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CASE5 愛人:03

 何度見ても違和感を覚える、猫のようなオッドアイ。

 右目は緑がかった茶色い瞳。左目は薄く茶色いがエメラルドのような綺麗なグリーン。それこそが『光喜』である証。総志朗は言っていた。「この左目は相馬光喜のものだった」と。


「総志朗、この家から出て行ったんだね」

「何の用なの?」


 少しずつ後ろに下がりながら、梨恵は光喜を睨みつける。梨恵はこの男が怖かった。彼の目が、怖い。


「冷たいなあ。俺が総志朗のままだったら大歓迎するんだろ? 俺のこと嫌いなの?」

「っそ……総志朗は、家族みたいなものだもの! いなくなったら寂しいに決まってるじゃない!」


 光喜の手が梨恵の手を取る。ひんやりと冷たい手に梨恵は肩をびくつかせた。


「総志朗はもうここには戻ってこない」

「どうして?!」

「相馬優喜。その名を聞いたことがある?」


 そんな名前聞いたことがない。そう思った瞬間、総志朗の言葉が浮かんだ。「優喜は、この目を、探してたんだ」そう言っていた。


「総志朗の左目を探していた人の名前?」

「そう。そいつは総志朗のことを狙っている。消そうとしているんだ」


 公園で総志朗のことを襲った少年の姿が、瞬時に脳裏をかすめた。彼は総志朗を消そうとしていた。彼が『優喜』なのは間違いない。梨恵は確信する。


「総志朗がここを出て行ったのは、あんたを巻き込みたくないからだ」


 梨恵は押し黙り、光喜につかまれていない方の手で自分の肩を抱く。涙が出そうになる。総志朗に会いたくなる。


「どうして……巻き込むとかそんなの……」

「気にしなくてもいいのに? そう言いたいの? 梨恵。人を殺す方法はひとつじゃない。心を殺すことで人を殺すことだって出来るんだ。わかるかい?」


 首を振ることで、梨恵は光喜の言葉を否定しようとする。誰かを殺すのに、その肉体ではなく、心を殺す。光喜の口から出てくる言葉の数々が恐ろしくてたまらない。


「総志朗のそばにいるのは危険だ。総志朗を消そうと優喜は動いてる。総志朗のそばにいて、総志朗にとって大切なものになればなるほどに、優喜はその大切なものを壊し、総志朗を壊すんだ」


 つかまれた手をぐっと引き寄せられる。その強い力に梨恵は逆らえず、よろけながら光喜の胸の中に飛び込んでしまった。そのまま光喜は梨恵を強く抱きしめ、耳元でそっとささやいた。


「梨恵。君のことは俺が守るよ。俺は、君が好きだから」


 早鐘のように高鳴る心臓の音。それに合わせて頬もどんどん赤く染まってゆく。光喜の胸の中で、梨恵はただその力強い言葉を信じたくなる。怖い、梨恵は改めてそう思った。


「今日はそれだけを言いに来たんだ」


 そっと肩をつかまれ、身を離される。梨恵は抱きしめらた体勢のまま、しばらく固まっていた。


「梨恵、またね」


 額に落ちる、優しいキス。その部分だけが熱を帯びてゆく。

 光喜はにやりと笑うと、玄関を出て行った。ドアがバタンと閉まったと同時に、梨恵はヘナへナと座り込んでしまった。


「やばい……なんなの、あいつ……」


 頬と額が熱い。外気でまだ冷えたままの手を頬に当て、熱を冷まそうとするが、頬の熱は冷める様子もなかった。






 すっかりと暗闇に包み込まれた夜、21時半。瀬尾直子は帰宅した。総志朗はすでに夕飯を作り終え、ソファーでテレビに釘付けになっていた。


「ただいま」

「お、おかえり〜。夕飯できてるわよ〜」

「なに、そのオカマ口調」


 着けてるエプロンはひらひらのレースのエプロンだ。なにか間違っている、直子は苦笑を浮かべる。


「アナタ、お風呂になさる? それともお食事? それとも、ア・タ・シ?」

「……だからなんでオカマ口調?」

「うう〜ん、いけずぅ。あたしが食べたいんでしょう〜?」

「食事をしたいです」


 冷たい目が痛い。総志朗は捨て身のギャグをぶった切りにされ、ほんの少し泣きたい気持ちになりながら、味噌汁を温めにキッチンへと戻った。


「ヒモになれっつーからさ、夜も主人を楽しませてあげようと思ったのにさ」


 つい愚痴をこぼすと、直子はすでに並べられていたおかずをつつきながら、答えた。


「今日は疲れてるのよ。また今度ね」




 夕飯も終え、お風呂に入った直子はバスローブに身を包み、髪をタオルで拭いていた。

 直子に近付き、総志朗は直子の髪をドライヤーで乾かし始めた。


「ありがと」

「……何が目的なんだい? ご主人様」


 総志朗の飄々としたのん気な口調とうって変わって、ぞっとするような冷たい口調。

 直子は思わず振り返った。その目に飛び込んで来たのは、右目と左目の色が違う青年。

 姿かたちは総志朗そのままなのに、目の色の違うその青年と総志朗に漂う雰囲気は全く違っていた。


「な、なんなの、その目……!」

「総志朗の何を探ろうとしてる? あんたは何者?」


 優しく髪をなでていたその男は、いきなり直子の髪をわしづかみにし、後ろに引っ張った。

 髪を引っ張られる痛みが直子を襲う。言葉を発せられず、息が乱れる。


「あんたが誰か、なんて見当はついているけどね。香塚先生は元気?」


 ぱっと手を離された。直子は前のめりにこけそうになりながら、その男と距離をとる。

 男の顔を凝視する。冷たい水のような目。口元に浮かぶ、歪んだ笑み。予想だにしなかった人格だった。


「あなた、誰?! 総志朗ではないわよね? ユキオ……?」

「俺? 俺は光喜。相馬光喜。香塚先生なら、俺のこと知ってるはずだけど、あんたは俺のこと聞いてないの?」


 直子は、自分の正体を見抜いたこの男をただ睨みつけることしか出来なかった。








 香塚病院。

 相馬優喜。

 相馬光喜。

 そして、総志朗。

 絡み合う、彼らの秘密。

 














 



 

この話でちょうど50話目です。

ここまで読んで下さった読者の皆様に感謝!

まだまだ解き明かされない物語の行く末を、今後も見守っていただけたら嬉しいです(^^)


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