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CASE6 いじめられっ子:04

「わかった。気持ちはよ〜くわかった。依頼、受けるよ」

「本当ですか?!」


 勢いで告白をしてしまった奈緒。顔はリンゴのように真っ赤だ。


「でもなぁ、体売るなんて簡単に言うなよ。好きな男にならなおさらだ。自分の体は大事にしなさい」

「はあ〜い」


 告白だけじゃない。体を売るとまで言ってしまった。そんなセリフを吐いてしまったことが恥ずかしい。

 真っ赤な顔はさらに赤くなっていく。


「ガキはこれだから嫌なんだ。……そうだな。がきんちょから金を巻き上げるのは忍びないしな。ひとつ条件がある」

「え? なに?」

「ちょっと手伝ってほしいんだよね」


 そう言って、総志朗はにたりと笑った。少し不気味な笑みだ。


「あたし、何でもします!」


 奈緒は大喜びで万歳する。手伝うということは一緒にいられるということだ。嬉しくて仕方ない。ピョンピョンとその場で跳ねる。

 が、はっとする。告白はさらりとかわされてしまった。


 もしかして、脈なし? ショックゥ……


 そんな考えが浮かび、がっくりと肩を落とした。





「ふわあ。寒いっ」


 外はまだ雪景色。道路の雪はもう融けてなくなったが、道路は凍りつき、スケートリンクのようになってしまっていた。

 朝の冷たい空気を吸い込み、奈緒は玄関を出る。

 太陽の光が雪に反射して、きらきらと光っている。奈緒はそれがまぶしくて、片目をつぶった。


「よっ! 奈緒ちゃん」

「え?! そ、総ちゃん!」


 家の門の横に、スーツ姿の総志朗が立っていたのだ。まぶしくてつぶった目を、奈緒は見開いた。

 スーツにマフラーを巻いただけの総志朗の姿はとんでもなく寒そう。見ているだけで体が震えてくる。


「お父さんのコート、借りてくる!」


 急いで家に戻り、コートを持ってくる。両親は仕事に出ていて、もういない。


「おお! 悪いねえ。サンキュ」


 黒いロングコートはあまり総志朗に似合っていない。奈緒はふきだしそうになるのをこらえるのに必死だ。


「あったけぇ〜。冬は寒くて嫌だねえ」

「総ちゃん、こんな朝早くにどうしたの? あたし、学校があるからもう行かなきゃ」

「昨日言ったじゃん。手伝ってって」

「言ってたけど……。え? まさか、今から?」


 当然と言わんばかりに、総志朗は大きくうなずく。奈緒の腕をつかみ、凍った地面をそろそろと歩き出した。


「ちょ、ちょっと待って! あたし、学校サボったりなんて出来ないよう!」

 

 精一杯抵抗するが、地面がツルツルのせいで足に力が入らない。意に反して、総志朗に引っ張られ、スーっと進んでしまう。 


「いーじゃん。一日くらい。毎日毎日嫌〜な学校行ってもストレスたまるだけだろ? たまには休んで息抜きしたっていいじゃねえの。学校ってのはサボるためにあるんだ」


 それは絶対に違う。


 奈緒はつっこみたいが、それどころではない。総志朗の為すがまま、奈緒は滑っていくしかなかった。






 太陽もだいぶ昇り、ほんわかと暖かくなってきた。天候の悪い日が続いていたが、今日は思い切り晴れそうだ。


「総ちゃん、あたし、何を手伝えばいいの?」

「これ。この子、探してほしいんだよね」


 渡されたのは写真のコピー。白黒で印刷されたその紙には、愛らしいふわふわの毛の小型犬が写っていた。ポメラニアンだろう。


「なに、これ?」

「名前はミル。メスね。写真でわかるとおり、ポメラニアンで、毛の色は茶色。首輪に赤いリボンがついてる。名札もつけてあるって。そんで、オレはこっちを探すから、奈緒はあっちね」


 てきぱきと指示をして、総志朗はさっさと行こうとする。手伝うとはこんなことだったのかと、奈緒はがっくりした。

 一緒にいたいのに、一緒には探してくれそうもない。


「あたし、こんなことのために学校サボったのぉ? ひとりで探せばいいじゃん!」


 つい文句が出る。すると、総志朗は今にも泣き出しそうな顔になってしまった。


「お前、薄情だな。ミルの飼い主はな、結衣っていう、ちぃっちゃい女の子なんだよ。結衣とミルはな、まるで姉妹のように毎日毎日一緒に生活してたんだ。それこそ食う時も寝る時もずっと一緒だったんだよ。結衣はさ、オレに泣きながら言うんだよ。『ミルが死んじゃったらどうしよう。ミルがお腹すかせてたらどうしよう。ミルが寂しがっていたらどうしよう』てな。かわいそうじゃねえ〜か! 早く見つけてあげたいだろう? そのためには奈緒。お前の力が必要なんだよ!」


 過剰なほどの熱弁だ。だが、奈緒はじんときてしまって、涙ぐんでいる。結衣とミルに同情心が湧く。


「だから奈緒。手伝ってくれるよな?」

「うん」

「なんていいやつなんだ。奈緒は。これで依頼料は帳消しにしてやる。さあ、行って来い!」

「はい!」


 奈緒は元気よく返事をして、敬礼をする。くるっと踵を返し、走り出した。

 総志朗はその後姿を眺めながら、ぺろりと舌を出す。


「あいつ、だまされやすいな。素直すぎる。まあいいけど」


 ポケットに入っていたのは、電柱に貼り付けてあったポスター。『ミルを見つけたら連絡下さい。見つけてくれた方には礼金差し上げます。谷川結衣』と書いてあり、ミルの写真が載っている。

 お金のない総志朗はこのポスターを見つけて、ずっとミルを探していた。だが、なかなか見つからず、手をこまねいていたのだ。

 先ほど奈緒に話したことは大嘘。奈緒の同情をひこうとしたら、奈緒はあっさりだまされてくれた。


「さて、オレも探すか。礼金もらってお金をゲット〜!」








 したたかに、ずる賢く。

 それが総志朗。

 生き生きと仕事していたあなたは、輝いてたよ。

 めちゃくちゃな仕事だけど、さ。

 あの時、あなたは仕事をすることで自らを奮い立たせていた。

 あなたにとって、仕事は力の源だった。

 私は……忘れることが出来ない。

 あの時の、あなたのすべてに絶望した、あの表情を。






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