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CASE5 愛人:07

「ぼろ〜……」


 大きな地震が来たら簡単に崩れてしまうだろう。一軒家を改装してアパートにしたようなそこに、総志朗は唖然とする。

 篤利と篤利の祖父、そして総志朗は、篤利の祖父が管理しているというアパートに訪れた。

 東京のビル群の隙間になんとか残った、古い家。ツタが絡まった外装は、おしゃれというよりは手入れされていないといった印象を受ける。

 中に入ると、これまたぼろさが増している。ぎしぎしとうるさい床。はがれた壁紙は、あばら家と言っても過言ではない。


「篤利の知り合いなら、3万にまけてやるよ」


 部屋に案内され、おそるおそる室内を覗く。6畳間の畳張り。トイレ、風呂共同。ここで料理が出来るのか、聞きたくなるような小さなコンロ。

 総志朗は、泣きたくなる気持ちを抑えるのに必死だ。


「身分の証明できるもん、ひとつもないやつに部屋貸してやる奇特な奴なんて俺くらいなもんだ。どうするんだ?」


 篤利の祖父の言葉に、総志朗は頭を抱えたくなった。

 腰が曲がり、弱々しい印象のある篤利の祖父だが、声はでかいし、態度もでかい。


「借ります。ここ」

「お、そうか。家賃は現金払いの手渡しでいいんだな?」

「はい」


 背に腹は変えられない。総志朗は契約を交わすことを決めた。


「じゃ、俺は先帰るぞ。篤利、小遣いだ」


 篤利の祖父は、篤利に千円札を握らせると、鼻歌を歌いながら出て行ってしまった。

 千円札を嬉しそうに眺めながら、篤利はにやりと笑って、総志朗の方を見た。


「マックでも行こうかな。あんたも行く? おごるよ」


 千円札をわざとらしく見せびらかされる。げんこつのひとつでもお見舞いしてやろうかと思ったが、それをぐっと耐えて、総志朗もにやりと笑った。


「おごってもらおうじゃん」


 そうして、2人は、アパートを後にしてマックに向かう。


「でもさあ、あんた無免の上、身分照明できるもん何ひとつ無しってどういうこと?」


 篤利が聞くと、総志朗は困った笑顔を作って、首をかしげるだけ。


「ま、別にいいけどさ」








「ただいま。……誰もいないの?」


 19時過ぎ、帰宅した直子は、家の中が真っ暗なことに気付いた。

 静まり返った室内のその先、窓の外に東京の夜景が見える。

 

「あの子、どこに行ったのかしら……」


 電気をつけようと手探りでスウィッチを探し、明かりをつけたその瞬間、その手を誰かに捕まれた。思わぬ出来事に、直子は身を縮ませる。


「そ、総志朗君じゃない。脅かさないでよ。なあに? 私をびっくりさせようと思ったの? いたずらはやめて」


 手をつかんでいたのは、総志朗だった。一瞬、総志朗が別の人格(光喜)になったのではないかとあせったが、その目はいつもと変わらない。総志朗のままだった。

 安心した思いがため息に変わる。

 靴を脱ぎ、家の中に上がろうとするが、総志朗が立ちはだかり、家には入れない。


「どいてくれない?」


 そう言った瞬間だった。総志朗の手が直子の首をつかみ、そのまま玄関のドアに打ちつけられる。 

 頭が思い切りドアにぶつかり、めまいが襲う。何が起こったのかわからない。


「オレをまた、殺すのか?」

「……え?」


 首にかかった手の力が強まっていく。息が出来ず、直子は足をばたつかせて抗うが、男の強い力に敵わず、されるがままに首をしめられる。


「こんな弱っちいやつを主人格にして、オレに眠り続けろって言うのか? バカにすんじゃねえっ!」


 さらに強まる力。直子は意識が朦朧もうろうとなり、心の中で死を覚悟し始めていた。

 目に映るのは、冷たい、氷のような目をした総志朗。


「オレの邪魔する奴は、全部殺してやる。お前もだ」


 どんどん血の気が失せていく直子の表情を見つめる総志朗の目は、とても楽しそうだった。

 歪んだ笑みが口元からこぼれる。


「香塚先生に伝えておけ。お前を殺すのは最後だ、ってな」


 ゆっくりと総志朗の手が直子の首から離された。

 直子は力いっぱい総志朗を突き放し、むせ返る。ひゅうひゅうと喉の奥が鳴る。


「あ、あな、た、まさ、か」


 言葉がうまく紡げない。それでも直子は喉を押さえながら、言葉を発した。


「あなたは」

「言っとくけど。オレはここにずっといた。消えてなんかない。寝たふりしてただけだ。オレのおかげで存在できんのに、偉そうにふんぞり返ってるバカがいてね、そいつを消そうとしてくれるやつがいたから、オレはそれをのん気に見てただけ。オレはいなくなったりしねえんだよ」

 

 瞳孔の開いたその目は、残酷な光を放つ。今そこにナイフがあったら、平気で人を殺せる、そんな目をしていた。

 直子は震えながらも、確認せずにはいられなかった。彼は総志朗ではない。だからこそ。


「あなたが、ユキオね? ユキオなのね?!」


 彼は鼻で笑い、立ち上がる。

 そのせいで出来た隙間から、直子はすばやく部屋の中へ逃れた。


「いずれ、報復に伺うよ。直子さん」


 ドアを開け、彼は悠然と立ち去る。

 直子はその後姿を見つめながら、ようやく張り詰めた空気から開放されたことに気付く。

 膝が震え、手に力が入らない。

 それでもなんとかケータイをつかみ、電話をかけた。


「もしもし、瀬尾です。香塚先生、私、ユキオに会いました」

 

 電話の向こうから、しわがれた男の声が聞こえてくる。それは歓声とも怒声ともとれない声色だった。


『ユキオが現れたか!』

「はい。彼は、いました」

『よくやった。ご苦労だった』


 ねぎらいの言葉を受け、直子は「それでは」と電話を切る。

 そのまま床にごろりと寝転がった。


「これから、どうなるの……」


 言い知れぬ不安は、未だ直子の体を震わせていた。










 ユキオが目覚める。

 闇の底から。







The case is completed. Next case……いじめられっ子



 

 



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