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CASE7 ストーカー:01

「総、依頼来てるぞ」

「まじっすか!」


 携帯電話も家の電話も持たない総志朗にとって、クラブ・フィールドは依頼を代わりに受けてくれる重要な場所だ。たまに配っている名刺にはクラブ・フィールドの電話番号が記載されている。


「明日来るそうだ。依頼人の名前はタチバナマナミ」

「女か!」


 女の子の依頼ということでうっすらと頬を紅潮させる総志朗を、学登は冷ややかな目で見て、大きなため息をついた。


「お前、もうすぐ二十歳になるんだろ? もう少ししっかりしろよな」

「もうすぐっつーか、明日っす! 黒岩さん、プレゼントは?」

「そんなもんあるわけないだろ」


 学登は手の平をパッパッと振って、またため息をつく。


「明日、ちゃんと店に来いよ。それから、梨恵ちゃんも奈緒ちゃんもお前のこと心配してるんだから、今住んでるところくらい教えてやれ。いいな?」

「ふぁ〜い」


 気合の抜けた返事をして、総志朗は椅子から立ち上がった。開店前、こうして総志朗と学登はよく話をする。依頼の話であったり、日常のばかげた話であったり、それは様々ではあったが、クラブ・フィールドでお互いの近状を把握しあうのは、暗黙の了解だった。


「総志朗」


 店から出ようとする総志朗を、学登は呼び止めた。グラスを磨いていた布巾を置いて、総志朗をまっすぐ見据える。


「お前には悪いことをしたと……思ってる。俺には、ああするしか出来なかったんだ」


 学登を見ていた総志朗の目が驚きで見開かれる。だが、ゆっくりと目を細めて笑った。


「わかってるよ。また明日」


 軽く手を振り、総志朗は行ってしまう。その後姿をじっと見つめながら、学登は今日何度目かのため息を、今までで一番深く長く吐いた。


「……もう決着をつける時が来たんだよな……」


――あれから八年もたったんだ。あいつも起きようとやっと動き出した。わかるかい?

 

 光喜の言葉が脳裏をかすめる。彼は目覚めようとしている。目覚めてしまう。それは止められないことなのだろうか。

 学登は背筋が凍りついていくのを感じながらも、自らを奮い立たせるように、拳を強く握りしめた。

 まだ始まってはいない。そして、終わりはまだ来るはずはない。






「また来たのかよ」

「言っとくけど、学校はさぼってねえよ。冬休みなんだ」


 おんぼろアパートに戻り、建てつけの悪いドアを開けると、まるで自分の部屋のようにくつろぐ篤利がいた。漫画を片手に、ポテトチップスをぽりぽり。


「……あっそう」


 あきれて言葉が出ない。総志朗は篤利の食べていたポテトチップスを無理やり奪ってやった。


「あ! なにすんだよ」

「ちょっとくらいくれよ」

「やだよ!」


 まるで子どものケンカだ。馬鹿らしくなって、ポテトチップスを一枚だけ口にくわえ、残りは篤利に返す。

 なぜこんなに懐かれてしまったのだろう。何度考えてもわからない。


「あのクラブに行ってきたのかよ?」


 ポテトチップスが戻ってきた篤利はまた寝転がり、漫画に目を通し始めた。


「ああ。依頼もらってきた」

「んじゃ、オレ、手伝うからな」


 しまった! とばかりに、総志朗は慌てて口をふさいだ。すっかり忘れていたが、篤利はこの前、助手をやらせろと言っていた。しかも、「好きにすれば」と返事してしまった。

 今まで一人でやって来た仕事だ。誰かの手を借りるなんてこれまで一度も――学登の手を借りるのは総志朗にとって『手を借りた』ことにはならないらしい――無いのだ。しかも篤利はまだ子ども。仕事の邪魔になるとしか思えない。


「手伝ってもらうほどの仕事じゃな」

「遠慮すんなって」


『手伝ってもらうほどの仕事じゃない』そう言おうと思ったのに、篤利は有無を言わせるつもりはないらしい。子どもの武器である、何かを期待したきらきらの目で、総志朗に笑いかけてくる。これではある意味、脅迫だ。


「……邪魔はしないでネ」

「わーかってるって!」


 観念せざる終えず、総志朗はがっくりと大きく肩を落とした。






 次の日、総志朗はクラブ・フィールドに訪れた。店内はがんがんに音楽がかかり、若者たちが陽気に踊っている。


「依頼人は?」


 カウンターに立っていた学登に聞くと、「まだだ」と手を振る。開店して間もない時間。依頼人はまだ来ないだろう。

 総志朗はカウンターの前に並べられている椅子に座ろうとしたが、学登が親指で事務室の方を指差したので、座るのをやめた。


「梨恵ちゃんが事務室にいる。依頼人が来るまで、話ししろ」


 関わりたくないと梨恵の家を出た。なのに、また会うのは気がひける。躊躇する総志朗の肩を、学登は優しく叩いた。


「昨日言っただろ? 新しい住所だけ教えて来い。俺はお前に『人と深く関わるな』と言ったが、関わりをすべて断てと言ってるわけじゃない。誰だって、独りになるのはつらい」





 事務室に入ると、長テーブルでのんびりとお茶をすすっていた梨恵が顔を上げた。ほんの少し会っていないだけなのに、妙に照れくさい。総志朗は後頭部をポリポリと掻いて、ドアの前に立ちすくんでいた。


「座れば?」


 自分の前の椅子を、梨恵は指差した。睨みつけるような挑むような目線に、総志朗は逆らえず、おずおずと椅子に座る。


「なぜにスーツ?」


 梨恵の格好はスーツだ。なんだか面接官のよう。


「就職活動中なのよ。今日はあんたが来るって学ちゃんが言ってたから、わざわざ来てやったの!」


 学登の罠に、まんまとはまってしまった。総志朗は下を向いてこっそり舌打ちするが、梨恵にはそれが聞こえてらしい。総志朗の頭をパカーンと叩いた。


「奈緒ちゃん、泣いてたんだからね! 女泣かすなんてサイテー」

「梨恵さんには関係ねーだろ」

「私だって、あんたのこと心配してたんだから! そうやって関係ないって言ってすっぱり切ろうとしたって、無駄です。大体あんた、奈緒ちゃんのことなんだと思ってるの? 女の子がセフレなんていう立場でのほほんとしてると思ったら、大違いよ! 奈緒ちゃんのこと、振り回しすぎ!」

「……説教かよ」


 聞きたくもない。総志朗はそっぽを向いて、梨恵を見ようともしない。一方の梨恵は、総志朗の態度に怒りの炎を燃やしていた。目がメラメラと燃えたぎる。

 だが、怒りを冷ますように一息ついて、梨恵は冷静な口調で言った。


「奈緒ちゃん、あんたのこと本気で好きだから、セフレでもいいなんて言ってるんだろうけど、本心は違うと思うわよ。もう少し、考えてあげてよ」

「……おせっかいなやつだな」


 総志朗はふと目線をあげる。面と向かってお説教してくる梨恵の存在が、なぜだか少し、嬉しかった。








 あなたが欲しいと思っていたものは、決して手に入りそうもなかった。

 手に入れてはいけなかった。

 でもね。

 私と総志朗の関係は、あなたが欲していたもの、そのものだったんじゃないかと……今になって思うの。

 あなたが帰るべき場所は、きっとずっと変わらない。

 変わらないよ。

 


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