美から携帯電話を受け取り、「もしもし」と電話に出た。
『真奈美! 男に車で送ってもらうなんて、どういうつもりなんだよ! 俺以外の男としゃべったり、触れ合ったりしたらなぁ、てめえ殺すからな!』
どすのきいた恐ろしい声だ。総志朗が会って話した時は、もっと穏やかで優しい声をしていた。それがこうも変わるとは。総志朗はあきれて言葉が出ない。
『俺、知ってんだからな! クラブの男と付き合おうとしてんだろ?! 俺はなぁ、その男に依頼したんだからな!」
やはり真奈美と総志朗が接触していることを知った上での、故意の依頼だった。俊文の異常な行動に、ため息が出る。「バカくせ」と俊文に声が聞こえない程度につぶやき、電話を切る。
「あの、すぐ帰らないで、少しだけ家にいてもらえませんか?」
「なんで?」
真奈美は総志朗の腕をぐいぐいと引っ張り、部屋の中へと引き入れた。すぐにドアを閉め、家の明かりをつける。1Rのそう大きくない学生らしいこじんまりとした部屋。ピンク色を基調とした部屋は実に女らしい。
出会ってそう間もない女の部屋にずかずかと上がりこむわけにもいかず、総志朗はドアのすぐそばで立ちすくんでた。
「あたしが家に帰ると……」
真奈美が何か言いかけたとき、ドアがいきなりがたがたと揺れた。真奈美と総志朗の視線がドアに釘付けになる。
「……あたしが家に帰ると、彼、いつも部屋の前まで来るんです。すぐ帰りはするんですけど」
ドアの向こうは、しんと静まり返っている。総志朗はチェーンをかけたまま、少しだけドアを開けてみた。誰もいないようだが、何かがカサリと動いたのが見えた。
勢いよくドアを開け、外に出てみる。誰もいない。ほっと一安心して、気付いた。ドアノブに白い袋がかかっている。スーパーやコンビニでもらう、ビニールの袋だ。
「なんだこれ」
「あ! それ、触らない方が!」
すでにその袋を持っていた総志朗は、「へ?」と真奈美の方を見た。真奈美は顔面蒼白で、あわあわと口を動かしている。
不審に思いながら、袋の中を覗いてみて、総志朗は凍り付いてしまった。
「まじっすか」
中には使用済みのコンドームと、びっしりと「好きだ」と書かれた紙が入っていたのだ。
「しょっちゅうそういうの置いていくんです! 早く、それ、捨ててください!」
そう言われても、体が動かない。とんでもないものを見てしまった。総志朗は泣きたくなるのを必死にこらえて、その袋をゴミ箱に投げ込んだのだった。
あの河川敷の出来事。
私は知るはめになった。
あなたよりも先に。
どうすればよかったの?
私はどうするべきだった?
未だに答えが見つからない。
わからない。