表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/176

CASE6 いじめられっ子:02

CASE6は奈緒の過去です。

奈緒15歳、総志朗17歳。

 強い力が奈緒を引き寄せる。

 奈緒はそのまま柵に寄りかかり、ずるずると座り込んでしまった。


「あ、おい! そんなところに座るな!」

「なんで……」

「あ?」

「なんで止めるのよおっ!」


 死ねなかったくやしさ。生きている喜び。ぐちゃぐちゃになった感情が涙となって溢れ出る。

 奈緒を止めたその男は、雪をかぶったくせっけの髪を掻き、「まいったな」とつぶやいた。




 家に帰りたくないと奈緒が駄々をこねたため、男は奈緒を喫茶店へと誘った。

 街角にある小さな古びた喫茶店。ソファーは穴があいていて、テーブルはがたがただ。

 だが、店主が持ってきたココアはとびきりおいしかった。


「オレ、加倉総志朗。あんたは?」


 おもむろに男は自己紹介をすると、ブラックコーヒーをぐびぐびと飲む。


「あたしは、白岡奈緒……です」


 歳はさほど変わらないように思えたが、線の細さが残る同学年の男子より、体格がしっかりしている。雪にぬれて湿ったキャラメル色の髪はくるくるとパーマをかけたようになっていた。茶色のまわりを緑色が花を咲かせているような不思議な瞳の色は、どこか他の国の血が混ざっているようなかんじがした。

 奈緒はじろじろと加倉総志朗を観察し、恥ずかしくなって目線を下げる。

 

「何が原因だかは知らねえけど、簡単に死のうとするなよ。バカじゃねえの」

「バカって! あたし、すっごくすっごく悩んで決めたんだもん! あたし、バカじゃなもん! 死ぬのなんて怖くないんだから!」


 バカと言われて激昂する奈緒を、総志朗はあきれた目で見ている。奈緒はそれがくやしい。


「死ぬのが怖くないって……。なんだ、それ?」

「死ぬの怖がるのは弱い子なんだよ! あたし、弱くない!」


 総志朗の視線は依然としてあきれ返っている。


「死を選ぶ奴のがよっぽど弱いとオレは思うけど。強がりはやめろよ」


 的を射た言葉。奈緒は反論することが出来ず、うつむく。


「何があったの? 本音を言えば? 弱音を吐いたって、あんたとオレ、もう二度と会わないんだ。だったら、何言っても平気じゃね?」


 顔は上げず、目線だけを上げて、総志朗を見る。惹きこまれそうになる不思議な瞳。優しい色だと、奈緒は思った。限界まで凍りついていたものが、ほろりと解けた気がした。

 初めてだった。こうして向き合って、話を聞いてくれようとした人と会うのは。


「あたし、中学校に上がってからずっと、いじめられてるの。あたしがとろいのとか、しゃべり方とか、ドジってばっかりなこととか、むかつくんだって」

「あ〜。確かに」

「確かにとか、納得しないでよぅ」


 総志朗はクスクス笑って「ごめん」と謝る。肩の力がすっと抜けた気がした。


「でも、そんなこと言われても、すぐには変えられないでしょう? 気付いたら、皆あたしのことシカトしててね。亜衣子って子が中心になって、あたしのことリンチしたり、教科書ぐしゃぐしゃにしたり、カバンの中に犬のウンチ入れられたりされたの」


 話している内に、嫌な思い出が次から次へと浮かんできた。

 彼女達から吐き出される言葉は、どれも自分の存在を否定するものばかり。

 色んなことで傷ついたけれど、言葉が一番、きつかった。


「『死ね』とか『消えろ』とか毎日言われた。でも、3年間頑張ったの。我慢したの。耐え抜いたの。もうすぐ卒業で、あたし、亜衣子から逃げられるって思ってた。けど、違ったの」


 総志朗はとても真剣な顔をしていた。次の奈緒の言葉を待っている。奈緒は深呼吸をして、また話し始めた。


「あたし、高校に行ったら、もういじめられないように、自分を変えて、頑張ろうと思ってた。強い子になろうって思ってた。だけど……亜衣子、同じ高校なんだって。高校に行っても、亜衣子がいるの。いじめられる生活がまた3年も続くの。もう、耐えられないって、思った。だから、死のうと、思った」


 涙がこぼれそうになるのを、必死にこらえる。膝の上で強く握られた手が、小刻みに震えていた。


「なんつーかさあ……あんた、頑張りすぎじゃねえの?」

「え?」

「3年間も頑張っていじめ耐えてさ、そんで高校までってなったら、誰だって逃げたくもなるよ。だったら逃げりゃあいいんだ。逃げるが勝ちってことわざ、知ってる?」

「知ってるけど……」


 総志朗は両手をあげ、ソファーに身をゆったりと預ける。その視線は、奈緒ではなく、天井から吊るされたステンドグラスのライトに注がれていた。


「でも、逃げ道を『死』に限定する必要なんてないんだ。逃げ道なんていっぱいある。『死ね』って言われたら『ふざけんな! だったら100歳まで生きてやる!』つうさ、ふてぶてしさがあんたには必要だと、オレは思うよ」

「ふてぶてしさ……」

「そ。したたかさともいう」

「したたたきゃさ」

「言えてねえし。たが多いし」


 奈緒はぷっと吹き出してしまった。暗い話をしたのに、彼が醸し出す雰囲気で、暗さがすっ飛ぶ。奈緒はそれが嬉しかった。


「どうすれば、そうなれるの?」

「それはあんたが自分で探さなきゃだめでしょう。おっと、オレ、仕事中だったんだ。もう行くよ」


 伝票をさっと取ると、総志朗は歩き出してしまった。奈緒は慌てて、彼の服のそでをつかむ。


「あ、あの、連絡先! 連絡先、教えて!」


 総志朗はにっこりと微笑み、ジーパンのポケットから、一枚の名刺を取り出した。それを奈緒に恭しく手渡す。


「どうぞ」

「ありがとう。えと、何でも屋……って?」


 名刺の一番上に書かれた『何でも屋』の文字。それを手でなぞりながら聞くと、総志朗はにっと笑った。


「そ。何でもやるから、何でも屋。なんかあったら、電話して。金次第でなんでもやるよ」


 パチンとウィンクして、総志朗は言う。


「いじめっ子をぎゃふんと言わせたりとかね」

 





 


 奈緒ちゃん。

 奈緒ちゃんは総志朗に救われたって言ってたね。

 でもね、私、思うの。

 総志朗も奈緒ちゃんのおかげで、いっぱい救われてたんだって。

 奈緒ちゃんと一緒にいた時の彼は、とても……

 とても楽しそうだったから。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ