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CASE1 ゲーマー:03 

 総志朗が戸締まりもせずに仕事に行ってしまったので、梨恵は好奇心で家の中に入り込んだ。祖父が入院する際、きれいに片付けたはずの室内は総志朗の手によって散らかっていた。とは言っても荒れ放題というわけではなく、生活臭が漂うくらいのものだが。

 祖父の家は二階建ての2LDK。とてもせまい土地なので、家も小さい。

 リビングとダイニングは続き部屋で、そのリビングにどこから持ってきたのかベッドが鎮座し、さながら1Rのようになってしまっている。

 起きた時そのままのぐちゃぐちゃの布団を直し、梨恵はそこに座った。人の部屋に勝手に入り込んでいる気分になるが、もともとこの家は祖父のものだ。

 梨恵は一息ついて、ベッドに倒れこむ。少しウトウトしかけたが、玄関から音が聞こえて、起き上がった。


「総ちゃ〜ん? いるぅ?」


 女の甘えた声。

 直感的にそれが、総志朗と一緒にいたあの女の子――奈緒だとわかった。

 ダイニングに入るドアが開き、ネクタイにチェックのスカートという制服姿の奈緒が「あれ?」と首をかしげる。


「総ちゃんの新しいセフレ?」

「は?」


 一瞬何を言っているのかわからず、梨恵はぽかんとしてしまった。


「あ! 昨日のうるさい女の人だ! コンニチハ〜」


 奈緒は梨恵のことを思い出したようで、にっこりと挨拶。梨恵もつられて笑顔を作ってしまった。


「総ちゃん手ぇ早いんだ〜。もうやっちゃったんだね〜。私がいるのにぃ」


 ほっぺを膨らませて怒る奈緒はなんだかとてもかわいらしい。垂れ目のぱっちりした目や、たらこ唇気味のぷっくりした唇。男受けがよくて、女受けが悪い、そんな印象だ。


「っていうか。やったって何を?」

「え? もしかして、処女なんですか?!」


 なんだこの子! 会話できなさそうだけど!


 梨恵は宇宙人と交信を試みようとするNASAの人間の気持ちを考える。

 結論、会話は無理。


「セックスってことかなぁ?」


 幼稚園児と会話を試みる気持ちになってみた。

 いけそうだ。幼稚園児は絶対にしない内容だが。


「そうだよ〜。総ちゃん、うまいでしょ!」

「つーか、してないし。する気も無いし。セフレでもないし」

「えぇ〜! でも総ちゃんはあたしのだから、セフレにならないでね!」


 思わず頭を抱える。こんな会話をこれまで一度だって誰とも交わしたことがない。まさに未知の世界だ。


「なんでセフレ?」

「だって、総ちゃん恋人作らない主義なんだもん!」


 またもやぷりぷりとほっぺを膨らませる奈緒。愛らしいと言うべきか、憎たらしいと言うべきか。


「ということは、あんたセフレ?」

「あんたじゃなくって、白岡奈緒です! 奈緒って呼んでね!」


 ああ、頭が痛い。今時の女子高生はみんなこんなんなのだろうか。


 つい3年前まで女子高生だった梨恵だが、もう女子高生という人種は別次元の人間なのだと認識する。


「あたしと総ちゃんはね〜セフレだねえ」


 えへっと笑う奈緒は、やっぱりかわいい。だが、女の目線としてみると、なんだかむかつく仕草だ。


「総ちゃんいないなら、帰ろっかな。あ! えぇと、な、なな……ななえさんも今日クラブくるぅ?」

「……なしえです」

「ああ! 梨恵さんもクラブ来る? 一緒に踊ろうよ〜!」


 そう言って、奈緒はリズムに乗るように体を揺らし始めた。


「クラブって……部活の?」


 奈緒の言うクラブが、踊る方のクラブなのはわかっていたが、18歳(高校生も)禁止のはずのクラブに奈緒が入れるわけがないので、一応聞いてみた。

 奈緒は、梨恵がボケをかましているのだと思って、大げさに笑う。


「違うよぅ! おどるク・ラ・ブ! あたし高校生だから入れないんだけど、総ちゃんのおかげで内緒で入れんの!ね、ね。一緒に踊ろうよ〜!」

「……気が向いたらね」

「ふぅん。ざんね〜ん。じゃ、あたし帰るね〜ばいにゃ〜」

「ば、ばいにゃ……」


 またまたつられて、変な挨拶をしてしまった梨恵は、がくりと肩を落とした。






 まだ開店前のクラブ・フィールド。

 東京の一等地より少しはずれた場所にあるそのクラブのオーナーは三十四歳の黒岩学登という男だ。

 真っ黒な黒髪は肩にかかるくらいの長さで、髭を生やしたその姿はなかなか渋い。


「総、やることないんなら、床磨け」

「えー」


 不平を言いつつも、モップを取って掃除する総志朗。この男には仕事で世話になっているので、逆らえないのだ。


「黒岩さーん。依頼は無いわけ〜?」

「無い」


 あっさり切り捨てられ、総志朗はぶつくさ文句を言いながら、床を磨く。とはいっても、気合が入らず、モップは力なく床をすべるだけだ。


「わけのわからん商売してないで、ここで働けきゃいいのに」


 学登がグラスを磨きながらつぶやいた。

 総志朗は聞いているのかいないのか、その言葉に反応しない。


「黒岩さんこそ、一流大でてんだから、こんなチンケなクラブやってないで、もっと儲かる仕事にすりゃいいのに」

「チンケとは失礼な」


 二人は意地悪そうに笑いあう。







 天然ぼけで会話がうまくいかない奈緒ちゃんは、変な子だったけど、とても素直で優しい子だった。

 もう一度あの空気を和ませるかわいい笑顔が見たいよ。

 もう無理なことはわかっているけど。

 それでも、思い出の中の奈緒ちゃんは、にっこりと微笑んでくれる。

 だから、よけい泣けてくるんだ。

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