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CASE6 いじめられっ子:03

 総志朗のおかげで落ち着きを取り戻した奈緒は、家に帰り、自分の部屋のベッドで寝転がっていた。

 名刺を眺める。白い紙に黒字のシンプルな名刺。奈緒は穴があきそうになるくらいずっとその名刺を見ていた。


「加倉総志朗……。総ちゃん、なんてね」


 一目惚れ。奈緒はそれを自覚する。あの吸いこまれそうになる不思議な瞳に、完璧にやられた。優しい目だった。口調はきつかったけど、向き合おうとしてくれた。

 肩をつかんだ時の力強さ。あの力は奈緒をこの世に引きずり戻してくれた。心ごと。


「もう一度、会いたいな」


 名刺を胸の位置で抱きしめる。接点のない彼ともう一度出会う方法なんてあるのだろうか。


「奈緒、こんな時間まで何してたの?」


 いきなり部屋のドアが開いて、奈緒は飛び起きる。帰りの遅かった娘を怒った母が、眉間にしわを寄せたまま、ドアの前に立っていた。


「ごめんなさい」

「遅くなるなら、ちゃんと連絡しなさい」

「はあい」


 明るく返事をすると、母親は「しょうがないわね」とぶつくさ文句を言いながら、行ってしまった。

 布団に潜り込み、もう一度名刺を見つめる。

 恋のパワーはすごい。さっきまで死にたいと思っていたのに、今はそれすら浮かんでこない。

 三年間ずっと毎晩考えていたのはいじめのことばかり。久しぶりに違うことを考えながら寝れる今夜が愛おしい。


「何でも屋かぁ」


 ふと、総志朗が別れ際に言った一言を思い出した。「いじめっ子をぎゃふんと言わせたりとかね」と、彼は言っていた。


「そっか! 依頼すればいいんだぁ!」


 亜衣子に仕返しをする。その依頼をすれば、また総志朗に会える。

 奈緒は布団から這い出ると、携帯電話をつかんだ。

 名刺には『ご依頼はクラブ・フィールドオーナー、黒岩学登まで』と書いてある。

 その下に書いてある電話番号に、電話をかける。


『もしもし、お電話ありがとうございます。クラブ・フィールド、黒岩です』


 ハスキーな男の声。奈緒は緊張しながら、依頼をしたいと告げる。


『今、加倉は不在ですので、代わりに私が承ります。お名前と依頼内容を』

「え、えと、白岡奈緒って言います。えと、依頼内容は、ええと、あの、あたしからの依頼って言ってもらえれば、わかると思うので」


 見ず知らずの人に「いじめっ子に仕返しがしたいんです」とは言えず、言葉を濁す。


『じゃあ、明日とあさっては、加倉も店に来るんで、白岡さんも来れたら来て下さい』

「はい! わかりました!」


 元気いっぱいの返事をして、電話を切る。

 ふつふつと喜びが胸の中に湧き上がって、奈緒はベッド脇に置いてある犬のぬいぐるみをぎゅうぎゅうと抱きしめた。

 明日、会える。総志朗に会えるのだ。






 クラブ。もちろん学校でやるクラブとは違うだろう。中学生の自分がそんな場所に行っていいものかどうか、奈緒は悩む。

 行く気はまんまんだ。だが、はたから見てもがきんちょな自分がクラブなどに行けば、補導されやしないか、不安だ。

 精一杯大人ぶった服装をしてみたが、女らしい丸みを帯びた体型になりきれていない細い棒のような体型は、中学生だということを改めて実感させられる。

 それでも奈緒は、クラブ・フィールドまでやって来た。

 体のラインを強調するようなワンピースを着てみたが、似合っていない。

 入り口に立つ、スーツを着たフロントの男が、奈緒を睨む。


「あの、何でも屋さんに、依頼に来たんですけど」


 おどおどしながらその男に問いかけると、男はいかつい顔に似合わない笑みを浮かべた。


「ああ、総志朗君ね。ちょっと待ってて」


 総志朗に会える。そう思うと胸が高鳴る。緊張する。バッグを握り締めた手が汗ばんでいた。


「お、やっぱりあんたか」


 クラブから出てきた総志朗は、初めて会った日とは全然違って見えた。あの時はセーターにジーパン。今日は黒いスーツにストライプのシャツを着て、チャコール色のサングラスをしていた。スーツを着るだけで、ずっと大人に見える。

 自分とは違う世界の人のように見えて、奈緒は少し距離を感じた。


「こちらにどうぞ」


 総志朗の案内で店の裏側に回り、事務室へと通された。

 クラブの喧騒がわずかに聞こえるだけの部屋に、奈緒はほっとする。


「で、依頼って?」

「あの、ええと……」


 ほっとしたはずなのに、また緊張してきた。よく考えると、今二人きりなのだ。


「いじめっ子に仕返し?」

「そうです!」


 声を張り上げてしまう。それが恥ずかしくて、奈緒はまたうつむいてしまった。


「依頼料は?」

「え! お金?!」


 考えていなかった。会えることに舞い上がって、お金のことなんて全く眼中になかった。財布の中身と、貯金通帳の中身を瞬時に考える。

 貯金は母親が管理しているから全くわからない。財布には五千円が入っているだけ。


「あのねえ、こっちは慈善でこんな仕事してんじゃないんですよ? 金が無いやつぁ帰れ」

「ええ! ちょっと待ってください! 一万! 一万出します!」


 お小遣いを前借すれば、一万円は作れる。中学生の自分にとっては一万でも十分大金なのだが、総志朗は不満そうだ。


「……だめ、ですか?」


 総志朗は考え込むように腕を組んでしまった。

 自殺しようとした時は、あんなに優しそうな目をしていたのに。サングラスをしているせいか、「オレ、金が無い女に興味ねえんだよ」と言いたげな冷たい目をしているような気がしてきた。


「ま、金に代わるもんをくれるってのもありだけど」

「お金に代わるもの? 例えば、何ですか?」

「ん〜、例をあげるとだなあ。オメガの時計とかくれたやつもいるし、ヴィトンのバッグくれたやつもいるよ。変わったやつだと体、とか」

「体?!」


 思わずマグロ漁船が思い浮かんだが、この場合は違うだろうと思い直す。きっと大人な意味だ。奈緒は顔が赤くなってしまった。


「もちろん、断ったけどね。あとは……」

「あたしも!」


 総志朗の言葉をさえぎり、奈緒は立ち上がりながら叫んだ。


「あたしも、総ちゃんに体売ります! だから、だから、依頼、受けてください!」


 椅子に座っていた総志朗がずるりと椅子から転げ落ちそうになった。奈緒は慌てて彼の体を支える。

 椅子から落ちそうになった反動で、サングラスもずり落ちてしまっている。それを直しながら、総志朗は苦笑した。


「あのねえ……」

「だって! だって、あたし、あなたのこと、好きになっちゃったんだもん! 一緒にいてほしいんだもん!」

 

 絶叫告白だった。奈緒は血がどんどん顔に上がってくるのを感じた。脈は異様なほど早い。今、顔に卵を置いたら、目玉焼きだって焼けそうだ。

 苦笑いを浮かべた総志朗の口がひくついていた。








 恋する女の子のパワーは強大。

 いつも奈緒ちゃんの尻にしかれっぱなしだった総志朗の姿は面白かった。

 もう、二人の姿を見れないことが、悲しいよ。













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