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CASE4 ダブル:05

「どちら様?」


 ショートカットの女が玄関から顔を覗かせる。不審そうに総志朗を上から下まで見た後、眉間に大きなしわを寄せた。

 東京の狭い土地になんとか建てた狭小住宅。古い玄関先から出てきた女はくたびれたジャージをはおり、ジャージに負けないくらいくたびれた顔をしていた。40歳後半位の生活に疲れた女、そんなかんじだ。


「初めまして。加倉総志朗と申します。今お時間大丈夫ですか?」


 丁寧に頭を下げる総志朗を、女はセールスマンか何かと思ったのだろう。大きなため息をつき、玄関を閉めようとする。それをなんとか手で防ぎ、総志朗はにこりを笑う。


「相馬光喜君の担任されてた平林悦子さんですよね? 相馬優喜君に頼まれて来たんです」

「……光喜君? 優喜君?」


 総志朗は優喜の家から帰った次の日、相馬優喜の同級生をあたり、当時の光喜の担任教師を聞きだした。それがこの女、平林悦子だ。

 平林悦子はしばらく感慨深そうに光喜と優喜の名前を繰り返していたが、はっと総志朗を見る。


「優喜君に頼まれたって、どういうことですか?」

「光喜君は自殺したんですか?」


 質問を無視し、総志朗は質問を返す。悦子は戸惑いを見せながら、また総志朗を上から下まで見た。


「優喜君は真実が知りたいんです。本当のことを言ってください」


 悦子の目に涙がきらりと光った。当時のことを思い出すのがつらいのだ。


「そうです。光喜君は自殺したんです。優喜君はショックが大きかったようで……。未だにわからないんです。なぜ、光喜君が自殺したのか……。だって、あの子はいじめられていたわけでもないし、家庭にも何の問題も無かったんですから」


 そっと指で涙を拭いながら、悦子は語る。拭っても涙はまた溢れ出てきていた。


「光喜君は大人しい子で、でも妙に存在感のある子でした。大人びていたし、中学1年生にはとても思えない、優秀な子だったんです。他の生徒にも一目置かれていたし……。優喜君は、死んだ光喜君にとても懐いていて。明るい優喜君と寡黙な光喜君、とてもバランスの取れたいい双子の兄弟だったんです。それが、あんなことになって……。明るかった優喜君も、笑うことがなくなってしまって……」


 そこまで話し終えると、悦子は一息ついて、家の中に戻っていった。ティッシュケースをそのまま持ってきて、ティッシュを何枚も取り、涙を拭く。


「光喜君は、交通事故で亡くなったん……ですよね?」

「ええ。自分から車の前に飛び出して……」

「どこの病院に搬送されたんですか?」


 北風が首元をなでた。思わず立つ鳥肌が、全身を覆い尽くすのを感じる。


「救急で運ばれたのは、そこの総合病院ですけど」

「その後、どこか別の病院に搬送されたんじゃないんですか?! ……移植が出来る、病院に!」

 

 口調が荒くなるのを抑えることが出来ない。詰め寄る総志朗に少し驚きながら、悦子はしどろもどろに答えた。


「別の病院に運ばれたのは、聞いています」

「目の……角膜移植のためですよね?」


 左目に総志朗は触れる。結論がもう出ていた。けれど、信じたくなかった。


「遺書に『本当の双子に、僕の目を』。そう書いてあったから、角膜移植をしたんですよね?」


 総志朗の目線はずっと地面を見つめ、悦子を見ようともしない。ただならぬ総志朗の様子に悦子はおろおろしながらも、「そうです」とだけ答えた。


「その、双子の名前は……? それになぜ、光喜の言う『本当の双子』が誰であるか、わかったんですか?」


 答えを総志朗はわかっていた。けれど、確認せずにはいられなかった。事実を事実と認めてしまうことが怖いのに、それを明確にしたいと思う自分がいる。抑えられない欲求が、聞きたくもない答えを求める。


「『本当の双子』が彼だという理由が私にはわかりません。ですが、香塚病院の先生が彼だと、おっしゃったんです。移植の相手が誰か、なんて本来は知ることは出来ないんですが……異例だったものですから、私も光喜君のお母様も知ってるんです」


 地面を見つめたまま、総志朗はつばを飲み込む。吐き出す空気が震えていた。


澤村幸生さわむらゆきお。たぶん、そんな名前の男の子です」


 ユキオ。その名前が総志朗の頭の中でグルグルと回る。







 


「ただいま〜。あー疲れた」


 ブーツを乱雑に脱ぎ捨て、梨恵はキッチンへと向かう。バイト帰りのため、くたくたでお腹もすいているし、喉も渇いていた。

 この時間に総志朗が家にいることは少ない。この時間はクラブ・フィールドに入り浸っていることが多いのだ。

 今日もキッチンの方の電気はついていない。梨恵はドアを開けると、手探りでスイッチを見つけ、明かりをつけた。

 明るくなった室内。キッチンダイニングの奥のリビング――総志朗の部屋になっている――で、総志朗はソファーにぐったりと倒れこんでいた。


「総志朗? 寝てるの?」


 覗きこみながら聞くと、総志朗は何も答えずにむくりと体を起こした。


「何か食べた? 食べてないなら何か作ってあげよっか? 私もお腹すいてるから、ついでに作ってあげる。あ、作ってくれるんならそれでもいいけど」


 内心、何か作れよ居候! と思いながら、総志朗に問いかける。だが、彼は何も答えない。


「シカトですか」


 むっとしながら総志朗ににじり寄ると、彼はソファーに座りなおし、ぽつりと言った。


「オレ……昔の記憶がほとんど無いんだ。左目があまり見えなかった理由も知らない。ただ、覚えてる。刺すような痛みと、泣き叫ぶ自分の声を」

「え?」

「4年前、角膜移植を受けた。それで、視力は回復した」


 注意しないと聞き取れないような小さな声の総志朗。梨恵はその横に座り、彼の言葉に耳を傾ける。

 

「この左目……これは、相馬光喜ってやつの目だったんだ……」


 独り言のような言葉。梨恵は信じられず、総志朗の左目を凝視する。


「それって?! 光喜の目って……?! ど、どういうこと?!」

「優喜は、この目を、探してたんだ……」


 総志朗は左目を押さえ、うつむく。










 左目と、相馬光喜。

 総志朗と、総志朗の中にいる光喜。

 光喜を探す優喜と、彼の双子の兄、光喜。

 現実に存在した人間が、総志朗の中に宿る。

 震える心。

 私が、支えてあげたかった。

 

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