CASE1 ゲーマー:04
「一人暮らし?!」
梨恵の母、理沙はいつも険しい顔をいっそう険しくした。
一人暮らしをしようと思っていたことを、梨恵はずっと両親に話せないでいた。
反対されることは目に見えていたし、怒鳴り散らされるのが嫌だった。
だが、話しておかないわけにはいかず、なんとかそれを口にしたところ、案の定怒鳴られた。
「9月から、おじいちゃんの家で一人暮らしする。反対しても、無駄だから。」
「何言ってるの!!何も出来ないくせに!あんたが一人で暮らすなんて無理に決まってるでしょう?!
掃除だって、洗濯だって、料理だって、満足に出来ないでしょう!」
「そんなの、一人で暮らせばできるようになるよ。」
「あんたは勉強さえしてればいいの!他の事はお母さんがやってあげるから!」
過保護すぎる母親に嫌気がさす。
もう少し大人になれば、感謝できる日がくるかもしれないが、今は無理だ。
勉強、勉強。
勉強が自分を救ってくれるのか。
答えはNOだ。
「もういい。」
梨恵は一言、そう告げると、玄関へ向かう。
もう限界だった。
迫り来る壁から逃れられないような、閉塞感が胸にこみ上げる。
「もういいって何なの!梨恵!お母さんの言うとおりになさい!!」
「もうやめて!!」
ダンと壁を叩く。
理沙は驚いて、押し黙った。
「私は、お母さんのあやつり人形じゃない。」
駆け出す。
早くこの牢屋のような家から出たい。
梨恵は財布とケータイの入ったバックをつかむと、家から飛び出した。
夏の夜の風は涼しい。
昼間の暑さが嘘のようだ。
誰かの家に泊めてもらおうかと思って、ケータイを手に取ったがやめた。
事情を話すのが面倒くさい。
人に弱いところを見せることが、梨恵は苦手だった。
どうしよう。どこに行こう。
どこにも行きたくない。でも、どこかに行きたい。
そんなことを考えながら、ふらふら歩く。
電車に乗り、繁華街にたどり着く。
ネオンに導かれるように歩いていた時、ふとあるものを思い出した。
総志朗からもらった名刺。
そこに載っていたクラブの住所がたしかこのあたりだ。
バックをあさって名刺を取り出すと、電柱に記された所在地を辿って、そのクラブを目指す。
繁華街から少し入った場所にそのクラブはあった。
フロントのような場所で、女の子が男と談笑している。
ぎりぎりのショートパンツに、腰が見え隠れする丈の短いオレンジのタンクトップを来たその女の子が、ふと梨恵のほうを見た。
「あ〜なしえっちぃ〜」
間延びしたのん気なその声。
聞いたことがあると、その子をよく見ると総志朗のセフレ、奈緒だった。
「なしえっちも踊りに来たんだぁ〜わ〜い。」
奈緒ははねるように走り寄って来ると、梨恵の後ろにまわり、背中を押す。
「ちょっと。私、踊りに来たわけじゃ…。」
「い〜じゃんい〜じゃん。」
無理やり引っ張られ、お金を払って中へ入る。
耳に悪い大音量の音楽は、ガラスの壁一枚向こう側で響いていて、入るとすぐにお酒を出すカウンターがあった。
その向こうにテーブルが並び、奥の扉を開けるとホールがあるつくりになっているようだ。
あまり大きくないこじんまりとしたクラブ。
テーブルで何人かが、談笑している。
ホールの方はよく見えないが、けっこう大勢の人間が踊っているようだ。
「この人が、ガクちゃんって言って、このクラブのオーナーさんだよ〜。」
ガクちゃんと呼ばれた男は、梨恵に二コリと笑いかけ、会釈する。
「今、総ちゃん呼んでくるね〜。」
「ちょっと、呼ばなくても…。」
呼び止めようとしたが、奈緒はホールへ行ってしまった。
「何か飲むかい?」
「え?じゃあ、モスコミュール…。」
モスコが出てくるのと同時に、総志朗がやって来た。
「あ、梨恵ちゃ〜ん。」
ル○ン三世が峰不○子を呼ぶような呼び方。
梨恵は頭が痛くなった気がして、眉間にしわを寄せた。
こういう日にバカの相手はしたくない。
「お?なんか暗いね。どうしたの?」
ニタニタ笑って、梨恵の顔を覗き込む総志朗。
「うるさい。」
プイと顔を背けた瞬間、梨恵はある考えが思い浮かんだ。
このバカ男で、うさ晴らしだ。
梨恵は浮かんだナイスアイディアにほくそ笑む。
バカみたいな依頼だったよね。
でも、あの依頼が私とあなたを繋いだんだ。
合縁奇縁とかいうけど。
まさにそれ。
今でも覚えているよ。
あの時見せたあなたの悲しそうな顔。
あの時、何を言おうとしたの?