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A current scene6  再会の幻

題名に「A current scene」とつくものは、現在(梨恵26歳)のストーリーです。

 行方不明になった浩人を探し、家の周りを歩いてみた梨恵は、一度家に戻ってみることにした。何か連絡が来ているかもしれない、浩人が家にいるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、家に入る。

 だが、家にいた梨恵の母、理沙は力なく首を振るだけだった。

 だんだんとオレンジ色に染まりゆく景色を眺めながら、梨恵は警察に連絡すべきかどうか迷う。

 浩人を連れ出したのは、おそらく、いや確実に浩人の父親だ。だからこそ、警察に連絡することが出来ない。


「浩人……」

 

 ポツリと浩人の名を呼ぶ。不安が吐き気となって喉の奥をつつく。


「ママぁ!」


 最初、幻聴かと思う。遠くから確かに浩人の声が聞こえたのだ。声のした方を向くと、浩人が笑顔で走り寄ってくる姿が見えた。


「浩人!」


 走り出した拍子に靴が脱げる。けれど、それを気にする余裕など無く、浩人に向かって両手を広げる。浩人はそこに勢いよく飛び込んできた。小さな我が子の体を強く抱きしめる。

 昨日だって抱いてあげたのに、ずいぶん抱いていなかったかのような懐かしさで、梨恵は胸がいっぱいになるのを感じた。


「どこ行ってたの?! 心配してたんだから!」


 体を離し、浩人の肩に手を置いたまま聞く。浩人はにこにこと笑顔のまま、胸を指差した。

 浩人の指差すものを手に取る。木で彫られたライオンの小さなペンダントだった。


「ライオンさんだよ! ぼくね、動物園行ってきたの」

「どうして動物園なんか……」

「あのね、あのおじちゃんが連れてってくれたの」


 浩人が後ろを振り返りながら、手を大きく振る。家の前にある広い道路。車通りのない道の向こう側に、一台の車が停まっていた。車に乗った人物が窓を開けて、浩人に小さく手を振り返している。

 キャラメル色の髪は、あの頃よりのびていた。けれど、サングラスごしのその顔は、あの頃と変わっていない。

 胸に去来する思い。それは涙に変わり、あっという間に瞳を潤わせた。


「そ……総志朗っ!」


 口元に優しそうな笑み。にじみ出てくるあの頃と変わらない面影。


「ばいばーい! パパぁ!」


 浩人の元気のいい挨拶に、彼は楽しそうに笑う。梨恵は涙が零れ落ちるのを我慢できなかった。車の窓が閉まってゆくのが、梨恵の目にはまるでスローモーションのように映る。


「――総志朗! 待って!」


 気付くと走り出していた。車に向かって、足がもつれそうになりながらも。

 だが、車はエンジン音をうならせ、動き出す。

 すべての運命が変わっていったあの五年前の日々。

 罪を振り切ることも償うことも、結局は出来ずに終わったあの時。

 よみがえる思いが、梨恵を走らせる。けれど、走ってゆく車に追いつくことなど到底無理で、梨恵は道路の真ん中で膝をついた。


「総志朗……」

「ママ」


 いつの間にか浩人がそばにいた。こんな道路の真ん中で呆けているわけにもいかず、浩人を抱き上げる。


「浩人、知らない人についてっちゃだめでしょ」


 深くため息を吐いたあと、浩人を叱るが、浩人は口を尖らせる。


「あのおじちゃん、すっごく優しかったよ。ライオンさん、おじちゃんが買ってくれたの」


 皮紐に木彫りのライオンのペンダント。アフリカのアクセサリーを思わせるそれを、浩人は嬉しそうに握りしめる。


「パパになってくれたの。ぼく、すっごく楽しかったよ」


 ペンダントを握った浩人の手を梨恵は包み込むように握る。ほんわかと温かい子どもの体温が、心を優しくしてくれる。


「ママ、どうしたの? どうして泣くの?」


 嗚咽が込み上げる。あとからあとから溢れ出る涙。


「浩人、ごめんね。お母さん、浩人に隠し事ばっかり……。いつか、いつか全部話すから。だから、このペンダント、大事にしてね。パパがくれたものだから」

「うん!」


 浩人はライオンを夕日に向かって掲げた。アフリカの大地を歩く、孤高のライオンがそこにいるような気がした。







 レンガの床にライターが落ちる。はっとして、学登はライターを拾い上げた。


『これで犠牲者は三人目ですよ』

『しかも同じ病院の医師と看護師ですからね。これは病院に対する犯人の復讐とみて間違いないと思いますよ』

『病院の院長も黙秘を続けているようです』


 ニュースキャスター達の淡々とした会話が、耳障りで仕方ない。学登はテレビの電源を切ると、投げるようにリモコンをテーブルに置いた。

 九年前に会った、あの医師の言葉を思い出す。

 当時はまだクラブ・フィールドは出来たばかりで、客足も良くなかった。

 そんな頃にやって来た医師――澤村麻紀子。四十代かそこらで、きつく鋭い目をした女。長い髪を頭の後ろで結わえたその姿は、さすがは医師だという貫禄を備えていた。


「あなた、ユキオを助けた方よね?」


 澤村麻紀子の、あの時の悲哀に満ちた目。慈悲を伴った目。

 彼女は言う。


「総志朗には酷だけれど、友達も恋人も作ってはいけないわ。大事な人は大事であればあるほどに、弱みになる。光喜の目的に、あなただって勘づいているんでしょう?」


 あの忠告を忠実に実行していれば。

 あの時、彼を助けなければ。

 こんな事件は起こらなかった。

 学登は黒い革のソファーにもたれかかり、大きく深く息を吐いた。



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