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CASE7 ストーカー:02

 梨恵に説教されているのに、総志朗はほんのりと含み笑いを浮かべる。梨恵はそれに気付き、わざと大きなため息をついた。


「私、あんたとの共同生活、嫌じゃなかった。誰かと一緒にいるのって、一人でいるより数倍楽しいと思うし。……生活が苦しくなったら、戻ってきてもいいからね」


 湯飲みに残った最後の一口を一気に喉に流し込んで、梨恵は立ち上がった。明日は会社説明会に参加する。早く家に帰って準備がしたい。

 コートとバッグを抱えて、事務室のドアに手をかけた時だった。総志朗が梨恵の方に振り返り、ぽつりと言った。


「梨恵さん、先生になればいいのに」

「は?」


 総志朗の突然の一言。教職なんて、考えてもいなかった。


「おせっかいで世話焼きなとこ、思いっきり先生向きだと思うんだけど」


 冗談で言っているのか、本気で言っているのか、総志朗のにやけた面構えからは読み取れない。けれど、梨恵はすんなりと『教職』というものを視野に入れようかと考えてしまった。


「考えとくわ。じゃあね」


 ドアノブをひねろうとして、やめる。忘れていたもうひとつの用事を思い出したのだ。梨恵はごそごそとバッグをあさると、小さな紙袋を取り出した。


「誕生日、おめでとう」


 総志朗に、それを差し出す。誕生日プレゼントとは思えない簡易な包装のそれを、総志朗はぽかんと見つめる。


「今日誕生日なんでしょ? 学ちゃんが言ってた。記念すべき二十歳の誕生日!」


 まさか誰かから誕生日プレゼントをもらえるとは思っていなかった総志朗は、梨恵にそう言われても、まだ目を丸くして紙袋を見ている。


「いらないの?」

「いる! いるよ。サンキュー」


 紙袋を恭しく受け取って、中を覗く。十円玉サイズのわっかと一円玉サイズをわっかを組み合わせたシルバーのシンプルなペンダントと、鍵が入っていた。


「梨恵さん、おっしゃれ〜!」


 シルバーの鈍い光沢感が、なかなかいい感じだ。総志朗は嬉しそうに自分の首にそれをつけた。


「この鍵は?」


 おしゃれでもなんでもないいたって平凡の普通な鍵。親指と人差し指でそれを取ると、目の高さの位置まで持ってきて、繁々と見つめる。


「家の鍵よ。今まで南京錠だったでしょ? 不便だったから普通の鍵に直したの」

「そっかあ……。これ、もらっていいの? 彼氏みたいじゃん」

「バカじゃないの」


 総志朗がわざとらしいにやにや笑いを浮かべている。梨恵はそう言われるだろうと思っていたのだが、案の定だ。確かに赤の他人に家の鍵を渡すなんておかしい。だが、梨恵にとって、総志朗の存在はある意味で特別だった。


「私、あんたのこと弟みたいに思ってる。……家族みたい。奈緒ちゃんも言っていたけど、あんたをひとりにするの、なんか、不安。時たますごく儚げで、消えてしまうんじゃないかって……思うのよ。つらいことがあるなら言ってよ。聞いてあげるから。私のこと、家族みたいに思ってくれていいんだからね」


 鍵をぎゅっと握りしめる総志朗。にやにや笑いではなく、うっすらと笑む。


「ほんとおせっかいだね、梨恵さんは」

「お互い様でしょ。何でも屋やって、他人事に首突っ込んでるあんただって、十分おせっかいなやつよ」


 梨恵が笑ってそう言うと、総志朗はどこか寂しげに、でも嬉しそうににっこりと笑った。






「立花真奈美です。初めまして」


 大学生くらいだろうか。お姉系ギャルを思わせるニットワンピに身を包んだ女が、事務室へと入ってきた。

 梨恵も帰ってしまい、半分うたた寝していた総志朗は、目をしょぼしょぼさせながらその女に一礼する。


「依頼の人?」

「そうです」

「初めまして。加倉総志朗です」


 椅子から立ち上がり、スーツを整えてにこやかにあいさつ。立花真奈美は、少しおどおどしながら、ぺこりとお辞儀した。


「あたし、あなたのこと、知ってます。ここによく来るから」

「ああ、そうなんですか」


 どうぞ、と目の前の椅子に座るように促し、お茶を出す。真奈美はまたお辞儀して、お茶を一口すすった。


「で、早速ですけど。ご依頼は?」

「はい……」


 湯飲みを置く手が震えている。真奈美は一度深呼吸をして、話し始めた。


「あたし、ストーカーにつけられてるんです。昔付き合っていた男なんですけど、どこに行くにもついてきてて……。家の前にはいつもいるし、無言電話もしょっちゅうで。あ、これ。こんな手紙も」


 小さなバッグから、四つ折にされた紙を差し出す。A4サイズのルーズリーフだ。総志朗はその紙を受けとって。おそるおそる開いた。


『俺とやり直さなければ殺す。俺とやり直さなければ殺す。俺とやり直さなければ殺す。俺とやり直さなければ殺す。俺とやり直さなければ殺す。俺とやり直さなければ殺す。……』


 延々と同じ言葉が連なる、不気味な手紙だった。ルーズリーフ一面を覆う黒い文字。鉛筆で書いてあるため、手についた墨の汚れが紙を汚し、不気味さを煽っている。


「これは……怖いなあ」

「親にも相談したんですけど、あたし栃木から上京してきてるんで、遠くてどうすることも出来ないみたいで。引っ越しても、学校からつけてくるんで、家がばれちゃって……。もうどうしたらいいかわからなくて。そしたら、学ちゃんが、加倉さんのこと紹介してくれたんです」


 あごに手を置いて、総志朗はしばらく考える。何でも屋というものであっても、男の存在はストーカーからしてみれば、逆上させる要因になる。これはなにか一捻りしないと難しそうだ。


「わかった。明日学校に行くよ。学校はどこ?」

「M女子短大です。新宿のはずれにあるんですけど」

「了解。じゃあ、明日」

「はい。よろしくお願いします」


 真奈美は少し不安そうにしながらも、笑顔で事務室を出て行った。







 関われば関わるほどに、人との関係は切り離せなくなってゆく。

 いつか誰かを傷つけてしまうかもしれないのに。

 総志朗。

 私、今でもあなたを家族のように思う。

 あんなことをしたけど。

 でも、私、あなたを家族のように思ってるの。

 嘘じゃない。

 本当だよ。









 

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