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CASE6 いじめられっ子:10

「で、亜衣子とは縁が切れたわけ?」


 梨恵がそう聞くと、奈緒は満面の笑顔でうなずく。総志朗との出会いの話を終えた奈緒は、喉が渇いたと言って、バッグからペットボトルのお茶を取り出し、ごくごくと飲み干した。


「総ちゃんとはね、その後、中学校卒業の日までずっと会ってなかったの。あたし、総ちゃんとはもう会えないんだって思ってた。会いたかったけど、ふられちゃったし……。けどね、卒業式の日に、総ちゃん、来てくれたの!」

「学校に?」

「うん! あの時の亜衣子の顔! 『あのかっこいい人と付き合ってるの?!』ってあたしに聞いてきてね。総ちゃん、『付き合ってるよ』って嘘ついて。ぎゃふんって顔してた!」


 卒業式の日のことを思い出し、奈緒はくすくすと笑う。梨恵はそんな奈緒を微笑ましく思った。


「卒業式に来てくれたのはね、受験のこと心配してたからみたい。受からなかったら、高校浪人だもんね。あたしに二次募集で高校変えろって言ったから、責任感じてたみたい。優しいよね〜。あたし、もう絶対ずっと総ちゃんについてくぅって決めたんだぁ」


 奈緒は両手で肩を抱きしめ、体をくねらせる。なんとも幸せそうな顔で、当時の気持ちを思い出し、浸っているようだ。


「でもさ、それでどうしてセフレになるの?」


 ここまでは普通の純愛の話だ。なぜセフレなどという関係になったというのか。聞いた限り、中学生の奈緒は純粋でセフレになるようには思えない。


「だってさ、好きな人とはエッチしたいじゃん! 恋人を作らないなら、セフレになるしかないじゃん。あたし、総ちゃんとエッチ出来るなら、どんな関係でもいいんだもん。だからね、あたしが襲ったの〜」

「襲った……」

「うん! 総ちゃんとあたし、体の相性めっちゃいいの! 幸せ〜」


 ある意味で、奈緒は純粋だ。そして、一途。梨恵は二人がなぜ今のような関係なのか、なんとなく理解できた気がした。総志朗が奈緒に押し切られたのだろう。苦笑いを我慢できない。


「でも、総志朗はなんで恋人作らないんだろう」

「しらな〜い。でも恋人出来たらちょーショックだから、そういう主義のがあたしはいいよ〜」


 それでいいなら、あんた一生セフレだぞ。


 梨恵はそう言いかけて、なんとか口を押さえる。奈緒はちょびっと頭が良くない。そんなことを言ってはいけない。気付かせてしまってはかわいそうだ。


「あ! こんな時間! あたし、約束あるからもう行くね! またね〜」 


 バッグを肩にかけ直し、奈緒は颯爽と歩き出した。一度振り返り、極上の笑顔と共に、梨恵に向かって手を大きく振る。

 梨恵はそれに答え、手を振り返した。







「なんでお前、ここにいんの?」


 篤利の紹介で、安いアパートに移り住んだ総志朗。引っ越して三日後、少ない荷物も片付け、部屋は一応住める形に整った。

 クラブ・フィールドに行って、仕事が無いか確認し――いつものごとく仕事は無かった――家に戻ってきたら、敷いたままになっていた布団に、そいつはいた。


「いいだろー? オレが紹介したんだからさー。ここ学校から近いんだよね」


 大きなあくびをして目に涙をためながら、日岡篤利は布団の上をごろごろしていた。


「この時間、学校じゃねえの?」


 時計を確認すると、午後一時過ぎ。そろそろ午後の授業が始まる時間のはずだ。

 総志朗の指摘に、篤利はぺろりと舌を出す。どうやらさぼりのようだ。


「あのさ、オレ、いいこと思いついたんだ!」


 勢いよく起き上がり、正座の体勢で総志朗を見つめる。篤利の目は爛々(らんらん)と輝き、楽しそうだ。


「なんだよ?」


 若干の嫌な予感を感じ取りながら、総志朗が尋ねる。篤利の目は輝きを増す。


「オレ、あんたの助手やってやるよ!」

「は?」

「仕事、手伝ってやるよ! オレも総志朗の仕事、やってみたいんだ!」


 初めて会った時には想像できない、生き生きとした篤利の顔。冷めきった暗い目をしていた少年の目には、明るい希望に満ちた光が見えた。

 それを嬉しくも思いつつも、なんでこうなるの? という気持ちも込み上げる。きらきらとした目を向けられて、「別に手伝ってもらう必要無いし。助手なんていらねえし」とはさすがに言えない。


「……好きにすれば」


 仕方なくそう言うと、篤利はパアッと頬を紅潮させた。


「やった! 今日の用はそれだけなんだ。じゃ、オレ帰るわ」


 立ち上がった篤利と入れ代わりに、総志朗は布団にごろりと寝転がった。一体どうしてこんなに懐かれてしまったのか、全くもってわからない。


「じゃあな。また来る」


 トレードマークのキャップをぐっとかぶり、開ける時も閉める時もぎいぎいとうるさいドアを開けて、篤利は帰っていった。その背を寝転がった体勢のまま見送り、総志朗は大きなため息をつく。


「わかんねぇ……。なんでこうなるんだ……」






 その日、相馬優喜はバイクに乗って、奈緒の前に現れた。

 奈緒は、今日はデートをするつもりはなかった。会ったらすぐに、「好きな人がいる。だからもう会わない」と伝えるつもりだった。

 少し前、ナンパしてきた優喜。サラサラの黒髪と、鋭い瞳。一般的にかっこいい部類に入る男。奈緒は戸惑いもあったが、なんとなく何回か遊んだ。

 だが、やはり気持ちは揺るがなかった。総志朗が好きだった。だから、優喜と会うのはやめようと思っていた。今日は優喜にそれを伝えるつもりだったのだ。


「あのね、話したいことがあるの」


 バイクに跨ったまま、優喜はメットを奈緒に手渡してきた。差し出されたメットを奈緒は反射的につかんでしまった。


「話なら、後で聞くよ。ちょっと遠出しない? 星が見たいんだ」


 目を細め、優喜はうっすらと笑う。すべてを見透かされたような気がした。


「でも」

「今日で最後のデートにしたいんでしょ? だったら最後くらい俺の行きたいところについてきてよ」


 やはり見透かされていた。奈緒は罪悪感が込みあがってくるのを感じて、うつむく。


「乗って」


 優喜はメットをかぶり、奈緒をじっと見つめる。奈緒は仕方なく、優喜の後ろに座った。


「さあ、行こうか」


 エンジンがうなる。優喜の腰をしっかりつかみながら、奈緒は胸の内にもやもやとしたものが広がるのを感じる。

 

 気持ち悪い。


 小さくつぶやくが、エンジン音で声は届かない。

 バイクは夜の闇の深い方へ向かって、走り出した。










 最後に見た笑顔。

 幸せそうな笑顔。

 私は一生忘れない。

 絶対に忘れない。




 



  




 


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