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CASE7 ストーカー:03

「梨恵ちゃんとは話したか?」

「ん……まあね」


 立花真奈美が帰った後、総志朗はクラブ・フィールドのフロアに戻ってきた。いつも通りうるさい音楽が鳴り響く店内で、学登は黙々とグラスを磨いていた。


「ちゃんと話せたか?」

「話したよ。誕生日プレゼントもらった」

「良かったじゃないか」


 にやにやと学登は笑う。梨恵に総志朗の誕生日を教えたのは学登だ。総志朗は学登の顔を殴るふりをしてやる。


「奈緒ちゃんは今日は来ないのか? 毎年お前の誕生日にはプレゼント持って駆け込んでくるのに。去年のまずいケーキには笑えたよな」


 去年、奈緒が誕生日だからと作ったケーキは、砂糖と塩を間違えるという痛恨のミスを犯したため、ものすごいまずいケーキと仕上がっていた。奈緒は自分で作ったケーキを「まずいよお」と言って食べながら半泣きになり、総志朗はかわいそうになってしまって、そのまずいケーキを頑張って食べたという苦い思い出がある。それを思い出し、総志朗は苦笑いする。


「今年は来ないだろ。もう会わないって、言ったし」

「……総、お前」

「黒岩さんの言葉を鵜呑みにしたからじゃない。オレだってわかってる。……オレの方がわかってる」

 

 切り離したくないつながりが出来ていくのに、切り離さなければいけない。気付くと夜を迎えつつある空のように、侵食してくる闇を防ぐ術はどこにもない。

 人との関わりを避けてきた二十年間。けれど、気付くと誰かとつながって、手を離すことが寂しい。深く、深くつながりあってゆく人たちと、どこかで一線を引かなければいけない。いつか傷つけてしまうのはわかっているから。




 深夜、アパートまで帰ってくると、総志朗の部屋の明かりが煌々とついていた。家を出た時は電気をつけていないから、消し忘れたわけではない。泥棒か? と思ったが、泥棒が電気をつけて泥棒するとは思えない。

 少し早足で自分の部屋の前まで行く。人がいる気配がする。わずかに聞こえてくる音が、やけに怖い。まさか幽霊? と不安を感じながら、ドアを開けた。


「お。おかえり」


 篤利がのん気にテレビを見ていた。がっくりと肩が落ちる。


「お前……何時だと思ってるんだよ? それにどうやって部屋入った?」

「じいちゃんが開けてくれたんだ」


 そうだった。このアパートの管理人は篤利の祖父。だが、それにしたって人の部屋の鍵を勝手に開けてしまうその神経にあきれる。勝手に上がりこむその神経も。


「親が心配するぞ。早く帰れ」

「大丈夫。じいちゃんとこ泊まるって言ってあるし。それにだなあ」


 篤利はうれしそう顔をほころばせながら、一枚の紙を総志朗に突きつけた。お世辞にもきれいとは言えない文字が連なっている。


「依頼、ゲットしてきたんだぜ!」


 誇らしげな篤利を無視して、その紙を奪い取る。


『依頼があります。僕にはとても好きな人がいます。ですが、彼女は僕に振り向いてくれません。どうか彼女と僕の仲を取り持ってもらえませんか? 連絡下さい。鈴木俊文』


 紙にはそう書いてあった。

 無性にその紙を破りたくなる。漢字がきっちり書いてあることから、この手紙を書いた人物は子どもではないだろう。いい大人がこんな依頼をわざわざ何でも屋にするのかと思うと、なんともあほらしく思えたのだ。


「縁結びなら神社にでも行けよ。ばかばかしい」


 ポイと紙を放ってやると、篤利がふくれっ面で紙をつかんだ。


「五万出すって言ってたんだぞ! 五万!」

「まじで?」

「まじ!」


 五本の指を突き出す篤利。その指をまじまじと見つめた総志朗の頬がゆるむ。久々になかなかの金額の依頼が舞い込んできた。しかも依頼内容はそう難しいことではない。

 篤利が持っていた紙を引ったくり、電話番号と名前をメモして、小躍り気味でスーツを脱ぎ、ハンガーにかける。

 今日はなんていい日だ。誕生日に、依頼二件。久々の大収穫。


「オレが受けた依頼だからな! 手伝わせろよ!」


 必死で怒鳴る篤利の頭をひとなでし、部屋着に着替える。心躍るとはまさにこのことだ。


 そういえば、前にも似たようなことあったな……。


 ふと総志朗は思い出す。あれは、そう。彩香の依頼の時だ。梨恵が今の篤利のように「手伝う」と言ってきた。

 必死に生きようとしていた彩香の姿が脳裏によみがえる。輝きに満ちた瞳。背中に見えた死の影。儚げでいて、希望に光る、あの笑顔。


「どうしたんだよ?」


 さっきまで小躍りしていたのに動きを止めて黙り込んだ総志朗に、篤利が問いかける。総志朗はにっかりと笑って、言った。


「今日はオレんちに泊まるのか? しょうがねえから布団貸してやる。ガキはもう寝る時間だ」


 ガキと言われて、篤利は口を尖らせるが、やはり深夜まで起きていたから眠かったのだろう。反論することなく、布団に潜り込んだ。









 どんなに。

 どんなにいきがっても、人は独りでは生きられない。

 誰かに支えられ、誰かを支えて、人は生きる。

 親であったり、恋人であったり、友人であったり。

 それは様々だけど、人は常に独りではない。

 私は、あなたを求めた。

 あなたは何を求めたの?

 

 ……人は人を求める。

 私も、あなたも。

 

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