CASE7 ストーカー:04
「へえ。高校の同級生だったの」
依頼を受けた次の日、総志朗は依頼人・立花真奈美の通っている短大へと訪れた。近くにあるカフェに入り、話を聞く。
「二年前の冬に別れたんです。高三のときに。これが彼です」
真奈美が一枚の写真を差し出す。カラーのやりすぎで痛みきった茶色い髪の毛、黒い肌の男が真奈美の肩を抱いて幸せそうに笑っている。
「意外だな。ギャル男じゃん。執念深そうには見えないのに」
いかにも軽い男という雰囲気のこの男が、ストーカーをするとは思えない。だが、よくよく見ると男の目に違和感を覚える。どこか遠いところを見ているような、それでいてすぐ近くしか見えていないような。軽そうな印象はあるのに、その目は何か犯罪を犯してしまいそうな危うさが見て取れる。
「こいつの名前は?」
「鈴木俊文です」
「すずき、としふみ?」
どこかで聞き覚えがある。総志朗は首をかしげながら、いつも使っているメモ帳を取り出した。いつもメモ帳に色んなことをメモしている。なにか書いてあるかもしれない。
パラパラとめくっていた手が止まる。昨日書いたメモ。鈴木俊文という名と、電話番号が書いてあったのだ。
昨日篤利が持ってきた依頼。依頼人は『好きな人との仲を取り持って欲しい」と言っていた。
「まじかよ」
「どうしたんですか?」
不思議そうに総志朗を見る真奈美に、「いや、なんでもない。ちょっと待ってて」と曖昧な笑みを返し、総志朗は大急ぎでカフェを出た。すぐそばにある公衆電話に駆け寄り、メモしてあった鈴木俊文の電話番号にかける。
『もしもし』
「……初めまして。何でも屋の加倉総志朗です』
くぐもった低い男の声が受話器の向こうから聞こえる。
「鈴木俊文さんですよね?」
『はい。依頼、受けてくれるんですよね?』
脅迫めいた声色。依頼を受けてくれるかどうかを確認するような声ではない。当然受けるんだろ? と言いたげな声だ。
「もちろんお受けします。確認しておきたいことがあるんですが、その好きな女のお名前は?」
『……立花真奈美』
偶然なのか。これを偶然と片付けていいのだろうか。ストーカーされる側とする側、両方からの依頼。どうにか離れたいと言う女。どうにか付き合いたいと言う男。正反対のまさかの依頼に総志朗は困惑を隠しきれない。
「とりあえず、詳しい話が聞きたいので、今晩クラブ・フィールドに来てください」
それだけ言うのが精一杯だった。
クラブ・フィールドの事務室。総志朗は鈴木俊文と向かい合って座っていた。
二年前の写真より多少歳を取った感があるが、ギャル男らしいファッションは相変わらずのようで、ぱっと見の印象はやはりストーカーをしそうには見えない。
だが、写真で見たときよりも、その目のぎらつきは強まり、危うさが漂う。
「真奈美とは付き合っていたことがあるんだ。すごく愛し合ってた。なのに、突然『他に好きな男が出来た』なんて言い出して。二年も前の話だ。でも、俺は真奈美がまだ好きなんだ。もう一度やり直したい」
「……オレに何をしてほしいんですか? 協力しようにも、立花真奈美さんとオレは知り合いでもなんでもない。わざわざオレにこんな依頼をするということは、何か別の意図があるんでしょう?」
俊文の目を覗き込む。クスリをやっているようにも見える、にごった瞳。ぞっとして、つい目をそらしてしまった。
「真奈美はこのクラブによく来てる。あんたはこのクラブに入り浸ってる。真奈美はここ最近あんたをよく見てるんだ。真奈美は、あんたが好きなんだと思う」
真奈美が総志朗をよく見ていたのは、依頼をするかどうか考えていたからだ。思い込みの激しさ、これもストーカーがストーカーたる所以だろう。
「真奈美を振ってくれ。そして、俺のところに戻ってくるように言ってほしい。あんたの口から俺の話が出れば、真奈美は俺を見てくれる」
んなわけあるか。
ついそう言ってしまいそうになったが、手で口を塞いで何とかしのいだ。歪んでいるというか、考えすぎというか、総志朗には理解できない考え方だ。
「わかった。依頼はお受けします。依頼料は五万でいいんですね?」
「真奈美のためなら、五万くらい出します」
何が真奈美のためだというのか。総志朗は頭を抱えたくなるのを必死にこらえて、営業スマイルで俊文を見送った。
「依頼人は帰ったのか?」
くわえタバコをしたまま、学登が事務室にひょっこり顔を出した。総志朗はうなずきながら、冷蔵庫から冷えたお茶を出し、学登と自分の分をコップに注ぐ。
「最近繁盛してるな」
「まあね」
コップを片手に持ち、ゆらゆらとお茶をゆらす。学登はそれをじっと見つめながら、スウと息を飲み込んだ。
「総」
「ん?」
「奈緒ちゃん、家に帰ってきてないらしい。この四日間」
「友達の家にでも泊まってるんじゃねえの? しょっちゅうじゃん。オレのところに三日間泊まり込んだことだってあるし」
苦しい言い訳をしているような気分だった。嫌な汗が手の平を湿らす。
「奈緒ちゃんの母親は、奈緒ちゃんが行きそうな場所には手当たり次第聞いたらしい。普段なら一泊でも連絡を入れる子だ。無断で外泊なんてありえない。そう母親は言ってる」
冷たいコップを両手で握りしめる。目の前が暗くなっていくような気がしてくる。ぼんやりとした視界の底で、誰かが笑っている。気味の悪い笑い声。幻聴にすぎない。総志朗はかぶりを降って、お茶を飲む。
「何か、知らないか? 総、奈緒ちゃんから何か聞いてないか?」
「何も聞いてない。何も知らない。けど、探してみるよ」
頭の中がうるさい。ざわめく声が聞こえてくる。ここには学登しかいない。ざわめく声なんてどこにもない。
ただの幻聴。幻だ。
総志朗は「梨恵さんにも聞いてみる」と言って、立ち上がった。
あなたを惑わす存在が、あなたを苦しめていた。
どこにもいない奈緒ちゃんを、必死に探していたね。
私は、苦しかったよ。
今にも消えてしまいそうなあなたを、私はこの目で見ていたの。
ねえ、消えないで。
どこにも、行かないで。